この口子臣(くちこのおみ)、この御歌を、まをす時、大(いた)く雨ふりき
ここに其の雨を避けず、【前つ殿戸(とのど)】に参伏(まいふ)せば、違(たが)ひて後(しり)つ戸に出(い)でたまひ
後(しり)つ殿戸(とのど)に参伏(まいふ)せば、違(たが)ひて前つ戸に出でたまひき
ここに、はらばひ進み赴きて、庭中にひざまづく時、にはたづみ腰に至れり
其の臣、【紅き紐つけたる】【青ずりの衣(きぬ)】をきたりければ、にはたづみ紅き紐にふれて、青皆紅き色に変(な)りぬ
★前つ殿戸(とのど)
皇后が身を寄せている家の居殿の前面の戸口
★にはたづみ
雨でにわかにたまった水
には→庭、にわか
たづ→夕立
み→水
★紅き紐
赤く染めた胸紐
★青ずりの衣
山藍などをすりつけて染めた衣
当時の正装であったから、これを雨水で汚すのは、たいへんな出来事
■口子臣(くちこのおみ)が、綴喜(つづき)の韓人(からびと)奴理能登美(ぬりのみ)の家に身をよせる皇后のもとに参上して、仁徳天皇から託された御歌を申し上げようとしたが、その時、激しく雨が降ってきた
それでも口子臣は、雨を避けずに御殿の表の戸口に参って平伏すると、皇后は会うのを嫌われて、行き違いに裏の戸口に出て、また口子臣が裏の戸口に参って平伏すると、皇后は行き違いに表の戸口に出た
ついに地面に腹ばいに進んで行って、庭の中にひざまづいていたが、そのうち雨水は、口子臣の腰まで届いてしまった
その臣(おみ)は赤い胸紐を締めた青染めの衣をつけていたので、溜まり水に赤い紐が浸り、衣の青がすっかり赤色に変わってしまった
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