幸せ 快乐

くならgooブログ

れることと考えられて

2016-07-19 11:46:37 | 日記


 ミュロスへ着くまでのほぼ二週間はガリオンがこれまで過ごしたなかでもっとも試練にとんだ旅だった。荷馬車は起伏の豊かな人家もまばらな田舎をぬけて、丘のふもとのふちを進んだ。頭上の空はどんよりとたれこめて、寒さが身にしみた。ときおり雪が舞い、東の地平線には、黒い山脈が不気味にうかびあがっていた。
 ガリオンは二度と身体が温まらないような気がした。毎晩ダーニクが手を尽くして乾いた薪を見つけてきても、焚火はきまって情けないほど勢いがなく、まわりの寒さはたとえようもなかった。かれらが眠る地面は常に凍りつき、冷気が骨の髄までしみこみそうだった。
 ドラスニアの謎言葉の勉強はその後もつづき、名人とはいかないまでも、荷馬車がカマール湖を通過し、ミュロスへ至る長いくだり斜面へさしかかる頃には、少なくともほどほどにはあやつれるようになった。


 センダリア中南部にあるミュロス市はひらべったくはいつくばったような魅力のない土地で、昔から年に一度の大規模な市が開かれるところだった。毎年夏の終わりには、アルガーの馬乗りたちがおびただしい数の家畜の群れを連れて山々をぬけ、〈北の大街道〉づたいにミュロスへやってくる。そして西部全域から家畜の買い手がミュロスに集まって、かれらの到着を待つのだ。巨額の金が手から手へと渡り、また、アルガー人たちも概してその時期に有用品や装飾品をまとめ買いするため、遠くは南のニーサくんだりからも商人たちが品物を売りに集まってくる。市の東の大平原がまるごと畜舎にあてられるが、シーズンたけなわともなると、ぞくぞくと到着する群れはそれでもとうてい収容しきれずに、畜舎の向こうの東には、半永久的なアルガー人たちの野営所ができあがる。
 シルクがトルネドラ人のミンガンのハムを積んだ三台の荷馬車を率いてこの都市にはいったのは、市も終わり、畜舎がほぼからになって大半のアルガー人たちが帰途につき、残っているのは死に物狂いの商人たちだけというある日の午前のことだった。
 ハムの引き渡しはとどこおりなく完了し、荷馬車はすぐに都市の南のはずれに近い一軒の宿屋の中庭に近づいた。
「ここはりっぱな宿屋だよ、奥方」シルクが荷馬車をおりるポルおばさんに手を貸しながら言った。「前に寄ったことがあるんだ」
「そう望みましょう」ポルおばさんは言った。「ミュロスの宿屋はいかがわしいという評判だから」
 シルクは慎重に言った。「それは町の東端に並ぶ宿屋のことさ。よく知っているんだ」
「そうでしょうとも」おばさんは眉をつりあげた。
「職業柄ときどき心ならずもその手の場所を見つけだす必要にせまられるんでね」シルクはやんわり言った。
 ガリオンはその宿屋が驚くほど清潔なのに気づいた。宿泊客は大部分がセンダリアの商人らしかった。「このミュロスにはいろんな種類の人たちがいるんだと思ったよ」シルクと一緒に二階の部屋へ荷物を運びながらガリオンは言った。
「いるさ」とシルク。「ただ、各グループが孤立する傾向があるんだ。トルネドラ人は町のある一部分に集まるし、ドラスニア人はまた別の場所、ニーサ人はまたちがう場所という具合だ。ミュロスの伯爵がそれをお好みなのさ。一日の取引きが最高潮に達すると喧嘩が起きることもあるし、同じ屋根の下に生来の敵同士が泊まるのはまずいからな」
 ガリオンはうなずいた。「あのさ」ミュロスでの滞在用にとった部屋へはいりながらかれは言った。「ぼくはこれまでニーサ人て見たことがないんだ」
「そいつは運がいい」シルクは嫌悪をこめて言った。「ニーサ人はいやな人種なんだ」
「マーゴ人みたいなの?」
「いや。ニーサ人は蛇神イサを崇拝していて、かれらのあいだではそれは蛇の癖をとりいいるらしいのさ。わたしなどまっぴらだね。おまけにニーサ人はリヴァの王を殺した。それ以来全アローン人はかれらを忌み嫌っている」
「リヴァ人の王なんかいないよ」ガリオンは異議をとなえた。
「今はな。昔はいたんだ――サルミスラ女王が国王殺害を決心するまでは」
「それはいつのことだったの?」ガリオンは興味をそそられた。
「千三百年前だ」つい昨日のことのようにシルクは言った。
「うらみつづけるにはちょっと昔のことすぎるんじゃないかな?」
「許せないこともある」と、シルクはぶっきらぼうに言った。
 日没までまだ間があったので、シルクとウルフは午後になると宿を出て、謎の痕跡を求めてミュロスの通りをぶらついた。ウルフにはその痕跡が見えるか、感じられるらしく、それによって一行の捜すものがこの道を通ったかどうかがわかるのだった。ガリオンはポルおばさんと一緒の部屋で暖炉のそばに坐りこみ、冷えきった足を温めようとしていた。ポルおばさんも炉辺に腰をおろし、光る針をせっせと動かしてかれのチュニックの一枚をかがっていた。
「リヴァの王ってだれだったの、ポルおばさん?」ガリオンはたずねた。
 針がとまった。「なぜそんなことを訊くの?」
「シルクからニーサ人の話を聞いていたら、ニーサ人の女王がリヴァの王を殺したってシルクが言ったんだ。どうして殺したの?」
「きょうは質問で頭が一杯のようね」おばさんは針をまた動かしはじめた。
「荷馬車に乗っているあいだ、シルクといろんな話をするんだ」ガリオンは足をもっと火に近づけた。
「靴をこがさないようになさい」


オサはすぐにほかの連中か

2016-07-04 15:46:26 | 日記

 だが少年はもう戸口に向かって歩きはじめていた。
「何もなさそうだよ、父さん」さらに奥まで進んでから引き返してきて、「おいらが煙みたいに消えちゃわなかったってことは、大丈夫だと思っていいんじゃないかな」
 クリクは両手を広げてタレンを追いかけようとしたが、考え直して悪態をついた。
「中へ入りましょう」セフレーニアが言った。「街の警備兵にもさっきの音は聞こえたはずです。ただの雷だと思った可能性もありますが、様子を見にこようとする者もいないとは限りません」
 スパーホークは袋をベルトに戻した。
「中に入ったら人目につきたくありません。どっちへ進めばいいでしょう」
「扉をくぐったら左へ行くのがいいでしょう。そっちは調理場と倉庫に通じていますから」
「わかりました。では、行きましょうか」

 街に足を踏み入れたときに感じた奇妙なにおいは、王宮の暗い通廊でさらに強くなった。騎士たちは慎重に、叫びかわす王宮警護隊の声に耳を澄ましながら進んでいった。王宮の内部は混乱を極めており、これほどの広さを持った建物であっても、出会い頭に敵と衝突する可能性はつねにあった。それでも暗い部屋を選んで歩くことでいくらかその危険を低減させることはできたが、完全に回避することはできなかった。もっとも教会騎士の白兵戦の技量はゼモック人を上回っており、また多少の物音は通廊に反響する叫びにかき消されてしまった。一行は武器を構えたまま前進を続けた。


 一時間近く歩くと、菓子を焼いている大きな調理場に出た。竈《かまど》の炎がある程度の明かりを提供してくれる。一行はそこで足を止め、扉を閉めて閂《かんぬき》をかげた。
「完全に方角を見失いました」クリクはそう言って、菓子を一つつまみ食いした。「どっちへ進みましょう」
「あの扉ですね。調理場はオサの玉座の間に通じる通廊に面しているはずです」とセフレーニア。
「玉座の間で食事をしているのですか」ベヴィエが唖然として尋ねる。
「オサはあまり動きまわりません。もう歩くことができないのです」
「どうしてそんなことに」
「食べすぎですよ。オサはいつも何かしら食べていて、しかも運動嫌いです。足が肉体を支えきれなくなっているのです」
「玉座の間に入る扉はいくつあるのかな」
 アラスに訊《き》かれて、セフレーニアはしばらく考えこんだ。
「四つ、だったと思います。一つはこの調理場に、一つは王宮の中央に、もう一つはオサの私室に通じています」
「あとの一つは」
「そこには扉はありません。その先は迷路に続いています」
「だったら最初に戸口を封鎖することだ。オサと話し合うのに、邪魔が入らないように」
「たまたまその場に居合わせた人間とも話し合うんだろう。マーテルはもう着いてるのかな」カルテンはもう一つ菓子をつまんだ。
「それを知るには、方法は一つだな」とティニアン。
「すぐにそうするさ」スパーホークが答えた。「その迷路というのは何です、セフレーニア」
「寺院への通路です。人々が迷路作りに熱中した時期がありましてね。非常に複雑で、危険なものです」
「寺院へ行くのに、ほかの道はないんですか」
 セフレーニアはうなずいた。
「信者はみんな玉座の間を通って寺院へ行くんですか」
「一般の信者が寺院に足を踏み入れることはありません。神官と生贄《いけにえ》だけですよ」
「だとすると、まず玉座の間になだれこむべきでしょうね。ドアを封鎖して、中に衛兵がいれば始末して、オサを人質にする。喉元にナイフを突きつければ、邪魔しようとする者はいないでしょう」
「オサは魔術師だぞ。言うほど簡単に人質にできるのか」ティニアンが疑念を呈した。
「今の時点で、オサの魔術は大した脅威にはならないでしょう」セフレーニアが答える。「みなさん呪文をはずです。あれから回復するにはしばらくかかります」
「では、いいかな」スパーホークが緊張した声で尋ねた。
 全員がうなずき、スパーホークを先頭に一同は戸口を抜けた。
 調理場からオサの玉座の間まで続く通廊は幅が狭く、長さもあまりなかった。突き当たりが赤みがかった松明の光に照らされている。その光の輪が近づいてくると、タレンがそっと前に滑り出た。柔らかい靴は、石敷きの床の上で足音一つ立てない。少年はすぐに戻ってきて、興奮した声をひそめて報告した。
「みんないるよ。アニアスも、マーテルも、ほかの連中も。着いたばかりみたいだ。まだ旅のマントを着てたから」
「部屋の中に衛兵はどのくらいいた」クリクが尋ねる。
「大した数じゃなかったな。せいぜい二十人くらいだよ」
「残りはわれわれを探してるんだろう」
「部屋の様子はどうなってる」とティニアン。「それと、衛兵の位置もだ」
 タレンはうなずいた。
「この廊下は玉座のわりとそばに通じてる。ら切り離せると思うよ。見かけは庭にいるナメクジみたいだった。マーテルたちがそのまわりに集まってる。衛兵はドアの左右に一人ずつ立ってるけど、扉のないアーチ型の戸日の前にはいなかった。そこだけは誰も守ってないんだ。残りの衛兵は壁ぎわに整列してる。鎧を着けて、全員が剣と長い槍を持ってた。玉座のそばには十人かそこら、褌《ふんどし》一本のたくましいのが控えてた。武器は持ってないみたいだったけどね」
「オサの運び手です」セフレーニアが解説した。
「教母様の言ってたとおり、戸口は四つあった。この先の扉と、部屋の奥と、アーチ型の門と、あと部屋のまん中の大きな扉だね」
「その大きな扉が、王宮の中央に通じています」
「つまりその扉を押さえるのが重要ということだ」スパーホークが言った。「こっちの調理場のほうには、いたとしても奥に何人か料理人がいるだけだろう。オサの寝室にも、そんなに人がいるとは思えない。だがその大きな扉の向こうには兵隊がいっぱいだ。この先のドアから大きな扉まで、距離はどのくらいあった」
「二百フィートくらい」とタレン。
「走るのが得意な者は?」スパーホークは仲間たちを見わたした。
「おまえはどうだ、ティニアン。二百フィートをどれくらいで走れる」アラスが尋ねた。
「おまえと同じくらいさ」