歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「仮名手本忠臣蔵」十段目

2013年11月07日 | 歌舞伎

全体についての説明と、登場人物名史実との対応一覧は、
序段」ページにありますよ。

ていうか、この段出ません。
通し上演でもスルーされます。ええ文楽ですら。
というわけでワタクシも見たことありません。
まあ一応浄瑠璃読めばお芝居の内容はわかるので、演出云々は置いて、流れを書きます。いつか出るかもしれないし。

この段の主人公
天河屋義兵衛(あまがわや ぎへえ) 
町人ですよ。
作中唯一の町人の主人公です。
ていうか時代物の浄瑠璃作品で、町人がこういうふうにかっこよく目立つのはめずらしいですよ。

義兵衛は、大阪堺の船商人です。以前、塩治のお屋敷に世話になり、そのおかげでいま商売ができている恩があるので、
今回討ち入りに必要な武具一式を整えて、鎌倉まで輸送する役を引き受けました。
もちろん塩治の浪人の討ち入り行為は御法度です。手伝っていることがバレたら首が飛びますよ。
幕府の目も怖いですが、討ち入りされないように独自に調査しているに違いない高師直(こうの もろのう、吉良上野之助ですね)にも気を付けなくてはなりません。

舞台は天河屋の店先です。奥が住居になっている、よくある商人の家の舞台構造です。

天河屋、武器輸送がバレないように奉公人にてきとうに理由をつけてどんどん暇を出し、奥さんも実家に帰してしまいました。
家にいるのは、義兵衛さんと、ちょっと阿呆な丁稚の伊五くんと、あと4歳になる男の子、よし松くんがいます。
ママが恋しくて泣いてばかりいますよ。

今日発送の荷物も運び出したところに、塩治のお侍たちがあいさつにやってきます。
大したことはいいません、義兵衛が↑のような事を説明して、お侍がお礼を言って、帰ります。

入れ替わりに大田了竹が入って来ます。実家に帰した奥さん、おそのの父親です。
おそのさんは恋女房で、家に置いていても裏切ったりする気遣いは本当はないのですが、この了竹が、昔師直の家来の鷺坂伴内(さぎさかんばんない)の家来だったのです。
こいつは全く信用できません。ていうかあることないこと師直にチクりそうなタイプです。
なので用心しておそのを家から遠ざけたのです。

義兵衛はなんだかアヤシイとにらんでいる了竹、
おそのを家に置いていて、間違いでもあったら責任をとるのは自分だ、めんどくさいから去り丞(離縁状)を書けと言います。
イヤならもうあずからないよん。
しかたないので義兵衛、離縁状を書きます。
了竹はふたりを別れさせた上でおそのを金持ちの妾にして、儲けようとしているのですが、しかたありません。断腸の思いの義兵衛。
ただでさえ息子のよし松くんは母恋しさに泣いているのに。

さて夜も更けて、了竹も帰って、みんな寝ましたよ。
イキナリやってくる捕り手、家を囲んで押し入ってきます。びっくり。
夕方発送したはずの荷物を運び込み、塩治に協力する荷物だろう、中を改める、と言いますよ。
「これは身分の高い奥様の特注品の人に言えないようなヤバいシロモノ(いや、「お手道具」と言ってるだけだけどさ、そういう意味じゃん?)。中を見たら首が飛ぶぞ」
とハッタリかまして箱を開けさせない義兵衛。

じゃあ本当の事を言わせようと行って、捕り方、息子のよし松くんを連れてきます。
白状しないとこの子を殺すぞ。
と言われても義兵衛「知らないものは知らない、子供のためにウソはつけない、子供殺すなら勝手に殺せ」と動じません。
非情なようですが、「今昔物語」にも子供を人質に取られた家臣に対して源頼信が、
「ものを恐れないというのは、まず自分の身を思わず、そして妻子を思わないことによるのだ、そんなことであわてるな」と言っていますから、
ようするにそういう、てめえの身や家族の身がかわいいという感情自体が、エゴイスティックなもんだ、捨てろ、というのが当時の美意識です。
ワタクシも、昨今の「子供かわいきゃ何してもいい」風潮は家族愛というよりは、みにくい利己主義だとは思いますよ。
忠臣蔵もやりすぎだとは思いますが。

それを聞いて、くだんの荷物の中からなんと、ヒトが出てきます。
大星由良之助です。なに、何がおきたの。びっくり。
全部、由良之助がしくんだヤラセだったのです。
義兵衛が本当に信用できるか試したのです。
失礼をわびる由良之助、「心配するのはムリもない、ご安心いただけて何より」と、怒らない義兵衛。
由良之助、たいへん感激して義兵衛を「武士より武士らしいりっぱな男だ」と褒めます。
判官が生きていてお家がちゃんとあれば、武士にも取り立てたいその心意気。
というかんじで、
みなさん旅立ちの前に一献、ということで一度奥に引っ込みます。

おそのさん登場。
義兵衛が去り状を書いたのでびっくりして会いに来たのです。なんで?
あと、息子にも会いたいです。
ココロを鬼にして追い返す義兵衛、息子が毎日泣いているのでかわいそうでなりませんから、母親に会わせたい気持ちはおその以上なのですが、
しかたありません、ここで了竹に気取られるわけにはいかないし。

泣く泣く帰るおその。
と、覆面の男がおそのに襲いかかって、髪をブツっと切ります。びっくりするおその、何するのですか。泣き叫びます。

さて、その様子には気付かないかのように塩治ご一行は旅立ちです。
引き出物にと、包みを出す由良之助に、金が欲しくて協力したんじゃねえと、義兵衛は逆に怒りますよ。
ところが、包みの中味は、さきほど切ったおそのの髪と櫛簪(くしこうがい、櫛とかんざし)、そして義兵衛が書いた去り状でした。

おそのが髪を切って尼の姿でいれば、了竹も妾奉公には出せない。このまま乳母として息子のめんどうをみてもらえばいい。
髪が伸びるころには討ち入りも終わっているはず、堂々とまた嫁にすればいい、という由良之助、泣いてよろこぶ家族、

由良之助、義兵衛を討ち入りに同道できなくて残念だが、「天河屋」の名前を合言葉に使う、と言います。
史実では合言葉は「山」「川」ですが、だからお芝居では合い言葉は「天」「河」です(こっちのほうが敵に当てられなさそうです)。
感激する義兵衛。
そんなかんじで勇ましくみなさん出発です。がんばるぞ。

本来はここでおしまいです。
実際の討ち入りの場面は、浄瑠璃の曲はありますが、昔は上演しないのが普通だったのです。


というわけでこの段の主人公、天河屋義兵衛さん、
町人の身でありながら討ち入りに関係して由良之助に「武士より武士らしい」と褒められてる、かっこいい、
武士にはなれないけど天河屋義兵衛みたいにはなりない、
みたいなあこがれがあってこの十段目は人気があったのです。
明治くらいまではそれなりに上演されている段だったはずです。

そういう身分意識がない、というか理解すらできない今日び、出してもあまり受けないだろうなということで、
全段マトモに出すと12時間じゃきかない忠臣蔵、
ここが真っ先にカット対象になる理由だろうなとは思います。
とはいえ、やはり忠臣蔵の一部ですからお芝居としての出来はいいと思いますし、たまに単独で出せばいいのになと思います。
「幡随長兵衛」アリならこれもアリだろと思います。


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