こんにちは。今日もようこそお越しくださいました。
最近知人から教えていただいた本(プルーフ・オブ・ヘヴン 脳外科医が見た死後の世界 エベン・アレグザンダー著 早川書房)読んでおります。このブログの読者の方の中にはすでに読まれた人もおられるでしょう。
その中に著者の臨死体験後に感じたことが次のように書かれてあるところがあり、(163ぺージ)印象に残りました。
「私の願いはほかの人々にこの体験を役立ててもらうことだった。自分の中の科学的精神が戻ってくれば来るほど、体験の内容が長年の学習や現場の経験にいかに衝突するかを思わされた。同人他方では、肉体を超えて存在し続ける心やパーソナリティ(これを魂、スピリットなどと呼ぶ人もある)に対する理解も深まっていった。この話は多くの人々に伝える必要があった。」
心の中にはすべてに繋がった領域があることを体験から感じていても、どんなにそれを伝えることが難しいか、私は常に感じてきましたので、こういう本が米国でベストセラーになり、また日本でもたくさんの人に読まれているのを知ると嬉しく思います。
そして、もう一冊の本、アニータ・ムアジャーニ著 「喜びから人生を生きる」にも末期がんから臨死体験したのちに癌が全治した経験が書かれております。死んだ後のことは死んでから分かれば良い、とも思いますが、生きることをもっと広い視野から捉えられ、どう生きたらよいか、生きるとはどういうことなのか、意味と目的は何か、が少しずつ見えてくる思いがします。
この本の中にも死んだ体験から分かったいろいろなことが書かれておりますが、このブログにあるイエスが仰いだ父から教えていただいていることにすべてが符合しており、更に理解を深めるのに助けになりました。
違った人がいろいろな表現でそれぞれの体験を語る中に、この父からのメッセージが生きているようにも感じられます。
メッセージが届き始めたころは、自分で書き留めながら「本当かしら?信じられない・・・」という気持ちがぬぐえませんでしたが、今は「しっかりわかるようになりたい、理解したい、もっと教えていただきたい・・・有難い・・・」と思うばかりです。
今日のメッセージの中に以下の内容がありますが、これもいつか分かるようになりたいと思います。
・・・・・物、物体、具象がない次元で問題となるのは、形のない意識、まるで煙のように、掴んであちらには動かせないようなもの、それが本当は実在の因を形造る大元であろうとは、とても想像し難いものであるのは私も知っております。・・・・・
今回もなかなか難しい内容ではあります。どうぞ、ごゆっくり、何度もお読みいただけますとよろしいかと思います。
今回もいらしていただき、ありがとうございます。
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さて、今日の愛のメッセージは、いかにして、これからの世の中、愛を忘れないで愛を心の中心にそえられるか、について述べましょう。
この頃は、すべてが、いわゆる「せちがらい」世の中、愛を認めたり、行動したり、愛について語ったりがめっきり少なくなったようです。世の中がスピーディで、すべてが早く廻っていきますが、常に尊ぶべきは愛のあり様、愛をいかに伝え、表現し、具体化し、すべての人間関係を地にあって望ましい形にしていくか・・・です。
私の望むものは次のようなことであり、これは皆様がそもそもそちらに降り立つ根本の目的で究極のあり様です。
私は常に望んでいます。
皆様が愛をもってすべてに臨まんことを。
例えば、これはどういうことかと申しますと、
小さなことから例を引いてみましょう。
あなたがどなたかと仕事の机を並べておられるとしましょう。
明らかにお二人が仲が良い場合とそうでない場合の雰囲気は異なってまいりましょう。
誰の目にも明らかでしょう。
このことがすべてにとって言えます。
愛をもって事に当り、人に接する場合とそうでない場合、明らかにすべてが異なってまいります。
それは何故か?
これを今からご説明しましょう。皆様が思っておられるのと少し違うかもしれません。
愛はすべてをうまくいかせます。
すべてを望む方向に運びたかったら、人と愛をもって接するのです。
「いいえ、愛など介せず、冷たく計算の上の会社人事や対人など伸びているのではないでしょうか・・・」という疑問も当然浮かんでまいりましょう。
計算をし、損益を予め予想し、その中できっちりと物事を進めていくことで、会社や大きな組織は運営され、
それでこそ長年生きのび、利益を上げ、大きくなっていくのでしょう・・・と思われるのも私も承知はしております。
すべては金次第というお気持ちも分からないではありません。
しかし、私の申したいことはこういうことです。
すべては・・・すべて、この世の中、宇宙の根源は愛の源、愛のエネルギーから組成されているのですよ・・・と。
「愛のエネルギー?」
「何でしょうか、それは?」
というご質問もお持ちでしょう。
愛とは、私の創造の材料、原料、すべての源です。
これは意識でもあり、エネルギーであり、小さな小さな飛び回るすべての元、究極の小さな単位の、そのまた小さな所に存在するものです。それはある種、あなた方の言う電荷を帯び、すべてを結びつけ、そして誰しもまた結合させ、統合させ、何かという機能の元を生じさせる因となり得るものです。量子力学ではありません。
量子のようなもの、量子もこの単位から成り立ってはいますが、厳密に量子のような重さも体積も光も電荷もなく、全く違った美しい意識のようなものから生まれています。
ある意識・・・
神の物事を生じしめ、
展開せしめ、
発展を見、
そして収縮し、
無に帰す。
そして、また生じ、展開し・・・という同じサイクルを根源的に生じせしめる点のようなものです。
あなたが身体がなく、意識だった頃を思い出してご覧になれば、容易に理解可能なはずでしょう。
物、物体、具象がない次元で問題となるのは、形のない意識、まるで煙のように、掴んであちらには動かせないようなもの、それが本当は実在の因を形造る大元であろうとは、とても想像し難いものであるのは私も知っております。
従って、地球のような一見堅い物体で出来ているような世の中では、すべてが具象で具体的実在を持たねばならぬという考え方になるのもやむを得ませんが、
本当のあり様、大元のエネルギーは元々決して形のあるものではなく、意識や成長の意、愛のエッセンスによって発展、発達するものなのです。
従って、あなたが何をおっしゃろうと、目をどんなに見開き、本当の所を見極めたいと思われても、実のところは大変ご覧になるのは難しいと言わざるを得ません。
その大元の意識は、愛という他、表現のないエネルギーで埋まっています。
愛はすべてを可能にする万能の創造の素であるからです。
そのエネルギーが種々な組み合わせをすることで、多種多様の物質が生じ、人間が生まれ、動物、植物も生じてきます。
それ由に、人間がもっとご自分を個と切り離し、ご自分のお考えに従って、何を計画しようと、何を実行されようと、すべては愛のエネルギーの処方箋のヴァリエーションでしかすぎないのです。
会社を作ろうと、グループ活動をしようと、ひいてはそれが一つの国家となり発展を遂げようと、同じことです。
つまりは愛のエネルギーの組み合わせ方をあれこれ考えて、試したり、解体したり、また形造ったりと、様々な組み合わせを試しておられるにすぎません。
物質は正にそうです。
堅いと思っておられるものは、所詮大元は、愛をする、愛を持つ、小さな小さな意識を作る単位の一つから出来ているにすぎません。
ですから大切なのは、意識に力を持たせることです。
その大元の単位を元気づけ、展開するパワーを持たせることです。
このパワーこそ、あなたの心の持つ力です。
愛の波動に共鳴させ得る暖かいもの、心地の良い、人をお互いに思いやったり、助け合ったり、人のためを思うその小さな小さなパワーなのです。
形のない、ただエネルギーが、少しずつ形となり、大きな形や力を形成しているのです。
それを手にとってお見せできないのが残念ですが、あなたは、本当のところ、よく分かっておられます。
心の奥底では、しっかりと承知し、体験からそのやり方もある程度会得されています。
この地に降りると、形のないもの、交換できないもの、手に取って、ホレと見せられないものから気持ちが遠のいているだけです。
元々はあなたご自身、すべての人がその愛のエネルギーから成り立ったものでもあるからです。
しっかり、ご自分を知っていて、その内容も事情も成り行きもすべて知ってはいても、今は知らない、思い出せないだけなのです。
さて、そういう訳で、まとめにまいりますと、
この世の中で一番尊ぶべきは、人の心の愛の部分、お互いを結びつける、何か思いやったり、助け合ったり、気にかけたりし合う力学的作用なのです。
そういう形のないものが、人間の工夫や知恵、文明のあり方によって、形のある一時的に顕現している物やグループ、会社、国家として表そうとしているのです。
従って、それらを進展させ、より良いものとするためには、元より、その愛の大元のエネルギーを一人一人が心の中で認識し、パワーを与え、育て、大きくし、活用することが大切なのです。
そのパワーは多種多様な形、様式、あり様、態勢、流れ、変化を遂げながら、流れのように進んでいくのがこの世の中だと申せましょう。
その流れを、美しきもの、善なるもの、愛あるものとし、その中で人々が様々な体験をし、楽しみ、進化をしていく・・・。これが私のプランの一端です。
大きな大きな、想像に難い深い高い世界、宇宙、その又外にある外宇宙の中の一つのあり方、一つの存在であるのです。
お分かりになりましたでしょうか。
今日は簡単ですが、分かりにくいかもしれません。
エネルギーを言葉の限界の中で表現しましたので、少し説明足らずとなったことをお詫びします。
(後略)