森の中の恍惚

野山が笛を吹いている

When words leave off music begins.


行田市商工祭・忍城時代まつり

2009年11月08日 | 空色の休日 2009 

「さきたま古墳群」でおなじみの行田市秋のイベント「商工祭・忍城時代まつり」ですが、今年は市制60周年を記念して「B級グルメ大会」も同時開催されました。甲斐姫が弓で狙うのはゼリーフライかっ!?


天正18年の成田軍対豊臣軍の戦いを再現した寸劇「忍城水攻め攻防戦」が行われました。


忍の浮き城「忍城」を守るのは、ポスターの甲斐姫です。


終了後は城(郷土博物館)へ戻り「火縄銃演武」が行われます。


響く銃声と漂う火薬の香りの中に甲斐姫を想う・・・・。


おおっ!火縄銃激写。家紋は七つ星。


さて、「B級グルメ大会」は大賑わいで長蛇の列・・・・。


で、コレは何でしょうか?


コロッケみたいですね。


はいっ、ご当地行田市のスペシャルB級グルメ「ゼリーフライ」でした。熱々だよ。⇒「行田かねつき堂」さん。


「上州太田焼そば」も大人気ですね。残念ながら「太田焼きそばマン」には会えなかった・・・・。


忍の浮き城「忍城」三階櫓。
戦国時代、行田周辺の武蔵武士の中から、現在の熊谷市上之を本拠地とする成田氏が台頭し、忍城(おしじょう)を築城しました。
文明11年(1479)の古河公方足利成氏(あしかがしげうじ)の書状に「忍城」、「成田」とでてくることから、このころには築城されていたと考えられます。
当時の城主は成田顕泰(なりたあきやす)といい、以後親泰、長泰、氏長と四代にわたり、天正18年(1590)まで、約百年のあいだ成田氏が忍城主でした。
永正6年(1509)、忍城を訪れた連歌師の宗長は、城の四方は沼にかこまれていて、霜で枯れた葦が幾重にもかさなり、水鳥が多く見え、まことに水郷である、と日記に書いています。
忍城の築かれた場所は、北は利根川、南は荒川にはさまれた扇状地で、小さな川が乱流するとともに、伏流水が寄り集まって広大な沼地となっていました。そこに残る島や自然堤防をたくみに利用して、忍城が築かれました。
戦国時代、さまざまな戦いに耐え、石田三成の水攻めにも屈しなかったことで有名です。
 (Resource:行田市教育委員会)

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コメント (2)
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