はせがわしんじ、なんて書くと誰のことだろう、と思ってしまう。
わたしのなかで、彼はいつも「ブーチン」だった。
高校一年生のとき、前の席に座っていたのがブーチンだった。
入学前に新入生対象の健康診断というのがあった。
人間ドックのように、男女いくつかのグループに分かれて
ローテンションでまわっていくよう言われていた。
その移動中、体育館の戸の隙間から中をつい見てしまった。
そういうつもりはなかったが、覗き見といえば、そうなるのかもしれない。
で、そこでは男子の内科検診が行われており、
医師の前の丸椅子に上半身裸ですわっている人影が見えた。
わたしが見たのは茶色く丸い塊だった。
坊主頭がその上に乗っていて、ああ、人だとわかった。
背中の肉が丸椅子から零れ落ちそうに溢れていた。
アンコ型のお相撲さんの後姿もかくや、という感じだった。
こういうのを見てはいけない、と思いつつも
目が離せなかった。
見つめているうちに望遠鏡のピントがあっていくように
柔かそうな脂肪の揺れ具合や
背中にとびとびに出来たブツブツなども
手に取るように見えてくるのだった。
はー、こんなひとが高校一年生なんだあ、
とものすごく驚いたのだった。
そしてその驚きの後、なんだか物悲しくなったりもした。
その体で暮らすことの不自由さと
ほかのひととは違う羞恥とせつなさを思った。
そこまではまるで他人事で
そんなこともすっかりわすれていたのだが
入学式の日、まさのそのひとが自分の前にいた。
壁のようなつめえりの後姿を見ながら
その日から一年間
わたしはそのかなしい背中を見て過ごすことになるのか、
と暗澹たる気持ちになったりもした。
しかし、ブーチンはいいやつだった。
穏やかで優しかったし、
わたしとは、妙に笑うところがおんなじだった。
それは外見がどうこうというよりもずっと
いっしょにいて心地のよいことだった。
生物の教室ではふたり掛けの机でブーチンと並んでいた。
教壇から一番近い席なのに、
なにかにつけて雑談して先生に叱られた。
叱られながら、しょうがねえなあというふうに、
また、ふたりして笑っていた。
その生物で解剖をするから、カエルを取って来い、
ということがあった。
わたしとブーチンがチームでやるのだけれど、
その前、しばらくブーチンが欠席していた。
これはまったく不安で、ブーチンにカエルは大丈夫かと電話した。
はじめての電話が「カエル」コールだった。
ブーチンはいつもの穏やかな声で「大丈夫」と言ってくれた。
「あんたさんの分ももっていきまっせ」と。
そう、ブーチンはわたしのことを「あんたさん」と呼んだのだった。
それはなんだかくすぐったくもある呼び方だったが
その距離の置き方がブーチンらしいなと思っていた。
落第することになるのぶさんとブーチンとわたしは
後に京大にストレートではいる「フルモト」のガリベン振りをからかいながら
くくくくく、と笑うことの多い一年をいっしょに過ごしたのだった。
ところが2年になってクラスがちがってしまい
のぶさんも下級生になってしまい
三人はとんといききがなくなった。
ただ、書道のクラスだけがいっしょだった。
「あんたさん、どないしたはります?」
そんなふうにブーチンは声をかけてくれた。
またいつかどこかで再会することがあったなら
ブーチンはまた、そう言ってくれるにちがいない。
わたしのなかで、彼はいつも「ブーチン」だった。
高校一年生のとき、前の席に座っていたのがブーチンだった。
入学前に新入生対象の健康診断というのがあった。
人間ドックのように、男女いくつかのグループに分かれて
ローテンションでまわっていくよう言われていた。
その移動中、体育館の戸の隙間から中をつい見てしまった。
そういうつもりはなかったが、覗き見といえば、そうなるのかもしれない。
で、そこでは男子の内科検診が行われており、
医師の前の丸椅子に上半身裸ですわっている人影が見えた。
わたしが見たのは茶色く丸い塊だった。
坊主頭がその上に乗っていて、ああ、人だとわかった。
背中の肉が丸椅子から零れ落ちそうに溢れていた。
アンコ型のお相撲さんの後姿もかくや、という感じだった。
こういうのを見てはいけない、と思いつつも
目が離せなかった。
見つめているうちに望遠鏡のピントがあっていくように
柔かそうな脂肪の揺れ具合や
背中にとびとびに出来たブツブツなども
手に取るように見えてくるのだった。
はー、こんなひとが高校一年生なんだあ、
とものすごく驚いたのだった。
そしてその驚きの後、なんだか物悲しくなったりもした。
その体で暮らすことの不自由さと
ほかのひととは違う羞恥とせつなさを思った。
そこまではまるで他人事で
そんなこともすっかりわすれていたのだが
入学式の日、まさのそのひとが自分の前にいた。
壁のようなつめえりの後姿を見ながら
その日から一年間
わたしはそのかなしい背中を見て過ごすことになるのか、
と暗澹たる気持ちになったりもした。
しかし、ブーチンはいいやつだった。
穏やかで優しかったし、
わたしとは、妙に笑うところがおんなじだった。
それは外見がどうこうというよりもずっと
いっしょにいて心地のよいことだった。
生物の教室ではふたり掛けの机でブーチンと並んでいた。
教壇から一番近い席なのに、
なにかにつけて雑談して先生に叱られた。
叱られながら、しょうがねえなあというふうに、
また、ふたりして笑っていた。
その生物で解剖をするから、カエルを取って来い、
ということがあった。
わたしとブーチンがチームでやるのだけれど、
その前、しばらくブーチンが欠席していた。
これはまったく不安で、ブーチンにカエルは大丈夫かと電話した。
はじめての電話が「カエル」コールだった。
ブーチンはいつもの穏やかな声で「大丈夫」と言ってくれた。
「あんたさんの分ももっていきまっせ」と。
そう、ブーチンはわたしのことを「あんたさん」と呼んだのだった。
それはなんだかくすぐったくもある呼び方だったが
その距離の置き方がブーチンらしいなと思っていた。
落第することになるのぶさんとブーチンとわたしは
後に京大にストレートではいる「フルモト」のガリベン振りをからかいながら
くくくくく、と笑うことの多い一年をいっしょに過ごしたのだった。
ところが2年になってクラスがちがってしまい
のぶさんも下級生になってしまい
三人はとんといききがなくなった。
ただ、書道のクラスだけがいっしょだった。
「あんたさん、どないしたはります?」
そんなふうにブーチンは声をかけてくれた。
またいつかどこかで再会することがあったなら
ブーチンはまた、そう言ってくれるにちがいない。