陽子は、健さんの戦友の奥さんであった。
戦友の菊池は赤紙(召集令状)で徴兵される前年に陽子と結婚していた。1年後、徴兵されて南方の前線に動員され、フィリピンで健さんと一緒になった。そしてタイ、ビルマと転戦し、戦友として一緒に戦った。菊池は戦死し、健さんは生きて日本に還ってきた。
英霊となった菊池の遺骨を家族に渡すため、健さんは戦地からそれを持ち帰った。
そして遺骨の入った白木の箱を首から提げて、健さんは気仙沼にやって来た。
菊池の家を探し当て、彼の遺影が飾られた仏壇の前に白木の箱を置き、健さんは英霊に手を合わせた。そして、菊池が死ぬ時まで肌身離さず大事に持っていた一枚の写真を、白木の箱に添えた。それは、妻の陽子と幼子が写っているボロボロになった写真であった。
すると、それまで健さんの後ろで黙って白木の箱を凝視していた妻の陽子が、「あんた!」と叫び、その箱を抱き抱えて泣き崩れた。
そしていつまでも起き上がろうとしなかった。
泣き崩れている母の側で、小さな男の子も一緒になって泣いていた。
菊池の忘れ形見である。
健さんは、泣き崩れている陽子をそのままにして帰ることができなかった。
英霊となったその男との、戦地での思い出話をとつとつと語り始めた。
気がついたら、とっぷりと日が暮れていた。
そして、その夜はその家に泊まることになった。
健さんと陽子との縁はそのようにして始まった。
その後、健さんは船乗りになり、時々気仙沼に寄港するようになった。
そのたびに、健さんは沢山のお土産を持って陽子を訪ねた。
そしていつしか、二人は、お互いを慰めあう特別の関係になってしまった。
やがて陽子は、夫が残してくれたその家で、妹の明子に手伝ってもらって民宿のようなものを始めた。
美味しい家庭料理とアットホーム的な温かいもてなしが評判を呼んで、次第に船員達が泊まってくれるようになった。
妹の明子が用意してくれた料理を肴にお酒を飲み始めた健さんは、耕一に酒を勧めながら姉妹に言った。
「耕一は今まで随分と苦労した男でな、親の顔も知らない孤児(みなしご)じゃ。だが、なかなかしっかりした男で、良く働く。これから楽しみな男だ。それにほら、こんなにいい顔をしておる。 明子にはまだ彼氏がおらんらしいが、これも何かの縁じゃ。よかったら少し付き合ってみたらどうかと、わしは思っておるんじゃ」
健さんにそう言われる前から、耕一は明子のことが気になって仕方がなかった。
名前の通り明るい娘のようだ。そして姉を助けて甲斐甲斐しく良く働いている。顔立ちも悪くない。いや悪くないどころか美人の部類に入る。東北の女らしい、おくゆかしい風情が立ち居振る舞いにあった。
お酒の杯を重ねるごとに、耕一の胸は高鳴って行く。
「そうだ耕一、おまえ、お風呂に入れてもらったらどうだ。船旅の垢を落としてさっぱりすると気分良く眠れるぞ」
「そうだわね。お風呂はもう用意してありますからいつでも入れますよ。ゆっくりつかって行きなさいな。明子、ご案内してあげなさい」
姉にそう言われて、明子は少し顔を赤らめて耕一を見た。
耕一の身体の奥がうずいた。そのうずきはやがて赤い欲望の炎となって脳天の思考回路を麻痺させて行く。
耕一は明子をみつめたまま、フラフラと立ち上がった。
続く・・・・・
ぐんぐん引き込まれます。
うん、うん、それから、それから…(笑。
耕一~! しっかりしろよっ!
やはり、そうなりますかぁ・・・(笑)
耕一さんがどう行動するか、
女性は待っているしかありませんからね。
なんとも初々しい。
暖かく見守りたいです。
応援有難うございます。
耕一はなにしろ16歳の若さでありますので、どうなることやら拙者も心配であります。
夏雪草さん
そうなんです。やっぱりそうなってしまったのです。
でも明子さんはとても良さそうな女人ですから・・・・。