NPO法人夢空間松代のまちと心を育てる会まちづくりブログ

信州松代は自然が美しい真田十万石の城下町です。夢空間松代のまちと心を育てる会の動きを中心に松代の様子を載せていきます。

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和田英と世界遺産暫定登録富岡製糸場

2008年05月23日 | 松代と人物
世界遺産暫定登録の群馬県
富岡製糸場前の商店街のかたが
お土産の開発をするために
富岡日記の作者長野市松代出身の
和田英さんについてもっと知りたいと
旧知の方がNPO夢空間を訪ねて見えました。
富岡からは昨年から今年に掛けて
二回にわたり松代への視察受け入れを
NPO夢空間を窓口にさせて頂きましたが
単独でみえられたのは今回がはじめてです。
松代では佐久間象山先生の影に隠れて
あまり目立ちませんが
NPO夢空間の活動を通じて
少しづつ和田英のことが分かってきました。
①和田英の生家は重要文化財の横田家で
二代に渡り最高裁判長長官(一人は大審院長官)を輩出した名家です。
富岡製糸場伝習工女として機械製糸の技術習得を
したのち大里忠一朗らが
松代西条で日本ではじめてのフランス式民間機械製糸場
六工社創業に対して女工達の指導的立場で活躍しました。
②六工社の跡には地元西条有志の方々で案内板が設置されています。
そののち和田家に嫁ぎます。
③和田家は先日開催された城下町松代町屋散歩のなかで
現在の松代小学校の玄関のあたりであることを
丸山日出夫先生によって解明して頂きました。
その後は夫の仕事の関係で足尾銅山の方にいたようです。
50代で富岡製糸場での様子や六工社での様子を
書き表したのが富岡日記です。
和田英の墓は松代御安町の蓮乗寺
佐久間象山先生の墓所のすぐ近くにあります。
NPO夢空間ではこのたびお寺さんや和田家のご理解を頂いて
④墓所に和田英の功績をたたえる案内板を立てさせていただきました。
現在までに分かっている松代での和田英ゆかりの地はこの4箇所となります。
また、和田英がお母さんの躾のことを書いた⑤「わが母の躾」は
以前ではよくPTAの学習材料として使われていました。
現代では生活環境があまりにも違う為に使われていないかもしれません。
上記のような概略をお話したところ
松代で泊まっていきたいということになり
国民宿舎松代荘、ロイヤルホテルをあたってみましたが
満室で定鑑堂さんで一人確保して泊まっていかれました。
どんなお土産が開発されるか楽しみです。
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