ほろ酔い日記

 佐佐木幸綱のブログです

読み直し近代短歌史6 身体語彙の新しさ(乳房・肌・唇) 与謝野晶子

2016年05月01日 | 評論
 万葉集から江戸時代までの和歌、つまり古典和歌では、現代短歌では当たり前のことが当たり前でなかった。今から見ると考えられないような不思議がいくつもあります。その不思議を一つずつ乗り越えることで、短歌の近代化はなしとげられていったわけですね。
 私がとくに不思議に思うことは二つ。古典和歌には食べる歌・食物の歌がないこと。そして人間の身体の部分の名前(身体語彙)がほとんど出てこないこと。この二つです。

 たとえば、万葉集には鵜飼いの歌や若菜摘みの歌はありますが、鮎や若菜を食べている歌はありません。酒を例外として、飲食をうたうのは避けられていたようです。幕末になってようやく食べる歌がでてきますが、それまでは皆無に近い。
 食うことは個人的なことですし、人前で言葉にすべきことではないとされたのでしょう。料理もほとんどうたわれませんでした。

 身体語彙も、ほとんど出てきません。例外は女性の髪ぐらいでしょうか。たとえば、性的場面をもうたっていることで知られる『万葉集』の「東歌」にも、露骨な表現はありますが、身体語彙は出てきません。
 二つばかり例をあげておきましょう。「……入りなましもの妹(いも)が小床(をどこ)に」(彼女のベッドにもぐりこむことができたらいいのになあ)、「……子ろ吾(あれ)紐解く」(あの子と俺はお互いの服の紐をほどき合う)。
 このように具体的にセックス場面を表現しながら、顔、首、胸、足、唇、鼻など、身体語彙は出てこないのです。なんとも不思議ですね。
 近代短歌は、これを解禁します。先頭に立って解禁へ向けての役割を果たしたのが、与謝野晶子の第一歌集『みだれ髪』でした。

 『みだれ髪』は、晶子まだ24歳のときに出版した歌集です。歌集刊行年齢として圧倒的に若い。
 若さにまかせた大胆で型破りな表現、文法的にまちがった表現も『みだれ髪』には少なくありません。まだ歌作の素人だったんですね。未熟だったんです。晶子は後年の改訂版で、『みだれ髪』掲載作品の何首かを削除したり、文法的な誤りをただしたり、表現をおだやかなかたちに推敲したりもしています。
 しかし、まあ、若かったからこそ大胆になれる。古典和歌ではタブーだった身体語彙を積極的に採用したこともその一つでした。これが近代短歌史の新しい1ページを開くことになります。

乳ぶさおさへ神秘のとばりそとけりぬここなる花の紅(くれなゐ)ぞ濃き 『みだれ髪』
細きわがうなじにあまる御手のべてささへたまへな帰る夜の神  
くれなゐの薔薇のかさねの唇に霊の香のなき歌のせますな
春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ
罪おほき男こらせと肌きよく黒髪ながくつくられし我れ 
 
 「乳ふさ」「うなじ」「唇」「乳」「手」「肌」「髪」が出てきます。これらは恋愛の歌ですが、そうでない歌にもむろん出てきます。1首だけ引用しましょう。

母なるが枕経(まくらきやう)よむかたはらのちひさき足をうつくしと見き

 この歌には「足」が出てきますね。この他、「額(ぬか)」「肩」「爪先」「頬」「眉」「指」「歯」「胸」「口」等が出てくる歌があります。
 中には比喩表現として出る身体語彙もありますが、とにかく古典和歌とはちがう新しいボキャブラリーがじゃんじゃん登場するのです。

 なぜ、与謝野晶子は身体語彙を短歌のなかに入れることができたのでしょか。当然、何らかの影響下にあったはずです。若かった晶子が偶然に思いついたわけではまったくありません。
 ここでは詳しく触れる紙幅がありませんが、薄田泣菫、蒲原有明ら同時代の詩人たちの詩に出てくるボキャブラリーの影響が早くから指摘されています。
 
ついでに言えば、『みだれ髪』には他にも顕著な特徴があります。色彩語、数詞、地名がきわめて多く出てきます。それぞれについての研究がすでにいくつも出ています。
 中で、私がとくに注目するのは数詞です。『みだれ髪』は当時の10代、20代の短歌愛好者に圧倒的な影響力をもちますが、とくに数詞の多さはインパクトがあったらしい。
 たとえば、萩原朔太郎の歌集『ソライロノハナ』を見るとそのことがよく分かります。若かった朔太郎が、『みだれ髪』のどこに魅惑されたのか。どこに詩的刺激をを受けて作歌意欲をかきたてられたのか。そのあたりがよく分かります。それについては、私が書いたことがあります。

髪五尺ときなば水にやはらかき少女ごころは秘めて放たじ
その子二十(はたち)櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな

 2首とも有名な歌です。数詞が短歌に派手な感じを付与している点に注目してください。「髪五尺」「その子二十(はたち)」という初句のインパクトが人々の人気を集めるポイントだったと思われます。

 数詞というと、具体的、現実的な数値をそのまま表現するように思いますが、短歌作品の中ではじつはそうではなく、現実や実際を、抽象化、象徴化、朧化、雰囲気化していることに気づきます。
 2首の主人公は作者・晶子と重なり合うように作られていますが、現実の晶子が20歳だったわけではなく、晶子の髪の長さが5尺あったわけではありません。

 もう一例、数詞の歌を引用しておきましょう。

狂ひの子われに焔(ほのほ)の翅(はね)かろき百三十里あわただしの旅
しら壁へ歌ひとつ染めむねがひにて笠はあらざりき二百里の旅
さびしさに百二十里をそぞろ来ぬと云ふ人あらばあらば如何ならむ

 「百三十里」「二百里」「百二十里」、この三つの数詞は、三つとも東京・大阪間の距離をあらわしています。一首目は、晶子が大阪堺の家を出て東京の鉄幹のもとへ来たという現実を踏まえての作。二首目、三首目は、まだ堺の家を出る前の歌で、二首目は空想の旅、三首目は東京から鉄幹が来てくれたらいいなあ、との願望・幻想をうたっています。

 李白の詩の「白髪三千里丈」と同じです。現実をなぞったのではない数詞。言葉自体のインパクト、言葉のリアリティで勝負しているのです。そのあたりの数詞の魔力、魅力に、晶子はいちはやく気づいたのです。

 考えてみると、この、短歌表現における数詞のインパクトの強さは、短歌表現における身体語彙のインパクトの強さに通じ合うことがわかります。
 身体語彙、数詞、これらを思い切って多用した与謝野晶子の歌の言葉の派手さが、当時の中学生たちを魅惑した大きなポイントだった。そして、彼らの支持が、近代短歌史の新たな1ページを開く原動力になったのです。私はそう理解しています。
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