時には目食耳視も悪くない。

読んだ本、観た映画、聴いた音楽、ふと思ったこと、ありふれた日常・・・

【動画紹介】♬7月10日生まれの作曲家♬

2022年10月14日 | 動画紹介
☆本記事は、Youtubeチャンネル『本の林 honnohayashi』に投稿された動画を紹介するものです。
 ご興味を持たれた方は是非、動画の方もチェックしてみて下さいね!


 1835年7月10日に生まれたのはヘンリク・ヴィエニャフスキです。
 ポーランドの音楽一家に生まれ、母と姉は名の知れたピアニストでした。
 弟もピアニストとして活躍し、兄弟で共演することもありました。

 ヴィエニャフスキは8歳でパリ音楽院に入学し、11歳の時にランベール・マサール(近代ヴィブラートの祖)のクラスを1等賞で卒業します。
 1848年にペテルブルグでデビューし、当時の宮廷ヴァイオリン奏者ヴュータンにも認められました。

 その後、弟のユーゼフとロシア各地で演奏会を催し、成功を得ます。
 この時に印象深かったロシア民謡を旋律に用いて作曲されたのが《モスクワの思い出》(作品6)です。

 1860年からペテルブルグで宮廷ヴァイオリン奏者として演奏活動をする傍ら、新設された音楽院でかつての師マサール直伝のヴィブラートを教えました。
 ヴィエニャフスキの独特な運弓法は古典的な奏法を支持する人々からは批判されましたが、彼の後継者であるアウアーによって引き継がれ、これがロシア派のヴァイオリニストたちに伝えられました。

 彼の作風は豊かなファンタジーとスラヴ的な色彩、ヴァイオリンの旋律性、名人芸技巧を融合したものでした。
 作品は主にヴァイオリン独奏と管弦楽(またはピアノ)のためのもので、中には教育用に書かれたものもあります。(《エチュード・カプリス》作品18)

 ヴィエニャフスキには心臓に持病があり、演奏会当日に倒れ、その代役を客として来ていたヨアヒムが務めたという話も残っています。
 彼の一番弟子ともいえるイザイはマサールからヴィエニャフスキへと受け継がれた近代ビブラートを1910年に初めて録音したヴァイオリニストです。


♬7月10日生まれの作曲家♬


=====
▼本の林の管理人ハヤシさんがお送りしています。
☆ツイッター https://twitter.com/honnohayashi



コメントを投稿