アメリカ中西部でも,最も保守的とされる地域のひとつネブラスカ州リンカーンは,性的指向および性自認に基づく差別を禁ずる法律制定の検討段階にある.1993年フォールズ・シティで発生したブランドン・ティーナ(Brandon Teena)強姦・殺害事件は,後年アメリカにおけるヘイトクライム禁止法制定推進の原動力となった.本作は,ブランドンの21年の生涯で彼が受けた迫害を凄惨に描く.トランスジェンダー(性別越境,性別違和)の概念は幅広く,ブランドンの場合はFTM(Female To Male=女性から男性)の性自認だった.彼を「変態」「化物」と悪しざまに罵る人々は,同性愛に対する不寛容というよりも,"異端"が常人と肩を並べ,同じ権利を求めることに強烈な嫌悪をおぼえる.それが人間性の否定につながり,二級市民どころかアウトローとみなされ,悲劇が訪れる.
死後,ヘイトクライム関連の社会的整備のイコンに祭り上げられるブランドンだが,本作はその推進役を担うこととなった.20世紀終わりに,ドキュメンタリータッチでFTMの問題を提起し,ここまで容赦ない描写を可能にした作品は例がない.しかし,一すじの光も差し込まないほど救いのないブランドンの人生が哀れすぎると思ったのか,映画として彼の恋人ラナ・ティスデル(Lana M. Tisdel )を完璧な救済者として描いた.実際のティスデルは,ブランドンからトランスジェンダーと性転換手術の願望をカミングアウトされた後,彼と距離を置いていた.映画では,それにもかかわらず彼に不変の愛を誓っている.監督は,トルーマン・カポーティ(Truman Garcia Capote)やノーマン・メイラー(Norman Kingsley Mailer)らが切り開いた“ノンフィクション・ノベル”を参考にしたというが,それに倣うなら,この改変は致命的な瑕疵に等しくなると理解できなかったのだろうか.
無名時代のヒラリー・スワンク(Hilary Ann Swank)の力演に文句のつけようがなく,間違いなく彼女の全キャリアで最高の演技である.制作費わずか200万ドル,スワンクの日当は75ドル(約8,400円),累計でも3,000ドル(約34万円)だったという.6週間ボイス・トレーニングを受け,ワークアウトをしてボディを細身の筋肉質に仕立て,役作りのためショッピング先では男性を装い女の子に話しかけた.その体験を日記に記し,ブランドンの思考に近づこうと努力した.撮影終了後,スワンクが夫と一緒にレストランに入ると,ボーイが混乱して彼女を「サー」と呼んだ.ブランドンの出立ちがスワンクの本当の姿で,無理して「女装」して入店したと勘違いさせたということだ.