パリの母校エコール・ノルマールの留学生として,ローマへ赴いた23歳のロマン・ロラン(Romain Rolland)は,70代の女流作家マルヴィーダ・マイゼンブーク(Malwida von Meysenbug)との知己を得る.リヒャルト・ワーグナー(Wilhelm Richard Wagner),フランツ・リスト(Franz Liszt),フリードリヒ・ニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche )と親交のあったマイゼンブークは,理想主義的ヒューマニストに長じるロランに多大な影響を与えた.
1904年にパリ大学(ソルボンヌ)で音楽史を担当した頃,ロランは大河小説『ジャン・クリストフ』の連載を始めた.芸術と自然を愛し,失意と貧困の中,幾多の挫折体験を経て崇高な魂を失わない音楽家クリストフは,ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven)をモデルとして生み出された.本書は,ベートーヴェンの生涯を克明に追った文献ではない.“楽聖”の偉大なる意志,輝かしく気高いその魂に,崇拝といってよいほどの賛歌を連ねている.