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BLUE BELL

サイト引越しの為、マリみて部屋仮住まい。

祝福を与えよ

2010年03月11日 | 柏木×祐巳
梅雨もようやく明けギラギラした陽射しが照りつける。しかし、いつもより三十分早く
家を出たのでハンカチで汗を拭うこともない。今日は一学期の終業式。M駅北口の
バス停にいるリリアンの生徒はまばらだ。祐巳を見かけると「紅薔薇さま(ロサ・キ
ネンシス)ごきげんよう」と声をかけたり会釈していく。それに対して祐巳も返事をす
るのだが心ここにあらずの状態だ。別にテストが気にかかっているのではない。
試験休みの間にあった出来事をどのようにして親友達に伝えればいいのか。色々
考えていたら眠れなくなってしまってほとんど徹夜状態のまま朝を迎える事になっ
た。家でぼーっとしていても仕方ないので三十分早く出てしまったのだ。

「お姉さま、ごきげんよう」
振り返るとツインの縦ロールを揺らし瞳子が駆け寄ってきた。
「ごきげんよう、瞳子」
「……顔色が悪いですね。貧血ですか?」
「いや、たんなる寝不足」
バスに乗り込み二人座りの椅子に仲良く並んで座る。
「まさか試験の結果が気になって……?」
「違う違う。優さんの事、由乃さん達にどう伝えたらいいかなーって」
ああ、と瞳子は苦笑する。
「追求されますね、根掘り葉掘り」
「やっぱり……?」 
「……報告されるのは帰る間際の方がいいでしょうね。最初にすると仕事にならない
とおもいますけど?」
「……そうだね」
祐巳は再び大きな溜息を吐いた。

終業式も無事終わり、薔薇の館では由乃さんが仕事をしながら熱弁をふるっていた。
「それでね、先生ったら『水野さんといい、小笠原さんといい、流石は紅薔薇さまね、
福沢さん』っていうのよ。ここに黄薔薇もいるっていうの!!」
ぷっくり頬を膨らませた姉に妹は隣の席で呟く。
「それならばお姉さまも祐巳さまのように努力して成績アップの為に勉強されたら
よいのでは?」
「菜々、うるさいわよ」
正論をいわれ由乃さんはぷいっと菜々ちゃんの反対側を向いた。
「でもよかったわね、成績が上がって」
いつも成績トップクラスの志摩子さんはにこにこ笑っている。
「うん、ありがとう」
優さんに感謝しなくてはならない。さっき由乃さんもいってたけれど先生からよく頑
張ったわね、とお褒めの言葉を賜った。返ってきたテストはどれも皆90点以上で
うれしい事に100点なんてものもあった。家に帰ったらお母さんがキャーキャーいっ
て喜ぶに違いない。

「いまや三年松組のトップだからね、祐巳さんは。あーあ、私も令ちゃんに勉強教
わればよかったかなー」
「『令ちゃんに教わらなくってもひとりで勉強くらいできるわよ!』って仰ってたじゃ
ないですか、お姉さま」
またしても菜々ちゃんのするどいつっ込みに由乃さんはむくれ周囲は苦笑をもらした。
「でもすごい人ですね。祐巳さまの家庭教師の……柏木さんでしたっけ?わずか
一ヶ月ほどで祐巳さまを松組トップの成績に収めるだなんて」
乃梨子ちゃんが感嘆の声を上げる。
「平均点が売りな祐巳さまなのに?」
祐巳自身のつっ込みに乃梨子ちゃんはごめんなさいと謝った。
「うん、本当にすごいよ、優さんは。教え方が上手だからすーって頭の中に入ってくる
んだよね。解くのに苦労した問題があっさり解…………え?」
みんなが仕事の手を止めて祐巳に注目している。祐巳の横で瞳子はこめかみを押さ
えた。

「「「「優さん……?」」」」

「試験の時まで『優先生』って祐巳さまいってなかったですか?」
「うんうん、確かに『優先生』だった!」
「いつの間に『優さん』?」
「試験休みの間に何かあったという事ですね」
菜々ちゃん、由乃さん、志摩子さん、乃梨子ちゃんが矢継ぎ早に言葉を投げかける。
「お姉さまったら、もう……」
がくっと瞳子は項垂れた。
慣れとは恐ろしいものでつい、うっかり『優さん』といってしまったようだ。
祐巳は観念して席を立つ。

「みなさんにご報告があります。私、福沢祐巳はこの度、柏木優さんと婚約する事に
なりました」

「「「「ええーーーーっ!?」」」」
「いきなり婚約ですか?」
呆れ顔で菜々ちゃんが
「おつき合いを始めましたじゃなく婚約!?聞いてないわよ、そんな話!」
だん!と机を叩き由乃さんが
「婚約おめでとうございますっていったらいいのかしら?」
両頬に手をやり志摩子さんが
「婚約してもいいっておもうような出来事があったんですね!?」
いつもはクールな乃梨子ちゃんがきらきら目を輝かせ熱くなっていた。
「あーー、いきなり婚約ではなくとりあえずおつき合いを始めたら優さんのお母さまが
動くのが素早かったというか祥子さままで巻き込んで婚約に至ってしまった訳で。
令さまにもいわないよう祥子さまに口止めをお願いしたの。山百合会のみんなに一
番に報告しなきゃっておもったからよ?分かってくれるよね、由乃さん」
祐巳に見つめられ由乃さんはキっと睨んだ。
「柏木さんって祐巳さんのライバルじゃなかった?それがどうして婚約なんてする仲に
なっちゃうのよ?訳わかんない!!」
「うん、わかんないよね。一年前の優さんなんて大嫌いだったのに今は婚約者なんだ
から。春ごろから口説かれ続けたのも全部冗談だとおもって綺麗さっぱり無視してたし。
……勉強をみてもらうようになってからかな?本気で好きでいてくれるのが分かって。
だんだん好きになっていったようにおもう。人の気持ちって本当に不思議だよね」
感慨深そうに微笑む祐巳をみて、いい恋をしているんだとみんなはおもった。祐巳の
周りに集まり心から祝福の言葉を述べる。しかし、その中に由乃さんは入らなかった。
それを見て瞳子は由乃さんに歩み寄る。

「由乃さまは祝福してくださらないのですか?」
「……瞳子ちゃんは知っていたの?祐巳さんが柏木さんとおつき合いしているの。さっ
き驚かなかったよね。ああ、柏木さんとは従兄妹だっけ」
「ええ、知っていましたよ?丁度その現場に居合わせましたからね」
由乃さんは唇を噛み締めた。
「親友の由乃さまより妹の私が先に知っていたのがそんなにお気に召しませんか?
ご自分がなんでも一番でないといけない?あなたは子どもですか!?」
由乃さんは席を立ち瞳子を引っ叩こうとする。しかし、瞳子はその手をひらりとかわした。
「叩かれる謂れはありませんわよ!」
騒ぎに気付き祐巳達は瞳子と由乃さんの間に入った。
「ちょっと、どうしたのよ二人とも」
「瞳子ちゃんが、生意気な事、いうから!!」
「生意気ですって?図星を指されて立腹しただけでしょう?お姉さまを祝福してくださら
ないあなたは親友なんかじゃない。私はあなたを認めない!」
いわれて由乃さんは荷物を持って勢いよく飛び出していった。

「瞳子さま、申し訳ありません。お姉さまが失礼な事いって」
菜々ちゃんが深々と頭を下げる。
「う……どっちが姉なんだか分からない」
「乃梨子!」
ありのままに呟く乃梨子ちゃんをお姉さまの志摩子さんが窘めた。
「謝らなくていいよ、菜々ちゃん」
安心させるよう瞳子はにこっと微笑むがその瞳には涙が滲んでいた。
「瞳子ちゃんは山百合会のみんなで祐巳さんを祝福してもらいたかったのよね」
志摩子さんの言葉に頷き瞳子は涙をぽろぽろ零した。
「瞳子、ありがとう。大好きよ」
「お姉……さま」
祐巳は瞳子を抱き締め頬を寄せた。
「あの!私、お姉さまを連れ戻してきます!!」
ビスケット扉に向う菜々ちゃんに祐巳は声を掛ける。
「その必要はないよ?……ね、志摩子さん、乃梨子ちゃん」
「ええ、祐巳さんのいう通りよ。私は瞳子ちゃんを支持するわ」
「私も。瞳子を支持します」
菜々ちゃんもお姉さまの由乃さんより瞳子を支持した。
「で、どうするんですか?お姉さまは意地っ張りというかわがままというか、瞳子さまが
いった通りお子様なのでなかなか折れないですよ?」
「私達は何もしない。由乃さんが瞳子に認められるのをただ待つだけ」
祐巳の言葉に瞳子は顔を上げた。
「由乃さんを甘やかすのは良くないものね」
「でも甘やかす人、隣の家にいるじゃないですか。令さま、絶対介入してきそうな気が
する……」
乃梨子ちゃんの一言でみんなは有り得ると苦笑した。
「ということで瞳子、あなたが認めるまで私は由乃さんとは絶交するから」
「えっ!?それはダメです、お姉さま」
「明日から夏休みだし、いいんじゃないかしら?私も絶交してみるわ。絶交なんて初めて
だから、どきどきするわね」
珍しく志摩子さんが興奮気味に続く。
「由乃さまには大人になっていただかないと。いつまでも妹のままだと菜々ちゃんがかわ
いそう。だから私も同じく絶交するからね、瞳子」
瞳子の親友の乃梨子ちゃんが親指を立ててみせた。
「菜々ちゃんは剣道部もあるから由乃さんと絶交なんてしなくていいからね?普通に接し
ていて」
「はい、祐巳さま」
また黄薔薇革命なんか起こったら大変と志摩子さんと目で語った。
全員顔を見合わせて「じゃあ決まり」と笑い帰り支度をした。

由乃さんを除く全員で銀杏並木を歩いていると正門で優さんがこちらに向って手を振って
いた。
「優さん?なんで?家で待っていてくれればよかったのに」
「試験の結果が気になって。で、どうだった?」
「おかげ様で三年松組トップになりました。優さん、ありがとう」
ほっ、と息を吐き優さんはいつものように頭をくしゃくしゃ撫でた。
「おめでとう、祐巳ちゃん」
いい雰囲気の二人に割り込んでいったのは瞳子だ。
「優お兄さま、山百合会の皆様からお話が」
「やあ、志摩子ちゃんに乃梨子ちゃん、菜々ちゃんだったね」
代表して志摩子さんが一歩前に出た。
「柏木さん、ご婚約おめでとうございます」
乃梨子ちゃんと菜々ちゃんがぺこりと頭を下げる。
「ありがとう、うれしいよ。今日、祐巳ちゃんから聞いてくれたんだ。……あれ?さっき、
由乃ちゃんに声を掛けたら『あっかんべー』ってされたんだけど、もしかして怒ってたの
かな?」

(((((『あっかんべー』ってやっぱり子どもだ……)))))

優さんを除く全員が大きな溜息を吐いた。

                                2010.01.27 了

                           「然れば認められん」に続く