プロ協会ジム「Boy’s水戸ボクシングジム」元日本チャンピオン・中島俊一が指導するジムです!!!

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“個性を伸ばす”

2011-10-09 | 中島俊一のプロフィール
現役時代はヨネクラジムの2階に住み込み、
“個性を伸ばす”
指導方針を持つ米倉会長に
師事してメキメキと実力をつけ、
着実に勝ち星を重ねていった。

「米倉会長に『お前はトリッキーにやらないとダメだ』って言われていたからね。
俺の場合はそれが良かったんだね」


 当時はまだ当日計量がおこなわれていた時代で、
試合前の食事は
「焼肉とにんにく、そしてコーラ」と決まっていた。
「試合前はスパゲティがいい」という説が主流になっていた頃だが、
自分のスタイルを崩さずに結果を残していった。
カオサイ戦の前には、
「何でお前はコーラばっかり飲むんだ!」と
米倉会長に怒られたらしいが・・・。



「影響を受けた選手はいますか?」との質問に、
ヨネクラジムで同時代に活躍した
元WBA・WBC世界ミニマム級チャンピオンの大橋秀行氏の名前を挙げた。
「彼はモノが違ったからね。
よくスパーリングでボディブローを
決められたけど、
そこからいろいろ学ばせてもらった。
他のチャンピオン達よりも印象は強いね」中島俊一談。

 
鬼塚勝也との、
激闘を演じたラストファイトを最後に引退。
翌月、
米倉会長の仲人で結婚をした。

相模原ヨネクラジム練習生だったという奥さんとの間に2人の男の子が生まれ、
現在は4人で生活。
 ジムは午後2時から10時。
祝祭日は午後2時から7時まで。
休みは日曜日のみで、
「田舎は厳しいね。強くなりたいヤツはみんな東京へ行っちゃうからね・・・」中島俊一談



引退後、
しばらくの間ヨネクラジムでトレーナーをしていたが、
カムバックを考えたことはなかったのだろうか・・・?
 「会長に『おい中島、今度試合やってみるか?』って聞かれて、
一瞬真剣に考えてたら、
『冗談だよ、ハハハ』って、
やられちゃったことはあったね」と、
照れ笑いしていた。
ビジネスマンの横顔を持つ中島俊一は、
やはり根っからの“ボクシング人”だった。


「まあ、田舎でジムをやっていくのは大変だけど、
いつかこの水戸にボクシングを根付かせたい。
水戸で『ボクシングと言えば中島』と
言われるように頑張ろうと思っている・・・」
                        中島俊一談





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