平和がええねん 東大阪 Ⅱ

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秋実感 

2014年09月18日 15時49分45秒 | 
秋の到来を感じさせるものとして、田んぼの稲穂の垂れ具合などもあるが、やはりヒガンバナが一番だと思っている。とりわけ好きな花でもないのだが・・・。83年も前だったら、いたるところに咲き誇っていたのだろう。

ところで、83年前の今日9月18日は、日本軍関東軍が南満州鉄道の線路を爆破し、それを中国軍の仕業とでっち上げ、傀儡国家「満州国」の建設、日中戦争からアジア太平洋戦争へと15年にわたる侵略戦争へと突き進んだアジア太平洋戦争の始まりの日だ。
これに先立つ1927年には田中義一首相、外務省、陸海軍首脳による「東方会議」では「満蒙生命線論」が唱えられ、事変直前にひらかれた関東軍の会議では高級参謀板垣征四郎が「何かの事件と機会をとらえて、目標を達成」と講演(「日本の戦争 領土拡張主義の歴史」日本共産党中央委員会出版局から)するなど、満州事変は領土拡張主義にもとづく計画的謀略的に仕組まれたものだ。
1890年3月山縣有朋総理大臣は「外交政略論」で「主権線(国境線)と利益線」という考えを示している(山田敬男編著「日本の近現代史を問う」から)。外国の領土を勝手に日本の生命線とし、それを守るために軍事行動を計画的謀略的に行なうなどは、居座り強盗というほかない。
満州事変を当時のマスコミはどのように報じたのであろうか。政党はどのような姿勢をとったのか。歴史的事実は広く明らかにされなくてはならないだろう。