チェ家の食事は、悲しいことに大体皆バラバラであった。
長男ジヨンは、高校卒業後音楽の道へ進み、DJをしている。最近少しずつ名が売れて来ていた。
その為、夕方になると晩ご飯も食べずに出たり、朝に帰宅しそのまま就寝。
昼過ぎに起きて少し食事を摂り、また夕方まで部屋にこもったり出かけたり。基本自由だった。
次男ヨンベは、学業をスッパリ辞めてダンス一筋で頑張っていた。彼はプロのダンサーとして生計も立てている。
母親としてテソンは、せめて高校は卒業して欲しかったが、ヨンベのダンスに対する熱い想いに反対することはできず、ずっと見守っていた。
毎日毎日練習を重ねて、プロになれた時の彼の笑顔を思い返すと、今はそれで本当によかったと思っている。
ジヨンほど不規則ではないが、夜遅くまでダンスの練習やアーティストの公演に同行したりと、あまり家には居ることができなかった。
末っ子のスンリは大学受験の年になり、そこまで教育に厳しくないテソンとスンヒョンだったが、彼は芸術大学を目指して日々遅くまで勉強していた。
将来は、どうやら父親と同じ俳優業に就きたいらしい。朝早くに学校へ行き、夜は遅くまで塾で勉強。帰ってきたら食事を軽く摂ってすぐ自室へ。
一体何時間勉強しているのか、テソンが心配になるほどだったが、健康面では丈夫なのが救いだった。風邪ひとつひかず勉強の日々だ。
説明が逆転してしまったが、一家の大黒柱のスンヒョンは俳優をしている。俳優歴は長く、映画中心に出演していた。
彼の主演する映画はどれも色んな賞を獲得しており、韓国はもとより世界的にも有名になった。たまにハリウッド映画にも出演したりしている。
しかし基本的に韓国での生活を大事にしており、サラリーマン並みに規則正しい毎日だった。
そして一家を支える優しい母テソンは、昔は歌手をしていたが、結婚を機に専業主夫となった。
歌を歌い続けることが自分の運命だと思っていたが、今はもっと大切なものができ、充実した毎日を送っている。
たまに子供たちに歌ってあげたりもしたが、それも彼らが幼い頃の話だ。(実はこっそり夫の為にたまに歌ってあげたりはしているが)
未だにテソンのファンも多いが、テレビなどには一切出ないことにしていた。
さて、そんな一家だから食卓に皆が揃うことなんて本当に珍しいことだった。
誰かの誕生日か、クリスマスでもない限りは…。
それが今夜
誕生日でもない
クリスマスでもない
なのに、大黒柱以外が大変珍しく居間に揃っていて、テソンは買い物袋を落としそうになった。
「ど、どうしたの?なんかあった??」
晩ご飯の買い物から帰ってきたテソンは、冷蔵庫に食材を入れるのも忘れて居間のソファで寛ぐ3人に駆け寄る。
「あ、母さんおかえり~」
お菓子買って来た?とジヨンが買い物袋を漁りに行く。
「お菓子は…ってほんと、なんかあったの??」
テソンはあまりない光景に不安そうな声を出す。ジヨンとヨンベならまだしも、スンリが居間で寛ぐことなんて最近なかったから余計不安になる。
「ス、スンリ…学校でなんかあったの?」
「え?んー別に何も」
「だって塾は??」
「…母さん、今日休みだって先週言ったじゃん」
「あれ?そ、そう??」
「そうそう~」
ジヨンが買い物袋からスナック菓子を取り出し食べ始めると、僕も僕もとヨンベとスンリがお菓子に群がった。
「滅多にない休息日だからさ、俺もヨンベも今夜は家にいようって」
「…たまにみんなで晩ご飯食べたいし」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でヨンベがぼそっと呟いた。
「み、みんな…」
なぜかテソンは泣きそうになっていた。家族で食事なんて当たり前なのに。今朝だってスンリと食べたし、夕べはヨンベの帰りを待って一緒にいたのに。
家族5人なのに、いつも2人か3人か。自分でも気付いていなかったが、寂しかったのかもしれない。
「よ、よーし!僕がんばってご飯作っちゃうかなー!」
テソンは涙がこぼれないように笑顔でエイエイオーと腕を振り上げた。
久々に見たテソンの満面の笑顔に、3人は言葉にはしなかったが、もっと一緒に過ごせる時間を作ろうと同時に思っていた。
「あ、でも父さんは?今日は何時?」
「え、えーとね、多分そんなに遅くないと思うんだけど…ちょっと電話してみる!」
テソンは仕事中はスンヒョンに電話をあまりしないが、今日ばかりはと携帯を手に取ると、寝室にパタパタと走っていった。
急いで携帯の履歴から彼の名前を探すと、通話ボタンを押す。
まだ仕事中かなぁ?今日は撮影とかではないと聞いていたから、大丈夫かな…
数回コールすると、低く落ち着いた声が聞こえた。
「もしもし」
「あ、スンヒョン?今、電話大丈夫??」
「あぁ、テソン、俺も今電話しようと思っててちょうどよかった」
「えっ、何?どうしたの??」
なんとなく、嫌な予感がした
「いやー、監督にさっき食事に誘われちゃって、ちょっと行ってくるから今夜はご飯いらないから」
「えっ、監督さん?…って、イ・ジェハン監督…?」
「あ、そうそう、よくわかったね!じゃ、そういうことだから」
「あっ!!待ってスンヒョン!」
「ん?どうした??」
「あっ…え、えと…だから…」
よりによって、イ・ジェハン監督と…
目上の人の誘いには付いていくのが当然のようなこの社会。断って、とはテソンは彼の立場のことも考えて言い出せなかった。
でも…今日は…っていうか、あの人と
「…テソン?」
「あ…ス、スンヒョン…あの…」
「うんうん、わかったわかった」
「えっ」
「愛してるよ、僕の奥さん」
「へっ…!?」
「じゃ、先に寝ててね」
「あっ…!スンヒョンちが…スンヒョン!?」
切れた…
な、何勘違いしてんだよー…!!
テソンの心情に全く勘づいていないスンヒョンは、愛の言葉を囁くとぷつっと電話を切ってしまった。
せっかく家族みんなが揃うはずだった食卓なのに、引き止めることができないうえに、食事の相手が気になって仕方がない。
ことあるごとにスンヒョンを食事やらお酒やら誘ってきている監督。ある映画にスンヒョンが主演したときに監督をしていた人だった。
お世話になったし、お偉い監督さんならばと幾度となくいってらっしゃいと送り出していたが、テソンは内心面白くなかった。
ある程度のお誘いなら気にもならないかもしれないが、彼はスンヒョンをいたく気に入っているのか、誘い過ぎに思えた。
下手したら1週間に1回は会っているかもしれない。映画も終わったのにだ。
よほど話が合うのか、帰りも遅いし、話の内容を聞いてもなんだか難しい映画の話でテソンにはわからず、それも面白くない。
「…スンヒョンのばかっ!」
寝室から聞こえてきた母の怒りの声に、居間にいた3人は何事かと目を見合わせる。
その日の夕飯は何かを吹っ切るかのように料理に精を出し、子供たちがもう食べれないとげっそりするほどたくさんの料理を作ったテソンだった。