「おれはこの目で見たが、渾身の一撃だった。メロンみたいに頭がつぶれてたって不思議じゃない」ティニアンは眉をひそめ、兜の側面から出ている二本の角の付け根を調べた。さらに兜をじっくりと点検する。「傷一つない!」短剣を抜いて角を削ろうとしてみたが、艶やかな表面を引っかくこともできなかった。好奇心に駆られたティニアンはアラスの戦斧《バトルアックス》を取り上げ、何度か角に叩きつけた。角は欠けさえしなかった。「驚いたな。こんな硬いものは見たことがない」
「おかげでアラスの脳がまだ頭の中に留まってるんだろう」とカルテン。「でもあまり具合がよさそうには見えない。セフレーニアのところへ運ぼう」
「三人で先に行っててくれ。わたしはヴァニオンと話がある」スパーホークが言った。
四人の騎士団長は少し離れた場所から戦況を眺めていた。
「サー?アラスが負傷しました」スパーホークはコミエーに報告した。
「ひどいのか」ヴァニオンがすぐに尋ねる。
「ひどくない負傷などというものはないぞ、ヴァニオン」とコミエー。「何があったんだ、スパーホーク」
「レンドー人に斧で頭を一撃されたそうです」
「頭を? それなら大丈夫だ」コミエーは手を伸ばし、オーガーの角のついた自分の兜を叩いた。「これはそのためのものだから」
「あまり具合がよさそうには見えませんでした。ティニアンとカルテンとベヴィエが、セフレーニアのところへ連れていきました」
「心配はいらんよ」コミエーは自信たっぷりだ。
スパーホークはアラスの負傷のことを胸の奥に押しこんだ。
「マーテルの戦術が少しわかったような気がします。レンドー人の軍団をマーテルが率いているのには、それなりの理由があるんです。レンドー人は近代戦が得意ではありません。防具の類は何も――兜さえ――身につけませんし、剣の扱いは憐《あわ》れになるくらい下手くそです。城壁の上からレンドー人を一掃するのは、麦刈りをするようなものでした。敵は狂信の熱に浮かされて、まったく見込みのない戦いを挑んできます。マーテルはそのレンドー人を使ってこちらを消耗させ、少しでもこちらの数を減らそうとしているのだと思います。そしてわれわれがじゅうぶん消耗したところで、カモリア人とラモーク人の傭兵を差し向けようというのでしょう。何とかレンドー人を城壁に近づげない工夫が必要です。とにかくクリクと話してみます。何かいい手を思いついてくれるでしょう」
本当にクリクはいい手を思いついた。年来の経験と、髪が灰色になった退役軍人たちにあちこちで話を聞いていたために、従士は巧妙な戦術をいくつも知っていたのだ。たとえば〝撒《ま》き菱《びし》?というものがある。これはごく単純な、鋭い四本の刺《とげ》を持つ小さな鉄製の武器で、どういうふうに落ちてもかならず鉄の刺の一本が上を向くような形になっている。レンドー人はブーツをはかず、柔らかい革製のサンダルをはいているだけだ。刺に毒を塗っておけば、撒き菱は単なる障害物ではなく、致命的な武器になる。十フィートほどの長さの丸太に先を尖《とが》らせた杭を針鼠《はりねずみ》のように植え、これにもやはり毒を塗って城壁の前に何本も転がしておけば、敵は簡単に近づくわけにはいかなくなる。太い丸太をロープで胸壁から吊るし、振り子のように左右に動くようにしておけば、城壁に立てかけられた梯子など蜘蛛《くも》の巣のように振り払うことができる。
「いずれもそれだけで本格的な攻撃を撃退できるようなものじゃありませんがね」とクリク。「それでも足を止めさせることはできますから、そこをクロスボウや長弓で狙い撃ちすればいい。城壁までたどり着ける敵は、多くはないはずです」
「そういう手だてを求めていたんだ」とスパーホーク。「さっそく市民を集めて、製作に取りかからせよう。今のところカレロスの市民は単なる無駄飯食いだからな。仕事をあてがってやったほうがいい」
クリク発案の品を作るには数日を要し、そのあいだにもレンドー人の攻撃は何度かくり返された。やがてアブリエル騎士団長の投石機が城壁の前にたっぷりと撒き菱をばらまき、針鼠になった丸太が何本も転がされて、城壁から二十ヤードほどのあたりに折り重なった。それ以後は城壁まで到達できるレンドー人はめっきりその数を減らし、やっと近づいてきた者たちにしても、梯子を持ってくるような余裕はとてもなかった。狂信的な文句を叫び、剣でやみくもに城壁の石を叩くのが精いっぱいだ。弓兵たちはそれを胸壁からやすやすと狙い撃ちした。無益な攻撃が何度かくり返されたあと、マーテルは何日か攻撃を手控え、作戦を練り直しているようだった。夏の炎天下、城壁の外に積み重なったレンドー人の死体はたちまち腐敗して、旧市街には不快なにおいが立ち込めた。
ある晩、スパーホークと仲間たちは、久しぶりに風呂に浸かって温かい食事にありつこうと騎士館に戻った。最初にしたのはサー?アラスを見舞うことだった。巨漢のジェニディアン騎士は寝台に寝かされていた。目はまだぼんやりしていて、表情には戸惑いが見られる。
「横になってばかりいるのには、もううんざりだ」口調もどこか間延びしていた。「ここは暑くていけない。外へトロール狩りにいかないか。雪の中を駆けまわれば、少しは身体の火照《ほて》りもおさまるだろう」
「ヘイドのジェニディアン騎士本館にいると思っているのです」セフレーニアが静かに説明した。「しきりにトロール狩りに行きたがっています。わたしのことは世話係の下女だと思っていて、しょっちゅう口説こうとしています」
ベヴィエが息を呑んだ。
「あと、ときどき泣いていますね」
「アラスが?」ティニアンがやや面白がるように言った。
「嘘泣きだろうと思いますけれど。最初のとき慰めようとしたら、取っ組み合いのようなことになってしまいました。今の状態を考えると、とても頑丈な人です」
「大丈夫でしょうか。つまり、元に戻るんでしょうか」カルテンが尋ねる。
「何とも言えないのですよ、カルテン。脳に何かあっうのですが、その結果がどんな形で現われるか、まるで予測がつきません。みなさんもう行ったほうがいいでしょう。アラスを興奮させないように」
アラスは岩を転がすようなトロールの言葉で、長々と何かをしゃべりはじめた。スパーホークはその言葉の意味がわかるのを知って驚いた。グエリグの洞窟でアフラエルにかけられた呪文が、まだ効力を持続しているらしい。
風呂に入って髭を剃ると、スパーホークは修道僧のローブに着替え、あまり人気《ひとけ》のない食堂の、長いテーブルの前に仲間たちと腰をおろした。
「次にマーテルはどう出てくると思う」コミエー騎士団長がアブリエルに尋ねるのが聞こえた。
「たぶん標準的な包囲戦の戦術に切り替えてくるだろう」アブリエルが答える。「しばらくは腰を据えて、攻城兵器で地道に攻撃してくると思う。あの狂信者の群れは、迅速な勝利を得るための唯一の手段だった。こうなったら戦いは長引くはずだ」
一同は静かに腰をおろしたまま、大きな岩が街に降り注ぐ音に耳を澄ました。
そこへタレンが飛びこんできた。顔は泥だらけで、服もひどく汚れている。
「マーテルを見かけたんだ!」少年は興奮して叫んだ。
「マーテルならみんな見てるぞ」カルテンが椅子の中で身じろぎしながら答えた。「わざと姿を見せるみたいに、ときどき馬で前線に出てくるからな」
「城壁の外じゃないんだよ、カルテン。大聖堂の地下にいたんだ」
「何を言っているのだ、いったい」ドルマントが口を開いた。
タレンは深呼吸をして話しはじめた。