
私の尊敬する作家の一人、今東光さんの「失望するなかれ」をしみじみ思い出しています。
今和尚の薫陶を受けた島地勝彦さんが連載する乗り移り人生相談のファンなのですが、
今日は島地さんがこんなことをおっしゃっていました。
いま俺がみんなに伝えたいのは、今東光大僧正のあの言葉だ。
「失望するなかれ」そして「絶望するなかれ」
直接は被災していなくても、この危機的状況を前にして、呆然と立ちつくしている人にもこの言葉を送る。
悲しむのは当然として、いつまでも打ちひしがれていてはいけない。
誰かを悪者にして怒りをぶつけるときでもない。
いまこそ今東光大僧正が繰り返し口にした「どんなときも失望するなかれ」を実践するときだ。
こういうときだからこそ、生き残った俺たちは、自分たちにできることをしていかなければいけない。
闇を光に。
絶望を、希望に。
人は、前へ前へ、明るい方へ明るい方へと歩みゆくもの。
地震発生後、ツィッターで発信された
心に残るつぶやきを読みながら、
人生捨てたもんじゃない、失望するなかれ、絶望するなかれ…と呟いています。

さっきYahoo基金に小額ながら募金させていただきました。
祈ること、節電すること、ささやかな募金。
そして、日々を感謝しながら生きること。
そのくらいしか、できないけれど。
顔を洗ったり、化粧したり、水道の水が出ること、歯を磨けること。
こたつでぬくぬく寝られること、好きな音楽を聴けること、
トイレに気兼ねなく行けること、平和な気持ちで眠れること、
毎日洗濯した服を着られること、仕事に行けること、
少しの体調不良で病院にかかれること、
大事な人たちが生きて元気でいるということ。
本当に当たり前に思っていたことが、ありがたいことだなとしみじみ思います。

それはそれとして、気になる物言いを見かけました。
某ブログのコメント欄にて。
「正直、日本がこういう状況なのに、能天気な気分でいられません。
あなたはよくそんなにお気楽なことを書いていられますねえ。
ホントうらやましいですよ」
はあ?

補足しますと、通りすがりのアラシではなく知己のコメントのようでした。
何を感じるかは個人の自由なんですけどね。
それは書かずにスルーするのが、オトナの礼儀ってもんですよ。
戦時中の「一切切楽しいこと考えちゃダメだ、お国のために贅沢は敵だ!」
という統一思想的な匂いというか、悪臭を感じて、私としちゃゲンナリするんですけど

(※勿論、戦争を知らない子どもたち世代です)
それにね、顔で笑って心で泣いている人だっている。
暗い世の中だからこそ、明るい気分を醸したい、そう感じてふるまう方もいるんです。
きっと上記のようなコメントを平気で(というか上から目線で)書く人は、
「自分は人の痛みに共感できる、繊細かつ優しい人間」というラベリングに
深く酩酊されているのでしょう。
それは、個人の意識の話なんで容喙する気はないのですが、正直他人様の領域に
ずかずか踏み込み、嫌味を言うような人間に優しさも思いやりもないと思います。
それは、単なるナルちゃんの自己満足としか思えません。
傷ついた人に共感するのと、他者をそこまで堕として悲痛さを味あわせようとするのは
まったく別物だと思っています。
美輪明宏さんではないけれど
「ハート


