ドイツ・邦人女性による虐待事件とその背景事情まとめの大嘘と阿呆さ

御免なさい、今後はlivedoorにおります、済みません。

一番の証拠物件が家内の逮捕から僅か一週間で私の元に戻ってきました?????

2006-07-11 09:39:50 | Weblog
おはようございます、今日は仕事は昼からです。

少しずつ情報を小出しにしていきましょう。

昨日秋田の小一児童殺害の件で現場検証が有ったようですね。さすが日本の警察、しっかりとしています。

家内の事故では

 1)本人を立ち会わせての現場検証は一切なし。
 2)無くなったせなに関しての解剖結果告知も一切なし。
 
でした。つまりそれが間違っていても、全て官憲側データを信じろーということです。日本だったら大問題、もし後で大学の権威が出てくる場合などに備えて、何人もの検証が行われます、調べました。又被害者である私にも詳細な告知も行われます。

さえき達のことで告訴を徹底的に準備しているのですが、その担当の警察官の方々にも「日本の常識とはかけ離れている」と言われました。

なしのつぶて、 こういった事が赦されているのですね。間違っていても何でも、自分のやり方を信じろーそれがドイツのやり方です。

ろくに裁判されないで結果も出ましたし(笑)。阿呆らしいですね(笑)!

それに家内は事故が発生した際、ネットサーフィンをしていたということですが、

 使用されたPCは僅か一週間で私の手に戻ってきました。直ぐ第三者にあげました、手元に置いておきたくないので、、、、。

 日本であれば裁判が終わるまで絶対に証拠物の返還は行われないようです。

 本当に適当です。又もっと詳細を書きますね。それがドイツの現状ですよ。

すばらしきかな、デュッセルドルフ!!!!!

2006-07-09 22:23:47 | Weblog
奈良の高校一年生の家族三人の放火殺人事件では彼の例の有名高校から嘆願書がたくさん出ております。私の家内の事件の時は、さえきの糞ブログを始めとする弱いものいじめの犯罪ばかりでした。彼らは、結果的には「天網恢々疎にして漏らさず」で自分の首をくくり、自ら達の逮捕を招いただけの「点に向かって唾を吐く」行為に終わっただけですが、さえきだけじゃなく、「これまでの信頼を築いてきた日本社会に対し謝罪も無いのか」等と言った糞ブログを書いてきた連中、それらも私の反面教師に、そして「こいつらを必ず葬ってやる」という意味で、一番私が落ち込んでいるときに私を奮い立たせてはくれましたので私としては彼らに感謝はしておりますが、本当に日本社会の稚拙さを心底感じました。日本社会とはこんなものなのですね。社会で母親を孤立させ、そしてそういった中、ドイツ人に奪われた子供の事でも誰も助けず、しかも被害者にさえきを始めとする穀潰しが、砂を掛ける、本当に最低の根性の連中が殆どでした。

その一方で、日本人で私たちを助けてくれたのはある家族と女性と生徒家庭でした。その八人の人達の厚情は一生忘れません。又その中でも、「嘆願書を日本人クラブを中心に取りますよ。」と暖かく言ってくださった方も居られました。勿論さえきなどゴキブリ連中が多々おりましたので、丁重にお断り申し上げました。そういった糞ブログ・ゴキブリは本当に世の中で最も最下層に入る精神構造をしている卑劣な連中です。弱いものいじめをする、外道中の外道、へたれ中のへたれです。暖かいお声を掛けて頂いたその方々にも恩返しは未だ出来ておりません。私は段々と落ち着きつつあります、やっとお返しさせて頂けそうです。

私が最も驚いたのは宗教家が、やはり糞ブログをしていることです。神をも恐れない、外道のやり方と言えるでしょう。彼らには必ずや神の導きが有り、まともな人間に改めて下さることを願っても止みません。

我々を助けてくださったのは一切開示いたしませんが、ドイツの方々です。本当に日本人や日本関係機関は恥ずかしく思うべきです。子供達は危うく、誘拐されたままになってドイツに取られるところでした。

上の子は今でもキュウリが好きです。これだけは頂けません。私はドイツのJ機関に毎日面会に行っていたとき彼がメインディッシュである昼ご飯で食べていたものは、何と

 きゅうりとスープ

だけでした。改めてドイツのまずしさを、そしてナチスを通して何故ドイツが生き残れたかを本当に認識しました。心底、貧しい食生活です。

私はJ機関に

 絶対に「彼はご飯しか食べないので、絶対にご飯を食べさせてください」

と言って、J機関の主任は

 「毎日食べさせています。了解しました。」

と嘘で返答し、堂々と約束を破っていました。

 さすが、さえきが大好きなドイツ

 うそ ばっかりと言うか、嘘しか有りません。

 ご免なさい、もうこういった気分の悪くなるようなゴキブリ連中の話はしない約束でしたね。ご免なさい、やめます、今から書きません。でも本当に*してやりたい位、憎悪しております。かれを*す為に生きていると言っても過言ではありません。明日はいよいよ弁護士との電話会議、又新たな情報がここにありますよ、、、、(笑)。

子供の奪還はドイツ人の方のお陰です。

子供の奪還が成功した今、家内は別に今に耐えれば良い、家内は最低自分のケツだけは拭かないと彼女自身がせなの為に納得できない。それを乗り越えないと彼女の人生は無い。私は何もなかったかのように彼女を受け止めるだけ、それが全てです。つまり、私は子供達と一緒に待っているだけなのです。子供達がドイツに略取誘拐されたままであったら全く事情は違います。残念だったね、さえきよ。子供達が帰ればそれで全てなんだよ、後は君の料理だけ、まずいけどね。

この勝負、我々の勝ちでした、やったー!

デュッセルドルフ、それは日本人の作ってきた素晴らしい日本人社会なんでしょう!

でも、現状田舎町と同じ、噂好きしか居ないし、それよりも何よりも、こういった若いお母さんを許容できるキャパさえないです。

弱いものいじめしか出来ないデュッセルドルフ、それに疑問を持たないでずっと過ごせているのはすごいですね、私には出来ません。

でもその中で素晴らしい方々も居られるのは事実です。先月その方に会えて、本当に嬉しかったです。

家内には社会復帰後「虐待」がこの世から廃絶されるために必死でボランティアをして貰います。

2006-07-08 00:54:48 | Weblog
下記の記事をご覧下さい。勿論報道だし、警察発表なのでかなり事実は歪曲されているでしょう。でも全体の二三パーセントのみを信じたとしても、このようなことは赦されるのでしょうか?昔、いとこのおばちゃんがストーブの上に置いていた熱湯を被り大変なことになったことが有りました。何故子供にこんなこと出来るのでしょうか?今私はせなをなくして、日本の親なら絶対にする、「何やっているの、あんたは!(バシッ)」さえ出来ません。手を上げることは絶対に出来ません。それに可愛くて可愛くて(多分うちの息子と娘が世の中の子供達の中で絶対に最も可愛い:単なる親ばか)、目に入れるどころか、子供のためなら死んでも良い、多分子供に車が突っ込んできたら、我が身で受け止め子供を守るでしょう、それくらい可愛い!!!!!!!!!!

その子供にいくら色々な事情が有るのでしょうが、やはり赦せませんよ。

でもその嫌疑は「傷害致死」です。日本はそうです。でもドイツでは、家内が必死でせなの蘇生をして、あれだけ可愛がったのに、そして誰もスーツケースが密閉だと知らないことくらい分かるのに、「殺人」です。

おかしいよね。

納得行きません、今回は少し感情的だったので次回からはもう少し、論理的かつ感情を殺して書かせて頂きます。



<傷害致死容疑>2歳娘に熱湯、虐待で両親逮捕 滋賀

 5日午前7時20分ごろ、滋賀県高島市の病院から「全身にあざのある女児が心肺停止状態になっている」と県警高島署に通報があった。2歳の娘を虐待して死なせたとして、滋賀県警高島署は、高島市新旭町安井川、航空自衛隊空士長、長阪健太容疑者(24)の二女優奈ちゃん(2)で、頭に化のうしたやけどの跡があり、間もなく敗血症で死亡した。同署は両親が虐待して死なせたとして、長阪容疑者と妻の千鶴容疑者(25)の2人を6日、傷害致死容疑で逮捕した。
 調べでは、2人は6月中旬ごろから今月5日未明ごろの間に、自宅で二女優奈ちゃんの頭部に熱湯をかけ、殴ったりけったりして、やけどなどの傷を負わせ敗血症で死亡させた疑い。優奈ちゃんは5日朝、「様子がおかしい」と2人が病院に連れてきた。全身に数カ所あざがあった。2人は「食事の行動が遅く、いらいらが募った」と供述しているという。 
 2人は昨秋結婚し、県営住宅に住んでいた。優奈ちゃんの他に、長女(3)、長男(8カ月)との5人家族で、女児2人は千鶴容疑者の連れ子だという。 
 関係者によると、優奈ちゃんは03年に生まれて間もなく乳児院に預けられた。千鶴容疑者が「引き取りたい」と申し入れ、今年5月中旬から同居。その後は同県中央子ども家庭相談センター(草津市)などが家庭訪問したり電話をして見守っていた。同センターは「訪問時にも困っている様子はなかった。本当に驚いている。残念だ」と話す。 
 近所の人によると、両親らが外出して電気を消した家の中に夜、子どもが一人残され、すすり泣く声が聞こえてきたり、出掛ける時に親から強くしかられていたという。 長阪容疑者は市内の航空自衛隊饗庭野分屯基地に所属。上司は「ごく普通の隊員。最近も変わった様子は見受けられなかった」と話している。

墓は掘り起こしてあげるつもりです、それくらいの恨みかな。

2006-07-08 00:37:07 | Weblog
久しぶりにアップします。中々アップできなくて済みません。忙しくて忙しくて、、、、。いずれにせよ、私の近況は一切書かないように弁護士から厳命されていますので申し訳ございません。但し、私の方向性はさえき達の意図する方向と全く逆の方向にいっていますね。天網恢々疎にして漏らさず、その方向性は今後の彼らを決定づけるでしょう。日本においてもそれ程難しくないですが、ドイツの売国奴をいぶり出すのは実に容易なこと、おまけに「時効」に影響されない、まさに私の意図通り、これはデュッセルネットも同様ですよ。何がデュッセルネットか、よろず広告か、笑わせるね。具体名は挙げるのをやめておきますが、西村が告訴をされて敗訴した、あのデュッセルドルフの名新聞、応援しています、皆様の御厚情は決して忘れません。そして何時の日か(本当の)お礼をさせて頂きます。逆に、大企業であるにも関わらず、そして西村の犯罪行為を分かっていながらも彼を商売に利用しているN社を始めとする一部上場企業、最近**わの寿司屋さんの方で会ったけど、這々の体で社長は逃げ出していたね。そんなに俺が怖いかね(笑)。これから貴方にも追い込みが始まりますよ。

さえき達は少し安心するようだけど、こういった売国奴の凶悪犯罪者の措置についてや真実の罵詈雑言は当面止めておきます。だって、それだったら奴らの超低レベルの欺瞞のみで構成されているブログと全く同じ、私の品性が疑われるので、、、、。乳児レベルのブログとそれをよいしょ(うんとこどっこいしょ)する輩、、、、例えば、ネット右翼と一緒に私のブログに挑戦してきた生徒と称する輩は何も連絡してこない、そして私がドイツで売春まがいのビジネスをしていたと抜かした奴(本当お臍でお茶を沸かすね、こういった奴らがさえきの糞&嘘のみのブログを構成しているんだね)、それに山本某という生徒と称する輩、こいつらも全く連絡してこないね。大丈夫ですよ、さえきの嘘のブログに協力してくれた連中は全て詳細にあぶり出して、殆どが共犯として訴追できるそうですから、、、、。

まあ頑張ってください。でもさえきさん、メールや書き込みは全てオッケー、ちゃんとアップしてあげるし、それにね今私へのメールは弁護士さんへ直行です。弁護士さんとは毎週月曜日に会えるときはお会いして、会えないときは電話できちんと貴方の動向については詳細を打ち合わせているので心配しないでね。一生貴方への恨みは絶対に忘れることは御座いません。死ぬまで追いかけてあげるので頑張ってね。墓を掘り起こしてやる位の恨みなので、、、、。まあこちらのやり方は一切貴方には教えないよーん!それは最終的に必ず分かることになるのでね(笑)!

次回からはいよいよ要点、今回の事故についての核心、そして犯罪被害者や加害者家族の気持ち、そして今後どういった精神的成長が日本人にとって必要か述べて参ります。

そして私の本当の考え方が今後アップされていくでしょう。それはさえき達がどれだけ嘘をぬかしているか、如実に示すことになるでしょう。全て弁護士の許可を取っています(さえきはドイツで弁護士をチャーターしているようだが、日本でこういったことをさせる弁護士が居ればお会いしたいものだ。犯罪を助長する弁護士、狂気の弁護士ですね。懲戒処分に日本であればなるそうです、うちの弁護士によると。)。

続犯罪被害者として思うこと、、、、。

2006-07-05 00:57:14 | Weblog
コメント有り難う御座いました。世の中には少しまともな方も居られて、少し感動しました。少しテレビの横でうたた寝していました、うたた寝で三時間、少し盲腸が痛くて心配していました。大丈夫でした。

私はヤギ被告の裁判の結果を見て、胸くそ悪く思いました。お前の娘の尊厳は充分これまで晴らしているだろう、マスコミを利用して、、、、。自分のやり方が通らなかったからと言って不平不満をマスコミの前で述べるなんて死者を冒涜していると、、、、。外国から来て大変な生活をしていたヤギ被告、すさまじい生い立ちを持ったヤギ被告の尊厳はないのか?

私は犯罪被害者と同時に、家内の夫であることから加害者家族という微妙な立場に置かれて、反論出来ない状態の事故発生当初(子供をユンゲンアムトから奪還することで忙しく糞ブログなどはどうでも良かったです。)は言われっぱなし、又「炎上」したと揶揄された時は家内の当時の弁護士からちゃちゃが入っていたしね、、、、(直ぐに弊社のHPを閉鎖しろーと弁護士命令があった)。悔しいよ、、、、。

この間目的が有ってブログを閉鎖したときなんかは、いきなりさえきからスケベ心丸出しのメールが山ほど入りました。今は彼からのメールは受け取れないようになっているーとくそさえきは言っているようだがそれらは嘘、、、、。実際には受け取ってはならないのだけど(「犯罪者と直接取引するのなら俺はこのさえき等の料理告訴から下りるぞ」という弁護士命令から)、私のことですよ、彼が先日送ってきたメルアドの一部にはフィルターは掛けていません。彼はメール出来るね。だから彼は私と直接連絡は出来るんだよね、、、、。勿論それは罠です。そう奴が虚偽の申告をブログにするのを期待してやっておきました。これら爆弾は徐々に効果を発揮していきますよ(笑)。勿論奴が私に先日ようなメールを送ってくれば、今度はそのXデーは一気に近づくだろうけどね(笑)。私が我慢をしているのは、一にも二にも全て家内の為、異国で頑張っている家内のためです。

勿論家内のことを考えて奴を料理する為には「時効」との闘いもあります。それは全てクリア出来ます、日本の刑法&刑事訴訟法、民法&民事訴訟法をよーく皆様読みましょうね(笑)!

脱線しました。

大阪教育大学付属小学校の遺族もマスコミを利用しました。反吐が出ます。社会的に高い立場に居るあの被害者家族は、自分たちの立場を利用して、死刑を執行しました。それでお前等は満足なのか?反吐が出ます。ハンムラビ法典のレベルだよね、、、。

犯罪加害者には人権は無いのか?何故そんなに世論を誘導するのか?勿論その陰にはそうさせている巨大な権力がある、それに利用されているだけです。要するに互いにスケベ目的が一致している、、、、。

私は多くのえん罪被害者を救済する活動を学生時代にやってきて、捜査や司法のレベルを知りたくないくらい知ってきました。だから、我々が判断出来ないレベルの事件である(これらは全て精神科医の領域であって、我々が云々するのはおかしい)宮崎勤さんの事件やさかきばらの事件などを、我々の範疇で考えるのは危険だし、世論が判決を決定する経緯を見ると、本当に日本は精神的にレベルが低いなーと思います。

それ以上にドイツの方が低いけどね、、、、。家内に関しては、同じような事件が多々発生しており、完全な見せしめ判決です。

必死でせなを蘇生した家内、そしてせなの面倒を必死で見ていた家内、それら全てを完全に否定して、自分たちの考え方を押しつけたやり方、そして被害者である私の意見を封印して裁判を進めた連中、私はドイツの司法には何の期待も出来ないと思います。

大阪教育大学付属小学校の事件とほぼ同時に発生した、明石の花火大会の犠牲者は今でも蹂躙されています。いつもあの明石のマクドナルドの近くを通ったとき、悲しさで胸が押しつぶされそうになります。彼らは全く報われていません。犠牲者に付属小学校の遺族のような社会的立場が高い親が居なかったから、、、、。それだけです。本当に可愛そうです。

gooに移してから、私のブログにこれまでにコメントが来たことは有りません。ネット右翼の襲撃を受けたから取りあえず直接コメントは許可してきませんでしたが、今回のコメントを見させていただいて、社会にはまともな人も居るんだーと感動しました。久しぶりに救われました。

さえきやそのよいしょ連中、そして逆に私側の、さえき達を叩きつぶそうとする味方、やはり互いのことを認めない存在でしょう。

でもその間のニュートラルな立場の方にも、こういったまともな発想が出来る人が居て、私は少し感動しました。

ブログに割く時間は惜しい、仕事メインでと考えていましたが、少し改めます。家内や私の反論はどうでも良い、別に大した被害を受けては居ませんので、、、、。

でも今後は私がさえき側の糞連中から受けた犯罪被害を頭に置いて、そういった重罪人を絶対に二度と作らない、そういった輩をのさばらせない、そして日本の思想レベルを向上させる為にも頑張ります。

今日も一日頑張ります!

本当の凶悪犯とは何か?

2006-07-04 17:59:33 | Weblog
朝早くから仕事をしてかなり疲れました、明日は少し開始が遅いので今日は少しアップしようかな。

今日ヤギ被告に無期懲役が出ました。私は犯罪被害者(家内に関してはえん罪ですが、もし家内が相当な判断である「過失致死」として起訴されたら、それは犯罪として認めなければならないので敢えてこう書きます。勿論「罪を憎んで人を憎まず」、最愛のせなの死は尊いですが、その死を乗り越えて頑張ろうとしている最愛の妻を完全に赦しております。最初に家内と会ったときに家内が私に言ってくれたこと、それでせなも完全に救われたし、私も彼女を完全に赦しております。)の一人としてこういった犯罪が有った際に(但しヤギ被告は被告人であり、裁判も継続中なのでこういった私の発言もえん罪を招いているのかもしれません。その危険性を事前に申し上げた上で、本当にヤギ被告がこの犯罪に従事されたと仮定した上で申し上げます。)、直ぐに被害者感情を使って、三権分立である司法判断にマスコミを用いて影響を与えようとするのは同じ犯罪被害者として納得できません。

又私は完全な死刑廃止論者です。総務省はいつも重篤な事件が有ったときに死刑の是非を国民に問います。そういった風潮の中で国民は必ず死刑を支持します。もし大きなえん罪事件があったときに国民に問えば、その解答は大きく変わるでしょう。

私の最も尊敬する人の一人である、故団藤重光・元最高裁判所判事はアムネスティへの寄稿の中で下記のように添えられております。

最高裁判事としての痛切な経験

以前から学者として、死刑は廃止するべきだと考えてはいましたが、最高裁の判事になってから痛切な経験があって、確定的に死刑廃止論者になりました。

それはある事件の裁判でのことです。
もっとも裁判官として、自分が扱った事件をとやかく言うことはできませんから、少し抽象化して申しますので、ご了承下さい。

その事件はある田舎町でおきた毒殺事件でした。

事件の被疑者としてある男が捕まったのですが、彼は逮捕以来ずっと否認を続けていました。
直接証拠は何もないのです。指紋も残っていませんでしたし、他にも直接証拠は何もなかったのですが、状況証拠から言いますと、この人がやったと疑わせるに十分な証拠がありましたので、一審二審ともに死刑判決を受けていたのです。

ところが弁護人の主張によりますと、警察は町の半分くらいを調べただけで、この男を被疑者として逮捕したようです。
そのため弁護人は、「残り半分の地域を調べたら、同じような状況にある人間が出てきた可能性がある」と主張しました。

それはもっともな話です。けれども、それだけで一審二審の死刑の判決を覆すだけの理由があるかというと、個々の状況証拠は動きませんから、それは難しいのです。

判決に影響を及ぼす重大な事実誤認があるときは、下級審の判決を破棄できますが、この程度のことでは破棄できません。私も記録をずいぶん詳しく調べたのですが、合理的な疑いをこえる心証が取れれば有罪というのが刑事訴訟の建前ですから、そのまま判決を確定させることになったのです。

いよいよ死刑判決を言い渡す日になりました。
裁判官がみんな席に着き、裁判長が「本件上告を棄却する」と言いました。棄却するということは死刑が確定するということです。

そして裁判官専用の出入り口から私たちが退廷し始めたその時です。
「人殺し!」という声が法廷中に響いたのです。罵声です。私たちが罵声を浴びせられたのです。

私はいつもでしたら傍聴席のこんな罵声くらいで驚きはしませんが、正直なところ、「本当にこの人がやったのだろうか」という一抹の不安を持っていましたので、このときの「人殺し!」という声はこたえました。その声は今でも忘れられません。

その事件で私が感じたわずかな不安というものは、多分に主観的なもので、人によって違うと思います。その小法廷の5人の裁判官の中でも、そういう不安を持ったのは、おそらく私だけだったでしょう。残り4人の裁判官は、自信を持って死刑判決を言い渡したと思います。
でも私には、わずかに引っかかるものがありました。

しかし現在の司法制度の下では、このようなケースで判決を覆すことはできません。そして死刑制度がある以上、この事件で死刑が確定したことはやむを得ない結果でした。

私はこの経験を通して、立法によって死刑を廃止する以外には道はないとはっきり確信するようになりました。



再審への道を広げた「白鳥決定」と、死刑事件における誤判の可能性

それと前後しますけど、私は「白鳥事件」という事件の審理を担当し、「白鳥決定」と呼ばれる判決を下しています。これは再審の基準に関する裁判です。

詳しく申しますと、今までは無実の証拠がなければ再審は認められませんでした。それをこの裁判では、無罪判決になるような新たな証拠が示されれば再審を認めてもよいことにしたのです。つまり再審の基準を緩やかにしたわけです。

刑事訴訟法では、有罪か無罪か分からないような場合は、合理的に考えて有罪の判決に疑いの余地があれば無罪になります。これは刑事訴訟法の鉄則です。私たちは再審の場合にもそれを適用すべきであると考えました。

ですから原判決で認定した事実に疑いを持たせるような証拠が出てくれば、それで再審の開始ができるようにしたのです。

これはかなり大きな前進でした。
「白鳥事件」そのものは棄却されましたが、この裁判の作った基準が後にあたえた影響はとても大きくて、ご承知のようにその後すぐに4つの事件が、再審で次々に無罪になりました。

その中の免田事件と財田川事件は私の小法廷に来ましたから記録も読みましたが、これはやっぱり再審開始が当然だという事件でした。
しかしそういう事件でさえも、今までの古い基準では再審を開始できなかったのです。

新しい基準にしてから短期間で、4人が再審で無罪になったわけですから、私たちも相当ショックでした。「白鳥決定」を出していなければ、4人はおそらく無実のまま死刑を執行されていたでしょう。そして「白鳥決定」以前に、再審の請求をしたにも拘わらず棄却されて死刑になってしまった人は、相当な数いるのではないかと思います。明治以来の事を考えたら大変な数になると思います。

誤判の問題が死刑廃止論の大きなポイントになることは昔から言われていますから、私も学者としてもちろん知ってはいました。しかしまだ身につまされて感じていたわけではありませんでした。

でも死刑の問題は、身につまされて感じなければ本当にはわからないのです。頭だけで死刑が良いとか悪いとかは判断できないはずです。

私は最高裁の審理で、先に述べた事件にぶつかって初めて、この問題を身に沁みて自分のこととして考えるようになりました。
それ以来、私は誤判の問題は決定的な問題だと考えるようになったのです。

人間は神様ではありませんから間違うのは当たり前です。おそらくどんな人でも、死刑存置論の人でさえも、誤判の可能性を否定する人はいないと思います。
それをある程度仕方がないと考えるか、絶対に許せないと考えるか、それはもう人間的な感覚の違いです。

私は結局のところ、死刑存廃の問題はそういう感受性の問題だと思います。
無実の人が「自分がやったのではない」と絶叫しながら死刑に処されていく姿を想像してみて下さい。それがどんな不正義であり許されないことであるか。

頭で考えているだけでは、そう思わない人もいるかも知れません。しかし心で感じるととうてい許せないことです。それだけで私は、誤判論が死刑廃止論の大きな柱になると思うのです。



日本における死刑制度廃止の展望

死刑制度が存続している以上、死刑判決をなくしてしまうことは難しいと思います。しかし死刑を適用する基準を少しずつ厳しくしていき、死刑判決の数を少なくしていくことは可能であると思います。

以前、「永山事件」の控訴審で船田裁判長は、日本中の裁判官が一人残らず死刑を言い渡すような事件でなければ死刑は適用できないと言い、一審の死刑判決を無期懲役に変更しました。いわゆる「船田判決」です。

最高裁はその後、この判決を破棄し高裁へ差し戻しましたが、私は審理を担当した小法廷の判事から相談を受けたとき、あの形で確定するのは難しいが、船田判決の精神をできるだけ生かして欲しいと伝えました。
そして最高裁の判決をよく読んでみると分かりますが、「船田判決」の精神は十分に生きているのです。

しかしその後、どういう理由か、下級審では以前に比べて簡単に死刑判決が下されるようになってしまいました。その点に関しては、私は今の裁判官に、もっと頭を切り換えてもらいたいと思います。

感情に流されたら裁判は成り立ちませんが、しかし感情を抜きにした血も涙もない判決というのは、司法の精神を殺してしまいます。血も涙もある、しかし法律はちゃんと守るというものにして欲しい。そうすれば死刑判決はもっと減ると思います。

そして死刑判決が減れば、死刑を廃止しても影響が少なくなり、廃止する際の抵抗もなくなると思います。





 私の意見に変わります。そういった中、刑罰に関して重罰化が進められております。

 この囚人達の処遇のお金(刑務官、施設、仕事のない刑務作業への補填)は誰が払うのですか?私は納得できません。

 又、人が人を殺す死刑などは最も醜い被害感情です。それを第三者である国民が何の躊躇いもなくそれを甘受する日本社会には本当に稚拙さを感じます。

 そして被害者救済法が多く成立していき、その基盤が成立する中、さえきや2チャンネルの「正義」の仮面を被った世の中でこれ以上居ないくらいの被害者を苦しめる凶悪犯が多く存在し、それが毎日正常な生活を送っていることが赦される日本社会は絶望的でしょう。

福島民報から

「犯罪被害者にやさしい社会に」

 笑顔で見送ってくれた家族が、変わり果てた姿になり、物を言わなくなる。残された遺族は驚きと悲しみ、混乱の中で絶望のふちに追い込まれる。頭をよぎるのは家族に手をかけた加害者に対する憎しみ、報復の思い、あるいは後を追って自ら命を絶つことか。どん底からはい上がり、生きる力になるのは家族の死に対し、加害者に相応の報いを受けてもらいたいという一念ではないか。

 山口県光市の母子殺害事件で、最高裁が当時18歳だった男性被告の無期懲役の高裁判決を破棄し、審理を差し戻したことは、妻子の命を理不尽に奪われた本村洋さんの7年間かけた執念が実ったといえる。少年法では18歳未満の少年に対する死刑を禁じているが、最高裁は「極めて悪質で結果も重大。動機に酌むべき事情はみじんもなく、非人間的所業だ」と断じており、差し戻し審では被告に死刑判決が言い渡される公算が大きい。

 本村さんは一審で遺影の持ち込みを拒否されたり、法廷での発言を制約された。なぜ妻子を殺害したのか加害者に問い掛けることも、反省の言葉を聞くこともできない。裁判で被害者がないがしろにされている現状を知って、犯罪被害者の会(現全国犯罪被害者の会)をつくり、被害者の権利確立を訴えてきた。

 犯罪被害者の人権と被害回復のために国家補償制度を唱えた先人に故市瀬朝一さんがいる。市瀬さんは昭和41年、一人息子を19歳の少年に自宅近くで刺殺された。息子は「おやじ、悔しいから、かたきをとってね」と言って息を引き取ったという。昭和50年、国会での市瀬さんの陳述記録がある。

 「初めて法廷というところへ行ってみて、生と死というものに対して余りの区別があるということを私はつくづく感じたのです。遺族に対して一片の公判の通知さえも無いのに、犯人には国選弁護人がつけられ、丸々太った血色のいい顔をして、薄ら笑いを浮かべている犯人を見て本当に腹が立ち、廊下でせがれと同じところを刺してかたきをとってやろうと思いましたが、色々考えると、そのこともできず…」

 「いわれなき犯罪」に巻き込まれた人たちの救済制度に人生をささげた市瀬さんの思いは、のちの犯罪被害者等給付金支給法、改正少年法、平成16年制定の犯罪被害者等基本法などで形となっていく。物も言えず、ただ耐えるだけだった犯罪被害者をめぐる環境は大きく変わってきている。

 家族や愛する人を失った人たちが無念さや胸のつかえを抱えたまま生き、さらに精神的、身体的にさまざまな二次被害を受ける社会ではありたくない。二次被害を防ぐ支援のシステムも出来上がってきているが、犯罪被害者の心を慰め、癒やすのは法律とともに周りの人たちの理解と温かい目だろう。
 県内外の殺人事件は残念ながら、後を絶たない。亡くなった命は帰ってこない。最高裁の判断を受けて、本村さんは「わたしは一生(家族の)死を背負う。死刑判決で癒やされることはない」と言った。遺族の悲しみは他人には決して分からない。人が人の命を奪う悲劇を繰り返さないことはもちろん、犯罪被害者にやさしい社会でありたい。(半野 秀一)

 さえきのゴミ達のやり方を見ていて、恐らく今後私が取っていく手段は

そこまでやらなくていいだろう。

というものになるでしょう。

でも、それは違う。彼らのやっている犯罪は軽微なものではない。「被害者=弱いものいじめ
という世の中で最も最悪の凶悪犯罪である。

そういった輩を看過することは有りません。

又来週の月曜日も弁護士との定期連絡

待っていてくださいね、 み な さ ま !

たのしみにしていてね!

2006-07-01 05:49:01 | Weblog
今日は久しぶりにアップします。今から少しランニングに行きます。体鍛えないとね、、、、。

今日は二点、一点はどれだけ今の家内が素晴らしい女性かということを書きます。先ず家内のことから、、、、。

家内はとある事情で家出(彼女にとっては精神的に大変な大事件が訪れようとしていた)をして、そして私のもとに飛び込んできました。当時先妻と家庭を持っていた私としては本当に辛い選択だったのだけど、連日が先妻と喧嘩の私にとっては彼女との時間は宝石にも値する時間でした。本当は追い返すべきだったかもしれません、でもこの辺が私の甘さなんですよね、一人っ子で言いたいことが有っても言えない。嫌な仕事も引き受けてします。今は少し変わりました。今でも仕事で山のようなオファーがあります。でもばしばし断っています。今回の事故のために、そしてネット中傷犯罪者であるゴキブリたちの為に強くなれて、本当に有り難う、感謝しております。

今来週弁護士に提出する書類を作成して疲れました。

今の家内はその家出まで、殆ど部活以外で遅く家に帰ったことが無いーという超お嬢さんでした。勿論男性との外泊など皆無です、というか殆ど男性と付き合ったことすら有りません。

家内とせなの出会いはその家出の直後でした。私はせなを先妻には任せておれなかったので良く連れ出していました。そのせなを24時間、自分が寝なくても抱っこしていて、布団では彼氏である私でなく、せなを抱きながら寝ていました。

なにをするにもせな、せな、せな、でした。

下の子が出来てから家内の気持ちは少しせなから離れましたが、それは当然のことでしょう。若くして帝王切開で産んだ下の子、誰だって手が掛かる下の子に行きます。

それにもまして、先妻との大バトルは激しさをましていました。確かにせなは先妻と少し似ているところが有りました。私にとっては先妻は一時的にせよ選んだ女性なのですから、別にどうってことなかったのですが、家内にとっては先妻とせながダブることがあったのかもしれません。でも先妻はそれでも必死でせなの面倒を見ていました。

家内が下の子を可愛がるのを見て、より一層せなを可愛がりました。私にとっては二人とも自分の子、だから絶対に分け隔ては出来ませんでした。又教育者である私にとってはその分け隔てこそ自分のアイデンティティを崩壊させる大事件であったし、そういった意味では私は事故当時、今ほど下の子の事が実質可愛くなかったかもしれません。せなの方が可愛かったです。今は目に入れても全く痛くないくらいのかわいさですが(笑、勝手だよね。)!

でも家内はよく看たと思いますよ。でも、せなも完全に家内を受け入れてはいなかった。せなにとって親は私だけだったのだろうと思います。後はおばあちゃんかなあ。特に食事に関して厳しかった家内のやり方はせなにとって最悪だった。育児書や専門家、そしてそれこそドイツのユンゲンアムトのやり方からだったら当然家内のやり方が正しかったけど、日本の古きよき時代のうちの親のやり方は全く違った、せなに食べたいだけ食べさし、TVも見たいだけ見させました。当然子供はその方がいいよね。

家内は先妻との闘いがあったので、せなには厳しい受験戦争を勝ち抜かせる、そしてエリートに育てるーという計画が有った、最高の教育を付け、先妻を負かせるーそういった拘泥が今回の事故の布石となったのでしょう。だから厳しく育てる。

後今回の事故のもう一つの原因はそれは「嫁VS姑」の闘いであったと思う。孫以上の年齢差の嫁である私の母からの闘いは一切無かった。でも私を取られている家内にとっては嫁ー姑の闘いは実際の闘いであった。最愛の夫が姑の話は聞く、赦せない。だからせなを下の子以上に可愛がっていた(母は可愛そうな身のうちのせなを可愛がっただけ、下の子は家内が可愛がっていたので必要なかった)姑、下の子を率先して可愛がらない私の母には腹が立っていたのでしょうね。今は母はものすごい下の子のファン、何時も一緒に寝たがります。

裁判など茶番劇、ましてや取引された裁判など見るに耐えない。

全く裁判で出てきていない裏事情は私が山のように私が抑えています。私は自分が不利になることは開示するけど、私以外の人が不利になることは一切開示しません。正義はそういったことだから、、、、。教育者は例え相手が絶大な権力であっても絶対に闘うべき、すぐにころりといくようじゃ、命掛けて生徒は教えられない。でも今回のくそブログを見ると、教育者って本当に救われないね。嫌になります。

疲れたのでもう一つの理由は明日以降暇なときに、じゃ。

そうそうくそコメント書く連中の為にコメントは抑えているけど、正しい、そして挑戦的なコメントは載せます。どんどん認証を掛けてね、それと訳の分からない書き込みをする生徒を語る嘘つき連中、早くメール下さいね。

次回暇なときに

 浜田 寿美男 著 「自白の心理学」 岩波新書

 をあげます。

 どうやって自白が捏造されていくのか、みものですよ。

 さえきやくそブログ連中、ドイツのよいしょ弁護士は日本では一切助けてくれないよ、あなたたちも家内が捏造されたように、こうやって自白を取られていくのだからね、私もさえきのブログに

 これが犯罪者のやっているブログか

 って書き込もうかしら(笑)。本当にくそのよいしょ連中のゴミ共には腹が立つ。そうそうこのブログを読んでいるお前だよ(そうじゃない人ご免なさい!)!

 料理方法は今膨大な書籍を読んでいるので、最も屈辱を与え、最悪の方法で駆除できるやり方を考えてあげていまーす!それが社会のためだから。

 数年後を楽しみにしていてね!

世南が居ない人生なんて、、、、。

2006-06-27 11:38:01 | Weblog
今日は少し良いことが有ったので、教会の奉仕のお仕事を中途で終えさせて貰ってお墓に御報告、教会の人のお話では世南はもうこのお墓に居ないそうです。三歳未満で無くなった子は世の中の汚れを知らない最高霊で、私の子供でなくて私の人生の先輩とのことでした。もう既に生まれ変わっている可能性が高く、何一つ心配しないで良いんだよ。彼が皆のことを見守っているからねーと毎日言われます。

私は世南がこの世に誕生してからずっと彼のことを目に入れても痛くない位に可愛がってきました。私は先妻のことも今では評価しようとしている、彼女は世南が産まれ出でたときそのうれしさを表す術を知らなかったのでしょう。だから私は今は彼女を評価しています。でもそれでも私は結果は結果だけど、どう考えても世南へのトータルな愛情は現在の家内の方があったと思う。世南の納骨の際に私は先妻に声を掛けた、でも結果彼女は納骨式にも来なかった、彼女は現在の家内への恨みで生きています。それはやはり違うと思います。私は今の家内が現れなかっても先妻とは別れたと思う、毎日が喧嘩だったから。私は世南が居たから我慢していた。私は過去に子供を流産で失ったことがある。その子供の供養は今でも一年に二回行っている。その私にとって、何と言っても可愛かったのは今の子達には悪いけど世南だった。だから私が最も尊敬するアイルトン=セナの名前を附した、気合い入っていた。家内の虐待は全く存在はしなかったが、今の家内は彼女との二人の子の上の男の子が出来てから少し気持ちが変化した。私ならば教育者として、もし彼女の立場になれば連れ子の方を大切にしたと思う。少なくとも私は頭から入る方なので、例え感情は違っていてもそうしたと思う。でも若いお母さんにそれを強いるのは無理だと思う。私は上の子を先ず最初にーという方針だったので家内とは対立することになった。又先日アップしたように、我々は昨年の三月にドイツで妊娠が分かった家内を急遽ドイツから動かせなくなった、そして暫くは家事も当然ままならなかった。そういった中で、一週間程度日本の私の母に預けていた世南を家内の流産の可能性が無くなるまで動かせなくなり、そしてその状況が落ち着いた六月に私の母は世南を連れてドイツに来た。勿論祖母は目一杯世南を可愛がっていた、祖母は子育ての責任は無いので甘やかし放題である、それは当然のことで、全く祖母は悪くない、むしろ悪いのは祖母に甘えていた我々である。

現在の家内の教育は厳しかった。子供にとって良くないTVは見せない、しかし日本で世南はTV見せ放題であった。食事にしても今の家内は適量以上は与えない、育児書にそう書かれてあったし、その育児書が今の家内にとっては全てであった。そういった中、世南は毎日人目を盗んで食べ漁るようになった、でもこんな結果になるのだったら本当に全て食べさせてあげれば良かった、涙が止まらない。

私と現在の家内は世南のことでは争った、私も今の家内と世南のことで、離婚を決意したことも有った。世南はいつも深夜早朝仕事をしている私のところに寄り添ってきて、何時も私と一緒に過ごした。世南はお父さんだけが頼りだったのかもしれない。世南にとってお父さんが全てだったのかもしれない。でもそれは違うんだよ、お母さんも目一杯君のことを考えていた、でもその愛情の方針が違っていたんだよ。

家内と私は年が離れている。だから私も言えなかった、もっと彼女に厳しく言うのであった、それが私の最大の反省点である。猛省すべきで、私はこのことを墓場まで引っ張っていくだろう。

私たちは亡き世南という重い十字架を負って一生生きていく、その中でさえきのような犯罪者が現れ、本当に苦しかった。人のこともおもしろおかしく言い、自らは救世主のようなふりをする究極の犯罪者、被害者を苦しめる鬼中の鬼、こういった人間が存在する限り私は闘わないと駄目なんだと思う、私たちのような被害者が二度と出ないように、、、、。

殺意が無くても殺人、ドイツの殺人罪の認定って面白いよね、日本じゃ公判維持出来ませんよ。私はどうでも良いけど自分のことは大した被害もないのでそれ程腹が立ちませんが、さえきなどに「あきさん」等と言われると何か気持ち悪くて身震いします。こういった連中に結果的に家内が陵辱されているかと思うと、体中の血が逆流します。

今日は少し精神的に落ち着いたのでまとめてアップします、久しぶりです、こんなのは、、、、。少し掲示板や2チャンを見ていて、本当に情けない奴が世の中に居ると言うことがよく分かりました。お前何様なんだ、お前なんかに言われたくないわ、可愛そうにーと思うようなものが山程、、、、。奈良の放火殺人事件だって、あれがドイツだったら即、子供の大虐待だよね(18歳以下の子供はドイツでは全てユンゲンアムト管轄下だからね)!あのお父さんは成績が悪かったらばしばし殴っていたそうだから、、、。でもそれは愛情から来ているんだろう。私だって最愛のせなを「ばしっ」ってやったことはあるよ、それは日本人では当然のこと、警察で言われたから「じゃお前は無いのか?」と聞き返したら、黙った、お前だってやっているんだろう、格好つけるなーとね。でも日本とドイツの子供の教育に対する考え方は全く違う。私もこれははっきりと言うけど、今もって本人から完全には聞けていないけど何故せなを本人が入りたがったからと言ってもスーツケースに入らせてあげたかは分からない。私の前で家内はそういったことをしたことはないので、私も最初は耳を疑った。でも家内は日本人が通常にする、子供がおいたしたときに行う「押し入れ」お仕置きの代わりにしたそうである。私もそうだが日本人の男の子にとって「押し入れ」は天敵、皆親にされているからね(笑)。ドイツの人が聞いたら吃驚するだろうね。ドイツにいてドイツ人にされた注意の中で目一杯迷惑だったのは、子供達を裸足でベビーカーに乗せていたときに何時も注意されたこと、、、、。日本人にとって、幼稚園で子供を裸でマラソンさせることや、裸足教育は普通だし、それが健康のためと考えられている、ドイツの教育は日本では全く通用しない。

そういった連中に裁判をされたら、こうなるんだろうね。常識が異なるんだ。

少し外れました、奈良の放火事件のような事案は山のようにやってきました。進学校で勉強に遅れると取り返しは不可能、逮捕された子供の気持ちも、お父さんの気持ちもよく分かる。あのお父さん最愛の妻と子供を亡くし、そして最愛の息子を逮捕され、自分は攻められ、本当に可愛そう。訳の分からん連中に非難されたりして、お前何様だ!

いずれにせよ、本当に人間的に優れている人間は人のことを批判したりしない。勿論私も出来ていないから駄目だけどね。それはあらゆる事を学習していくと自分の馬鹿さ、自分の愚かさ、自分の弱さ、自分の駄目さ等に気づくからだ。それを匿名で非難している連中等の意見は聞く耳を持つ必要がない。「便所の落書」と称されるのは当然だ。

私もまだまだ駄目だね、もう少し達観しないと、、、、。

さえきとの争いだってそう、互いに自分の範疇・領域に引き込んで、誘導して、自分に有利な勝負をしようとしている。私だってそうだ。私の目的は別に彼とネットで争うことでなく彼への恨みをきっちりと果たすことである。そのため、私は昨日も弁護士と徹底的に話し合った、毎週月曜日に定期報告をすることになっている。ネットで書かれていることや、その他の情報も全て弁護士に通達する。そしてそれに基づいて弁護士の秘書達が裏付け調査をし、特に悪質なものについては徹底的に専門家に調査依頼する。今私はそれらを払うお金がはっきり言ってない、それを先週伝達した。回答はこれまでのように、さえきやその他の連中と勝手に交渉を一切しない、そしてブログの内容に関してはアウトラインを全て前もって連絡する、そして私宛の書き込みの事前了承メールや私宛のこの件に関してのメールを全て包み隠さず弁護士に転送する、それを了承した上で、これまで支払ったお金と将来払えるようになったら払うという破格の条件で、この件を受けて貰った。被害者感情を逆撫でする犯罪者は絶対に赦さない、応援する限り、全て自分のやり方に従うーという条件だ。良い弁護士に会えて嬉しい、、、、。

私も出来るようになれば、私のような犯罪被害者を追い込む連中をとことん追い込み、刑事訴追するための基金を作るつもりである。弱いものいじめは絶対に赦さない、そのため私も必死で頑張ります。

私はやるけどね、、、、。

2006-06-25 20:34:46 | Weblog
久しぶりにきちんとブログに書きます。

仕事終わりましたので、、、、。でも最近あるドイツの人と久しぶりにお会いしてその方との思い出を噛みしめて懐かしかったです。その方ともう一人の方との約束を何年かかっても成就して、一歩前に進みます。確かに今の仕事は収入は微々たるものだけど、それなりにしっかりと生きているなあーと思えます。最初は毎日生活していくだけ稼ぐのが関の山だけど、これまでの仕事は精神的に落ち着いていなければ出来ない仕事だし、今は家内のフォローも得られないし、何か体を動かしている方が落ち着きます。暫く色々と考えます。宗教を少し徹底的にやってみます。

私が不在で色々と東京では進んでいますが、実際害虫の駆除をやっていくのは何のためか時々懐疑的になります。何か同じレベルで闘うのが嫌になったから一度はブログを閉鎖しました、勿論情報の隠蔽も有ります。こちらが本気になればなるほど、こちらの動きは一切出しません。それは弁護士の命令だったから、、、、。今は弁護士さんの好意によってこの害虫駆除も可能になっているし、私も彼の意向には逆らえません。

でもね、宗教をやっていくと何か自分の怒りや行動が馬鹿らしくなる。

それに実質、「有る女性を用いて邦人男性の相手をさせて儲けていた」とか「これが犯罪者のやっているブログか」等という書き込みを見て、自分のやっていることが本当に空しくなりました。何でこういった連中に返事しないと駄目なのか?アドレスを公開してもメール一つ連絡してこない奴、それに日本で会うのを逃げ回っている連中、、、。相手にする価値もないし、明日の弁護士さんとの定期連絡では最終的に「全て先生のおやりになりたいようにやってください。正義が全てを決めます。何も気になさる必要もないです。私も先生のおやりになる方法・手段に100%お従いします。」というつもりです。

後は実務上の問題ですね、はっきり言って時間が馬鹿らしい。空いている貴重な時間をvip等を読んでいる連中とシェアしたくない。

ますます私の情報隠匿は激しさをますでしょう。何せ相手が相手だからね、徹底的に調査が必要、その刑罰は本当に微少でも、それはけじめ、、、。得られるものが少なくとも、先生にお願いします、それだけだね。

こういった連中の書き込みを見ていると日本の本当の恥部を見るような気がする。日本は本当に民度が低く、そして自分以外の人間の考え方を許容できない器しか持っていない人間は滅亡しか選択肢が残っていない、それに彼らが気づいたとき、彼らは既に自己の人生が終わっているであろう。だから放っておけばよいのかもしれない。

私はやるけどね、、、、。

そういえば、少しだけ情報開示(問題のないものは少しずつ開示)

私がかつて信じていたと思う、家内の弁護士であったタジク弁護士の誘導で家内は「世南の面倒をみたくなかった」という論理になっているね。私はこういった嘘が今回の公判の最大の敗因であると思う。家内は世南をとことん愛していた。だからその責任を痛切に感じていた、私に会うたびにそう言っていたし、手紙もそうだった。私が家内の援助をするのは、今回の事故はあったけど、家内はそういったどん底から立ち直れる女性である言う確信だ。そうでなければ助けはしない。私にとって残された子供達は人生に於いて最大の宝物、その子供達を将来社会復帰する家内に任せるのはそれは家内を今でもとことん信じているから、、、、。それに私たち夫婦の仲は他の夫婦も羨む位の仲の良さだった、今でもそうだけど、、、、。支援してくれる人ともそうだけど、雨降って地固まる、犯罪である誹謗中傷などを受けても揺るぎもしないし、いやだからこそ、一層その信頼関係がタイトなものになりました。

家内の公判の中で、タジク氏は、ドイツのやり方である「被告は一切悪くない、何一つ悪いことはない。全てはその事故が起こった環境である。」という欧米のやり方は日本人である家内にはそぐわなかったし、そこまで家内は人が悪くない、自ら行ったことを行っていないというようなドイツ人特有な言論展開を出来るわけ無かった、それが最大の敗因である、本当にタジク氏の公判運営は遺憾である。その中で世南を家内が当初「いやいやだけど、言われたので見ていた」というタジク氏の作り話が有った、、、、。それは全く事実とは違う。勿論私も悪い、現在の妻が先妻と私の間に当然のように入ってきて、先妻との勝負に負ける点は一切無いと考えていた現在の家内は私の争奪戦で圧倒的に分があった。(いずれにせよ、奥さんが居たのだからその点では私は猛省すべき。)でも一つだけ大問題があった。それは世南の去就であった。以前のブログで書いたように、世南は市民病院で先妻が生んだ直後から先妻の虐待の蓋然性を指摘され(出産した感動が先妻には全くなかったーと医師に言われた)、産まれた直後から市のコントロールを受けていた。そのため私の親は私が猛烈な人間性の先妻と離婚するのは反対はしなかったが(現在の家内の方がすごく優しく、人間的である)、世南を先妻に渡すのには猛反対であった。

でも私は本当に悩んだ。最終的に私は皆の反対を押し切って世南を先妻に預けることを決意した。それに猛反対して、世南を引き取り、養子にすることを決めたのは現在の家内である。だから報道は全て嘘、公判展開も全て嘘である。

まあ公判だけじゃなく、勿論ブログも2チャンも全て欺瞞なんだけど、私が自ら認めた弁護士がこんな展開をして玉砕するとは露にも思わなかったです。本当ドイツ人は信用できない。

まあ悲劇の母親を演ずるように支持したタジク先生、そうするしか無かったんだと思うけど、それは余りにも事実とは異なる、だから辻褄あわなくなるんですよね、そして家内は発言できなくなり(あの人は正直だから)、最悪の展開に、、、、。

情けないね、一つ事実が分かりましたか?

事実は小説より奇なり、、、、。