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いのち

平和なくらし

火葬場心中

2005年12月11日 | つぶやき

東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20051112/mng_____tokuho__000.shtml

福井で老夫婦が火葬場心中

 福井県大野市の現在は使っていない火葬場の炉で今月七日、近くの八十代の老夫婦が焼身自殺した。遺体は焼けて白骨状態だった。二人は心中の前に財産の処分先を書いた遺言を市役所に郵送するなど身辺を整理していた。妻には数年前から認知症の症状があった。火葬炉に一緒に入った夫妻の人生の幕引きとは。

 「自分も体が不安で、いつ何が起きるかわからない」。夫は最近、体調を崩し、近所の人に不安を口にすることがあったという。

 亡くなったのは同市七板(なないた)の無職男性(80)と、妻(82)。二人には子どもがいなかった。妻は三年ほど前から糖尿病を患って足が不自由で、認知症の症状も出たため夫が始終付き添っていた。

 老夫婦が暮らした小さな集落はJR越美北線・越前大野駅から東に約五キロ。七日午後二時ごろ、付近の住民から「集落の元火葬場付近にエンジンがかかったままの車が止まっている」と、福井県警大野署の駐在所に連絡が入った。

 住民によると、元火葬場は集落から二百メートルほど離れ、周りは田んぼに囲まれている。この三十年ほどは使っていなかった。

 平屋でブロック造りの元火葬場は、内部にある煉瓦(れんが)製の炉がまだ温かい状態で、真っ黒な炭の中から署員が白骨化した二遺体を発見した。焼却炉前に止めてあった車は夫の所有で、車内にあった給油伝票の裏面には、自宅を六日夕に出てから火葬炉に火をつけるまでの行動を簡潔に記した書き置きが残されていた。

 「午後四時半、車の中に妻を待たせている」

 「午後八時、妻とともに家を出る」

 「妻は一言も言わず待っている」

 「午前零時四十五分をもって点火する」

 自宅を車で出た後、親類の家や夫婦の思い出の場所を通って元火葬場へ向かった形跡もあった。

 二人は七日未明、まきで火をおこした火葬炉に一緒に入り、内側から金属製の扉を閉めたとみられる。

 自宅からは日記帳も見つかり、「たきぎや炭で荼毘(だび)の準備」「(気持ちは)さっぱりした感じでいる」などの記述があった。

 大野署は老夫婦が心中したとほぼ断定した。発見当時、車は大音量でクラシック音楽を流したままだった。「だれかに発見してもらえるよう配慮したのではないか」と、捜査関係者は受け止めている。

 夫は、自宅をはじめ不動産を市に寄付する遺言書をしたため、心中した前日の六日、市役所宛(あ)てに郵送していた。遺言書の作成は約一年前で、心中を決行する、かなり以前から身の回りの整理を始めていたようだ。また、預金も世話になった人たちに渡るよう処分を依頼してあった。

 自宅の敷地は、決して豪勢ではないが、よく手入れされた植木や菊の鉢植えが並び、池にはコイが泳いでいる。夫の几帳面(きちょうめん)な性格をうかがわせた。

 夫婦は仲がよく、元気なころから一緒によく買い物に出かける姿があった。

 「一人で外出できない奥さんを車に乗せて二人で出掛ける姿をときどき見た。どこに行くにもいつも一緒で、本当に仲のいい夫婦だったのに…」

 老夫婦と同じ町内に住む主婦は、こう話すと絶句した。

 認知症の症状が出た後は、夫が付きっきりで介護に当たっていることを周囲も知っていた。「ご主人は『妻から目を離せない』と話していた。周囲の者も心配はしていたのですが…」と主婦は振り返る。

 近所の人たちは、今後の二人のことを気にかけ、対応を相談し合ったこともあったという。

 突然の火葬炉での心中という最期が、地元の人々に与えたショックは計り知れない。

 集落がある七板は大野市の中でも郊外にあり、昔ながらの住民付き合いが比較的残っている地域だ。そうした農村部でも「老老介護」の末、老夫婦が心中するという想定外の事態が起こったからだ。

 妻は週二回、通いのデイサービスを受けていた。各利用者にはケアマネジャーがつき、介護の相談などに乗っている。

 大野市福祉課の担当者は「介護に何が足りないのかは、ご主人とケアマネジャーが話し合っていた」という。

 介護保険制度のほかに、同市は高齢者だけの世帯に対し、巡回相談のためのホームヘルパー派遣や、給食サービスを実施する。安否確認のため緊急通報装置も貸与している。

 それでも、夫にのしかかった介護の負担は、さほど変わらなかったようだ。老夫妻を知る関係者はこう語る。

 「食事の支度や洗濯はご主人が一人でやっていた。見かねた周囲の人が『食事の配達など、ほかのサービスも受けたら楽になりますよ』と何度も勧めたが、『妻の面倒は自分で見る。これ以上は必要ない』と頑(かたく)なに拒んだ」

 近所の主婦は、老夫婦との付き合いについてこう振り返る。「ご主人は人に頼ることが嫌いな性格で、奥さんの方も他人に世話をされたくないという気持ちが強かった」

 孤立はしていないが、近所付き合いが多い方ではなく、近くに住む親類に頼ることもなかったという。この主婦は「介護のつらさを周囲に話すこともなかった。しかし今から思えば、何年も介護をしてきて疲れ切っていたんでしょうね」と声を震わせた。

 別の主婦も「旦那(だんな)さんはおとなしい方で、最近は疲れた感じがした。思い詰めていたのでしょうか」と話す。

 厚生労働省の調査によると、全国で介護を必要する人は四百二十万人。このうち独居もしくは夫婦のみの世帯は全体の39%に達する。高齢化社会が進む中、この老夫婦のように「他人の世話になりたくない」と考える人も少なくない。

 大野市役所福祉課の担当者は「介護サービスは本人や家族の申し出に基づいて行うのが基本だが、近所や親類、民生委員から『介護を必要としている人がいる』という情報が寄せられて初めてニーズが分かることも多い」と実態を明かす。

 この担当者は自身の体験に言及しながら、今回のような悲劇を防ぐための対応を模索する。

 「介護が必要な高齢者宅を訪問した時に、その場では本人の理解が得られても、あとになって『やっぱり他人に自宅に入ってもらいたくない』などと拒否されることもある。希望もしない介護を行政が無理に押しつけるわけにはいかない。いかに本人が納得する形で福祉サービスを受け入れてもらうか、大きな課題に直面している」



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