「亜人の献上品が見たい」 続き (その3)
(史料名 亜人貢献品見聞書取申上)
夷人共皆丈長く候處
首と足ハ存外小振りにて、不釣合ニ相見へ候
殊ニ足ハ(図あり=細長の足裏図)と申如く
申さハ、鳥獣に似候様にて
人畜の間と申さんも尤に有之
其上目ハ皆薄曇り茶色のやうにて
此方にて近眼と申ものゝ如くに有之候
夷人たちは皆身長が高く
首と脚は思ったより小振りで
不釣り合いに見えます
ことに足は鳥か獣に似ていて
人間とけだものの中間ぐらいで
目は皆うす曇りの茶色のようで
日本人の近眼の人の目に似ています
肌膚も鳥の羽をむしり候跡の如く
傍を通行候ても犬の毛を逆さまに撫候如き悪臭仕候
皮膚は鳥の毛をむしったあとのような感じで
彼らがそばを通ると
犬の毛を逆撫でしたような匂いがします
常に烟艸を至て好候て時なく吸候
丈三寸餘りの銅管にて眼首と申ものも無之
吸から咽へ入候ても聊かまひ不申
俗に申鼻焼ぎせるに□□□候所
火薬等佩居候ても平氣ニて相用申候
其上刻(きざみ)候ハ無之
皆葉煙艸の様ニて、或ハ其侭喰ひ候も有之
此土の烟草よりハ餘程厚く油をぬり候様に相見申候
タバコは大変好きなようで
いつもいつも吸っています
長さ10センチ程の雁首のないキセルを用い
吸い殻を咽へ入れても少しも構わないようで
俗にいう鼻焼ギセルに(似ていて?)
火薬など佩びていても平気で使っています
キザミ煙草はなく
みな葉煙草のようで、その侭吸っています
日本のタバコよりは余程油を塗っているように見えます
下官とも此方にて申候得ハ
仲間又ハ左官のものに比し可申
荷物の持運ひ等致し候
下官と呼ばれる人たちは
日本で云えば中間(ちゅうげん)か大工(職人)に当り
荷物運搬の役をしています
閑暇有之候得ハ、頻に遠方をも歩行致候て
農家ぇ入、婦人を追廻しなと仕り
婦女逃不申候得ハ抱き付候由
この人たちは暇さえあれば、遠方まで出歩き
農人の家へ無断であがり込み
女どもを追い廻し 逃げそびれでもしたなら
抱きついて来て悪ふざけをしているらしい
此日も村中皆戸を〆隠れ居候儀に有之候
雨天ニて泥足もまゝ坐敷迄も其まゝ上り候事ニて
何れも迷惑仕り
この日も村中の者すべてが
戸を閉めて隠れているようです
雨の日でも土足で座敷へ上がり込む者もいて
大変困っています
且此節ハ追々潮干にも罷成
婦女ハ常々貝を拾ひ渡世に仕候所
婦女子共にても一切濱邊ぇ出候事ハ不相成
殊の外難渋仕候旨申聞候
是ハ不便至極、且村々荒凶と被存候義ニ御座候
この頃は潮干になり
女の衆は例年の事ですが
貝を拾って家計の足しにしていますが
女は勿論子供までが一切浜辺へ出ることができません
全くもって迷惑な話だとの報告もあります
これは不便至極
村々は凶作と同様な事態でございます
上官は漫(そぞろ)に歩行も不仕候得共
禮儀ハ無きか如くに相見へ申候
必竟奴卒にても豪強の者ハ登庸せられ上官に相成候故
自然と上下差別なき如に相成申哉
聊揖譲遊謙の様子等ハ相見へ不申
詰り虎狼の群と可申様に奉存候
さすがに上官ともなれば
むやみやたらに出歩きはしないようですが
礼儀は無いも同然に見えます
下級の者でも豪強の人は登用され上官になれるようですが
それが上下の差別をなくしていて
いささか上官に対し敬まったり
へりくだった態度をとることに欠け
つまりは虎狼が群れをなしている様に存じられます
下官等ハ私共居候休息所ヘハ立替り入替り数十人往来致し
奉行衆の鎗なと鞘をはつし、刃の有無を試候得とも
供人共一向禁止も不仕候
如何ニも緩に過候御取扱ひと人皆申候
下官の人たちは私どもがいる休息所へ
入れ替り立ち替わり大勢で押し掛け
奉行衆が命とも思う大切な鎗の鞘をはずして
刀の刃を弄ったりしてふざけるものもいますが
連れのものも一向に注意をする様子はなく
いかにも規律のゆるみがひどすぎる
と当方の者たちは皆話しています
其上御役人衆供の内ニは
胡麻塩つけ候握飯取出し遣候ヘハ
悦ひ歩行なから喰ひ
日本飯(ヤツパンメシ)なとゝ和語を申候
酒ハ殊に喜ひ、料理所の口へ参りサケサケと申ねたり
冷酒にて替々飲に参候事ニ御座候
その上御役人衆どもの内には
ゴマ塩を付けたニギリメシを与えると
日本語まがいの発音で「ヤッパンメシ」などと云い
喜んで歩きながら喰う者もいます
酒は殊の外喜び
料理所の入口へ来て「サケサケ」とねだり
冷酒をかわるがわる飲みに来るという始末です
1854年(安政元年)早くも亜人に「慰安婦」となった人たちがあった
女性は弱きものである
話は飛躍しすぎるが
かつてはひ弱き女性たちよ(国でいうと韓国よ中国よとなるが)
こう迄も強くなると(相手である男性と或は日本と)喧嘩になるぞ
正義は当方にも相手にも同等の主張すべき正義がある
正義づらをヤケに表に出して過去のことをいつまでも恨み続けると
しっぺ返しがあるかも知れん
(頭の中では従軍慰安婦を思い浮かべているが)
そうはならないよう頼むから「いいかげん忘れてくれ」
我はあの世も近いからまだいい
しかし世界の大部分の人々は
これからも生きながらえなければならない運命にあるぞ
(史料名 亜人貢献品見聞書取申上)
夷人共皆丈長く候處
首と足ハ存外小振りにて、不釣合ニ相見へ候
殊ニ足ハ(図あり=細長の足裏図)と申如く
申さハ、鳥獣に似候様にて
人畜の間と申さんも尤に有之
其上目ハ皆薄曇り茶色のやうにて
此方にて近眼と申ものゝ如くに有之候
夷人たちは皆身長が高く
首と脚は思ったより小振りで
不釣り合いに見えます
ことに足は鳥か獣に似ていて
人間とけだものの中間ぐらいで
目は皆うす曇りの茶色のようで
日本人の近眼の人の目に似ています
肌膚も鳥の羽をむしり候跡の如く
傍を通行候ても犬の毛を逆さまに撫候如き悪臭仕候
皮膚は鳥の毛をむしったあとのような感じで
彼らがそばを通ると
犬の毛を逆撫でしたような匂いがします
常に烟艸を至て好候て時なく吸候
丈三寸餘りの銅管にて眼首と申ものも無之
吸から咽へ入候ても聊かまひ不申
俗に申鼻焼ぎせるに□□□候所
火薬等佩居候ても平氣ニて相用申候
其上刻(きざみ)候ハ無之
皆葉煙艸の様ニて、或ハ其侭喰ひ候も有之
此土の烟草よりハ餘程厚く油をぬり候様に相見申候
タバコは大変好きなようで
いつもいつも吸っています
長さ10センチ程の雁首のないキセルを用い
吸い殻を咽へ入れても少しも構わないようで
俗にいう鼻焼ギセルに(似ていて?)
火薬など佩びていても平気で使っています
キザミ煙草はなく
みな葉煙草のようで、その侭吸っています
日本のタバコよりは余程油を塗っているように見えます
下官とも此方にて申候得ハ
仲間又ハ左官のものに比し可申
荷物の持運ひ等致し候
下官と呼ばれる人たちは
日本で云えば中間(ちゅうげん)か大工(職人)に当り
荷物運搬の役をしています
閑暇有之候得ハ、頻に遠方をも歩行致候て
農家ぇ入、婦人を追廻しなと仕り
婦女逃不申候得ハ抱き付候由
この人たちは暇さえあれば、遠方まで出歩き
農人の家へ無断であがり込み
女どもを追い廻し 逃げそびれでもしたなら
抱きついて来て悪ふざけをしているらしい
此日も村中皆戸を〆隠れ居候儀に有之候
雨天ニて泥足もまゝ坐敷迄も其まゝ上り候事ニて
何れも迷惑仕り
この日も村中の者すべてが
戸を閉めて隠れているようです
雨の日でも土足で座敷へ上がり込む者もいて
大変困っています
且此節ハ追々潮干にも罷成
婦女ハ常々貝を拾ひ渡世に仕候所
婦女子共にても一切濱邊ぇ出候事ハ不相成
殊の外難渋仕候旨申聞候
是ハ不便至極、且村々荒凶と被存候義ニ御座候
この頃は潮干になり
女の衆は例年の事ですが
貝を拾って家計の足しにしていますが
女は勿論子供までが一切浜辺へ出ることができません
全くもって迷惑な話だとの報告もあります
これは不便至極
村々は凶作と同様な事態でございます
上官は漫(そぞろ)に歩行も不仕候得共
禮儀ハ無きか如くに相見へ申候
必竟奴卒にても豪強の者ハ登庸せられ上官に相成候故
自然と上下差別なき如に相成申哉
聊揖譲遊謙の様子等ハ相見へ不申
詰り虎狼の群と可申様に奉存候
さすがに上官ともなれば
むやみやたらに出歩きはしないようですが
礼儀は無いも同然に見えます
下級の者でも豪強の人は登用され上官になれるようですが
それが上下の差別をなくしていて
いささか上官に対し敬まったり
へりくだった態度をとることに欠け
つまりは虎狼が群れをなしている様に存じられます
下官等ハ私共居候休息所ヘハ立替り入替り数十人往来致し
奉行衆の鎗なと鞘をはつし、刃の有無を試候得とも
供人共一向禁止も不仕候
如何ニも緩に過候御取扱ひと人皆申候
下官の人たちは私どもがいる休息所へ
入れ替り立ち替わり大勢で押し掛け
奉行衆が命とも思う大切な鎗の鞘をはずして
刀の刃を弄ったりしてふざけるものもいますが
連れのものも一向に注意をする様子はなく
いかにも規律のゆるみがひどすぎる
と当方の者たちは皆話しています
其上御役人衆供の内ニは
胡麻塩つけ候握飯取出し遣候ヘハ
悦ひ歩行なから喰ひ
日本飯(ヤツパンメシ)なとゝ和語を申候
酒ハ殊に喜ひ、料理所の口へ参りサケサケと申ねたり
冷酒にて替々飲に参候事ニ御座候
その上御役人衆どもの内には
ゴマ塩を付けたニギリメシを与えると
日本語まがいの発音で「ヤッパンメシ」などと云い
喜んで歩きながら喰う者もいます
酒は殊の外喜び
料理所の入口へ来て「サケサケ」とねだり
冷酒をかわるがわる飲みに来るという始末です
1854年(安政元年)早くも亜人に「慰安婦」となった人たちがあった
女性は弱きものである
話は飛躍しすぎるが
かつてはひ弱き女性たちよ(国でいうと韓国よ中国よとなるが)
こう迄も強くなると(相手である男性と或は日本と)喧嘩になるぞ
正義は当方にも相手にも同等の主張すべき正義がある
正義づらをヤケに表に出して過去のことをいつまでも恨み続けると
しっぺ返しがあるかも知れん
(頭の中では従軍慰安婦を思い浮かべているが)
そうはならないよう頼むから「いいかげん忘れてくれ」
我はあの世も近いからまだいい
しかし世界の大部分の人々は
これからも生きながらえなければならない運命にあるぞ
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