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企業経理の環境と生態 ~半端知識でぬるま湯職場をゆるゆると切り抜ける~

経理から新リース会計基準の相談が来た時に法務が心の平穏を保つための予備知識

2024-12-09 | 仕事
このエントリは私、blanknoteが担当する法務系Advent Calendar 2024の9日目のエントリです。
8日は弁護士猫さんの英語テーマのエントリでした。
ちなみに私は仕事で英語も時々使うのですが、いまだに会話に苦手意識があります…。

9日目のテーマはリース会計基準改正と法務部門の関与についてです。

2024年9月に従来のリース取引に関する会計基準を改正する企業会計基準第34号 「リースに関する会計基準」等が公表されました。
これは収益認識会計基準に続く国際的な会計基準のコンバージェンスとして行われた大改正で、IFRSを適用していない日本企業はこれから適用準備の対応に追われることになります。

以前の収益認識会計基準の適用準備の対応では、過去の契約書を確認したり、契約内容に対するディスカッションに参加したりと、経理部門や会計監査人に協力した法務部門の方もいたかと思います。
今回も契約書の調査などが必要になることは間違いなく、また、普段の法務業務の論理とは異なる会計の論理による訳のわからない問い合わせも来ることになりそうです。

そこで、本エントリでは法務部員がよく分からない相談で心の平穏がかき乱されないようにするためにリース会計基準及びその対応事項について予備知識的なものを共有したいと思います。

各論は以下にQA形式で様々書いていきますが、キーメッセージは次のとおりです。

「契約内容の評価には事業部門を同席させよう」

Q1 リース会計基準の改正とはどのような内容なのでしょうか?

最も大きな改正点は、借手側のリース取引の会計処理で資産計上する取引の対象が広がることです。注意してほしいのは、借手側だけの話です。

従来の会計基準では、リース取引の会計処理について、ファイナンス・リースとオペレーティング・リースに区別した上で、前者は売買に準じた処理として借りた資産を資産計上して減価償却を通じて費用計上し、後者は賃貸借に準じた処理として資産計上をせずに毎月の賃料を費用計上することを定めていました。
リース物件の使用に伴い生じるコストを実質的に負担し(フルペイアウト要件)、契約上一定のリース期間の定めがある(ノンキャンセラブル要件)取引をファイナンス・リース、フルペイアウト要件を満たさないものをオペレーティング・リースとしていました。

改正会計基準では、借手側については従来のようなリースの分類を行わず資産を使用する権利を支配したという名目で使用権を資産計上して減価償却を通じて費用計上することになります。

分類従来基準改正基準
〇ノンキャンセラブル
〇フルペイアウト
ファイナンス・リース
=売買に準じた処理
=資産計上+減価償却
使用権モデル
=資産を使用する権利の取得
=資産計上+減価償却
〇ノンキャンセラブル
×フルペイアウト
オペレーティング・リース
=賃貸借に準じた処理
=費用計上


この他、会計処理上のリース期間の設定に、契約期間だけでなく延長オプションや解約オプションを考慮するなどの改正も盛り込まれています。
全般的に契約書情報だけでは直ちに結論を導けない会計上の見積もりの要素が強くなっているのが、今回の会計基準の特徴です。

Q2 法務は改正対応にいつ頃協力することになりますか?

2025~2026年度の対応協力が予想されます。
新会計基準は2027年4月1日以後開始する連結会計年度の期首から適用されます。(早期適用も可)
大がかりな対応協力は2025年度で、2026年度は会社と監査法人の見解相違や監査法人内での見解ブレが起こった案件の再調査協力というパターンが多そうな気がします。

Q3 法務部門はどのような形で関与することになりますか?

関与する可能性が高いのは、既存の契約書の内容調査です。
従来オペレーティング・リースだった取引の契約内容の再確認、俗に隠れリースと呼ばれる名目上賃貸借・リースの契約でないが改正会計基準上でリースとして識別される契約の調査、従来のファイナンス・リースだった取引の契約期間の会計上の評価の見直しなどを行うことになります。
また、その過程で契約内容の評価について、経理部門から、場合によっては監査法人からも見解を求められることがあるかもしれません。

Q4 従来オペレーティング・リースだった取引の契約内容の再確認とは、具体的にはどういう対応ですか?

一般的には、賃貸借取引の中でフルペイアウト要件を満たさない不動産賃貸借契約の内容の再確認が中心になります。オペレーティング・リースは現行の会計基準でも注記の必要があるため、対象取引は既に把握されているはずでさほど手間はないと予想されます。

Q5 隠れリースとはどういうものですか?

賃貸借契約の名目ではないが改正会計基準のリースの定義にあてはまる取引を指します。
リースと認定される可能性があるものは個別に判断するしかありませんが、改正会計基準や同様の内容で先行している国際財務報告基準のIFRS16号の設例や過去の対応事例などから、下記のような取引はリースへの該当有無の検討が必要になってくると予想されています。

・電力契約 …特定の発電所が産出するエネルギーを全量買い上げる場合の発電所はリースか否か。
・ネットワークサービス契約…ネットワークサービスを利用する場合にサービスのために用いられているサーバはリースか否か。
・ガス貯蔵契約…自社のガスを貯蔵させた場合のガスタンクはリースか否か。
・鉄道輸送契約…自社製品の貨物輸送をさせた場合の鉄道車両はリースか否か。
・金型契約…自社製品の部品を製造させるために起こされた金型はリースか否か。

Q6 上に挙がったような隠れリースと呼ばれる取引類型はすべてリースとして扱うのでしょうか?

いいえ。会計基準が定義するところのリースの要件を満たしているかを個別に検討する必要があります。これを基準ではリースの識別と呼んでいます。

改正会計基準ではリースを「原資産を使用する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転する契約又は契約の一部分」(基準第6項)と定義していますが、①特定された資産があること、②資産の使用を支配する権利が移転していることによってリースと識別することになります。(基準第26項)

さらに、①特定された資産については、契約書などによって資産が明記されていても、サプライヤーが他の資産に代替する能力を有し、代替権の行使により経済的利益を得られる場合は、実質的には特定された資産はないとされます。(適用指針第6項)

また、②資産の使用を支配する権利についても、顧客が経済的利益に影響を与える資産の使用方法を指図する権利を有するか、それと権利を有するのと同等に使用方法が事前決定されている場合に支配する権利ありと、経済的利益の有無と指図権の観点からの要件が示されています。(適用指針第8項)

Q7 ちょっと何言っているか分からないのですが。

ご安心ください。私も分かりません。
そもそもこの会計基準の改正は、従来の会計基準下で本来ファイナンス・リースとなるべき取引が契約条件の操作によってオペレーティング・リースにして資産計上を避ける企業が現れたため、その対策として行われている部分が大きいです。
そのため、改正会計基準では資産計上対象を広げるとともに、対象を広げた取引の境界線においても、契約の名目や法域、契約書の記述に縛られず経済的実質を確認するような要求になっています。

そのため、通常の法務業務で行うような契約の読み方よりは、どちらかといえば法と経済学などで見るような経済分析に近い検討を行うことになります。
会計基準設定団体の思惑としては理解できますが、そのような経済分析もどきを情報非対称な一当事者にさせるのはあまり筋が良いルール設定とは言えない気もします。(個人の感想です)

Q8 そのような検討の相談まで法務部門に持ち込まれたらちょっと手に余りそうです。

おっしゃるとおりです。
純然たる契約の読み方の問題だけでなく、契約の相手方の利害まで含めて検討することになるため、法務部門だけでは判断しきれない案件が多くなるはずです。
会計基準や法務の勘所をよく理解しない経理が無理解のままに法務部門を当てにしてくることもありえます。

そこで、改正会計基準の対応準備は、経理部門、法務部門、事業部門が同席の上で進めることをお勧めいたします。
全体的なリース・賃貸借契約や隠れリース契約のリストの抽出や文面からの内容検討の助言は法務部門でも引き受けられると思いますが、経済分析的な検討については、自社や相手方の経済的利益の状況を最も理解する事業部門からの見解を出させるなどの進め方が良いのではないかと考えます。

Q9 対応すべきことは分かりましたが、そもそもの使用権という概念がちょっとピンときません。

リース契約は大陸法系の日本においては賃貸借契約に近く、所有権が移転するわけでもないため、債権的な権利のみをもって資産計上する改正会計基準の考え方は違和感を持たれやすいと思います。
この使用権概念は、英米法圏のleaseholdのように期限付きの物権的権利の移転の考え方とは親和的で、英米の人ならばまだ違和感は少ないのかもしれません。
国際財務報告基準は特定の法域に縛られない会計基準の開発を志向しており、法的形式よりも経済的実質を重視していますが、そこで意識されているであろう法と経済学のモデル自体も英米法の意識が色濃く反映されているように感じられます。
法域に縛られないって口で言うのは簡単ですが、実際には難しいですね。

Q10 今後の契約実務において意識すべきことはありますか?

リース取引の管理は経理実務上複雑になるので避けたいという人は多いと思いますし、経済的実質の分析が入るとはいえ、契約書の記述の仕方次第でリース取引の認定のされやすさは変わりますので、事業部からの契約書の記載の仕方の相談は増えるかもしれません。
また、連結会社間の取引でリース認定されると連結決算での内部取引消去も管理が複雑化しやすくなるので、経理部からも相談があるかもしれません。
例えば、契約書上で特定の資産の使用をもっと包括的に不特定の資産を使用した役務と説明できるかなどのコンサルテーションは必要になるかもしれません。

Q11 概要は一応分かりましたが、もう少し予習したいのでちゃんとした資料を教えてくれませんか?

会計基準を読むのが一番ですが、少々分かりにくいので、会計基準設定団体である企業会計基準委員会が公表した解説セミナー資料を読むのがおすすめです。
また、公認会計士の白井さんがCPAラーニングというサイトで無料の解説動画を公開されています。こちらも分かりやすいのでお勧めいたします。
その他は、週刊経営財務、旬刊経理情報、月刊企業会計などの会計系雑誌で特集記事が増えていますので、経理部門で購読しているものを確認するのも良いと思います。

明日はAmi@Informationlawさんです。

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監査人が「経済的実質」を持ち出した時に読むエントリ

2023-12-05 | 仕事
【1.今回のお話】

このエントリは、会計系Advent Calendarの企画、12月5日分として書いております。

とても長い文章になってしまいましたが、以下のようなことを書いています。
・会計実務では色々な場面で「経済的実質」の言葉がマジックワードのように用いられる。
・まともな説明でない「経済的実質」評価による結論でも監査人は押し付けることができる。
・財務諸表作成者に決定的な対抗手段はないが、監査人に説明させることで抵抗は図れる。

以上のような話をつらつらと書いていますので、居酒屋で管を巻く人の話を聞くように読んでいただければと思います。
蘊蓄はいいから結論だけ教えて!という方は、最後の【8. 監査人が「経済的実質」を持ち出したらどのように対応するか】まで飛んでください。

【2.色々な場面の「経済的実質」】

財務会計の業務で監査人と会話していると、時々「経済的実質(or 実態)としては…」というフレーズに出会うことがあると思います。

このフレーズはどういう場面で使われるでしょうか。
会計事実に対しての会計基準の適用、事実認定上の評価で使われることがあります。
直接的に適用できる会計基準の規定が見当たらない場合の解釈で使われることもあります。
会計基準の規定の適用を拘らず創設的な会計処理を求めるために使われることもあります。
色々な場面で使われますね。実際、強い意味合いで使われる場面から説明の添え物として使われる場面まで様々で、マジックワードのような面もあると思います。

なお、個人的にはこのフレーズには良い思い出がありません。ええ、もうまったく。
会計士さんも読むかもしれないここで言うのも申し訳ないですが、「経済的実質」と言いながら「経済」分析も不十分で「法的形式」の検討も押さえていない無内容な結論を押し付けるための道具として使っているのではないかとさえ考えています。

【3.「経済的実質」を巡って喧嘩した話】

「経済的実質」に関する思い出を話します。10年近く前の昔話です。

2010年から日本でIFRSの任意適用が開始され、2013年には任意適用要件が緩和されたことで上場企業の間ではIFRS導入検討が流行になりました。
IFRSの導入検討ではGAAP差異調査から入るのですが、日本の製造業では例えば減価償却方法や研究開発費の資産化などが典型論点として議論されていました。
収益周りでは一番の論点は代理人取引の純額表示でした。当時は包括的な収益認識会計基準もなかったため、収益周りは現行会計処理とIAS18(当時はまだIFRS15公表前でした)との比較で調査をしていましたが、純額表示というものがIFRSの特徴であり、GAAP差であるとよく強調されていました。

そして、これに加えて製造業で論点となりやすかったのは有償支給取引でした。

最近の方は存在を知らないかもしれませんが、JICPAは会計制度委員会研究報告第13号 我が国の収益認識に関する研究報告(中間報告)-IAS第18号「収益」に照らした考察-というものを公表しています。実現主義の下での収益認識要件の解釈と、IFRSを適用した場合の公認会計士協会の見解を示した資料です。
この研究報告はIFRS導入検討でよく参照されており、会計士さんもこれに従うべしと主張する方が多かったように思います。

この資料では有償支給取引について、①支給元は買戻しが予定しているため有償支給を別個の販売取引と扱うべきでなく収益認識できない、②支給先は売り戻しを予定しており在庫保有に伴うリスクを事実上負っていないため加工代相当額のみを純額で収益として表示する、というIAS18に照らした検討が書かれていました。

しかし、研究報告は前提条件をかなり限定した内容に対して結論を示していたのでこれを一般化することは不適当な上に、IFRSの規定からも直ちにこの結論は導きえないと私は感じていました。また、同じようなリスクを負う取引の内、たまたま商流が往復するものだけが収益認識不可や純額表示という結論になりかねず、財務報告としても不適切と感じました。(内部管理上も混乱を招く懸念もありました。当時の私はむしろこれが一番の懸念点でした)

そこで以下のような見解を説明しました。
①②共通事項について、研究報告は買戻条件付売買として有償支給取引を評価するが、契約上買戻条項が付されるケースは限定的である、また当然に支給元が在庫のリスクを負担するわけでもなく支給先が在庫の滅失等の負担をすることが多い、事業規模や資本関係から直ちに支給元がリスク負担するとすべき事情もない。研究報告は会計基準ではないのだから、IFRSの規定に基づいて適用関係を検討すべきである。
①支給元について、完成品販売先と支給先はそれぞれ独立した当事者であり、契約の結合(IAS18.13)をすべき前提を欠いている。有償支給でも個社では収益認識する。
②支給先について、支給先が在庫リスクを負っているケースでは在庫を計上し、収益は総額で認識してもおかしくはない。
従って、IFRSの規定が直ちに有償支給取引の会計処理の結論を導いているとは言えず、契約や経済的リスクの実情を踏まえて結論すべきである。といった具合です。(これ以降の具体的な適用・解釈は割愛します)

結構頑張って書いたのですが、会計士さんの研究報告に一律に従うべしとする主張は変わりませんでした。しかし、取引の事実関係やIFRSの規定適用・解釈を示した提示文書(今でいうポジションペーパーですね)に対しての反論・反証提示はありませんでした。
それでは話が進まないので対面の打ち合わせでどう考えているのかを問うたところ、遂に今日のお題の言葉が出ました。

「確かにIFRSの規定上明確に書かれているわけではありませんが、経済的実質を考えれば研究報告の結論通りにするのが良いと思います」

えっ?私はIFRSへの移行検討のためにIFRSの規定適用・解釈の話をしたいのであって、契約書もIFRSの規定も確認していない方のぼくがかんがえたさいきょうの「経済的実質」の話を聞きたいわけじゃないのですけど?

…この後も少しあれこれあるのですが、ここまで話を引っ張っておいてすみません、結論がどうなったかの話は伏せておきます。
ただ、日本の収益認識会計基準はIAS18の後のIFRS15をほぼ丸々コピーし、日本固有の取り扱いを適用指針で補完する設計ですが、有償支給取引に関しては基準本体ではなく適用指針に定める「重要性等に関する代替的な取扱い」のその他の一つとして規定されています。
まあ、これで会計士さんの主張が正しかったのかの答え合わせはできたかなと考えております。

そういうわけで、私はこのやり取りを通じて、「会計士は経済的実質の題目で会計基準に書かれていないことまで要求することができる力を持っているものなのだ」ということを知り、そして、その危なっかしさを強く印象付けられたのでした。会計士さんまじやべえ。

【4.監査人が経済的実質に基づいて判断する権限の根拠】

監査人が伝家の宝刀のように抜く「経済的実質」、果たしてこれを正当化する権限は与えられているのでしょうか。
会計士さんには当然の、非会計士の我々には意外な答えかもしれませんが、権限は与えられています。

監査基準には以下のように定められています。(監査基準 第四 一 2)

“第四 一 2 監査人は、財務諸表が一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して適正に表示されているかどうかの判断に当たっては、経営者が採用した会計方針が、企業会計の基準に準拠して継続的に適用されているかどうかのみならず、その選択及び適用方法が会計事象や取引を適切に反映するものであるかどうか並びに財務諸表の表示方法が適切であるかどうかについても評価しなければならない。”

なお、監査報告の抜本的な改訂を行った2002年の意見書では以下のように説明されています。(監査基準の改訂について 三 9(1)③)

“会計方針の選択や適用方法が会計事象や取引の実態を適切に反映するものであるかの判断においては、会計処理や財務諸表の表示方法に関する法令又は明文化された会計基準やその解釈に関わる指針等に基づいて判断する”
“会計事象や取引について適用すべき会計基準等が明確でない場合には、経営者が採用した会計方針が当該会計事象や取引の実態を適切に反映するものであるかどうかについて、監査人が自己の判断で評価しなければならない”
“会計基準等において詳細な定めのない場合も、会計基準等の趣旨を踏まえ、同様に監査人が自己の判断で評価する”
“新しい会計事象や取引、例えば、複雑な金融取引や情報技術を利用した電子的な取引についても、経営者が選択し、適用した会計方針がその事象や取引の実態を適切に反映するものであるかどうかを監査人は自己の判断で評価しなければならない”

つまり、監査人は経営者の会計方針が基準に準拠しているかだけでなく、その選択・適用方法が適切か、財務諸表の表示が適切かも評価することが求められる、適用すべき会計基準が明確でないなどの場合には監査人が自己判断で評価しなければならない、ということです。
経済的実質を考慮した結果の監査人の判断は、この監査基準に沿ったものとして正当化されることになります。

そして、適正表示の枠組においては、監査人が適正でないと判断した場合の適正表示のために必要となる修正は虚偽表示に含まれることになります。(監基報200 財務諸表監査における総括的な目的 12(6) )
これはGAAPに準拠する中で経理自由の原則で複数選択しうる会計方針の選択さえも虚偽表示として否定され得るということです。

これでは作成者は無視することができませんね。強力な権限です。

【5.監査人は何を規準として適正性を自己判断できるか】

しかし、監査人が自己判断でと言っても、何をもって適正と判断できるのでしょうか。
これは言い換えると適正性って何だっけという問題になるのですが、これは監査の歴史でも概念的には揺れ動いていたらしく「諸説あります」の世界になるので深入りせずに両極端なものを紹介します。

一つ目は、GAAPに沿っていればそれをもって適正であるという考え方(アメリカ型)、二つ目は、監査人の専門的判断によって適正と判断すればそれが適正であるという考え方(イギリス型)です。
現在の実務は、一応二つ目の枠組みの中で運用的には国ごとの文化の差がある、というところだと思います。

一つ目によるとGAAPを超えた適正さというものを観念する余地がなくなるのでこれまで説明した監査の枠組みとは相容れなくなりますね。アメリカは詳細に会計基準を規定していますし、会社法などで財務諸表の適正さを要求する規定はありません。1980年に監査基準審議会が「監査報告書から「適正に」の文言を削ろうか?」と提案したという話もあるくらいだそうです。ちょっと割り切りすぎでは…。

二つ目によるとGAAPを超えたところにも適正な表示があり得るということになります。この考え方の沿革は、イギリスの1947年会社法の財務諸表規定で要求する「真実かつ公正な概観(True and Fair View)」に遡ります。用語の変化はありますが萌芽は更に旧法に遡れます。この「真実かつ公正な概観」、会計士の方はピンと来ると思いますが監基報200 A12 が「全ての重要な点において適正に表示されている」に並列する「真実かつ公正な概観を与えている」という監査意見のアレですね。
法律の定めならば定義論で具体的に踏み込んだものもあるのではと思うところですが、あまりありません。この点については様々な説明のされ方があるようですが、つまるところイギリス立法府は会計プロフェッションのエキスパート・ジャッジメントに制定機能・問題解決を委ねたのだという考え方のようです。

日本ではこの辺りをどう考えられていたのでしょうか?
会社法において適正性を要求する規定が盛り込まれたのは2005年会社法からです(例として会社計算規則5条6項3号)。アメリカほど詳細な会計基準も無い中で企業会計原則には経理自由の原則もあります。例えば、長銀事件など会計を巡る裁判例では公正なる会計慣行は複数あり得るという考え方に立つものは多いです。これらからするとGAAPに準拠していれば適正だという1つ目の考え方に近い思考だったのかもしれません。

とはいえ、実務をやっていた者はこのような概念的な整理を行う契機すら持っていないというのが現実だと思います。実務の関心事は概念的にどう考えるかよりも判断作業としてどのようにできるかだと思います。
判断作業という点では、会計基準の適用可能なケースの会計事実と検討対象の事実を比較検討して判断する作業になってくるかと思います。そうすると結局、先述した2002年意見書の説明そのままという気がしますね。
IFRSでは概念フレームワークの財務諸表の構成要素の定義から結論を導く作業も可能だと思います。(討議資料に止まる日本の概念フレームワークは可能でしょうか?)

しかし、この判断作業は監査法人の中で調書に記し審査を受けているとしても、財務諸表作成者には情報の取捨選択や判断過程が明らかにされずブラックボックスというのが困ったところです。

【6.「経済的実質」の系譜】

ここまで広く監査領域の適正性の話をしてきましたが、今度は会計領域の経済的実質の話に絞って話をしたいと思います。

経済的実質というフレーズ、昔から使われているものですが、現在のように広く知られるようになったのはIFRS任意適用開始以降だと思います。IFRSの特徴を説明するフレーズとして「法的形式より経済的実質(Substance over Form)」というものがあります。特にIFRSは特定の法域に縛られない基準であること強調していますので、これは重要な説明要素だと思います。

歴史をたどると「法的形式より経済的実質」という言葉が初めて会計基準の関連文書に載ったのは1970年のAPB Statement No.4 Basic concepts and accounting principles underlying financial statements of business enterprises と思われます。
米国では当時既にリース会計の意見書 (1964年 APB Opinion No.5)が公表されておりファイナンスリースは売買+金融取引と実質的に同じとしていました。米国は鉄道会社の資金難が特に深刻だった経緯などから多様な資金調達方法が発達していたので、会計のコンセプトとしても明記が必要だったようです。
投資家への説明手段のプラグマティックな面と、英米法の法的形式と経済的実質の分離しやすさ、True and Fair Viewの英国の思考の伝播などが影響しているのだろうと思います。(ここは個人の感想です)

その後、米国でのSubstance over Formは意思決定有用性アプローチの中で質的特性である忠実な表現(Faithful Representation)に組み込まれていきます。忠実な表現とは、経済事象の描写が完全で中立的で重大な誤謬を含まないこと、経済的実質を示すことを指します。

他方、英国のTrue and Fair Viewですが、英国のEC加盟の後、1978年第54条(3)(g)特定会社の年度計算書処理に係わる第4号指令によって、その思考をフランス・ドイツ型会計採用国にも伝播しました。例えば、フランスではこれを受けての改正商法では「忠実な写像(image fidèle)」という規定を盛り込みました。「忠実な表現」に近い用語ですね。
この思考がIFRSにおいても意思決定有用性アプローチの忠実な表現に繋がっていったものと思われます。
こうしてみると、True and Fair Viewは会計領域では意思決定有用性アプローチの一部に組み込まれていく一方で、監査領域では未だ最高規範のような立ち位置に居続けるという分離が起きているように思えますね。

こうして経済的実質は、会計基準に組み込まれたものであれ、基準にカバーされない会計事実であれ、意思決定に有用な経済事象の描写が求められることになります。

ちなみに、Substance over Formの概念は会計だけの話ではなく税法の領域にもあります。導管理論などの話があるのですが、収集がつかなくなるので割愛します。

【7.会計の世界で「経済的実質」をどう説明するか】

会計と経済は密接です。利益とは何かと問われればフィッシャーやヒックスの所得概念に遡るように、我々は経済事象を会計で説明するために経済や経済学の概念を借用します。

その割に我々は実務の世界で「経済的実質」をよく説明できていません。
「法的形式より経済的実質」という話をする時に会計専門家が陥りがちなのは「法的形式は経済的実質に対置されるもの」という誤解です。この誤解が法的関係などの検討もすっ飛ばした結論を持ち出しがちな原因になっていると感じます。

この誤解を解くのに良い説明が新制度経済学の所有権(Property Right)理論にあります。Property Rightには二つの意味があり、一つ目は本質的に一つの財産の価値を享受する能力である経済的権利、二つ目は本質的に国家が個人に与える法的権利である。経済的権利は人々が究極的に求める目的であり、法的権利は目的を達成するための手段である、というものです。

「法的形式より経済的実質」も、法的形式を否定する論理でなく、手段と目的の関係と理解しなければなりません。法治国家において法的形式はそれが経済的実質の全てではないにせよ、経済事象で説明されるべき有力な手段であることがほとんどです。
従って、経済的実質を説明するには、まず法的な権利義務関係を説明し、そのうえで権利義務関係とは別に生じる事実上の経済関係や形骸化された法的形式の存在が説明されるべきだと思います。

【8. 監査人が「経済的実質」を持ち出したらどのように対応するか】

ここまで長々とお付き合いいただいてありがとうございます。これまで話してきた内容からようやく以下のように課題の整理ができます。

「経済的実質」は会計領域の考え方としてはその名の通り経済的実質を説明すべきもので、それは手段たる法的権利義務関係も含めて説明しなければなりません。
それにも関わらず、実務ではまともに論証されないような「経済的実質」の評価の結論を監査人から押し付けられることが起こり得ます。
それは、エキスパート・ジャッジメントへの信頼を前提とした適正性判断の権限が監査人に与えられていることによって起こります。

それでは、これに対して財務諸表作成者は対抗できるでしょうか。

残念ながら決定的な対抗手段はありません。
しかし、どうしても譲れないものは下記のような対応をして良いと思います。

・ポジション・ペーパーを作成する
これは財務諸表作成者としての責任として、見解を明確に文書化しましょう。
但し、作成したPPを担当者間のやり取りだけで終わらせるのはやめましょう。情報の取捨選択権を相手に与えてはいけません。

・経営者ディスカッションの俎上に載せる
急に話が大きくなりますが、これを検討する意義は2点あります。
1つ目は監査人側からの誠実な回答が引き出せることです。担当間だけのやりとりならば握りつぶされることはあっても、ディスカッションに挙がった話を無かったことにする対応はそうそうありません。
2つ目は会社内での課題感の共有です。減損など金額規模の大きな話を除くと作成者と監査人の間で見解が相違する論点というのは、テクニカルで些末だというイメージを持たれがちです。もし会社にとっても譲るべきでない見解の相違なのであれば、会社の中でもきちんと説得するプロセスを経る必要があります。

・解消しない見解の相違は経営者確認書行き
会社の見解は虚偽表示であるということを分かりやすく示す文書です。経営者には事前に見解の相違点と自社の見解の正当性を共有しましょう。

・何があっても自社の正当性を貫きたいならばオピニオン・ショッピング
エキスパート・ジャッジメントに依存する領域は、ジャッジするエキスパート次第の領域でもあります。ならば、別のエキスパートを選ぶという最後の手段もあります。
但し、取引コストが嵩むため、あまり現実的な手段とは言い難いでしょう。

エキスパート・ジャッジメントへの信頼を前提とした環境では、専門家は説明責任を負いません。説明責任を負わない環境では、客観性をもった説明は洗練されません。
経済的実質の説明もその一つなのかもしれません。ならば、外部者ができることは、そこに不信の目を向けて専門家に説明をさせるということです。

参考書籍
財務諸表監査の基礎理論(イアン・デニス)
監査業務の法的考察(弥永真生)
会計処理の適切性をめぐる裁判例を見つめ直す(弥永真生)
詳解 討議資料財務会計の概念フレームワーク第2版(斎藤静樹 編著)
会計とコントロールの理論(シャム・サンダー)
財産権・所有権の経済分析(ヨーラム・バーゼル)
数値と客観性(セオドア・M・ポーター)
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四半期報告書の四半期短信への統合議論の整理

2022-04-16 | ニュース
2022年4月15日、鈴木金融担当大臣は、閣議後記者会見で法律に基づく「四半期報告書」を廃止し、証券取引所が求める「決算短信」に一本化する方向で検討を進める考えを正式に明らかにしました。

本エントリでは、現在の四半期開示制度見直しの議論の状況について整理します。

一本化の検討はディスクロージャーワーキング・グループ(令和3年度)で行われる予定となっており、4月18日開催予定の第8回資料で審議事項に挙げられています。事務局からの審議提案は要約すると以下の通りです。

・上場企業の法令上の四半期開示義務(第1・第3四半期)を廃止し、取引所の規則に基づく四半期決算短信に「一本化」
・任意化を含め四半期開示(「一本化」する四半期決算短信)の位置づけについては、四半期以外の適時開示のあり方と併せて、さらに幅広く企業・投資家などの市場関係者の声や海外動向(欧州等)を踏まえて検討
・今夏以降もWGにおいて「一本化」する四半期決算短信に係る諸論点の議論を深めるため論点整理する(例:四半期開示の内容、虚偽記載に対するエンフォースメント、監査法人によるレビューの有無)
・四半期以外の適時開示の充実を図るための検討

本エントリ執筆時点では鈴木金融担当大臣の会見全文は財務省HPで公表されておらず正確な情報がありませんが、大臣の会見とWGの審議提案を齟齬がないものすると「すわ、半期報告書への回帰か」と思うような内容ですので引き続き注視が必要なニュースです。

今回、四半期開示制度の見直しとなった発端は岸田首相の第二百五回国会内閣総理大臣所信表明演説(2021年10月8日)です。
岸田首相は就任時から新しい資本主義を方針に掲げており、企業が長期的な視点に立ち株主、従業員、取引先も恩恵を受けられる「三方良し」の経営を行うことが重要と述べ、そこに繋げて非財務情報開示の充実、四半期開示の見直しを進めると演説しました。
最近強まっている株主資本主義批判の中で四半期開示は企業のショート・ターミニズム(短期主義)を助長するという認識となっており、その文脈で打ち上げられたテーマです。

ところがこれを受けて審議された2022年2月18日金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ(第6回)では、上記のテーマとしては空振りとなりました。
一言でいえば委員からの賛同が得られなかったためですが、それでなぜ四半期報告書と四半期短信との一本化という議論に話が流れたかと言えば「仮に四半期報告書を廃止する場合、四半期決算短信に関し開示内容等をどう考えるか」という審議提案になっていたからではないかと思われます。
結果として進んでいる議論について、私はそう悪いものとは考えておりませんが、テーマアップの趣旨に照らせばアジェンダセッティングが多少不具合だったのではと思いました。

今後、四半期報告書の廃止・四半期短信への統合がスムーズに合意されるかは不明です。
2月18日議事録でも指摘がありますが、四半期開示が短期主義を助長するのであれば四半期短信もまとめて廃止するべきではないかという意見(松元委員、但し、まとめて廃止するには根拠が弱いとも述べています)、法定開示による担保を欠いた任意開示は正確性・信頼性が低くなるという意見(黒沼委員)などあり、まだ議論は続くのではと予想しております。

今回の審議にあたっては中野委員の四半期開示に関する先行研究の整理資料がとても素晴らしいものでした。短期主義に関する研究結果が一様でないことは各委員の認識に強い印象を与えたのではないかと思います。
この資料を元に四半期開示のあり方についての議論はもっと深掘りされてほしかったと思いますが、その件はまた別エントリにしたいと思います。

企業「四半期報告書」から「決算短信」一本化 正式表明 金融相
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220415/k10013583381000.html

2022年2月18日金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」(第6回)
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/disclose_wg/siryou/20220218.html

2022年4月18日金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」(第8回)
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/disclose_wg/siryou/20220418.html

金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」(第6回)中野委員説明資料
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/disclose_wg/siryou/20220218/03.pdf
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アスベスト関係の資産除去債務の見積もりの変更の動向について

2021-07-18 | 仕事
調べ物をしている中で気になったことがあったため、調べている途中ではありますが久しぶりに投稿します。

2020年6月、解体等工事に伴うアスベスト飛散防止対策の強化のため大気汚染防止法等が改正されました。
http://www.env.go.jp/air/air/osen/R1-Main16.pdf

今回の重要な改正点は従来のレベル1(吹付け石綿)、レベル2(石綿を含有する断熱材、保温材及び耐火被覆材)だけでなくレベル3(石綿含有成形板、 石綿含有仕上塗材等)までが規制の対象に加わった点です。
これによりレベル3についても除去等作業の作業基準遵守が求められるようになり、切断・破砕をしない取り外しや養生・湿潤などの措置が必要になります。

石綿飛散防止小委員会資料によると、過去50年に輸入・生産された原石綿は約1,000万t、その8割の800万tが建築材料として使用され、更にその9割がレベル3建材だと推定されています。(資料P12)
https://www.env.go.jp/council/07air-noise/y0712-01/mat%204.pdf

このため資産除去債務として認識・測定すべき事前調査費用や除去等作業費用がかなり増加するのではないかと予想しております。

そこで2021年3月期の有価証券報告書をまとめて見られるようになりましたので各社の開示状況を眺め始めたのですが、思ったほど開示例がヒットしません。今回気になったのはこの点です。

ひとまず下記のキーワードでの絞り込みから個別確認しておりますが、現在は下記のような調査状況です。

キーワード+改正で検索された会社のうち、本件改正による見積もり変更が確認できた例(直近1年間の有価証券報告書を対象として検索)
(調査中) (アスベスト 209件 / アスベスト+改正 96件)
0件(石綿障害予防規則 70件 / 石綿障害予防規則+改正 30件)
3件(大気汚染防止法 7件 / 大気汚染防止法+改正 5件)

確認できた例での見積もり変更による資産除去債務増加額(括弧内は前期末→当期末残高)
ヤマウホールディングス株式会社 151百万円(残高不明)
アクシアルリテイリング株式会社 551百万円(5,459→6,006百万円)
株式会社寺岡製作所 195百万円(304→504百万円)

資産除去債務を計上しても基本的には資産と両建てで計上するためPLインパクトは小さいケースが多いと思いますが、資産側が減損対象になっている資産グループの場合は影響が大きくなるため注意が必要なところです。

施行は2021年4月1日以降の改正ですが成立・公布は昨年の話ですので、基本的に2021年3月期には見積もり変更があるべきと思いますが、コロナ禍ということもありますし見積もり取得の都合上見送ったのか、はたまた検討が抜けたのか、各社各監査法人の対応が気になりました。(資産除去債務会計基準のパブコメへのASBJ回答では、新たな法令の改正等に伴う負債の認識時期は一般的には公布の時点としていますね。)

監査法人の資料ではEY新日本のもので言及がありましたが、他はあまり見つかりませんでした。
https://www.eyjapan.jp/library/issue/info-sensor/pdf/info-sensor-2021-02-10.pdf

経理実務からは離れておりますので、このあたりの現場実務をご存じの方はTwitterででも教えてください。
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日産自動車 ゴーン氏報酬の有価証券報告書虚偽記載問題の整理

2018-12-23 | 仕事
11月19日、日産自動車のカルロス・ゴーン元会長、グレッグ・ケリー元代表取締役が2011年3月期から5年間、ゴーン氏の役員報酬を過少に記載したとして有価証券報告書虚偽記載の疑いで逮捕されました。
また、その後の12月10日には同期間の有価証券報告書虚偽記載について、証券取引等監視委員会が告発、東京地検特捜部は起訴しました。
更に同日、2016年3月期から3年間についても役員報酬を過少に記載したとしてゴーン氏、ケリー氏を再逮捕しました。

本事件に関するリーク報道は断片的かつ矛盾した情報が多く、結局のところ何が問題となっているのかが非常に分かりにくくなっております。
(参考としてNHK報道の変遷の様子を記事最後に抜粋しております。いかに内容を分からぬままリーク報道を右から左に流しているかをご覧ください)
本記事では、日産の役員報酬制度と本事件のリーク報道を振り返りつつ、有価証券報告書虚偽記載についてやや批判的に検証したいと思います。



A. 過少記載額はいくらか

上表にまとめてみましたが、2011年3月期から5年間については、証券取引等監視委員会告発内容によれば累計48億円強、2016年3月期から3年間については、NHK報道によれば累計40億円強の過少記載となっております。

日産自動車株式会社に係る虚偽有価証券報告書提出事件の告発について
https://www.fsa.go.jp/sesc/news/c_2018/2018/20181210-1.htm


B. 過少記載の報酬は財務諸表には反映されているか

日産自動車による適時開示では報酬費用の計上等の財務情報等に関する訂正内容を精査しているとあり、反映されていないようです。

2018/12/10 16:30 過年度有価証券報告書等の訂正予定に関するお知らせ
https://www.release.tdnet.info/inbs/140120181210447414.pdf

ところで、この定期時開示はTDNetに掲載されていますが、日産公式サイトではなぜか掲載を見つけられませんでした。

C. 日産自動車の役員報酬はどのような制度設計になっているか

日産自動車の役員報酬は、定款において株主総会によって定めることとされております。
現在、株主総会で承認された制度は、年額29億9,000万円以内と定められる確定額金銭報酬と、年間上限数普通株式600万株相当と定められる株価連動型インセンティブ受益権(SAR)の2制度です。

確定額金銭報酬は、年額の上限が定められていること、企業報酬のコンサルタント、タワーズワトソン社による大手の多国籍企業の役員報酬のベンチマーク結果を参考に、個々の役員の会社業績に対する貢献により、それぞれの役員報酬が決定されること以外に詳細な条件は明らかではありません。
株価連動型インセンティブ受益権(SAR)は、制度適用期間は概ね3年度と設定されており、権利付与日は取締役会が定める条件に従って適用期間内における各事業年度毎に決定される日、権利行使可能期間は各権利付与日から 10 年を経過する日までの範囲内で取締役会が定めるとされております。

D. 過少記載の報酬はゴーン氏に支給・付与済みか

当初はSAR40億円を付与していたとする報道がありました。(後掲 参考02,03など)
しかし、最近の報道では、まだ支給はしておらずゴーン氏が役員退任後に報酬を支給する計画を立てていたとするものが主流となっております。(参考05,06,08,11など)

E. 過少記載の報酬は何れの制度によるものか

報酬請求権は定款の定めまたは株主総会決議の根拠なしに発生しません。(例外の判例は一応ありますが、本件の射程外と考えていただいてよいです)
従って、過少記載の報酬があるとすれば、確定額金銭報酬、または、SAR制度の何れかによる必要があります。

当初はSAR制度によるものとする報道(後掲 参考02,03など)が主流となっておりましたが、その後の報道でははっきりしない断片的なリーク報道が繰り返されております。

ここからは私の推測です。

検討1. SARを退職後に付与する計画であった

この可能性はないとみております。
SAR制度の適用期間は概ね3年度で、都度制度更新の株主総会決議を得るようにされています。
このため、SAR未発行枠を温存して退職後に初めて付与するというのは制度の逸脱になると考えられます。

検討2. SARを既に付与しており、退任時に行使可能とする計画であった

この可能性も低いものと考えております。
上表ではゴーン氏報酬の年度別過少記載額と各報酬制度の年度別未支給・未発行額をまとめておりますが、ゴーン氏の過少記載分をSARの残枠によって賄うことができない年度が多く説明が困難です。
以前のTwitterでの呟きなどで、私はこのケースが最有力と考えておりましたが、証券取引等監視委員会の公表により年度別の過少記載額が明らかになったため、判断を改めました。

検討3. 確定額金銭報酬を退職後に支給する計画であった

消去法的にはこのケースがもっとも可能性があると言えますが、これによって報酬請求権が確定し、虚偽記載をしたと言えるかについてはかなり疑問を持っています。

まず可能性の検討ですが、年度別金銭報酬未支給額は過少記載額を直近2年度を除いてカバーすることができております。
(直近2年度は少々カバーできない額となっておりますが、過少記載額に子会社からの報酬額が含まれている可能性が考えられます)
また、SAR制度と比べて支給時期などは総会決議事項で明示的には制約されていません。
これらの点からSARを根拠としたケースよりはまだ成立可能性があるように思えます。

しかし、確定額金銭報酬制度は年度単位の短期報酬の運用を想定したものですので、退職後の報酬として繰り延べる運用が株主総会承認決議の範囲内とすることには疑問があります。
以前には日産自動車にも役員退職慰労金制度はありましたが、2007年3月取締役会で廃止を決定し、打ち切り支給決議を同年6月の第108回定時株主総会の議案にかけて承認されております。
このような状況からすれば、もし退職後の報酬支給という形をとろうとするのであれば、総会承認範囲を超えるおそれがあり、あらためて総会決議が必要と主張してよいように思います。
つまり、たとえ内部的に退職後の報酬支払いを計画した文書を作成されていたとしても、会社側は支払いを拒む手段を持っている状況にあり、報酬請求権が確定しているとは言い難い、従って、現時点で記載すべき報酬であったとはいえないと私は考えます。

現在は退職後の支給を計画している報酬請求権が確定したことを前提に有価証券報告書の虚偽記載があったとして逮捕・起訴が進められておりますが、上記の認識に立つと本件は刑法の謙抑主義を忘れた先走り行為のように思えます。

とはいえ、上記は不正確なリーク報道が連日続いて事実関係の把握が容易でない現状での推測にすぎません。
特別背任での再逮捕もありましたし(これはこれで疑問が残る内容ではありますが)、もうしばらく事態を見守る必要がありそうです。




[参考]報酬過少記載に関するNHK報道の変遷

衝撃 ゴーン前会長 事件の行方
https://www3.nhk.or.jp/news/special/nissan_ghosn/?utm_int=special_contents_list-items_001&utm_int=news_contents_news-closeup_001

01. 日産 他役員の報酬がゴーン会長に流れたか 11月20日 12時01分
「特捜部はほかの取締役に支払われなかった報酬の一部がゴーン会長に流れていた疑いがあるとみて実態解明を進めています。」

02. ゴーン会長 株価連動報酬の40億円分 有価証券報告書に不記載 11月21日 4時16分
「株価に連動した報酬を受け取る権利、40億円分を与えられながら有価証券報告書に記載していなかったことが関係者への取材でわかりました。」

03. 日産ゴーン会長 オランダ子会社からも億単位の報酬か 11月22日 18時05分
「ゴーン会長は有価証券報告書で開示している報酬以外にも、株価に連動した報酬を受け取る権利40億円分を与えられていたことがわかっていますが、本社以外にもオランダの子会社から毎年、億単位の報酬を得ていた疑いがあることが関係者への取材でわかりました。」

04. ゴーン前会長の指示で報酬少なく記載か 11月23日 16時53分
「金融商品取引法違反の疑いで逮捕された日産自動車のカルロス・ゴーン前会長が、有価証券報告書に記載するみずからの報酬額を側近の前代表取締役に具体的に指示した書類が残されていたことが関係者への取材でわかりました。」

05. ゴーン前会長 退任後に約80億円支払われる計画か 11月24日 12時07分
「公表される報酬と実際の報酬との差額は、ゴーン前会長の退任後に支払うことを計画し、毎年10億円程度を積み立てていた疑いがあるということです。そして、役員退職の慰労金として支払われる金額の増額や退任後のコンサルタントや競業を避けるための契約を結ぶなどして、およそ80億円が支払われる計画になっていたということです。」

06. ゴーン前会長 “退任後に80億円支払い” 側近だけで計画共有か 11月27日 19時17分
「計画では退任後に競業に就くことを避けるための契約金としておよそ35億円、役員退職の慰労金としておよそ25億円、コンサルタントの契約金としておよそ20億円を支払うことを検討していたということです。」

07. 退任後報酬支払うとした文書にサインも “正式文書でない” 12月2日 0時41分
「日産自動車のカルロス・ゴーン前会長が逮捕された事件で、側近の前代表取締役がゴーン前会長の退任後に報酬を支払うとした合意文書に毎年、サインしていたことを認めていることが関係者への取材でわかりました。一方で前代表取締役は「正式な文書ではなく退任後の報酬は決まっていなかった」などと容疑を否認しているということです。」

08. ゴーン前会長 役員報酬開示義務づけ後に退職金24億円増額 12月6日 18時04分
「関係者によりますと、日産では平成19年の株主総会で役員の退職慰労金として総額65億円を支払うことが承認され、このうち44億円がゴーン前会長に支払われる予定になっていたということです。しかし役員報酬の開示が義務づけられた平成22年以降、ゴーン前会長への退職慰労金がさらに24億円増額され、日産の経費としてすでに計上されていたことが新たにわかりました。」

09. ゴーン前会長 “実際の報酬額”の文書 自ら修正した痕跡 12月10日 10時00分
「東京地検特捜部は、ゴーン前会長が高額の報酬への批判を避けるため、実際の報酬との差額を退任後に受け取ることにしていたとみて調べていますが、ゴーン前会長の実際の報酬額が記されたとみられる文書が作成され、一部の文書には前会長が手書きで内容を修正した痕跡が残されていたことが関係者への取材で分かりました。」

10. ゴーン前会長 ストックオプションでの報酬支払いも検討か 12月15日 6時12分
「日産自動車のカルロス・ゴーン前会長が逮捕された事件で、ゴーン前会長の退任後の報酬の支払い方法が書かれた文書が平成22年ごろから複数回作成され、ことし1月の文書では自社の株を買う権利、いわゆる「ストックオプション」での報酬の支払いが検討されていたことが関係者への取材でわかりました。」

11. ゴーン前会長 文書に英語で「固定報酬」 報酬確定の証拠か 12月18日 18時48分
「東京地検特捜部は、ゴーン前会長が高額の報酬への批判を避けるため、実際の報酬との差額を退任後に受け取ることにしていたとみて調べていますが、ゴーン前会長の報酬を定めたとされる文書に、未払い分を含む報酬の総額が英語で「Fixed Remuneration=固定報酬」と表記されていたことが関係者への取材で分かりました。こうした文書にはゴーン前会長みずからのサインもあったということです。」

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