来る3月28日から29日にかけて、六本木にて「六本木アートナイト」というイベントが開催される。「六本木アートナイトは、街全体を美術館に見立て、夜を徹してアートを楽しむ一夜限りのイベントです」(チラシより)。3月28日17:59から29日5:32がコアタイムで、現在国立新美術館で開催中の「アーティスト・ファイル2009-現代の作家たち」も28日は入場無料。その他各所に現代作家たちのインスタレーション作品が設置されたり、パフォーマンスやトーク・イベントが開催されたりなど盛りだくさんの内容。
その中で、私の一押しはヤノベケンジ氏の「ジャイアント・トらやんの大冒険」。
話は2007年の夏にさかのぼる。
2004年のダブリンでの苦しい思い出の記憶もまだ色あせない中、会社合併に伴う新システム導入(そう、ダブリンであれだけ苦労して構築したシステムは、たった3年であえなく没!)のプロジェクトに投入された私は、5月からインド人のITの人々とほとんど缶詰状態で働き続け、ついには7月あたまにひどい夏風邪を引いて寝込み、社会人になって初めて1 週間近く会社を休んでしまった。
そんな7月中旬の週末、傘をさしてフラフラと横須賀美術館に向かう病み上がりの私がいた。あまつさえ埼玉県民にははるか彼方の横須賀だというのに、追い打ちをかけるように台風が神奈川に向かって接近中であった。なんでそんな無茶を?
なぜなら、この日しか観られない『ジャイアント・トらやん』の火噴きパフォーマンスを、どうしてもこの眼で観たかったから。
実は作者のヤノベケンジ氏や「トらやん」について、十分な知識があったわけではない。自分の好きな作家さんが数名参加されていた、横浜美術館で開催中の「生きる」展(2007年4月28日にオープンした横須賀美術館の開館記念展)にまずは興味があり、その出展者のお一人がヤノベ氏であった。
「トらやん」とは何者か?
この日横須賀美術館にて、パフォーマンスの前にヤノベ氏が披露された「トらやん」の誕生秘話を、かいつまんで記しておこう:
ヤノベ氏のお父様はとても真面目な会社員で、ヤノベ氏が芸術の道へ進む際には「まっとうな会社員になれ」と反対するほどだった。結局ヤノベ氏は京都市立芸術大学に進み美術家になったが、ある日実家に行くと、居間にゴロリと不自然に寝転ぶ幼児の姿が。ヤノベ氏はその光景に一瞬「猟奇的なものを感じた」。しかしそれは、仕事一本できた堅物のお父様が、勤め上げた会社を定年退職されたあと急に趣味に目覚めて始めた腹話術のお人形、「けんちゃん」であった。
ところが悲しいかな、お父様の「ダミ声」はかわいい顔をした「けんちゃん」のキャラと全く一致せず、家族から非難ごうごう。腹話術は諦めて何かほかの趣味を見つけるよう説得され、ご本人もついにはそのお人形を売りに出すことで合意。
しばししてヤノベ氏が実家に行くと、とっくに売られたと思っていた人形は、なんとバーコード頭にちょび髭を生やした不気味なおっさんに変貌を遂げていた。そう、お父様は自分の声に合うキャラクターに人形を変身させていたのだった。お父様がファンだというタイガースのユニフォームを着て、名前も「けんちゃん」から「なにわのとらやん」に。
ヤノベ氏が2003年に地元大阪の国立国際美術館で「MEGALOMANIA」展を開いた際、お父様も腹話術で参加したいと強く申し出た。結局ポスターにはヤノベケンジの名と共にお父様の腹話術の文字が(これを見た人々には、「いっこく堂が来る」と誤解されたという)。いずれにせよ、この展覧会のオープニング・イベントで「トらやん」はデビュー。このとき、以前ヤノベ氏がアトムスーツ・プロジェクトで訪れた、チェルノブイリで出会った3歳の子供用に作ったアトムスーツが見当たらないと思ったら、お父様が「トらやん」に着せていた(腹話術の人形も3歳児のサイズだった)。
その後、お父様と「なにわのとらやん」のパフォーマンスは『青い森の映画館』という作品になり、「トらやん」として増殖、発展を遂げ、ついには火を噴くロボット『ジャイアント・トらやん』が誕生する。
以上。
さぁ、火噴きパフォーマンス、『ジャイアント・トらやん・ファイアー』である。『ジャイアント・トらやん』は、立ち上がると高さ7.2メートル、この日のように座っていても5mを超える可動式ロボット。頬がふっくらと愛らしく、ロボットといいながら、どちらかというとメカニックな印象よりも暖かく和み系な雰囲気。それもそのはず、もとはかわいい3歳児のお人形なのだから。
消防法の関係で、この火噴きパフォーマンスを屋内で実現出来るのは、関東では横須賀美術館だけとのこと。また、この日はpasadenaというバンドとのコラボであった。
イベントが始まる前に、『ジャイアント・トらやん』および関連作品は一通り観ていた。しかし、係の人の誘導でパフォーマンスの準備の整った展示室に改めて入り、早く行ってゲットした整理券のおかげで一番前の床の上に座って、目の前の巨大な『ジャイアント・トらやん』を観上げているうちに、私の胸のうちに何かしら熱くこみ上げてくるものが。よくもまぁ、こんな大きなものを造ったもんだ。陳腐な表現だが、そのとき私は本当に思った。"人生ってなんだろう?"
pasadenaによる、自然に体が動いてしまうような気持ち良い演奏に合わせて動き出したジャイアント・トらやん。大きな目でガシャン、ガシャンと瞬きをし、首を左右に動かしたり、腕を前後に振るその姿は、まさに音楽に反応して踊っているよう。トらやんの足元で演奏しているpasadenaのギターの人も、弾きながら踊るトらやんを時折観上げては、語りかけるようなまなざしを投げたり、微笑みかけたり。この、ロボットと人間の交流している姿が何ともファンタジック。このバンドは以前にもジャイアント・トらやんと共演したことがあるそうで、MCで彼が「初めてトらやんと共演したときは涙が止まらなかった。今回の企画を聞いて、是非またやらせてくださいと申し出た」という話を披露。
途中まで軽やかだったpasadenaの演奏が加速され、トランペットも加わり、その場の空気が和やかなものからにわかに熱気を帯びたものに変化していく。ヤノベ氏がマイクを取り、"皆が明るくいられるよう、そして外の台風を吹き飛ばすために"ということで、氏の「僕らの上に!」という掛け声に、私たち観衆が「太陽を!」と返すパフォーマンスが始まる。この掛け合いを、演奏にのって幾度となく繰り返し、ヤノベ氏の声も、私たちの声もどんどん大きくなり、ヒート・アップ。
最後、ヤノベ氏の声が絶叫調になった。
「ぼーくらのうえにー!」
「たーいようをー!」
クライマックスに達したと思われたそのときだった。『ジャイアント・トらやん』の胸がパカッと開き、その中に潜んでいた、発射装置が置かれた机の前に座る『トらやん』がこちらを向いて、発射ボタンをスィッチ・オン!
その仕掛けに意表を突かれたが早いが、間髪入れずに可愛いジャイアント・トらやんの口からゴオォォォーーーッという、かつて実生活で見たこともないような太いオレンジ色の炎が私たちに向かって噴射された。
一番前にいた私は、本当に顔に火が届いたかと思うほどの熱波を感じ、文字通り腰を抜かした体で身じろぎ一つ出来なかった。うおぉぉぉーっというどよめきをあざ笑うかのように、この噴射は4度繰り返された。終わった後は、しばし呆然自失。触ると顔が熱かったのは、興奮もあるだろうが、あの火炎にあぶられたせいもあったに違いない。
ふぅ。。。 六本木アートナイトのご紹介のつもりが、トらやんのことを書き出したらつい止まらなくなってしまった。
とにかく皆さん、六本木アートナイトに行かれたら、『ジャイアント・トらやん』の火噴きパフォオーマンスをお見逃しなく。六本木では野外で、立ち上がった姿での噴射だから、私が体験したような衝撃は若干弱められるかもしれないが、絶対一見の価値ありだと思います。本当にすごいんだから!
普段は横須賀にあるのでしょうか。今日、まだパフォーマンスがあるのでもう一度見たいですね。
まさかはろるどさんからこんなコメント頂けるなんて!
ありがとうございます。嬉しいです。
火を噴くのは夜中の12時半と聞いて私は諦めたのですが、
はろるどさんはそれをご覧になったのでしょうか?
とはいえ、小出しの火噴きは私も何度か観ました。
ちょっと距離はありますが、それでも熱波を感じてビックリ。
ジャイアント・トらやんはどこにも常設はされていないと
思います。こういったイベントでしかお目にかかれないので、
今日のラストは観逃せません。
0:30の回に行ってきました。
とにかく寒かったです。
にも関わらず、300人くらいは集まっていました。
ジャイアント・トらやんは以前、横須賀でみたもののその時には火炎放射を見てないので、今回は絶対にと決めていました。
やはり、これは体感しないと分からないですね。
火炎が出た瞬間、ほんとに一瞬熱いっていう生の感覚がうれしかったです。
わたしは現物を見たことがないので意見は書けないんですが、記事を読んでいて、こちらまでなんだか感動してきました。
ヤノベさんのお父上の行動がとても関西的で面白いんですが、とらやんの「成長記」に「ほほー!」と思ったり、YCさんの行脚の道にちょっと胸が詰まったりしました。
いい記事を読ませてもらい、嬉しかったです。
ありがとうございました。
こんばんは。コメントとTBありがとうございます。
0:30の回をご覧になったんですね。あの寒い中、そんなに
集まりましたか。スゴイ!
かく言う私も、本日やっぱり18:00の最後の放射を観たくて
10分前に駆け込みました。20発以上の連射で締めくくり。
あおひーさんのおっしゃる高揚感、とても共感します。
太古の昔から人類に畏怖の念すら感じさせる火の威力を
改めて思いました。
☆遊行七恵さん
こんばんは。コメントありがとうございます。
読んで頂けただけでも嬉しいのに、こんなお褒めのお言葉を
頂戴できる記事だとは、本人全く思っておらず。恐縮です。
でも遊行さんにも機会があれば是非観て頂きたいです。
あれだけガッツのある作家さんも稀だと思います。
口の重い作家さんが多い中、ヤノベさんのトークの軽妙さも
特筆に値するかも。関西パワー、いいですね。
はろるどさんのリンクからやってきました。
わたくしのジャイアント・トらやん初体験は豊田市美術館。
そしてファイヤー初体験は横須賀美術館で。
台風が迫る中、ご一緒していたんですね。
今回は、ヒルズまで自動車で行って、
0時半と2時の回を観ました。
「ぼくらの上に」「太陽を」は残念ながら無かったです。
深夜は大きな音を出せないのでしかたないのかな。
ヤノベさんのシャウト、期待してたんですが。
拙ブログに動画アップしましたのでご高覧下さい。
冷え込む夜、トらやんファイヤーが心と体を熱くさせてくれました。
こんばんは。コメントとTB、ありがとうございます。
あの寒い夜中、2回もご覧になられたのですね。
いろいろ教えて頂き、ありがとうございました。
横須賀での火噴きは、もはや伝説ではないでしょうか。
あの場にいらした方が、こうして拙ブログに訪ねてきて
下さるなんて、とても嬉しいです。
テツさんのブログにもお邪魔させて頂きます。