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16年目突入。ビッグイベントに心躍らせながら、草の根のスポーツの面白さにも目覚めている今日この頃です。

ノムさん 野球界に数々の足跡を残し、ついにこの世を去る!

2020年02月12日 | プロ野球

~日刊スポーツより~

プロ野球南海(現ソフトバンク)で捕手兼任監督を務め、ヤクルト、阪神、楽天でも指揮を執った野村克也(のむら・かつや)さんが11日午前3時半、虚血性心不全のため死去した。84歳だった。


昨年あの金田正一氏が、そして今年に入っても高木守道氏がこの世を去ったプロ野球界。
そして昨日、
日本プロ野球の顔ともいうべき野村克也氏が、
この世を去りました。
84歳でした。

夫人である野村沙知代氏が2年前に逝去してから、
たまにテレビ、ラジオなどでその姿、声に接することはあったものの、
目に見えて衰えた姿になってしまった野村さんを、
なんだかとても心配していました。

昨年のヤクルトOB会の姿、
そして先日の金田正一氏のお別れ会での姿を見るにつけ、
その思いは大きくなっていったのですが、
まさかこんなに早くお別れの時が来るなんて、
思ってもいませんでした。

やはり野村さんといえば、
監督時代のことが思い浮びます。
一方で現在のほとんどの野球ファンは、
野村さんが現役でプレーしていた時の姿を知る人は、
少ないのではないかと思います。

ワタシもほとんどそうですが、
彼の「生涯一捕手」という言葉は、
何か「かっこいいなあ」と思っていました。

現役時代の最後の最後2年間を、
西武ライオンズで過ごしたことを、
よく覚えています。

「あの野村が来た」
というのは新しいライオンズという球団を応援するにあたって、
本当にインパクトがありました。

「田淵、山崎と並んで、野村も来るなんてすげえなあ」

当時ワタシはそう思っていたはず。

実際試合にはあまり登場しなかったのですが、
初年度に負けが込む中16勝を挙げて新人王を獲得した松沼博久(兄やん)は、
たびたびインタビューで野村のリードにプロのすごさを感じたと発言していました。

「満塁の2-3でもボール球を要求する」
そのリードは本当にプロだと思ったと言っていて、
ワタシもそれを聞いて野球の奥深さの一端に触れた気がしたものでした。

一方ですでに大きく40歳を超えて選手としては最晩年だったため、
その肩の衰えは顕著で、
自由に相手に走られていたという印象もワタシの中では残っています。

ライオンズが初年度の酷い成績(最下位)から、
はじめてファンを沸かせたのが2年目のシーズンとなった80年の後期。(当時は前後期制)

ようやく2年目の後期になって投打がかみ合ってきた西武は、
新助っ人スティーブの大活躍もあってまさかの優勝争いに首を突っ込んできました。

残り10試合を切ってまだ首位にいた西武は、
阪急との本拠地ダブルヘッダーに挑みました。
「ここで連勝すれば優勝に近づく、1勝1敗でもまだ首位」
というようなシチュエーションだったと記憶しています。

当時の根本監督は、
この大事な若いチームにとっての【天王山】の試合に満を持して捕手・野村を起用。
チームには数少ない優勝経験を持つ大ベテランに、
試合を託したのでした。

しかし結果的に、
これが大きく裏目に。

野村は福本、蓑田ら俊足バッターをそろえる阪急に対し、
「出ては走られ、出ては走られ」というのを繰り返され失点を重ね、
おまけに主砲の田淵がホームに突っ込んでひざを痛めて退場。

踏んだり蹴ったりの試合で連敗し、
『初優勝』の夢が遠くなってしまったのでした。

ずっと声をからして応援し続けた帰り道は、
本当につらかったなあ。。。。。
次の日の学校では、
「やっぱポイントは野村だったよなア・・・・・・」
なんて話していたのが妙に心に残っていますね。

何せ初優勝が手に届くところに来ていたという、
妙にコーフンする試合でしたから。。。。。

それから程なく引退したノムさん。
引退試合は西武ライオンズで行ったんですよねえ。

そしてヤクルトの監督に就任するまでの10年、
ノムさんは解説者として活躍していたのでした。

この80年代というのは、
長嶋さん、野村さんという球界の大スターが、
40代という脂の乗り切った年齢にもかかわらずどこの球団からも声がかからず「下野していた」期間で、
今になって思えば、まことに持って惜しいとしか言いようのない時代と言えますね。

その野村さんは90年代に入って、
長い充電期間を経てヤクルトの監督に就任。

この就任については、
ワタシはあまり賛成という立場では見ていませんでした。

セ・リーグでは圧倒的にヤクルトを応援(?)していたワタシ。
応援というよりも、
ゆる~く野球自体を楽しんでみているという球団でした。

「優勝なんて、絡む気がしない」
という球団でしたが、
土橋さんとか関根さんとか、
江戸っ子気質満点ながらどこかゆる~い感じの球団の体質が好きで、
勝ち負けを度返しして、
野球を楽しんでいました。

特に80年代後半は、
池山、広沢のイケトラコンビに、
栗山、笘篠のイケメンが絡み、
外人にはパリッシュだとかデシンセイだとか、
とにかくブリブリと振り回す打者がズラッと並んでいる豪快な打線。

一皮むけば「三振の山」だったのですが、
それを関根監督が小言もいわずニコニコとベンチで眺めているという風景が、
何だか大好きでした。

常に優勝が義務付けられていた常勝軍団の西武を一方で応援していたので、
ヤクルト戦の観戦は一服の清涼剤みたいな感じでしたね。
当時は神宮のチケットも何だか簡単に入手できる環境だったので、
ちょっと暇ができると神宮に足を運んでいました。
神宮のナイターって、気持ちいいですからね。
多分西武球場に足を運ぶよりも、
神宮に行く機会の方が多かった気がします。(西武は土日じゃなきゃ、絶対にいけない遠くに位置していましたから)

そんなチームに理論派のノムさんが来たら、
なんだかチームのいいところがそぎ落とされちゃうんじゃ・・・・・・・
そんなこと、思っていましたね。

ホンモノのヤクルトファンは、
多分ノムさんが来て優勝を何度も経験させてくれたから野村さんは「救世主」であって、
崇め奉る存在であったのではないかと思いますが、
ワタシは上のようなココロモチで応援していたので、
「野村ヤクルト」になってからは急速にヤクルトという球団に興味を失ってしまいましたね。

それでも古田を中心として、
これと見込んだ選手をしっかりと戦力にしてチームをどんどん形作っていったのには驚きました。
あっという間に強くなりましたもんね。

90年代はまさに「ヤクルトの時代」「野村の時代」という事が言えるのではないかと思います。
逆に90年代になって長嶋さんが監督に復帰したので、
ワタシは巨人に注目して野球をみていて、
野村さんが事あるごとに長嶋さんや巨人をこき下ろしているのに、
何だか腹を立てていました。

リーグ、野球自体を盛り上げるためにやっているんだろうなあ・・・・・という事は重々承知をしていたのですが、
それでもその辛辣な物言いを聞いて、
しかも野村さんに長嶋さんが負けることも多かったので、
歯ぎしりをしたことも多かったように思います。

日本シリーズでは、
西武も2度までも煮え湯を飲まされましたしね。

ワタシがそんな野村さんをちょっと好きになったのは、
楽天を指揮するようになってから。

「マー君神の子」ではないですが、
老将といってもいい野村さんが弱小であった楽天を指揮して、
試合後に必ず行っていた監督インタビューで何を言ってくれるのか、
それがとても楽しみでした。

ボヤキが大半だった気もしますが、
その中にふっと核心を突いた含蓄のある言葉が吐きだされるのが、
とても楽しみでした。

楽天・野村監督については、
ワタシはファンであったといって良いかもしれませんね。

楽天の監督を辞してからは、
プロ野球の解説をすることも多かったのですが、
やっぱり「解説・野村克也」と聞くと、
テレビやラジオを自然にその局に合わせてしまう、
そんなことも多かったですね。

確か去年もニッポン放送の野球解説、
やっていましたよね。

関根潤三さんと野村克也さん、
このお二人のゲスト解説の日は外せない!!!
そう近年は思っていました。

その野村さんが、
鬼籍に入られたか。。。。

寂しい、
ただその一言です。

実は今日、
テレビの映像で金田さんのお別れの会の時の、
野村さんの姿、そして長嶋さんの二人の姿がワンショットで映し出されるのをはじめてみました。(テレビはあまり見ないもので。。。。)

野村さんが「年を取ったなあ・・・・」と思う以上に、
長嶋さんもとても年を取ったように感じられ、
足元がおぼつかない様子にすごくショックを受けています。

長嶋茂雄、野村克也。。。。

まさに不世出の大スター、
いつまでもお元気でいてくれると思った楽天的なワタシに、
現実が突き付けられています。

なんだかとても。。。。。

寂しい。

それしか言いようがありません。
王さんが意気軒昂にインタビューに答えられていた姿が、
せめてもの今日の慰めでありました。

いずれにしても、
偉大なプロ野球人、野村克也さんの死を、
悼んでいます。

合掌。


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