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石ころ

求めているもの

マリヤが香油をイエス様に注いだとき、その部屋は香しいかおりが満ちあふれただろう。イエス様に注がれたものだけれど、共にいる者すべてに香りは移っただろう。芳しいその香りに共に酔うことも出来ただろう。なのに、イエス様と共に喜ぶことが出来なかったのは、お金に対する執着が喜びを奪い、感動を奪ってしまったから。

香しいかおりの中でユダは素早く計算をしていた。ユダがイエス様と共に居て求め続けていたものはお金だった。イエス様がご自身を証されることばも、ユダにはぜんぜん届いてはいなかった。ユダの頭の中はこの世のことだけだったから。

彼は盗人であっていつも盗んでいたと書かれている。ユダがイエス様を売ったのは、いつもしていることをの延長線上であった。ただ、お金を求めただけのこと。ユダは最後まで自分の選びの中を行ったのだろう。私たちが何を選ぶかについてイエス様はなんの強制もなさらない。裁くこともしないと言われた。

ユダはイエス様に足を洗って頂いたそのすぐ後に、光であるイエス様を離れて、外の夜の闇の中に出ていった。「あなたがしようとしていることを、今すぐしなさい。」というイエス様のことばを聞いてすぐに行動した。今までお側にいて聞き続けていたイエス様のことばには全く反応しなかったけれど、自分の欲望を果たすためにみことばを用いることにはなんと素早いことだろう。


「だれかが、わたしの言うことを聞いてそれを守らなくても、わたしはその人をさばきません。わたしは世をさばくために来たのではなく、世を救うために来たからです。わたしを拒み、わたしの言うことを受け入れない者には、その人をさばくものがあります。わたしが話したことばが、終わりの日にその人をさばくのです。」

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