石ころ

安かれ わが心よ




ちょっとここの所、思い込みによる間違いや、そそつかしい勘違いなど連続していた。
確かに、わずかなことに対しても持久力がなくて集中が続かない。好きなことでも直ぐに飽きてしまって我慢できないことなどがある。
一つの文を仕上げるにも数え切れないくらい中断しては、庭にでて気分転換をしなければならなかったり、言葉はいっぱい詰まっているのに遅々として進まなかったり・・。

もちろん一方には「すべては主の備えによること」という平安もあるのだが、
「歳なのかな・・」という言葉に抗いつつ、「それが露わになったときに私はどうするのだろう」という今まで感じたことのない不安もあった。

そんな中で勘違いコメントを書き込んだ時、やわらかい言葉でそれとなく教えてくださった方があった。添えてくださったのが、シベリウスのカンタータ「フィンランディア」終章(合唱付)だった。
それは、まさに慰めの賛美歌・・賛美しながらイエスさまと人の愛に胸がいっぱいになった。

3 安かれ わが心よ
  月日の 移ろいなき
  御国は やがて来たらん
  憂いは 永久に消えて
  輝く 御顔仰ぐ
  命の 幸をぞ受けん  アーメン 

ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

コメント一覧

ムベ
Mikuさん後になってすみません
時に、人の肉は霊を攻撃します」という言葉も実際に体験したので、言われてみて、
とても良く分かりました。気持ちが収まる所に収まった感じで本当に感謝しています。

頂いたコメントを割愛してごめんなさい。
このように知らせてくださって、ありがとうございます。
ムベ
私にも大切に思う人がありますが、私が思うことを遙かに超えて、愛しておられる主に信頼して安息しています。
「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。」(イザヤ49:15)
さら
書きにくい事まで ありがとうございました。
毎日 平安に包まれていらっしゃるとは 少し嫉妬心に近い羨ましさがあります。
私のこと 大切に思っている方など 平安には程遠い事が起こっていて 祈りを捧げているのですが なかなか 神さままで届いていないのでは?と悲しくなっていました。 教会へ行くと 自分は 癒されるように思い 主日礼拝を守っているのですが…
少し揺れていました。
早く自分の内にも 大切に思っている方の内にも平安が保たれると良いと思います。
ありがとうございました😊
ムベ
さらさん 初めまして
強い信仰でしょ。
実は、イエス様の信仰に身を避けているだけなのです・・。

今教会に通っていないのは平安があるからです。毎日が聖日礼拝ということに満足しています。
みことば在ってのことですが、個人的なものを切り抜いて語ることはできないのでお許しください。

ちなみに、こう言うことを人に話すのはみことばに背くことなので、今日まで絶対にしませんでしたが、誤解されないために書いて置きます。
教会への献金は続けております。主の祝福の感謝を捧げる場所が必要だからです。

さらさんの迷いに、主が平安の内に導いてくださいますようお祈りいたしました。
さら
とても信仰の強い方のように感じたのですが 前のコメントに今は教会へ行っていらっしゃらないとありましたが どうしてか?不思議に思いました。お答えできる範囲で良いので お教えください。
時々 迷いが生じているためです。
ムベ
デ某さん、賛美歌を感謝します、慰めと勇気があたえられました。
この世はイエスさまを知っていても、時にしんどいさから逃れることができない所ですが、
天の御国を思い出すと、思いわづらいから開放されます。

デ某さんの人生には、賛美歌や教会、聖書が常に身近にありますね。
私にはイエスさまのご執着が伺えます。

「花に埋もれて旅立ちぬ」読ませていただきました。
時代による深い襞を、美しく歩まれた従姉さんのご生涯に感動いたしました。、
周囲の方の愛にも恵まれて、イエスさまのもとに帰られたことは、
召された年齢のことも、突然であったことを含めても、
命を真っ直ぐ駆けて天に凱旋されたことに敬礼の思いです。
デ某
「フィンランディア」 の思い出

2014年5月8日、私の従姉が亡くなりました。
葬儀は 牧師である彼女の夫が司祭を務めました。
そのとき歌われた中に
讃美歌298番 「安かれわが心よ」 がありました。

歌いながら私は 「これ、フィンランディアや」 と。
私の母校では毎朝 第1時限が始まる前
キャンパスに 「フィンランディア」 が流れていましたから。

大学卒業前 京都の学生有志による大合唱祭があり
歌ったのは外山雄三さん作曲のカンタータ「京都」。
オケは京都市交響楽団、指揮は渡邉暁雄さんでした。
渡邊さんは日本人とフィンランド人のハーフでしたから
カンタータ 「京都」 のゲネプロiの中で 
母親の母国と 「フィンランディア」 への思いを語られました。
もう半世紀近く昔のこと、
語られた思いについて既に記憶はありませんが・・・。

蛇足ながら従姉の一周忌を記した拙ブログを貼ります。
「花に埋もれ旅立ちぬ」(2015.7.15記)
https://blog.goo.ne.jp/00003193/e/fc719027db78181df91e3770eff3d5bc
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「Weblog」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事