歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「三人吉三巴白浪」 さんにんきちさ ともえのしらなみ

2014年06月08日 | 歌舞伎
急ぐとき用の3分あらすじは=こちら=になります。

よく出る「大川端(おおかわばた)」のシーンと細かいウンチクはここです。

河竹黙阿弥(かわたけ もくあみ)の名作です。

「吉三(きちさ)」というのは、「吉三郎(きちさぶろう、きっさぶろう)」という名前の略ですよ。「きちぞう」とは読みません。
3人の「吉三」が出てくるものがたりです。
「和尚吉三(おしょう きちさ)」
「お坊吉三(おぼう きちさ)」
「お嬢吉三(おじょう きちさ)」の3人です。
3人とも泥棒で悪人ですよ。
「吉三」という名前の由来については下の方に書きます。一応知っていたほうが楽しめるかとおもいます。

もともとはとあるお武家さまのお家騒動が軸になった、今よりずっと長いお話なのですが、今はその部分は「通し上演」ですらまったく出なくなっており、そのせいで上演時、ストーリーが把握しにくくなっています。ストーリーにはあまり関係ない、「大川端」の場面だけ独立して出すことも多いです。
今回は今は出ない部分を補いながら現行演出で通し上演する場合のの解説を書きます。

安森源次兵衛(やすもり げんじべえ)という旗本のお侍がいました。刀の目利きが上手く、将軍様から刀を預かります。庚申丸(こうしんまる)という名前です。
この刀がストーリーの中心アイテムです。

この庚申丸を、悪人の海老名軍蔵(えびな ぐんぞう)が家来に命令して盗み出させます。
家来は刀を盗んだ帰りに犬に吠えつかれて、つい持っていたその刀を抜いて犬を切り殺し、そのはずみに刀を川に落としてなくしてしまいました。
刀を紛失(チナミの当時の読みは「ふんじつ」)した責任を取って安森源次兵衛は切腹、安森の家は途絶えます。
長男は浪人して行方がわからなくなります。
10年前の話です。

次男が、もと家来だった男の家に居候しながら一生懸命刀を探しています。刀があれば家は再興できるのです。

庚申丸をどうしても手に入れたい海老名軍蔵、最近ついに探し出して道具屋から百両で買い取りましたが、研ぎに出そうと砥師にあずけ、直後に殺されてしまいます。

刀はその時点で砥師(とぎし)の与九兵衛(よくべえ)が持っており、代金の百両は軍蔵が金貸しの太郎右衛門から借りたものでした。

というわけで、現行上演、夜の大川(隅田川)端の場面、
庚申丸を持った砥師の与九兵衛と、金貸しの太郎右衛門が出会うところから始まります。
海老名軍蔵が死んだと知った太郎右衛門、貸した百両が返してもらえなくなったのでショックを受けます。
せめて刀を売って金に換えようと、与九兵衛の持っていた刀を奪い取って逃げて行きます。追いかける与九兵衛。
この部分は、事前説明なしでセリフだけイキナリ聞かされても絶対意味わからないと思うので、流して見るしかありません。「大川端」だけの上演のときはカットしたりもします。
チナミにですが、庚申丸というのは名刀なのですが、そんな長い刀ではなく、サイズ的には「脇差(わきざし)」の長さです。

若い娘が人を探しながらやってきます。おとせちゃんといいます。夜鷹です。
夜鷹(よたか)というのは路上で商売する低ランクの売春婦ですよ。現代のドラマやお芝居でこういう職業のおねえさんを出すと、社会的に異分子すぎて浮いてしまいそうですが、
歌舞伎ではそこまで悲惨なイメージでは描かれていません。「ああ、貧乏なんだな」くらいに思って普通にみてくださればいいと思います。

昨日の夜、おとせちゃんと遊んだ若い客が百両落していきました。びっくり。
まだ若い客だったし、きっと仕事で届けるお金とかだろう、なくして困っているだろう、身投げでもしたらたいへん、
心配するおとせちゃん、優しい娘です。
というわけで昨日の夜からずっとその若者を探しているのですが、まだ見つかりません。
そこに、お金持ちのお嬢様らしいキレイな娘さんが追いついてきて道を聞きます。お供の人にはぐれたみたいです。
道案内しようとする優しいおとせちゃんですが、お嬢様は実は追いはぎだったのです。びっくりです。

お嬢様、金を奪い取ると、おとせちゃんを川に突き落としてしまいます。
そこにさっきの金貸し、太郎右衛門が百両ほしさにさっきの庚申丸で斬りつけてくるのですが、
じつはこのお嬢様は男です、強いです。
というわけで逆に刀を奪われてお金も取れずに逃げていく太郎右衛門です。以降出番ありません。

うまいこと百両手に入れていい気分の女装の美青年。その日は正月十四日、江戸では節分の日です。
江戸時代の節分については=こちら=の「厄払い」のセリフの全訳のところに詳しく書きました。
十四日なので、ほぼ満月の早春の月が夜空にかすんでいます。節分恒例の「厄ばらい」の文句もあちこちで聞こえてくる、ゆったりした夜です。
という状況で、有名な「厄ばらい」のセリフになります。
一応全文書きます。

月もおぼろに 白魚(しらうお)の 篝(かがり)もかすむ 春の空、
冷てえ風に ほろ酔いの 心持ちよく うかうかと
浮かれ烏(うかれがらす)がただ一羽 ねぐらへ帰る 川端で、
竿のしずくか 濡れ手で粟(あわ)、 思いがけなく 手に入る(てにいる)百両。
 (遠くの呼び声)おん厄はらいましょう 厄落としー
ほんに今夜は 節分か。 西の海より川の中 落ちた夜鷹は厄落とし、
豆だくさんに一文の 銭(ぜに)と違って金包み。
こいつは春から 縁起がいいわえ。

点と丸は適宜補いました。
このままだと意味分からないと思います。「調子だけで書いていて首尾一貫したした意味はない」という解説すら存在します。が、
調べればちゃんと全部意味通っていますよ。
長くなるので別ページにしました。参考にどうぞ(意味わからなくてもお芝居の理解には問題ありません)。節分の解説もここです。
=こちら=

と、いい気分でいる女装の青年に、通りかかった駕籠の中から声をかける見知らぬ浪人風の若い侍。
あわてて娘に戻ってしらばっくれようとする青年ですが、全部バレていました。

女装の青年は「お嬢吉三(おじょう きちさ)」といいます。女装して盗みを働く、近頃評判の悪党です。
駕籠の中の侍は「お坊吉三(おぼう きちさ)」と呼ばれています。
この「お坊」は「お坊さん」じゃなく、「お坊ちゃん」の意味です。もともと御家人のボンボンだった男で、今も浪人なので二本差しです。
これも最近噂の悪党ですよ。名前が一緒なのでお互い意識していました。

イキナリ「その百両貸して」というお坊吉三。何で!? 断るお嬢吉三。
というわけで斬り合いになりますよ。男前な着流しの浪人と女装の美青年の立ち回り。倒錯していて美しいです。
空には月、月に照らされた商家の白い塀、すぐ足元は川、この夜のできごとではないような、でも非常にリアルなような、不思議な雰囲気ですよ。

そこに留めに入るのがもうひとりの男、「和尚吉三(おしょう きちさ)」です。
昔、吉祥院(きっしょういん)というお寺で一応出家していたことがあるのでこの名前で呼ばれます。やはり悪党です。
一番年上で、悪党としてもランクが上です。
ふたりの喧嘩をとめた上で、百両を半分こして二人に分けます。ふたりの取り分は半分になります。
その差額のその五十両を、「それぞれ俺にくれ」というのです。和尚にやったと思ってあきらめろ、ということです。
「その代わりに俺の両腕を斬れ」という和尚吉三。
…両腕切られて百両ですか。
というのは置いておいて、その心意気に感服したお嬢とお坊は、和尚吉三を兄貴分として立てて3人で兄弟の契りをむすぶことにし、
喧嘩を止めてもらって命が助かったお礼に百両はそのまま和尚吉三に渡すのでした。

「大川端」以上です。

ここしか出ないことも多いです。ここだけ見る場合は、絵面の美しさをなんとなく楽しんでいただき、
細かいストーリーの整合性は気にしなくていいと思います。
ただ話について行けないと楽しみにくいですから、だいたい「何が起こるか」、事前に頭に入れておくと混乱なく楽しめるかと思います。

ここで細かい部分の解説まとめて書きます。
・吉三(きちさ)の名前の由来 
・「庚申丸」(こうしんまる)の名前の意味 
・タイトルの「白波」の意味について
です。

・吉三の名前の由来
もともと、「八百屋お七」という古い浄瑠璃があるのです。
八百屋といってもわりと大きいお店(おたな)で、お金持ちのお嬢様のお七ちゃんが主人公です。
ある日、近所が火事になったので一家で避難し、近くのお寺「吉祥院」にしばらく滞在することになります。
そのときお七は、寺小姓の吉三郎(きっさぶろう)と恋仲になります。
細かい話は割愛で、二人の恋路はバレてしまい、当然二度と会えないように引きさかれます。
どうしても吉三郎に会いたいお七、「また火事になれば吉祥院に行ける」と思い込み、家に火をつけ、自ら火の見櫓(ひのみやぐら)に登って半鐘を叩きます。
江戸時代初期に、江戸の大半を焼いた大火事の原因となった実話ですよ。

正確には、一番初めに書かれた浄瑠璃にはお七が火の見櫓に上がるシーンはありません。
非常に人気のある作品だったためいろいろアレンジされ、
振袖姿の美しい町娘が自分で火をつけた火事の中、火の見櫓に登って一心に鐘を叩く、狂おしいまでの映像美が完成しました。

さらにいろいろなメタファー作品が作られます。
最初の浄瑠璃では火あぶりになるお七のそばで切腹した美貌の青年、吉三郎ですが、やがて生き残って寺を追われ、
無頼の輩となって盗みを働く話が書かれました。
これがまた人気が出たため、吉三郎(吉三)を題材にしたいろいろなお芝居が作られたのです。
これは、その中の、究極のメタファー作品です。
なので「お七」「吉祥院」「火の見櫓」「八百屋」などのキーワードが各所にちりばめられています。

・「庚申丸」の意味
今は子、丑、寅…と十二支を年に振り当てるだけですが、昔はさらに、これと組み合わせて
甲(きのえ)乙(きのと)
丙(ひのえ)丁(ひのと)
戊(つちのえ)己(つちのと)
庚(かのえ)辛(かのと)
壬(みずのえ)癸(みずのと)
の十種を組み合わせ、60通りの「干支」を使っていました。
甲子(きのえ・ね)→乙丑(きのと・うし)というように順番に行きます。60年でひと回り(還暦)です。
これを、昔は日にちにも当てはめました。「今日は辛巳(かのと・み)の日」みたいなかんじです。
その中で、「庚申(こうしん、かのえ・さる)の日は特別な日でした。中国の道教が由来らしいです。平安期からそういう風習がありました。
この日に寝るとヤバいのでひと晩中起きていて「庚申まち」をする風習は有名です。他にもいろいろ言い伝えやタブーがあります。
なんとなく薄気味悪い日だったのだと思います。
庚申の日に生まれた子供は盗人になるという言い伝えもありました。
盗人が3人出るお芝居に「庚申丸」という名前の刀を出したのはそういう理由です。

・「白浪(波)」の意味
昔、中国に、白波谷という場所を根城にした盗賊の集団がいて、「白波賊」と名乗っていました。
という故事を踏まえて、歌舞伎や江戸の読本(よみほん)、講談の世界で「白波」と言えば、泥棒やそれに類する悪党のことです。
そして、そういう人たちを主人公にしたピカレスクものを総称して「白波(浪)もの」と呼びます。

通し上演の解説まで書こうと思ったら1万文字超えたので、分けます。
「大川端」のみの上演をご覧になるときはここまでで大丈夫です。

=後半に=
=「厄払い」全訳に=

=50音索引に戻る=


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12 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Unknown)
2010-09-24 19:35:18
たぶんですが、
和尚吉三は
二人に百両ずつ渡したいが二つに分けたら50両ずつしかない。
足りない分の50両ずつを「俺にくれ」その代わりに俺の腕一本を50両としてそれぞれ持っていけば、ちょうど100両ずつ持っていたことになるだろう。
という話で、最初から100両もいらぬ、腕も差し上げると言っているのでは。
Unknown (Unknown)
2012-01-05 10:24:45
今から 見に行ってきます あらすじはあまりわからないのですが
見ていて 綺麗ですよね
三人吉三巴白波 (府中べら)
2012-01-30 11:31:09
大好きな河竹黙阿弥のセリフ、大川端のシーン三人のセリフ全部覚えて、一人でブツブツ?
キモチイ~!!!

様々なセリフの意味由来、当時の時代背景と益々面白い!!!

もっと早く此処にたどり着きたかった、残りの人生あと僅かなのに(古稀)
Unknown (婆)
2013-05-16 19:17:56
吉三の読みは濁りません。「きちさ」が正しい読み方です。チラシにも筋書にも、「きちさ」と書かれていますし、台詞でも「きちさ」と発音されています。よくある間違いですが、解説されるのならば、間違っては困ります。
Unknown (ひろせがわ)
2013-05-19 15:05:07
はぅ。修正しました。
ありがとうございますー。
Unknown (婆)
2013-05-19 21:24:56
ありがとうございました。
安心して、三途の川を渡れます。
Unknown (ひろせがわ)
2013-05-20 20:39:33
三途の川などとおっしゃらずに、またぜひ遊びにいらしてください。ありがとうございました。
Unknown (ますみ)
2013-08-30 21:10:10
最近「三人吉三」が気になり、様々な文献を読みました。
その中で「通客文里恩愛噺」「侠客伝吉因果譚」という文字をよく見かけたのですが、これは何と読めばいいものなのでしょうか??
どの文献にもルビが振ってなかったため、教えて頂けるとありがたいです。
コメントありがとうございます (ひろせがわ)
2013-09-01 17:42:38
コメントありがとうございます。
ふたつのタイトルは、黙阿弥作品の元ネタになっている、当時の人情本だと思いますが、
ワタクシは読んだことはありません。
読み方ですが、
特に凝った読みになっていない限り
「つうかくぶんり おんあいばなし」
「きょうかくでんきち いんがものがたり」
だと思います。
特別に凝った読みであった場合はさすがにルビがついているはずですので、
上記の読みでまず間違いないかと思います。

Unknown (ますみ)
2013-09-11 12:47:27
返信ありがとうございました!
元になっている人情本があるとは知りませんでした!
「通客文里恩愛噺」の方は「傾城買二筋道」が元ネタになってるのは知ってたのですが、「侠客伝吉因果譚」にも人情本あったんですね!
ちなみに「侠客伝吉因果譚」のほうは「きょうかくでんきちいんがたん」と読むことはありませんか??

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