浮世風呂

日本の垢を落としたい。浮き世の憂さを晴らしたい。そんな大袈裟なものじゃないけれど・・・

C I A ②

2012-01-27 16:49:30 | 資料

The Central Intelligence Agency 

  

https://www.cia.gov/

大統領の直轄組織であり、米軍やその他米国政府内の情報機関からは独立して存在している。 CIA自身が収集した情報の他に、国家安全保障局や国家偵察局、国防情報局(DIA)、各軍の情報部、財務省情報部、原子力委員会情報部などからの情報を集めて分析し大統領と国家情報長官に報告する。

米国内の多数の情報組織から構成されるインテリジェンス・コミュニティーは国家情報長官によって統括され、CIAはその「中央」にある情報機関である。

徹底した秘密主義、度々暴露されるいくつかの悪事から、いかにも怪しい組織といった印象が全世界的に強いため疑念の対象として見られることも多い。 イランなど反米国家においては、逆にテロ組織に指定されている。国務省や連邦政府がおおっぴらに関与する事の出来ない“裏稼業”を行う事から、「見えない政府」「もう一つのアメリカ政府」「クーデターメーカー」などと渾名される。

イスラエル諜報特務庁やイギリス情報局秘密情報部とつながりが深い。また、米国、カナダ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドの諜報機関は、アングロ・サクソン連合として横の連携がある。

(ウィキペディアより)

 ◆戦後日本に初めて全国的な電話回線網が作られ、電電公社(現在のNTT)が創立された時、貸付金も含めその資金は米国とCIAから出されていた。

この借款の日本側、電電公社側の法的代理人(契約手続きを代行する弁護士)として、電電公社創立を指揮したのがワイルド・ドノヴァンで、彼はCIAのスパイ・マスターであった。

NTTはCIAの下部組織として、日本人全員の会話を盗聴チェックしている。当然NTTのインターネットでも個人情報がチェックされている。

 1995年10月15日付ニューヨークタイムズ紙には、このCIAの日本に対する秘密工作について報じている。

 CIAはNSA(国家安全保障局)の電子通信傍受システムを使って、当時日本の通産省官僚と自動車メーカー幹部の会話を盗聴し、これをワシントンで分析して米国の交渉団に提供した。

これでカンター代表らは、トヨタや日産、ホンダの幹部が通産省に圧力をかけていたことを知ったため、交渉を有利に進めることが出来た。

 NTTの関係社員はこの盗聴の事実を知っているし関与している。ISDNや光通信のようなデジタル回線では交換機にソフトでコマンドを送るだけで聞くことが出来る。

 ソフトバンクの孫社長が、なりふり構わずNTTに光通信の割譲を迫るのはこれが為である。

◆1937年、中国侵出を行っていた日本陸軍は、戦争資金調達のため陸軍省から直接アヘン密売を行うため、担当官として藤田勇を中国に派遣。

中国マフィアの青幇から一部資金提供を受け、イランからアヘン20万ポンドを密輸して中国全土で売りさばき、日本軍の武器調達を行った。

1939年4月には、日本軍が青幇・紅幇を掌握して再組織し、日本陸軍省軍事課長、岩畔豪雄の指揮下に置き、中国全域を対象とした麻薬販売組織を創立する。

この岩畔の下では、吉田茂、岸信介、佐藤栄作、池田勇人、児玉誉士夫らが動いていた。 

中国の麻薬組織は、日本が敗北すると、そのまま中国共産党の軍事訓練を担当した、米国CIA(当時はOSS)に引き継がれ、中国共産党が政権を掌握した後には、青幇・紅幇は特務機関に姿を変え、CIAと中国共産党のパイプ役を担う。

中国が市場開放路線に舵を切ったのも、2007年に米国議会が、中国共産党と一体化して戦中の日本の従軍慰安婦問題で、日本非難決議を行った際に動いたのも、このパイプである。しかし対象は中国大陸であり、朝鮮半島の事を問題化しての決議ではなく、朝鮮人ロビーストの成果であるというのは、日本のメディアによる捏造である。

戦後、ゴールデン・トライアングルのチャン・ピョンギョク、サスーン、アイゼンベルグ、里見甫、ジョージ・ブッシュらが麻薬運搬企業「エア・アメリカ」を創設する。

この企業により、ゴールデン・トライアングルから、麻薬が世界中に運ばれて来た。

この世界最大のアヘン地帯の現場を指揮してきたのは、シー・サプライ社というCIAのフロント企業である。その創立者はCIA極東部長のデスモンド・フィッツジェラルド。それを指揮したのがブッシュの国防次官だったリチャード・アーミテージである。

(現在は、アフガニスタンが世界一のアヘン製造地であるが、それも同様に米国側ゲリラの武器購入のためにCIAが育成してきた)

このシー・サプライ社の運転資金は、台湾・台北の金融会社ウエスタン・エンタープライズから出ている。経営者は国民党の資金管理者だった人物で、原資は終戦時に日本軍から受け取った金・銀が使われた。そして台湾の麻薬を扱うのは、「天同盟」というマフィア組織である。

第二次世界大戦中のOSS(Office of Strategic Service;戦略事務局)がCIG―中央情報グループを経て1947年に改組。アメリカ合衆国の外交政策・国防政策の決定に必要な諜報・謀略活動(ヒューミント)を行い、膨大な予算と権限をもつが、その活動の詳細は明らかにされていない」・・・なのだそうである。しかし、もっとその起源を遡らねば何も見えてはこない。

「ジョン・Dと戦おうとする人々にとって最大の問題は、彼がいつも何処にいるか分からないということだった。彼は自分の会社をまるでCIAか何かのように経営し、すべて重要なメッセージは暗号でやりとりしていた。会社の正面玄関は正体不明の男達の出入りを許し、裏門には実体のない会社の郵便受けがかかっていた。彼の競争会社は、自分たちが信頼していた役人たちが『ロックフェラーの意のままに動いていた』ことを後になって次々と知るはめになった。これらロックフェラーの恐るべき秘密組織は至る所にスパイを配置し、自らの正体を隠しつづけてきたのであった」
---ウィリアム・マンチェスター著『ロックフェラー一族の肖像』より

 そう、CIAとはロックフェラーお抱えのゴロツキ集団、知能犯的暴力装置であったのだ。国益のためには他国の指導者であれ抹殺する、といったCIAの極悪非道が合法化されてしまうのも、バックに大財閥が付いていればこそだった。一連の暗殺史にCIAが関与しているということは、同時にそこにロックフェラーなど世界的な大財閥が関与しているということでもある。


 

  米国に大量に麻薬が流入し始めた70年代、コロンビアからの麻薬密輸業者でありマネーロンダリング(麻薬資金洗浄)の草分け的存在でもあった伝説の人物、アイザック・カッタンは銀行デューク・ベレラの全米支店を利用し、麻薬密売の代金を回収していた。ベレラ社は麻薬資金と知りながら、カッタンに協力し続けていた。

ベレラ社の創立者ニコラス・デュークはCIAの創立者の一人であり、デュークは第二次大戦中、児玉誉士夫と共に中国でアヘン売買を行っていた。アヘン密売業者がCIAを創立し、米国の麻薬の黎明期、麻薬密売代金を回収して来たのもCIA創立者の銀行だった。

  デュークは同時に世界最大の産金業者、南アフリカのニューモント・マイニング社の創立者であり、ブッシュ一族の経営するハリマン銀行は、ニューモント・マイニング社傘下企業である。

 父ブッシュは麻薬商人ベレラニューモント・マイニング社のカナダ支部バリック・ゴールド社の取締役である。

 ブッシュの大統領補佐官ブレント・スコウクロフトは、ニューモント・マイニング社の取締役であると同時に、ブッシュの経営する軍事産業投資会社カーライルの取締役である。

 スコウクロフトは、ライブドアの親会社リーマン・ブラザース(〓ゴールドマン・サックス)の取締役でもあり、次期大統領候補コンドリーザ・ライスの恩師・先生である。つまり全員、麻薬業者、CIA創立者の傘下に居る事になる。

 70年代から30年間に渡り、ゴールデン・トライアングルから麻薬を米国に運んでいたのは、CIAの輸送会社エア・アメリカだった。この会社は、ブッシュの部下オリバー・ノースが経営していた。
 父ブッシュは90年代、大統領命令でベネズエラから1トンもの大量のコカインを米国に輸入し、街頭で販売していた。

 エア・アメリカで運び込まれる麻薬は、CIAの銀行BCCIで支払いが決済されていた。この銀行を使い、CIAは世界に米国製武器を密売し、麻薬資金を回収し、テロリスト、ウサマ・ビン・ラディンに資金を提供していた。

 現在、インターネット上でのやり取り、電話の会話を盗聴している軍事衛星エシェロンに使用されているバックドア付き(盗聴システム付き)の軍用ソフト、プロミスも、この銀行を通じ、ブッシュとCIAにより世界中に販売されて来た。

  ブッシュとCIABCCIの武器密売が明るみに出たのが、89年のイラン・コントラ事件だった。

 ブッシュとCIAは敵国イランとニカラグアに武器を売り、代金を受け取っていた。代金は一部現金でBCCIに振り込まれ、特にイランからは麻薬の形で代金が支払われた。イランから支払われた麻薬は、ブッシュとCIAにより米国の街頭で若者に販売された。

  ブッシュとCIAの下部組織として麻薬を街頭で販売しているのが、イタリア・マフィア、コーサ・ノストラである。

 第二次大戦中、イタリアのムッソリーニと戦う米軍のイタリア系兵士が、祖国イタリアに忠誠を誓い、米軍の軍事情報をムッソリーニに横流する事態が横行した。困った米軍はCIAに依頼し、イタリア・マフィアにイタリア系兵士多数の身辺監視を依頼した。それ以後、CIAコーサ・ノストラは一体化する事になる。

 互いの利益は麻薬販売という点で一致した。コーサ・ノストラは、麻薬の利益をCIA銀行BCCIから本国イタリアのアンブロシアーノ銀行に送金し続けた。

  銀行を支配する持ち株会社インター・アルファ・グループの中に、アンブロシアーノ銀行ブッシュハリマン銀行はあり、この2つの銀行は同一組織の手足である。

  世界最大の麻薬販売企業はCIAである。アフガン戦争は、麻薬生産を拒否するタリバン政権を倒し、米国内の麻薬不足CIAの裏金不足解消も目的の1つだった。

 

 

CIAは早くからビンラディンの所在を突き止めていた。殺害の絶好のタイミングが来るまで監視し、無防備の彼に多数の銃弾を浴びせ殺害した。生きたまま拘束するなど簡単だったのだが。

何故ならCIA自身が保護し匿っていたからに他ならない。

パキスタンの自宅前を家族と散歩するビンラディン

 世論に対し、もっとも効果的だという時期を選んで、ウサマ・ビンラディンの殺害を決行した、劇場型暗殺劇に過ぎない。

パキスタン政府に保護を依頼しながら、殺害を全く知らせなかった。なぜなら、知らせるとビンラディンを逃がすのが分かっていたからである。

オバマ政権の外交政策最高顧問ブレジンスキーとビンラディン。
ビンラディンCIA工作員のコードネームは"ティム・オサマ" 1979年撮影

米国ロサンゼルスの南部郊外にアメリカ最大の軍事産業の町、El Segundoがある。この軍事産業の技術者達が、休息・食事に出かける、町の南方にあるレドンドビーチのメキシカン・レストランは、ロシアの旧KGB等の諜報組織によって経営されている。麻薬販売専門店でもある、この一群のレストランでは、ロシアの諜報組織が米国軍事産業の技術者達から軍事機密情報を「買い取り」、麻薬を「代金として支払っている」。このロシア諜報部と米国軍事産業のパイプ役として、レストランの「現場を仕切っている」のが、ロシアン・イスラエル・マフィアである。

かつてソ連時代、ソ連(ロシア)は、メキシコに多額の資金援助を行い、ロシアの政財界人は多数メキシコで事業活動を展開していた。その実働部隊としてロシアン・イスラエル・マフィアが、メキシカン・マフィアとの「深い関係を形成した」因縁が、ロシア諜報部による、このメキシカン・レストラン経営に残っている。

このロシア諜報部と米国軍事産業の「密通」を、CIA幹部として支配して来たコントローラーが、オバマ大統領の最高ブレーン=ズビグニュー・ブレジンスキーである。


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