1月17日(火)から1月29日(日)まで
『野村久之 野村はるみ 二人展』を開催します。

(野村 久之)

(野村 はるみ)
1945年東京大空襲の翌年、中学一年生だった私はこの戦争の悲惨さを表したいと思い、新宿の焼け跡を
20号のキャンバスに描きデパートで開かれた展覧会に出品した。私はこの作品を描きながら、子供心に絵を描いて生きようという決意をしていた。
その後、キュビズム・アンフォルメルの時代を経てケラ美術協会の結成、そして「足」・地球・円筒などをメッセビジョン(私の造語)として展開し、
現在のカリカチュアシリーズに到っている。いま思えば、どのシリーズでも現代社会に対するアンチ・テーゼや批判を含めていることがわかる。
平和を祈りながら。
日本画家として、ともに励んできた野村はるみも伝統的画壇に属しながら常に「新しい日本画」に向かって創造をしてきた。
中でも「共生シリーズ」の植物や小動物たちのミクロコスモスから「潮音」に連なる一連の作品に、彼女の深い愛や生命力を強く感じるのだ。
私たちは教職の関係で、東京―京都―広島―グァナファト(メキシコ)と居を移しながら、多くの友人や作家たちと共に切磋琢磨し、
大きな力を得ることが出来た。お世話になった諸賢に心からなる感謝を申し上げたい。
(作家 野村久之)
ぜひ、ご高覧下さい。
『野村久之 野村はるみ 二人展』を開催します。





(野村 久之)





(野村 はるみ)
1945年東京大空襲の翌年、中学一年生だった私はこの戦争の悲惨さを表したいと思い、新宿の焼け跡を
20号のキャンバスに描きデパートで開かれた展覧会に出品した。私はこの作品を描きながら、子供心に絵を描いて生きようという決意をしていた。
その後、キュビズム・アンフォルメルの時代を経てケラ美術協会の結成、そして「足」・地球・円筒などをメッセビジョン(私の造語)として展開し、
現在のカリカチュアシリーズに到っている。いま思えば、どのシリーズでも現代社会に対するアンチ・テーゼや批判を含めていることがわかる。
平和を祈りながら。
日本画家として、ともに励んできた野村はるみも伝統的画壇に属しながら常に「新しい日本画」に向かって創造をしてきた。
中でも「共生シリーズ」の植物や小動物たちのミクロコスモスから「潮音」に連なる一連の作品に、彼女の深い愛や生命力を強く感じるのだ。
私たちは教職の関係で、東京―京都―広島―グァナファト(メキシコ)と居を移しながら、多くの友人や作家たちと共に切磋琢磨し、
大きな力を得ることが出来た。お世話になった諸賢に心からなる感謝を申し上げたい。
(作家 野村久之)
ぜひ、ご高覧下さい。