(産経新聞)
東京都が昨年12月に渋谷と六本木を結ぶ都営バスの終夜試験運行を始めてから半年が過ぎた。欧米主要都市で公共交通機関の24時間運行が行われていることを参考に、猪瀬直樹前知事が2020年の五輪開催も視野に導入を決めたものだが利用者は低迷している。舛添要一知事が見直しを示唆している都バス24時間運行の是非について、中央大法科大学院の野村修也教授と、横浜国立大の中村文彦教授に見解を聞いた。
■野村修也氏「路線を広げ継続が大事」
--都営バスの終夜運行をどうみる
「バスを走らせること自体が目的ではなく、時間を有効活用しようとする政策の一環であったはずだ。深夜にイベントを開けないなど、交通手段がないゆえに実現できないことは多い。先のサッカーW杯ブラジル大会では現地時間午後10時開始の試合もあった。働き方の多様化が進む中で、午後10時に始まるスポーツイベントが日本にあってもいいが、公共交通機関がないからできないというのは残念な話だ」
--欧米主要都市では地下鉄やバスが24時間運行されている
「深夜から未明に交通機関を動かすことによって新たにできることが出てきて、世の中は変わってくるはず。現に利便性が感じられるからこそ、世界各地で24時間運行が実現している。海外からの観光客が短期の日程で東京に来たときに、夜間に多くのイベントがあれば楽しめる。例えば動物園では夜行性の動物が多く、交通手段があれば夜間開園などの新しいビジネスも生まれてくるだろう。すでに羽田空港は24時間運用されており、安い宿と安い公共交通機関が必要な海外からの若者のためにも、バスの終夜運行を広く実現してほしいと願う」
--現在は終夜運行といっても区間も曜日も限定的だ
「今は実験段階で、そこで『客が少ない』と評価してはダメだ。週末だけの限定運行で、いつ終わるかもしれない状況では先行投資も難しい。今の実験は終夜運行に伴う問題点を抽出するためのもので、問題がなければ実行するかどうかは政策的な判断だ。今、利用者が少ないからやめますというのは非常にもったいない話。毎日運行しないとバス沿線の事業者もついていけない。運行路線も広げた上で継続していくことが大事だ。バスを運行することによって新たなサービスが生まれてくることが期待できる」
--舛添知事は多摩地方で都営バスを充実させる必要性に言及している
「それは都心部での終夜運行と両立できるのではないか。双方にニーズがあるなら、ともに資源を投入すれば都にとってもプラスになる。五輪開催を見据えて二兎(にと)を追うべきだろう」
--バスの終夜運行でタクシー業者側から競合を懸念する声が出ている
「バスとタクシーのすみ分けはできている。昼間、バスが走っている時間帯でもタクシーに乗る人はいる。多くの人は、夜間はタクシーしか走っていないから街に出ないというのが現状だ。終夜運行でビジネスチャンスが広がれば、夜間に街に出る人が増え、逆にタクシーの需要も生じて、双方が利益を得られる関係はつくれるはずだ。タクシーへの民業圧迫を理由に24時間化しないのはおかしい」(溝上健良)
■中村文彦氏「評価の検証欠けた政策」
--都営バスの終夜運行について、1晩の乗客が70~80人の状況が続くなど、利用者減少が報じられている
「運行コストが高い深夜帯に8便を運行して、1便あたり10人程度しか乗らないわけだから、これは大変な苦戦だろう。ただ、公共交通の話では常に政策とビジネスの両方の観点が必要で、利用人数というビジネス面のみで判断はできない。より問題なのは、この終夜運行について、政策としてきちんと評価する視点が欠けているのではないかという点だ」
--政策としての評価とは
「これは実験なのだから、ある目的の下、仮説の検証があるわけだ。都は『都心部における深夜時間帯の交通利便性の向上を図り、国際都市東京の魅力や都市力を高めるなど、東京の発展に貢献するため』との目的を掲げているが、果たしてその目的は達成されているのか。乗客が1晩70~80人しかいなくても、それがリピーターで、新しいビジネスや生活スタイルを展開した結果なら、『東京の発展に貢献』しており成功かもしれない。だが、たまたま終電を逃した人の合計が毎晩それくらい、というのでは話にならない。まず利用者の実態をよく調べ、それによって存廃を評価すべきだ」
--交通の24時間化は東京の国際都市化への第一歩と位置づけられていた
「ニューヨークで交通機関の終夜運行をやっているから東京でも、というのは安直な発想だ。ニューヨークと東京の大きな違いは、都心で働いている人の居住形態の差だ。多くの人が都心部に住むニューヨークに対し、東京は広い範囲に居住区域があり、都心のみが動いていても仕方がない。深夜の移動手段としては、すでにタクシーもある。本当に都市交通の24時間化を図るのであれば、都営バスだけでなく、この区域の(JRや東京メトロなど各事業者の)乗り物を全部動かさなければ意味がない。東京都市圏の構造を、もっと十分に理解する必要があったのではないか。終夜運転の実施後も、都市機能24時間化のための他の努力がなく、バスだけが動いている状態だった」
--東京五輪を控え、海外主要都市に並ぶ都市機能強化の必要性がいわれている
「ニューヨークやロンドンと東京は違うのだから、東京が勝つべきところで勝てばいい話。無理に全部を同じにする必要はない。インターネットがあり、時差のある国と家で仕事ができる現代における都市機能強化とは、単に24時間モノを動かすことではない」
--舛添都知事は終夜運転を「失敗」と評したが、今後はどうすべきか
「個人的には、やめた方がいいと思う。ただ、税金で行ったせっかくの実験だから、せめて教訓を残し、次の政策に生かしてほしい」(磨井慎吾)
【プロフィル】野村修也(のむら?しゅうや) 昭和37年、北海道生まれ。52歳。中央大大学院博士後期課程中退。西南学院大助教授などを経て現職。国の審議会委員を歴任し、東京都参与も務めた。著書に「年金被害者を救え」。
【プロフィル】中村文彦(なかむら?ふみひこ) 昭和37年、新潟県生まれ。52歳。東大工学部卒業後、同大の大学院に進み工学博士。専門は都市交通計画。東大助手などを経て横浜国立大大学院都市イノベーション研究院長。