私のNatural Life

自分らしく書いていきたいと思います。

夫が亡くなりました

2012-03-13 16:52:08 | 日記
 今年の1月20日、肺がんのため55歳で亡くなりました。

 去年の2月に宣告されて診断の結果、手術ができない場所のために抗がん剤治療を続けていました。

4回の抗がん剤でずいぶん小さくなったので安心していたのですが

いつの間にか元の大きさに戻って10月に再入院。

その後効果は現れず、無気肺で肺が真っ白になって酸素を使わないと歩けない状態になりました。

その酸素の量もかなり増えて、体力もだんだんなくなってきて着替えるのも自分で出来なくなってきました。


       お正月が迎えられるんだろうか・・・・。

そう思う日が続いて、寝る時も携帯と電話の子機を用意していました。

一時退院はしたものの、感染症になってクリスマスに再入院。お正月も病院で迎えました。

その後何度か先生から外泊の許可が出たので自宅に帰っていましたが

     

       4月の誕生日まで持つんだろうか・・・・。

そんな思いを持ちながら「これが最後になるかもしれない」と好きなものを食べてもらうようにしていました。


1月20日金曜日。午後12時40分。翌日も外泊の許可がおりていたので、リクエストされていたものの買い物をしていたところ

病院から容態が急変したとの連絡が入りました。

10分ほどのところにいたのですぐ駆けつけましたが、すでに意識はありませんでした。

看護師さんに聞いたところ、お昼も普通に食べていたそうで

急に苦しくなって自分で看護師さんを呼んだ直後に吐血して、窒息して心臓が少し止まってしまったそうです。

すぐ心臓は動いたんですがその後また止まってしまって

心臓マッサージを30分続けても戻らないと言われ、もう無理だと言われました。


 心臓が止まってしまったことによって脳に酸素が行かなくなってしまったせいか

人口呼吸器を付けている夫の手を握っても体温が低いのがはっきりとわかって


         ついにこの時が来てしまった・・・・。

そして午後2時、亡くなりました。

去年の3月11日に病院で地震にあって、その1時間後に5年生存は難しいと言われていたけど

まさか1年で逝ってしまうとは思っていませんでした。

でも体力がなくなって、どんどん自分でできないことが増えていくのを見ると覚悟しましたね。


 その後は葬儀やら手続きやらでとにかく忙しかったし、義母や義弟がやってきては


      親戚の香典はいくらもらった?

とか、子供の居ないことを分かっていて


       家のお墓の隣にお墓を立ててほしい

とか、葬儀の翌日から言われてかなり参ったりもしましたが

四十九日も終わって、義母や義弟もうるさくなくなって最近は時間に少し余裕ができるようになりました。

とはいえ、今までは保険やら年金やら守られていた部分が大きかったのですが

これからは自分で何とかしなくてはいけないんですよね。

夫が入院中は病院にもいかなくてはならないし、会社に籍があったので扶養範囲内で半日の仕事をしていましたが

いろんなことも落ち着いたので、フルタイムで働けるところを探しています。

私は48歳なので、職種は限られるかもしれないですが何とか探せばありそうです。

16日に一つ面接をしてくれる会社があります。決まると嬉しいのですが・・・・。



     今まで読んでいただいてありがとうございました。

     今回で最終回にさせていただきます。