イエスの父からの愛のメッセージ

真夜中に「書きなさい」の声で届けられたメッセージ。無宗教の者に届けられる、愛とはなにか、を多方面から知ることが出来ます。

182. 認知症について(3) 原因を回避する方法、予防法

2017-02-08 17:08:41 | 自己啓発

こんにちは。今日もようこそお出でくださいました。ありがとうございます。

今回は認知症の続きです。

病とエネルギー体のあり様との関わりの一つの例としてご理解いただけることを願っております。

次回も続きますので、ご参考にしていただけますと幸いです。

ありがとうございます。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

認知症についての続編です。

これまで認知症の・・・主なる原因について述べて・・・ご説明しました。

これから、今日は、その原因を知り・・・果たして・・・それを改善する方法はあるのか・・その原因を回避する方法、つまり、予防法はどんなものなのか・・・について述べましょう。

人は・・・いわば・・・機械に入った本物の・・・人・・・のようなものです。その機械には・・・有効年月があり、それ以降はさび付きます。そして・・・機能停止となっていきます。

しかし、現実・・・実際は・・・機械に入った人間というより、人間の形をした・・・洋服、あるいは乗り物に入っているエネルギー体、つまり、意識体であることは、ご説明しました。

その・・・身体である乗り物は、この地球上で顕現し、この社会の一員として・・・動き、働き、食べ、成長し・・老い、衰退し、そして朽ち落ちるというサイクルにあります。

従って、この方向は変わることはできません。

しかし、このスピードを遅らせることは可能ですし、再び・・・機能させるのは・・・可能であるのはご承知の通りです。

しかし・・・いかがでしょうか・・・人が・・・いつまでもいつまでも生きるのが可能だとしたら・・・どういうことにこの社会、人間界はなるのでしょうか。

人は、いつまでたっても老いず、朽ちず、長い間ここに留まるとしたら、それはそれでまた違った不都合・・・治したいところが出て来るに相違ありません。

どちらにせよ・・・終止符をどこかでうち、このサイクルを終え・・・天に還り・・・そこで、一旦出直しをするのです。

この度は、体験の旅であります。

いろいろ違った土地に生き、異なる生活をし、そして、新しい経験を身につけ・・・少し・・・一回り・・・大きな魂、エネルギー体として戻ってくる・・・ということなのです。

その折に・・・戻ってくる方法、つまり、人の身体から抜け出すときの・・・やり方、抜け出す、衣服から手や足を出す、場所、方法、様相が・・・望まれるのは、一回一回異なり・・・多様なやり方ができることです。

こちらがほころびた時は、居心地はこうだったとか・・・あちらが痛み、破損した時は・・・着心地が悪く・・・まるで・・・天に足を・・・半分突き出し、もがいているようだったとか、そんな表現もしたくなるようなものかもしれません。

そのような多様な体験を通し・・・衣服、乗り物とはどんなものか・・・を知り、そして、変化、成長、進化を続けるのです。

その一つのやり方が認知症と言われる・・・神経系統や伝達・・・拡張経路の・・・摩耗と断絶による・・・終わり方なのです。

これは・・・外の世界と内の世界の・・・伝達不全による・・・様々な・・・現象を体験できるとも言えます。

ですから、これを防ぐ方法は何か・・・となると、根本としては・・・その体験をしようとしないことではありますが・・・一旦、この地に降りた後、そういう理論は通じませんから・・・もっとこちらの地上生活に軸足を置いて述べてみましょう。

神経伝達手段が少しずつ摩耗し、エネルギー体と物理体、身体が離れていく・・・合一から別々の部分が少しずつ多くなっていく時・・・これをどう食い止めるか、あるいは元に戻すか・・・について述べましょう。

 

ご承知のように、エネルギー体は意識でもあり、それは意思の力・・・心の力・・・意思と心のエネルギーであり、そこの力を・・・意思を使えるかどうか、がこの乖離を元に戻せるかに関わってきます。

それには・・・普段から・・・ヒーラー達のようにエネルギー体の感覚・・・動かし方・・・そして、使い方を知り・・・そして、その機能を含めて、全体を把握し、自分のものとして・・・もう一つの体として、しっかり・・・対応、取り扱うことが必要となります。

元来・・・身体なき時には・・・全くのエネルギー体ですから、非常に自然に元々からそれは当然のことではありますが、一旦、身体の感覚に慣れ親しむと、そちらから・・・なかなか感覚が戻りにくくなりますが、これも努力次第・・・十分可能ではあります。

この心の使い方は、元より、皆様ご存じないために・・・その使い方を思い出せないだけですから・・・ご自分の努力でその回復への道筋が見えてくれば・・・それは元々からあなたご自身でもありますから・・・非常に容易く・・・ぴったりした・・・ものとなりえます。

しかし・・・もう一方の身体は、この地上での使用年月が有限ですから、このエネルギー体で補うには限界があるとも申せますが、このエネルギー体こそ・・・この地上での顕現の源であることをしっかり思い出し・・・そのノウハウを思い起こせば・・・ある程度の回復は可能になってくるのです。

さて、そのやり方ですが、人はエネルギー体であり、エネルギーの身体へのダブルセッティングが・・・少しずつ変形してくるために起こる現象を元に戻したり、食い止めるには・・・身体も常時変化、衰退しているので、エネルギー体としては・・・不朽の存在ですから、こちらが今度は・・・dominant 優勢に働くことでのみ、補強可能となります。が、しかし、元々、この二つは全く異なる世界での対応のためにありますので、完全に補うことは不可能ではあります。

そして、その方法です。

それは、すべて、意思、心・・・の使い方によります。

心を使い、意思の力でエネルギー体を広げる、拡大し・・・身体へと近づけることによってのみ・・・その乖離を埋められるのです。

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

181. 認知症について(2) 治療の仕方、改善の方法

2017-02-02 20:06:05 | 自己啓発

こんにちは。ようこそお出でくださいました。ありがとうございます。

今回は前回の認知症についての続編となります。医学的な見解とどう異なるのか、あるいは同じくするところがあるのか・・・興味あるところです。


今日もごゆっくり、先入観から一時解き放たれ、お読みいただけますとよろしいかと思います。

この続きもございますので、またご紹介させていただきたいと思います。

またのお越しをお待ちしております。ありがとうございました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

今日はあなたからのリクエスト、認知症の治療の仕方、改善の方法について申しましょう。

認知症の・・・原因について、まず、おさらいをいたしましょう。

 

認知症とは・・・エネルギー体と身体のずれ・・・つまり・・・二つがしっかり・・・合一、合体するべきものが微妙な・・・ずれから始まり・・・大きな乖離へと進み・・・その二つのやりとり・・・コミュニケーション・・・情報の伝達がしっかりスムーズになされなくなることから・・・認知という大きな・・・ところ・・・大きなファンクションに支障が出てくる・・・というのをご説明いたしました。

 

そして、あなたが・・・心の中で・・・「?」と釈然としないお気持ちを持たれている点についてコメントを差し上げましょう。

あなたの・・・人としての知恵や考えから、このエネルギー体と身体の乖離について少しく誤解があるのを・・・しっかりまずお知らせし、それを正しくさせてみましょう。

 

つまり・・・エネルギー体とは、身体より大きく・・・囲み、包むものだから、ずれる・・・ということはどういうことか、つまり、具体的にはどういう現象が生じるのか・・・について申しましょう。

 

エネルギー体とは・・・あなたそのもの・・・本来のあなたのすべての特徴・・・歴史・・・そして、その他すべて・・・諸々のこれまで生きて来られ・・・会得され・・・体得されたもの・・・すべてを情報として蓄えており、それが、常に・・・情報として働き、動き、変化しています。

その光が身体を包む時・・・乖離というのはあり得ない・・・どうなるのかと疑問をお持ちです。

それでは、これに関してのご説明です。

 

身体を大きく包み・・・取り囲む時・・・ずれ、乖離はどうなっているのか・・・はこうです。

 

つまり、光は必ずしも・・・その身体の・・・物理的、現象的・・・物質的な機能と結びついていない・・・光の情報の変化が伝播しない・・・伝道、伝達の道筋・・・道程・・・線路のような・・・伝達路がいわば摩耗してしまっていると言えます。

それまでしっかり情報、光の変化、変容と、それによって運ばれる・・・心理的・・・心の微妙な変化や・・・判断力、思考力・・・これらは必ずしも脳だけで機能しているのではなく、これまで培われた情報処理方法などは、光の中に蓄えられたものが・・・身体へとしっかり伝えられ、それが、物理的な脳と協働し・・・しっかり機能として具現化しているのです。

が、これが・・・光としては健全な働きをしていても・・・ご承知のように、光には、年月は摩耗という現象を及ぼしませんから・・・変化、衰退というのは生じませんが、脳の機能、組成は、時という要因で、わずかながらの変化を常に成しているため、年月を通ると・・・しっかりそれが・・・何らかの現象として具現化されるほどのものになっていきます。

従って、光の情報伝達がこれまで通り、脳やその他の臓器への・・・正常な伝達に少しずつ支障が生じてきます。それが目に見えない微妙な段階から、徐々に、思考力、判断力、表現力・・・そして、すべてに影響を与えるようになります。

ということで、原因についておさらいを致しました。

 

では、次に、この認知症と呼ばれる症状の改善方法について述べましょう。

改善とは、改め、善くするということですね?

この意味ですと・・・必ずしも、これは光の世界の・・・法・・・ルール・・・規律・・・とは同じくしません・・・ので、こうご説明しましょう。

 

人間の・・・世界への滞在、目的と期間は・・・有限であり、ごく限られた世界・・・次元での体験にすぎません。

地球という物理現象の中で・・・ある期間すごす・・・人間としての身体に乗って・・・その世界の現象の中にはまり込み・・・その世界ならではの・・・いろいろな原因、結果・・・事の運ばれ方、人々との反応や影響の与え方、受け取り方を通して・・・光の情報を豊かにすることです。

 

その光が・・・身体という、有限の、摩耗しやすい・・・乗り物に・・・乗りにくい状態へとなった時・・・光は、その乗り物から・・・少しずつ・・・降りる態勢を取るのは・・・ご理解いただけるところでしょう。

 

その乗り物が・・・ランダムに走ったり・・・ドライバーのハンドルさばきに正常な反応をしないとき・・・修理工場にその車を持っていくでしょう。

しかし、その車が、もはや修理不可能な・・・摩耗という現象のためであるなら・・・そこから・・・自然に、なるべく・・・ゆっくり、車を・・・傷めすぎないよう・・・暴走して・・・周りに迷惑をかけないよう・・・そっと・・・車を降りるようになります。

 

その車が・・・これまでの走りをすぐに・・・止められず、徐々にスローになり・・・ブレーキやハンドルのコントロールも少しずつずれてきて・・・やがて・・・少しずつ・・・止まって・・・しっかり静止し、機能を停止する・・・ということです。

ですから、この完全な停止までのコントロールがうまく効いていない状態を如何に・・・正常に・・・周りに迷惑やdisorder、混乱を生じないようにするか・・・というのが、あなたのおっしゃる「改善する方法」の意味となるでしょう。

 

それについては、また、後日に続けることにいたしましょう。

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

180. 認知症について(1) エネルギー的見解

2017-01-28 10:54:59 | 自己啓発

こんにちは。ようこそお出でくださいました。ありがとうございます。

 

Father・・・自称そうご紹介される意識存在で、このメッセージを送ってくださる存在が、よく教会で「父と子と精霊の名によりてAmen」と言われる存在のことかもしれないと気づきましたのは、恥ずかしながらここ数年のことです。昔、高校生の時、英会話を教えていただきにカソリック協会に通ったことがありましたので、雰囲気や基本的なことは接したことがありましたし、大学はたまたまキリスト系の大学でもあり、入学したての一年生のころは、キャンパス内の礼拝堂で何度か講和に耳を傾けたこともありました。それ以前にも子供の頃、家族と教会に数度ではありますが、礼拝に出かけたことがあるのをおぼろげに思い出します。しかし、それだけのことで、家のどこかに聖書があったのはあったというくらいで、信仰は根付くことはありませんでした。大学ではキリスト教概論のような必須科目もあり、信じてみたいと多少の努力はしたのですが、自分の中では全くもって根付くことはありませんでした。

それが、どうでしょう。こんな私でも今では、ただ「天の父」Father! と話しかけ、疑問に持つこと、知りたいこと等をお尋ねすれば、なんでもお答えいただけます。ただ、心を空っぽにし、耳を澄ますだけです。

これは誰にでも可能だろうと思います。

ただ、何故か私が少しだけ早く気づいただけでしょう。

 

それで、今回はいろいろ問題になっている認知症についてお尋ねしてみました。

皆様と分かち合えるのを大変幸いに思います。

どうぞ、ごゆっくり、お読みいただけますように。

 

ありがとうございました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

認知症についてエネルギー的見解を述べましょう。

 

エネルギーとして認知症状態はどういう特徴があるのかについて、これから数回にわたってご説明いたしましょう。

ご存知のように・・・人は身肉、物理的肉体とエネルギー的身体を併せ持った・・・いわば地球に即する道具、対応できる・・・乗り物に乗ったエネルギーの塊のようなものです。

このエネルギーの塊こそ、その人のこれまでの・・・やって来たこと・・・考えていること、これからやるであろう、諸々の・・・情報を含んだものです。

それが、すべてをコントロールする源泉のような中枢であります。

しかし、それとて・・・それなりのコントロールの仕方・・・運営の方法等はしっかりと存在して、あなたはそのエネルギー体と身体との合一を図り、そして、地球上の活動をスムーズに・・・まるで肉体のみで生きているかのように・・・活動しています。

そして、ご存知の通り、肉体は飽くまでもこの地球圏の法に則った・・・組成ですから、時間という要因の中で、少しずつ変化・・・を遂げていきます。その変化は・・・細胞の・・・生死・・・そして、維持・・・そして、それを存続させるための法・・・のような一定のやり方で皆が・・・多かれ少なかれ統一されたように毎日を生きる・・・という体験をしています。

 

この体験こそ、あなたがやりたいとしてここに来地したわけですから・・・この時間の要因で変化する肉体的機能を味合うのも、ここならではの醍醐味ではあります。

 

それが、徐々に年月を重ね・・・ついに身体がこれまでのように機能しない時がやがてやってきます。

すると・・・エネルギー体・・・はどうでしょう。

これまで、身体とエネルギー体とはしっかり合体し、二つが一つとして・・・まるで、肉体こそすべて・・・のような錯覚でうまく作動していたものに・・・ずれが生じて・・・二つのものに少しずつ・・・乖離・・・差が生じてきます。

それによって、神経系統や運動機能、そして思考回路等に・・・いわば道路に、水たまりやでこぼこ、陥没等々の生じた道路のように・・・いろいろなものをつないで流通をスムーズに行えていた伝達や運搬が・・・少しずつ、これまでのような働きをしなくなってきます。

当然、これまでと違った・・・外からの、人としての・・・反応の仕方、行動のパターンが異なってきます。

これまでの一定のルールで動いていたもの、機械が・・・このルールが定まらず・・・不定・・・不規則、不測の…動きとなってきたり・・・と、外側からの・・・(言葉が見つからず・・・見た場合の全体の動き、反応)等が・・・徐々に変化をきたして・・・その人・・・自身・・・その・・・人の精神、心・・・つまり、エネルギー体が、不適切に、表層的に顕れるように・・・観察されるわけです。

それが、つまり、認知症と一般に称される状態であります。

エネルギー体をどう肉体という機械に・・・動き・・・作動させるか・・・が正常にできなくなっているのです。

 

このプロセス、この状態は、時間という容れもの、条件の下で、次第に・・・顕著になっていく・・・この乖離を正さない限り・・・のです。

この乖離を少しずつ修正することは可能か・・・については・・・少しずつこれから

解説、ご説明を試みてみましょう。

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

179. 死について(3) 今回はその後に続く様々な出来事、予定されているプロセスについてお話しましょう

2017-01-08 20:44:35 | 自己啓発

こんにちは。今日もお出でいただき、ありがとうございます。

今回は死についての3回目です。

これまでの2回のメッセージの内容から死ぬことは決して怖いことではない、悲しむべきことでもない、とFatherのおっしゃる理由がお分かりになられたかもしれません。

どうぞ、今回の内容につきましても、ごゆっくり、心をオープンになさってお読みいただけますとよろしいかと思います。 

今回もお出でいただき、感謝申し上げます。ありがとうございました。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日は昨日の続きといたしましょう。

昨日は・・・この世を・・・後にし・・・元々の故郷であるこちらに戻られた折の・・・来るべき様々な・・・出来事について言及いたしました。

今回は・・・その後に続く・・・様々な出来事・・・予定されているプロセスについてお話しましょう。

 

美しき・・・あなたの・・・人生が・・・無事・・・

そうです・・・無事に終了し、こちらに戻られ・・・愛する者たちとも再開の喜びを分かち合い・・・ひと落ち着きします。

 

ゆっくりご自分の置かれた・・・場所、そしてこれから来るであろう様々な境遇についての・・・recall・・・思い起こし・・・思いを振り返り、思い出し・・・

ご自分がこれまでのプロセスの中で・・・体験したこと・・・体験できなかったこと・・・学ぼうとしたけれど叶わなかったことなども・・・しっかり・・・思い起こし・・・

しっかり…メモリーとして・・・光体の中の・・・しかるべき場所に・・・メモリーとして刻み付けます。

 

そして、これからの・・・行事がまた大切で、意義のあるものとなります。

 

あなたをずっと見守り・・・時には手助けの・・・すべて・・・を・・・与えてきた存在・・・光の存在との邂逅が待っています。

あなたは・・・これまでのところ・・・すべて・・・美しい・・・喜ばしい・・・とても楽しい・・・行事のみではありました。

 

が、ここからは少しく・・・学びを振り返り、反省すべきことを・・・振り返り・・・

思いを新たにするべきところ・・・

次回に期待するところ・・・また・・・美しきもの・・・そうでなかったもの・・・

様々なご自分の光の中に刻まれたメモリーを清算し、それを、改めるべきところ・・・を・・・しっかり検証することになります。

 

大きな魂の存在があなたを助けてくれます・・・

高い魂の・・・輝きと美しい波動の・・・存在は常に愛に溢れ、あなたに・・・声援となぐさめを与え・・・

そして、あなたを励まし・・・ねぎらいの言葉を与え続けることでしょう。

 

 

美しい魂は常にあなたの味方であり、あなたと共に苦楽を分かち合い・・・そして・・・ポジティブな評価を惜しみません。

常に・・・あなたが努力され、一生懸命行ったことが大きく評価されます。

イイエ・・・批判されることはまずありません。

 

あなたはベストを尽くしたからです。

常に独りぼっちと思われながらも・・・がんばり・・・努力し・・・そして、忍耐を惜しむことなく・・・やってこられたことを・・・

批判する者がどこにおりましょうか。

 

やがてあなたは、これまでの地上での体得された多くの得益を・・・しっかり自分のものとするべく・・・ある程度の期間・・・振り返る・・・ことになります。

 

それは、ある種・・・ご自分の作った・・・ご自分主演の映画を見るようなもので、

ご自分がこれまでに生きてきたすべての・・・時間、すべての行事・・・

すべての・・・出来事・・・すべての人間関係・・・

すべての、時を経ての・・・すべての出来事を、

もう一度客観的に・・・見る機会が与えられます。

 

ご自分が主人公の一生を・・・スクリーンを見るように・・・

しっかり振り返ることを通して、ご自分が主人公だった時に気づかなかった諸々の・・・

状況や人々の心境、そしてその背景に横たわる深い意味を・・・

そこからあなたはしっかり・・・得ることを通し、

もう一度終了した一生の・・・あり様・・・を・・・振り返るのです。

 

それを通り、もっと違った別の・・・意味と・・・出来事の・・・そもそもの・・・目的を感じ取ります。

その意味は、そして・・・

その目的は・・・等々も・・・しっかり客観視し・・・ご自分の・・・一つの歴史の一ページをしっかり記するのです。

 

そうです。

しっかり記録し・・・次回の旅の折には、もう一度・・・それを振り返り、

そこで・・・得られず終いだった事柄を実現すべく・・・また旅の計画を練ることになります。



あなたは常に上を目指し・・・常に天からの更なる上昇を目指し・・・

愛の深さ・・・愛の高さ・・・愛の広さを・・・少しずつ・・・会得しつつ・・・

私との合一を目指して進化を続けていくのです。

 

それは決して一日で出来るものでもなく・・・明日・・・出来るものでもなく・・・

もっと長い、永劫という・・・スパンの中で、私と共に体験する・・・楽しい、美しい・・・いわば・・・遊び・・・のような・・・楽しいものなのです。

 

ですから・・・今のあなたは・・・ここにおられ・・・ペンを動かし・・・眠い目と・・・だるい腰を感じつつも・・・未来に向かって・・・しっかり歩み続けておられるのです。

 

思いなさい。

永劫の道のりを。

そして・・・感謝し・・・安心し・・・急ぐことはない・・・

もっと今を味わい、楽しみ・・・

そして・・・愛するのです。

 

早く・・・こうなりたい、ああなりたい・・・次はこうしたい、ああしたいではなく・・・

今を見つめ・・・

今をよく味合う・・・。

 

今を生きなさい。

今は・・・やがて・・・今でなくなり・・・次が今になるのです。

 

大きくなりなさい。

もっと深くなりなさい。

もっと広くなりなさい。

 

美しき心をもて・・・あなたはまだ・・・成長され得ることを・・・しっかり・・・自覚され・・・

時をすごしなさい。

 

私と共に・・・怖れを捨て・・・愛と栄光のみを目灯りとし、

前に進みなさい。

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

178. 死について(2) 死への心構え・死のプロセスとその本質、死への準備は如何様になされるべきかについて言及いたしましょう

2017-01-04 09:32:00 | 自己啓発

 

こんにちは。今日もようこそお出でくださいました。ありがとうございます。

今回は死についての第二回目です。
私達の多くが最も怖れるもの、死ぬことについての説明です。

次の説明を知ることはどんなに慰めになることでしょう。

「私は何を怖れていたのだろう・・・死とは・・・別れではなく・・・出会いであったのだ・・・と気づきます」

願わくは、落ち着かれたとき、お時間がおありになる時にでも、ゆっくりお読みいただけますように。
きっとあなた様の心に響いてくるでしょう。

また、折にふれ、何度も読み返され、死を知ることで、この生きるということ、また今回のあなた様の人生がどんな意味を持ち、どんなに貴重なものなのかを実感されますことを願っております。

それでは、また、次回もお越しいただけますようにお待ちしております。

ありがとうございました。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

昨日の続きを申しましょう。

昨日は・・・どうして・・・死は恐れるべきものではないかということに関して申しました。

今日はその死のプロセスをもう少しく・・・言及し・・・人としての死への心構え・・・そして、死のプロセスと・・・その本質、死への準備・・・は如何様になされるべきかについて言及いたしましょう。

 

あなたは・・・死を今ではあまり怖れなくなっておられます。

それは・・・死は・・・生の終焉とは思わず・・・それが、ある意味、始まりを意味するのを知っているからです。

しかし・・・そのようなことにはまったく無縁で、死とはただの終わり、この世の・・・行きつくところで・・・自分が無くなるところ・・・何もかも終わり・・・廃人と化するところ・・・時点と思われる人が大勢おられます。

 

それらの人に伝えなさい。

 

それらの人に・・・分かってもらいなさい。

 

それらの人に・・・喜んでもらいなさい。

 

私は・・・あなたにお願いして、この何年か・・・ずーっと人々に本当のこと・・・この世の真実・・・あの世の・・・ありのままの・・・すべてをお話するべく・・・あなたにお伝えしてまいりました。

これからもずっと・・・皆さまにいろいろお伝えし・・・怖れや、憎しみ・・・そして・・・殺戮を・・・避けんがためのメッセージ・・・人が豊かに心を育み・・・お互いに助け合い、そして・・・友情を育てながら、自分をも大きく成長させ・・・真実を知り、そこからまた一歩、大きな歩みを進み踏み出すための・・・お手伝いを為してまいりました。

 

しかし・・・私は・・・これまでのところ・・・大きな成果や進歩は・・・まだ、多少遠いところにあり・・・人々の心はまだ・・・成長は・・・成し得ておらない感を持ちます。

 

しかし・・・私は、望みは大きく大きく持ち、明るい未来が皆様の前にあるのを、ここでしっかり明言し・・・これからも・・・しっかり一歩一歩、歩まれんことを願って・・・これからも・・・天と地の真実を皆様が知り、そして・・・それを実行し、ご自分の・・・すべてが明るく・・・大きく、深く育つべく・・・私はこれからもまだまだお手伝いしたいのです。それをしっかり、ここで・・・お伝えし、次にまいりましょう。

 


さて、死とは、ただの移行・・・単なる・・・帰還であり・・・喜ばしき・・・一連の変化、変容であるのをお伝えしました。

 

では、それは如何様になされるのか・・・について申しましょう。

 

あなたが・・・病や、その他・・・例えば、不意に起こった事故などで・・・死へと直面するときが来たといたしましょう。

その時・・・あなたの意識はどのようなものなのか・・・です。

 

あなたは、しっかり、まず気づきます。
ご自分が素晴らしい移行への段階におられるのを。

 

このステップがあなたを悲しませるか・・・という質問を受けたなら・・・私はこう申しましょう。

いいえ・・・それはありません。

 

素晴らしい・・・思いが蘇ってまいります・・・あなたが、実は、本来この地球に属するのではなく・・・単に滞在していたこと・・・今や、本来の故郷に戻る時がやってきた・・・それが今・・・なのだ・・・とあなたは気づきます。

すると、あなたの心・・・はとても穏やかに・・・安心、安寧の状態に入っていきます。

 

そうです。

全くの・・・安心・・・静かな安堵・・・穏やかな心の状態となります。

すべてが・・・すべてがあなたを安心させうる・・・穏やかさ・・・静けさ・・・に包まれて・・・あなたの心は・・・静かに・・・これから戻る場所への扉が開くのを目にします。

 

扉は・・・また輝く・・・光の・・・ドア・・・門出への門であります。

 

そこには、あなたを愛し・・・あなたが帰還するのを今か今かと心待ちにしていた・・・魂たちが出迎えています。

 

一目であなたはすべてを悟ります。

 

私は何を怖れていたのだろう・・・

死とは・・・別れではなく・・・出会いであったのだ・・・と気づきます。

 

これまで、多くの出会いと別れを繰り返した地上でのものと異なり・・・ここでの出会いは永遠の愛・・・永久(とわ)の友情に包まれ・・・あなたはとても・・・安心して・・・ご自分が暖かく、幸せに・・・感じ始めます。

 

そうです。

全くの幸せ・・・全くの歓喜とも言える静かな幸福感で一杯になり・・・あなたは次のステップへと導かれていきます。

 

それは・・・多くの人々との邂逅です。

あなたを見守り、そして・・・実際に・・・あなたの知らないところで・・・多くの時に手を差し伸べた・・・友人たち・・・そして守り人たち・・・そのようなあなたを支えた人々が・・・あなたに挨拶をしに現れるでしょう。

 

そして、一瞬にして・・・あなたは、彼らがどんなにあなたを愛し・・・どんなにあなたを深く深く敬愛し・・・それが故に・・・あなたの一生を守り続けてきたかを・・・あなたは一瞬にして理解されます。

 

それによって・・・あなたの地球での滞在がどんなに安全だったか・・・どのように・・・すべてが守られ・・・なるべくして・・・なる様に仕組まれ・・・あなたが望まれたように・・・多くの苦難、ご苦労等も・・・実は、すべてあなたが望み、あなたの試練・・・体験への道として・・・存在したのを・・・あなたは思い出します。

 

そしてあなたは申されます。

「ありがとう・・・ありがとう・・・ず~っと忘れておりました・・・ず~っと私の為に働かれていたのを・・・私はちっとも意に介すことは・・・忘れておりました・・・。」

 

そして・・・私たちは・・・そこで、どっと笑い出すでしょう・・・

そして申します・・・「それで良い・・・それで私たちの仕事が・・・うまくいったというものです・・・」と。

 

そこであなたは更に付け加えるでしょう。

「ありがとう、皆様・・・私がどんなに苦しくとも・・・どんなにつらくとも・・・それはすべて・・・私のためであったのを・・・今・・・やっと気づきました・・・ありがとう・・・ありがとう」

 

あなたは・・・これまでの・・・人生での旅が・・・すべて・・・あなたご自身が計画し・・・実行し・・・体得されたものであるのも思い出し・・・そして・・・深く・・・深く・・・その意味を・・・目的をも・・・しっかり思い出すでしょう。

 

すべてが・・・愛から・・・愛へと・・・運ばれた・・・素晴らしい道であったのをあなたはもう一度思い出し・・・深い感謝の念で・・・満たされることでしょう・・・

そして、あなたは・・・彼らに多くの謝意と友情、愛情を述べられることとなるでしょう・・・。

 

それからのことは・・・また・・・次回に続くといたしましょう。

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

177. 死について(1) 死のプロセスと・・・その決め方について申しましょう

2016-12-27 19:36:05 | 自己啓発

こんにちは。今日もようこそお出でくださいました。ありがとうございます。

今回は死についてです。
Fatherからの死についての説明は、大きな価値あるもの、素晴らしいプレゼントのようなものと感じ、
ここにご紹介できますのをとても嬉しく思います。


「なぜ死は決して怖れるものではないのか」が繰り返し読んでいくと分かってまいります。これまでの概念が正され、
死と生との意味と目的がしっかり見えてくるようです。

生きる上で、大きな勇気と力をいただけるように思います。

 

これを含めてこれから3回、ごゆっくり、時間をかけてお読みいただけますよう願っております。

何回も、折にふれお読みいただき、心に思い起こすことで、あなた様ご自身の人生の出来事、あり様をより深く理解し、
歓びをもたらすものとなりますように。

次回はこの続きです。またのお越しをお待ちしております。
ありがとうございました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

死について・・・死のプロセスと・・・その決め方について申しましょう。

 

死とは・・・移行することです。

そちらからこちらに戻ることであります。

しかし・・・それは単に・・・還る・・・移行する・・・場所を移す・・・というだけでなく、もっと深い・・・意味を持ちます。

 

それをこれから話しましょう。

 

死とは・・・一つの大きな・・・区切り・・・いわばある一連の・・・続いてきた様式、存在形態から・・・

元の・・・元々の・・・存在様式に戻り・・・そして・・・元々の・・・形態に・・・落ち着くまでの・・・

経過、筋道のようなもの・・・をひっくるめたものを指します。

 

私達は・・・この一連の・・・経逸・・・経過の中で、特に・・・気にするもの・・・皆さまが今から・・・

いろいろ心を悩ませ・・・心配されることの中の大きなものであると承知しています。

しかし・・・このプロセスは・・・皆さまが思われ、憂慮されるようなものではないことを、

まず初めにお伝えいたしましょう。

 

死とは・・・一種・・・喜びの・・・行事・・・出来事であるのです。

 

すべての、そちらでのやるべきこと、体験すべきこと・・・などの・・・複雑な・・・一連の・・・体得が終了し、

こちらに戻ってくるという、大切な喜ばしい出来事なのです。

 

そちらからご覧になると・・・

消えて・・・無くなる・・・どこかへ・・・移動して・・・見られなくなる・・・触れることのできない別の何か・・・

得体のしれぬ知らない所へ・・・あるいは、何もなくなって、姿、形がない・・・おかしな・・・別の・・・分からな

い・・・ものに変わってしまう・・・とのような概念をお持ちのようです。

が、それは全くの・・・誤解・・・怖れからくる・・・思い違いにすぎません。

 

死とは・・・ある意味・・・美しい・・・最終のそちらでの・・・しめくくり・・・であります。

そうです・・・美しいのです。

 

「ご遺体が変形し、変態し・・・滅び行くのを・・・美しい・・・と言いますか?」とのご反論があるのを承知で・・・

わたしは・・・敢えて申しましょう。

 

そうです、美しい・・・聖なる・・・清らかな、とも申しても良い・・・

私から見たら・・・変容のプロセスなのです。

 

あの・・・つらい地球上での様々な試練を・・・しっかり生き抜き、還って来る・・・仲間をどんなに・・・

嬉しく歓迎することでしょう。

 

どんなに・・・おつらいことがあったろうかと察し・・・私たちからのねぎらい・・・が待っているのです。

そうです・・・

待ちわびていた・・・その時が・・・やっと訪れたのですから・・・これは誠に喜ばしいことと・・・

言えることなのであります。

 

あなたは・・・今、そこで・・・身体を持って、今朝はここが少し痛い、腕も少し疲れてきた・・・などと・・・

常に、身体のどこかに痛い、かゆい・・・しんどい等々を感じながら・・・生きておられます。

 

それとも・・・全く関係を持たなくなり・・・

常に快適な美しいエネルギーだけの・・・

波動の動きですべてが表現可能、存在可能な領域での生活が始まるというのは・・・

完璧ともいうべき・・・奪還・・・脱・・・ご苦労・・・苦痛・・・なのです。

 

そして、これから、私達との・・・快適で・・・美しく、優しく・・・そして、

思いやりに満ちた・・・毎日が始まるのです。

それを悲しいと表す・・・ことは決してないでしょう。

そうです、全くのお祝いすべき・・・喜ばしい出来事なのです。

 

ただその移行がどんなものなのか・・・どうなされるのか・・・不明な故に・・・

そして、その前に訪れるかもしれない病・・・への不安が・・・

この美しかるべき一連の出来事を・・・ある種忌まわしいトーンにしているのです。

 

その病とて・・・皆さまが好まれて体験しているのすぎない・・・

本来、喜ばしいものではありますが・・多々、苦痛が伴い・・・

惜別の情・・・遺憾の思いが・・・そこに在る場合がほとんどである故に・・・

死とは・・・避けたい・・・

出来るものなら・・・なるべく遠くへ・・・忘れていたい・・・将来の・・・体験なのでしょう。

 

そこで、次回は・・・このプロセス・・・

そちらからこちらへの移行のプロセスをより詳しくご説明し・・・

準備すべきことがあるとしたら何なのか、

心すべきことがあるとしたら・・・どんなことなのか、について・・・

もう少しく述べましょう。

 

 

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

176. 苦しんでおられる人たちへの癒し方・・・その原因と理解するための情報をお伝えいたしましょう

2016-12-23 19:25:19 | 自己啓発

こんにちは。今日もようこそお出でくださいました。ありがとうございます。

今回のメッセージも「自分はなんのために生きているのか」を知るためにとても参考になる内容です。

今日もまた朝が来て、あたふたと食事をし、そして、やるべきことに着手し・・・と、やっていることに差はあれ、意識しようとしまいと、誰にとっても毎日時が過ぎ去っていきます。少しずつ年を取り、身体も相応の変化をなし・・・とこれが決められた定めのように受け取っています。

世の常識と刷り込み、教育で、気づかないまま心はある方向性を進んでいるようです。

時にはふと立ち止まり、足元をしっかり見つめ直し、周りの風景をぐるりと見渡してみるのも良いかもしれません。

そんな時に、どうぞ、今日の内容がお役に立ちますように。

ごゆっくりお読みいただけますことを願って、感謝の念をお送りいたします。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

それではもう一度・・・今朝のお話はあなたのリクエストにお応えして・・・今・・・苦しんでおられる人たちへの・・・癒し方・・・そして、その原因とそれを理解するためのこちらからの何らかの・・・情報をお伝えいたしましょう。

 

あなたは・・・好まれてそちらに下降され、必要な、あるいは望まれた体験をされております。

そうです・・・あなたが・・・そう望まれて、そこにおられます。

もっと言うなれば・・・体験が、苦しかろうと、楽であろうと・・・それらはあなたの希望されたものであるのです・・・従って・・・あなたご自身は、本来、とても満足されているのです。

しかし、それは深いレベルでのことであり、表層的には・・・これがあってしかるべきように・・・とてもそんな余裕はなく・・・何故・・・どうしてこんなに苦しいのか・・・こんなにつらいのか・・・こんなに、云々と・・・とても否定的な言葉となるような思いを抱かれるのです。

それは、あなたが、体験してみたかったことです。
つらい思い、痛い思い、悔しい思い・・・等々、こちらにはないからです。
こちらは・・・常に暖かい春のように・・・心地良く・・・つらい寒さも雪もなく・・・暖かい太陽と優しい友情に包まれているような毎日であります。

ですから、あなたはそちらに降りられ、私は○○をして来たい・・・僕は○○を体得して・・・こちらに戻って来よう・・・などと思われるわけです。

 

しかし、実際にそれを身に感じてみると・・・・どうでしょう?

ついつい・・・苦言や・・・不満・・・不平が口について出て来ます。

人生は・・・それだから面白い・・・ともいえるでしょう。



そちらに降りられ、体験し、私におっしゃる時が来るでしょう。

「おもしろかった・・・とってもスリルがあって・・・本当にどうなることかと思ったの」・・・と言われるでしょう。

 

ですから、これからも・・・何かおつらいことがあった時には・・・今まで、私からの、こちらからのあなたの・・・お出かけの際のお気持ちをしっかり思い出され・・・何であれ、どうであれ・・・感謝し・・・味合い・・・そして、しっかりやるべきこと、なされるべき・・・すべての体得をしっかり踏んで来られますように。

 

さて、今日は、もう少し具体的なこと、もう少し踏み込んだことを言及いたしましょう。

 

あなたにとって・・・すべては移ろい行きます。

今日、明日、明後日と・・・時は流れ・・・あなたは少しずつ年老い・・・そして身体もそれに応じて動きにくく、また・・・・きしんだようにあちこちに・・・痛み・・・等々が出てきます。

仕方のないことですね・・・と思われるかもしれません。

でも、私は今日、ここでしっかりお伝えいたしましょう。

仕方ないのではないことを。

 

年老いても・・・決して・・・老いる必要はないのです。
身体も、心も・・・時に応じて・・・は必ずしも当たらないことを、ここではっきり明言し・・・老化・・・いわば、年に応じた変化を受け取ることはないこと・・・必ずしも、時に乗って、あなたも・・・年相応の変化、変容を・・・することもない・・・応じることもないことをここで・・・しっかりお伝えいたしましょう。

 

何故か・・・?

それは、私がこれまでに何度も申したように・・・時は錯覚に過ぎないからです。

 

時は容れもの・・・あなたの体験や行動を、しっかり時に沿って変容するべき・・・と思われる・・・風景と、それをしっかり・・・受け止め、それに相応の、あなたは反応・・・変化・・・変容をしているにすぎません。

それは・・・まるで映画のスクリーンが、一枚の・・・ものであるにも関わらず、深さや・・・遠近・・・そして・・・まるで食べ物にも味がついているかのように、あなたはそのスクリーンに映し出されたものを・・・体験しているように思いたいが故に・・・感じているにすぎません。

そうです・・・映画には、実際の山も谷も・・・すべて、平面にある・・・絵・・・動く絵でしかないのです。

人生も・・・言ってみれば、同じようなことです。

 

時間というスクリーンに・・・あなたは言わば・・・錯覚を望まれ、それに相応する身体の変化を・・・味合っているようなものです。

あなたがスクリーンを・・・実は一枚の紙のようなものに映った・・・変化でしか過ぎないとしっかり認めて、常に・・・自覚していることで・・・あなたは今、椅子に腰かけ、ただスクリーンの動く絵を見ているのみで・・・山にも行かず、街の雑踏を歩いているのでもなく・・・悲しみや、逆に有頂天になっているわけでもないのを・・・知っています。

ただ椅子に座り、移り行く・・・創られたストーリーに入って心を動かしているだけであるのを・・・しっかりお分かりになるはずです。

それと人生も同じです・・・と申すと、あなたは「エッ!?」と思われます。

しかし、そうなのです。同じことです。

 

従って、本当は、一つ一つの出来事に一喜一憂し・・・椅子から乗り出すようにしたり、飛び上がったり・・・逆に沈み込んだりすることもなく、そこで冷静に・・・変わりゆく風景を味合う・・・こともなく、時をすごし・・・そこから身を引くようにすることも可能ではあります。

時の流れから・・・身を外し・・・あなたは・・・こちらからの下降状態から・・・少しずつ変化するのみで・・・ひどい老化・・・ひどい病・・・ひどい境遇から身を引いたような、天と地の境にいるような生き方もできるのです。

そこは・・・ひどい境遇も病も、そして、逆境といわれるようなものも無縁であります。

 

しかし、どうでしょう?

それであなたの・・・「成長したい・・・体験を通して・・・私の魂を美しい光として変容させたい」という願いはかなうのでしょうか・・・。

 

映画館へ行って・・・あなたはその映画の良さ・・・をしっかり味合うことで、何か得たり、感じたりすることが出来るように・・・同じく、人生もいろいろアップダウンもありながらも・・・楽しく、様々な体験をするのです。

 

つまり、私が、この朝、あなたにお伝えしたいのは・・・人生をしっかり生きなさい・・・しっかり味合い・・・そして、存分に泣いたり、笑ったり、悲しんだり、喜んだり・・・して来なさい・・・ということです。

 

そして、いつか・・・顔もしわくちゃになっても・・・あなたの心は・・・満足し、そして、こう言われるでしょう。

「ああ・・・よくやった・・・満足、満足・・・人生、やるだけやって・・・私は還ることができました」と。

 


今は・・・そこに居て・・・朝を迎えられました。

今日もしっかり生きなさい。

 

やるべきこと、味合うべきこと・・・感じるべきことをしっかり心に刻み・・・そして、人生を送りなさい。

こちらからは・・・私たちがしっかり・・・愛の声援を送り・・・守り・・・いざという時はしっかり手を差し伸べるのをお忘れなく。

安心して・・・そちらでの・・・今日を・・・生きなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

174. 家族は何故家族となるのか・・・一つの単位の一要素として入り・・・そのラベルで生きるのかについて言及いたしましょう

2016-12-12 17:10:57 | 自己啓発

こんにちは。ようこそお出でくださいました。ありがとうございます。

今日は家族に関しての言及です。なぜあなたはこの家族の一員として生まれてきたのか、について説明がなされております。どうしてあなたはそのご両親の元にお生まれなのか、何故、この人たちと兄弟になったのか・・・偶然なのか、必然なのか、ということがお分りになるでしょう。

*******************************************************************************

それから、お知らせです。

来年1月8日(日)午前10時から第一回の当ブログの勉強会を始めたいと思います。

このブログをお読みいただいている読者でしたら、どなたでもご参加いただきたいと思います。皆様でお話をし合うのに加えて、疑問点などがおありでしたら、代筆者の安藤が分かる範囲でしたら、その場でお話させていただき、不明な点はイエスの父に直接お尋ねし、そのお答えを後日、ブログ上または次回の勉強会、またはメール等でご連絡させていただきます。

是非、ご参加ください。お待ちしております。

□ 参加費:500円(お茶付き)

□ 場所:小山市城東6-17-31
 (東北新幹線、宇都宮線、湘南新宿ライン、上野東京ライン、水戸線、両毛線)小山駅から徒歩20分
 (ご連絡あればお迎えに上がります。)

□ 日時:1月8日(日)午前10時~12時

□ お申し込み:メール:email@npoeha.org  携帯:080-4880-2010
        ホームページ:npoeha.org

□ 参加ご希望の方は取り上げて欲しい「当ブログナンバー」や「~の本の何ページの何について」等、
  お知らせ下さい。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

今日の私からのメッセージは皆様の関心のあること・・・つまり、家族のことについて申しましょう。

家族は何故家族となるのか・・・どうして・・・一つの単位の一要素として入り・・・その中の一員として・・・活動し、一生・・・そのラベルで生きるのか・・・について、少しく言及いたしましょう。

 

あなたが・・・あなたのご家族に・・・生まれ落ちたのには・・・明確な理由と目的があります。その親、その兄弟・・・その先祖であればこそ・・・あなたの体験すべきこと、達成されるべき様々な様相がなされ得るからです。

 

それでは、その家族としての条件はどう考慮され、如何に選ばれ、組み込まれ、地上へ降りる場所として決められるか・・・にまいりましょう。

 

あなたには・・・まず・・・地上で生きるための明確な目的がしっかり定められます。

第一に・・・生きることにより、体験すべき数々の・・・生活パターン、そして

第二に・・・あなたが生きるための様々な・・・手段と・・・様式、そして、条件や環境・・・加えて、家族構成、環境故に可能な体験と・・・様々な起こり得ること・・・そして、それによってもたらされる苦しみ、痛みから学ぶ・・・様々な要件、そして・・・大きな喜びと・・・大きな・・・学び・・・そして成長などがあります。

あなたには、常に課題と成長させうるべき要項、要点・・・人間的性向・・・人として生きるが故に得られる成長、そして、体験・・・その中にはゆがみ、歪等も当然あり、それも様々な・・・天にない、ここならではの・・・身体的、物理的な要素も加わり、多種多様の様々な・・・新しい進化のための体得があります。

 

さて、それでは、その体験すべき要項はどう考慮され、決定を見るのかについて・・・少しく説明いたしましょう。

 

すべては必然、すべては 原・・・因・・・結・・・果・・・という法に則り、思い付きや、その時の気まぐれのような要因で決定されることはまずありません。

すべては法と秩序の元に・・・あるべき姿、あるべき様相・・・あるべきやり様が決められるのです。

 

あなたは、これまでの体験から・・・今のあなたであり・・・これからするべきこと・・・為されるべき・・・構成されるべきものはその中から当然明らかになり・・・それが、しっかり計画の中に組み込まれ・・・そして実行をみるべき、体験すべき様々・・・数々の・・・人としての出来事、成長の環境条件・・・となっていくのです。

「あまり具体性に欠けるわ・・・。」とお思いのご様子ですね。

イエイエ、これから・・・もこの件に関するご説明が続き、その中からしっかりあなたはこちらからの具体的なケースなどから・・・明らかにされることで・・・後々しっかりご理解されることでしょう。

 

さて、このように様々なあなたのこれまでに体得され・・・体得すべき・・・新しいもの・・・これから形成されるべき・・・人格、構造様式・・・等々が考慮され・・・そして、あなたの環境に、あるべき姿、あるべき構成条件・・・等々の細部にわたる考察がなされ・・・そして、いわば・・・相談、会議、審議会のような・・・助言を渡す機会が設けられ、あなたはそこで様々なアドバイス・・・意見・・・推薦・・・等々があなたに提示されるのを参考にして・・・ご自分で望むよう・・・計画を練り、もう一度しっかり来るべき一生について・・・様々な条件・・・内容・・・起こるべき人生の細々とした人間関係、環境条件、物理的、具体的な・・・プロジェクトを細部にわたり計画がなされます。

そこには、あなたを助ける先輩、同輩が喜びと共に・・・計画を練り・・・そして実行に至るまでのプロセスに参加されます。

 

 

そして、いよいよ、次の人生の縮図としての計画がしっかり立ったところで・・・
あなたはあなたを見守り・・・ガードし・・・そして、常に指導を担う・・・大きな高い存在の意見、指導を仰ぐことになります。

それは一瞬にして・・・可能で、しかも、細部に渡る・・・チェック、照合・・・修正・・・再考慮・・・再計画等がなされ、実際に体得すべき項目、条項も・・・明確にされるのです。

 

そして、いよいよ・・・あなたが本当に地上に降り立つ準備が・・・もう少し身近なところにスタートするわけです。

あなたは・・・あなたであり・・・他の人があなたの代わりに同一の・・・プロジェクトを行うことはまずあり得ず・・・あなたに独自の計画と実行がしっかり個別になされます。

それでは、今日はこれまでといたしましょう。

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

173. どうして神はお一人お一人の中にいるのか・・・私はどうしてあなたなのか・・・についての言及といたしましょう

2016-11-30 17:13:23 | 自己啓発

こんにちは。今日もよくいらしてくださいました。ありがとうございます。

今回のメッセージは「自分は何者なのか?何のために生きているのか?」を考えるうえで、とても参考になるものです。

ますますの物質主義、経済第一主義の世の趨勢を感じる毎日で、本当に自分を見失いがちです。

あなた様もお忙しい毎日をおすごしでございましょう。

願わくは、ふと立ち止まり、足元を見つめられるきっかけにでもなれば、と思っております。

今日もごゆっくり、一行一行かみしめられて、お読みいただけますように。

 

今回もお出でいただき、感謝申し上げます。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

それでは、今日は皆様へのメッセージということにいたしましょう。

私・・・は・・・何故あなたなのか・・・どうして・・・神はお一人お一人の中にいるのか・・・私はどうしてあなたなのか・・・についての言及といたしましょう。

 

 

人は、人として生きるために・・・神という自分の一部を忘れてみましょう・・・
人として・・・変わった・・・変化ある日常を送るためには・・・すべてと結びついた・・・神としてのクォリティーを離れた方が・・・もっと人として生きやすい・・・生きることが可能だろうと考えたわけです。


従って、神である特質は・・・皆さまの心の奥底に沈み・・・滅多に表層には浮かんでこないようにいたしました。

そうです・・・好んでそうしたのであります・・・。

赤ちゃんが赤ちゃんとしてのプロセスをしっかり味合うには・・・大人と・・・赤ちゃんという二つの・・・クォリティーを持たない方が良いのと同じことです。

 


従って・・・今のあなたは・・・ご自分が神であることを・・・お忘れになるという選択をして・・・人としてのクォリティーのみで生きているように・・・いわば、ご自分を錯覚の中に入れ込んでいるとでも申しましょうか。

ある意味・・・あなたはあなたとして・・・純粋に・・・ご自分だけの生き方・・・時の過ごし方・・・ここでの生活の仕方、楽しみ方、苦しみ方、他者とのつながり方・・・自然との関わり方、等々を・・・純粋に・・・ご自分がやりたいように・・・やれるということなのです。



さて・・・しかし・・・神という部分は、それでは・・・いつ・・・戻るのか・・・
いつ、その部分が・・・忘却から蘇り・・・また、特質の一部として・・・働き始めるのか・・・に移りましょう。

 

実は・・・あなたは・・・今でも、神という特質から離れているわけではなく・・・ただ錯覚のような・・・忘却をしたふりをしているにすぎません。

ですから・・・思い出そうとするなら・・・神としての特質で生きようとするなら・・・それは容易に可能ではあります。

 

 

ただ思い出す・・・ただ、認め・・・静かに・・・他の神である・・・私・・・または木々・・・自然、そして地球上にあるすべて・・・人々も含めて・・・をよ~く観察し・・・ご自分がその中でどういう立場であるのか・・・どういう感覚を持つか・・・どういう関係性にあるのか・・・よ~く・・・思い出すのです。

 

人として・・・生きられてこの方・・・いろいろ話され、教えられ・・・常識・・・当たり前・・・真理として・・・受け取ってきたことと多少のずれ・・・乖離・・・食い違い・・・そして違和感をお感じになるはずです。それらは人としての一部分からの発想でしかないからです。

人として・・・あなたは・・・ほんの一部の本質としか・・・結びついていない現実に生きて・・・そこでの真実を・・・すべての真実として捉えているが故に・・・本来の・・・もっと大きな真理・・・天の理・・・法には・・・届かないように仕組まれているのです。

その仕組みとて・・・もうお分かりのようにご自分で作り設けたにすぎませんから、取り払って・・・視野を広げ・・・遠くの真理まで見通そうとお思いならば、それは即刻可能なのです。

そうです、即刻です。

 

あなたには・・・永遠の時と・・・素晴らしい即時性も同時に与えられ・・・
実は、時の流れも・・・この人としての錯覚に組み込まれたものにすぎないからです。

 

あなたが本来の神性を取り戻し・・・時の流れが永遠のものであり・・・それは現象にすぎないことを悟るならば・・・その時の流れとて・・・実は見かけ上のもの・・・現象を創り出す・・・ための・・・からくり・・・工夫・・・舞台装置のようなものであるのに気づかれるでしょう。

 

私はもう一度申しましょう。

 

永遠の時を見通しなさい・・・そして・・・努めなさい・・・この短い人の一生で・・・可能なことは大変限られています・・・従って・・・出来ないことを見つめ、嘆くのではなく・・・この人生に為せること・・・味合えること・・・そして、為すべきこと・・・そして、学び・・・感じ・・・味合うべきこと・・・をしっかり楽しみなさい。

 

そうです、楽しむのです。

 

苦しみは・・・その中から・・・喜びと・・・味合いと・・・感謝と・・・そして学び、成長するためのものです。

苦しみを苦しみとしてのみ捉えず、そこからしか見えないもの、そこからのみ与えられるもの・・・を見つめ・・・味合い・・・感謝するのです。

 

やがて、その苦しみとて・・・短い・・・命であるが故に・・・しっかり去る時期が来るのです。

 

私と共にいなさい・・・。

 

私と同一であるのを思い出しなさい。

 

やがて来る・・・私との再会で・・・

「しまった、そうだった」と思うことのないように・・・今からしっかりそこでの体験を・・・味合うことです・・・神の一部であるのを知りながら・・・・。

 

そうです・・・あなたは私と同様の力をお持ちです。

 

怖れることはありません。

しっかり・・・それを心に留め・・・毎日を生きられますように・・・。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

172. 愛とは何か・・・愛として・・・私と同じ資質をよみがえらす方法も・・・説きましょう

2016-11-13 10:02:54 | 自己啓発


こんにちは。ようこそお出でくださいました。ありがとうございます。

今日のメッセージは、生きていることの意味をあらためて考えさせられますが、今回の内容から、アニタ ムアジャーニという人を思い出しました。

その方は末期がんを患い、一度他界しますが、そこで自分が本来はどういう存在であるのかしっかり思い出します。本来、神でもあり、神の力を持ち、従って、自分で肉体を蘇らす力も備わっているのを自覚し、それを皆に啓蒙するためにもう一度こちらに戻るか、そのままあちらの世界に留まるかの選択を許されます。結局、こちらに戻る選択をして、変わり果てた肉体に戻り、その二週間後、完全に健康な体を取り戻し、退院。その後は約束した通り、スピリチュアルな啓蒙活動をしておられます。その後は神に祈るということは一切されなくなったという言葉も印象的でした。

 

私は今日のメッセージをいただきながら、微力な自分には容易には信じがたい内容ではありますが、その一方、努力すればなんとか可能になるからもしれないと希望を持ちました。過去において、たまたま治らないと思われる症例に接し、ヒーリングによって思いがけず癒される体験を何度かさせていただいたのを思い出したからです。病と癒しが人の心とどう関わるのか、の一つのヒントが今日のメッセージの中にもありそうです。

どうぞ、あなた様もこのメッセージを繰り返しお読みいただき、ご自分が生きている意味やこれからのご健康を少しでもお考えになるきっかけにしていただければ幸いです。

お役に立てれば光栄です。ありがとうございました。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

今日の言及はこの間の続き・・・愛をもってすべてに対応することで・・・あなたは私と同等の力・・・そして能力を得られることについて・・・その方法、またはやり方をお教えいたしましょう。

 

あなたは常にお考えです。

「神様・・・は全能、私は限られた枠の中の小さな小さな存在・・・地球上で歩き、息をし・・・そして・・・老いていく存在・・・」としか思っておられません。

でも、本来、そうではないということも知識としてご存知で・・・はありますが、実際にはかなり大きな疑問符の付いたものであるが故に・・・ご自分が本来、私と同じ能力を持ち得ることはほとんど考えたこともなければ、よしんば、どこかで読み聞きしたとしても・・・ご自分のこととはあまり捉えておられません。

 

 

今日は・・・その・・・ご自分が神の一部であるばかりでなく、同等の力を持ち・・・同等の総てとなりうること・・・その方法について早速語り始めましょう。

 

あなたには手足があります。その手足は歩き、ものを為すためばかりがその目的ではありません。

私としての手、足であります。

 

私は・・・その手足を・・・他人のために使います。

「それは当然でしょう・・・私は皆様の・・・神であるからして・・・」とお思いかもしれませんが、あなたが私の一部である以上・・・あなたにもそのような・・・資質が備わり、その使い方も本来はご存知ではあります。

 

しかし、現実は、身体という小さな機械、道具の中に押し込まれた状態であるが故に・・・考え方も・・・能力も・・・そして、ご自分への認識も、その押し込められたものにふさわしい限定されたものとなっています。

 

それは、必ずしも・・・そうなる必要もなければ・・・ご自分をごく限られた存在と見なすことも全くありません。

能力は・・・自然と身につき、いつか使えるようになります。

 

しかし、大切なのは「いつか」ではなく・・・出来たら「今」、「明日」、「来月」、「来年」であって欲しいのです。

そのためには・・・あなたの私としての資質をしっかり取り戻すことに尽きます。

 

私としての資質・・・それは愛であることは、これまで再三述べてきたところです。

そして、愛とは何か・・・愛として・・・私と同じ資質をよみがえらす方法も・・・先日から説き始めております。

その資質は、私の一部である以上、自然にどなたの中にも存在し・・・しっかりスイッチが入ることで、私の持つすべてが開示され・・・使われ・・・機能し始めることが可能で・・・そのスイッチは愛のレベルが・・・ある程度以上になることが必要なのです。

つまり、波動パルスの組成・・・高さ・・・そして内密度、そしてそのパターン等々がある必要な内容を持つ・・・ことが必須なのです。

 

 

そのことが備わると自然に・・・私としての働き、私としての能力、私としての・・・すべてが稼働し始めるのです。

そのためには・・・あなたの愛に対する考え方・・・そして、行動・・・そして、あなたご自身が愛となる・・・ことが求められるのです。

求められる・・・というより・・・自然にそういう道・・・そういった・・・歩み・・・そのような・・・進路がたどられ、私の一部としての・・・自覚、めざめ、そして・・・存在となりうるのです。

 

 

さて、その方法論に入りましょう。

 

あなたは私です。

そうです・・・私もあなたでもあります。

 

そして・・・私はあなたの中でこう言います・・・大きな声で・・・、

愛し合いなさい。

助け合いなさい。

あなたを他者の心としなさい。

 

しかし・・・あなたは・・・こうつぶやきます。

「私が他者となる?・・・それは出来ません。自分が自分でなくなったらどうなるのでしょう?

すべてが・・・ガタガタになるでしょう・・・。

私が私として守備して初めて・・・この世で生きていけるのです・・・」

とお思いです。

 

しかし・・・そのお考えに、私はこうお応えしましょう。

あなたのそのお考えは・・・本当に・・・まだまだ・・・・ではありますが、それはそれで本当でもあります。

しかし、いつまでもそこに留まってはなりません・・・。

あなたはもっともっと自由に・・・もっともっと大きく・・・、

もっと大きな能力と繋がっており、それを使い・・・

もっと大きく羽ばたくことが可能です。

 

それを可能にするキィは・・・愛すること・・・愛をもってすべてを為し・・・考え・・・行い・・・そして、また愛する・・・ことに尽きるのです。

 

それを試してみることです。

トライしてごらんになりなさい。

 

 

あなたは・・・しかし・・・もうお分りですね。

そろそろ・・・あなたの中で、その芽が出始め、実際、行い始めておられるのを・・・私はよくわかります。

 あなたの言動が・・・私と共にある・・・それが多くなりつつあります。

 

 

そうです・・・誰にも可能なのです。

どんなに貧しかろうが、

どんなに苦しい毎日であろうが、

どんなに能力に乏しいと自認しようが、

あなたは私の一部なのです・・・。

 

本来・・・あなたには私の能力を使う権利、能力がおありなのです。

 

目覚めなさい・・・。

ご自分が・・・全能の一部であることに。

 

 

そして、ご自分が・・・全能であるのを取り戻すには・・・、

ただ・・・愛であるのを・・・思い出し・・・そして・・・

その愛としての存在を・・・

私と共に・・・よみがえらせ・・・

働かせ・・・

ご自分も・・・心に愛を取り戻し・・・

私となることなのです。

 

 

本来は、難しいことでは全くありません。

ただ、目覚め・・・

心がけ・・・

少しずつ

私に歩み寄るだけなのです。

 

私となるのです。

あなたは本来、すでに私ではあるのを思い出し、

取り戻し、

働かせるのみ・・・。

 

やってごらんなさい。

あなたが、どんなに愛する能力を持ち合わせているのかも・・・

思い出すでしょう。

 

ご自分の小さな枠の中からまず・・・目を外に移し・・・

外の大きさを見・・・

そして、ご自分の手を伸ばしなさい・・・。

私があなたの手を・・・そっと握り・・・そして、ご案内いたしましょう。

 

私についてきなさい。

私と共に歩みなさい。

私と共に・・・しっかり・・・これからの・・・ここでの時間を費やすのです。

 

ご自分のことだけでなく・・・傍の人・・・そして周りの人・・・

そして生きずりの・・・実はあなたのお仲間たちに

愛の目線で・・・接するのです。

 

他人・・・ではなく・・・あなたの片割れとして・・・接しなさい。

優しくし合いなさい。

 

そして・・・感じなさい。

そして、あなたが、本来、どんなに愛に溢れた・・・存在であるうるか・・・、

そして本来、そうであるのを徐々に・・・

体感し・・・

 

そこへと還りなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

171.私のあなたとの関係・・・そして、その間を縮め、私ともっと接していただくための・・・必要なことをお伝えしましょう。

2016-11-07 19:51:04 | 自己啓発

 

こんにちは。今日もようこそお出でくださいました。

まず、今日のメッセージをご紹介する前に、一、二か月前にエネルギーヒーリングを受けた時のことからお話させてください。

しばらく前の、その頃、なんだか疲れが溜まっておりました。たまたまヒーリングディだったので、ヒーラーにお願いして、私もヒーリングを受けました。自分の、また多くのクライアントさんの経験から、エネルギー場のネガティブなエネルギーが開放されると、心身ともに良い状態になるのを知っておりました。

いつものようにヒーリングを受けてしばらくして、なんだかちょっと普段と違うことに気づきました。なにかが違いました。
周りの空気、自分を取り巻くすべてが普段とどこか違うのです。

毎日見ている見慣れた空気、風景、すべてが、言葉にするのは難しいのですが、敢えて表現するとすれば、静かな、穏やかな「善意、愛」で満たされているのを感じるのです。
周りにあるものは、実はすべて「暖かい思いやり、充足した思い」に満ちているのを感じるのです。あのヒーラー達の存在そのもの、そして言動、この場所も、庭の木々も。

普段ですと、「そうだ、これからこれをやらねば」とか、「あれをこうする予定だから、今はこうしよう」とか、「あの人は今日は~だ」とかという考えが一切浮かびません。そのまま、その状態、誰もが普通にしていて、そのまま自然にしていて、努力して動かずとも、そのままで良い、そのままで愛が周りにただよい、すべてが愛で出来ている、十分に幸せだと感じるのです。わざわざ感じようともしないのに、なぜかすべてが愛なのです。とても幸せなのでした。

それが、何時間も続きました。
そして、徐々に日常が戻って来て、夕方になるといつもの自分らしい、いつもがんばる気持ちの、働き者になりたい自分に戻っていきました。

そして、気づきました。

確か、このブログのメッセージに何度も伝えられました内容にも・・・何度も、何度も「父」が説明してくださったことの中に、これに似たようなことが言及されていたと思いました。すべてが愛なのだ、とは、到底信じられることではなかったけれど、そうなのかもしれない、そうだとしたら、それが自分にもわかる時がくるかもしれない、と思いました。

さて、些細なことかもしれませんが、お伝えさせていただきました。

 

それでは、今日のメッセージをお送りいたしましょう。

どうぞ、何度も繰り返し、ごゆっくりお読みいただけますように。

ありがとうございました。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

今日は私について・・・再度、詳しくご説明し、私をもっと皆様となじみの深い者としていただけるような・・・工夫、方法について述べましょう。

私は・・・もう既に述べたように、皆様の称する・・・神と言われる・・・者であります。

しかし・・・あなたの思われ、想像され・・・ているような者では決してないことは・・・もう既にご説明いたしました。

 

今日は、私のあなたとの関係・・・そして、その間を縮め、私ともっと接していただくための・・・必要なことをお伝えしましょう。

 

あなたが思われているのは・・・常に神様とは、全能・・・神様とはすべてを知り、すべてを可能とし・・・すべてを・・・決め・・・すべてを統治する存在、という概念をお持ちですが・・・それは正しくはありません。

私は・・・そうでなく・・・私は皆様の、皆様であるが故の・・・存在なのです。


つまり、皆様・・・あなたが私であり、私は・・・誰でもあり・・・私の中にはすべての知識、すべての・・・ありとあらゆる概念と、ありとあらゆる具象と・・・ありとあらゆる現象が・・・存在し・・・そして、運行し・・・そして、この世、あの世、宇宙・・・あらゆるすべてを・・・創っています。

 

そうです。

私は創造元であり、今もこれからも・・・常に・・・何かを創り続けます。

そして・・・ここは大切なのですが、あなたも私と共に・・・ある種・・・のこと・・・の現象を顕現し続ける存在でもあります。

決して今回のみではありません。

つまり・・・あなたも私の一部であり、私は皆様を内に含めた、総てなのであります。

 

そして、その・・・中の各々は・・・私の・・・クォリティと、性格・・・そして能力を分かち合われ・・・その為に、実は・・・なんでも可能にする力・・・をお持ちなのです。

 

ですから、本当は「神様・・・~してください・・・。~をお願いします・・・・。」などと手を合わせる必要はなく・・・あなたご自身が私と同じ能力をお持ちであるが故に・・・それは必要ないことなのです。

ご自身がそうと欲し・・・望むものは、じつは・・・顕現可能であるのです。

 

方法は・・・それでは・・・何か?

どうしたら・・・どういうことが・・・すべてが望むようになるのか・・・です。

 

実は・・・あなたは、もう既に望まれたことをおやりなのです。

望まれたことを憶えておられないだけです。

望まれて・・・体験し・・・学び・・・会得のプロセスであるのを忘れているが故に、本当の意味での体験にさせるがための忘却であるのです。

始めから答えを知って・・・問題を解いてもつまりません・・・。

初めからゲームの落ち着き先を知っていたら・・・ゲームの興奮は与えられないでしょう。

 

 

あなたは・・・私であり・・・一つ一つの単体として・・・やりたいことを一つ一つ、体験のためにそこにおられる・・・という訳なのです。

不完全を装い・・・何も出来ない赤子から、すべてを可能とするだけの能力を・・・会得するための・・・遊びをされているのです・・・。

 

おわかりになりませんか?

信じられませんか?

 

そうでしょう・・・始めからわかっていたら、ゲームは成り立ちません。

 

 

それでは、次に参りましょう。

それでは・・・それをしっかり踏まえて・・・、

 

次に・・・私として、もっと自覚し・・・もっと自由に・・・もっと能力を拡大し・・・もっと大きな・・・可能性と能力を手にして人生を歩みたい場合・・・どうしたら良いか・・・です。

つまり、

もっと私の一部としての特質を持って・・・旅をするにはどうしたら良いか・・・に入りましょう。

 

 

あなたは私です。

それを自覚することがまず第一。

そして、そのためには、私としての・・・特質を・・・合わせ持つのです。

 

私としての特質は何か?

 

それは・・・すべて対して、愛を持つ・・・それに尽きます。

 

私はすべてを愛し・・・すべてをこよなく・・・助けることに・・・喜びを見出しています。

その特質を少しでも・・・回復させ、それを持って生きることです。

 

それにより、あなたは私の能力を徐々に獲得し・・・

私の一部としての能力と才を取り戻せるのです。

 

「な~んだ・・・いつもおっしゃることと同じです・・・か」というお思いがあなたの中に・・・生じました。

でも・・・同じではないのです。

人を愛し・・・そしてすべてを許し・・・愛そのものになるべく・・・努めることと・・・私としての愛を取り戻すことは全く異なることなのです。

 

どう異なるか?

について述べましょう。

 

愛とはすべてです。

愛とは・・・すべてを創り出し・・・すべてを運行させ・・・終結させる原動力であります。

それは、抽象的なもの、概念でもなければ・・・絵にかいたような、実際に手に取って・・・使えないものでもありません。

そして、それは・・・全く・・・多くの・・・すべての事を包括する、素晴らしい・・・想像すら超えた・・・力を持つものです。

 

そして・・・それは・・・球のようにどの角度からでもアプローチできる・・・利用可能な力でもあります。

 

その力は・・・すべてに浸透し、すべてを貫く・・・根源的なものであるが故に・・・よく・・・ご理解が出来にくいのであります。

 

従って・・・この私の常に説く・・・愛と、あなたが・・・私に近づくことで・・・

利用可能な愛とは、全く異なるもので、

後者の愛は・・・能力・・・力・・・と置き換えてみると・・・少しお解りになるでしょう。

 

その能力や、力を持つためには・・・すべてに愛を感じ、それを力にすることで、あなたの可能性や・・・世界が格段と拡大されるのです。

 

お分りでしょうか?

 

お疲れのご様子・・・今回はこれまでと致しましょう。

 

 

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

169.私は一体・・・何者なのか・・・なんのために、あなたの所に現れ・・・あなたに代筆をお願いしているのか・について明らかに致しましょう

2016-10-22 18:12:45 | 自己啓発

 

こんにちは。ようこそいらっしゃいました。

今回はまた素晴らしい内容のメッセージです。是非、ごゆっくり、落ち着かれたときに、何度も繰り返しお読みいただきたい内容です。

点、点々(・・・)がなぜか多く、本当はほとんどがもっと長く、長短があります。伝えられた感じを残し、みんな3点に同じくして記しましたらこうなりました。少し読みづらいかもしれませんが、お許しください。

感謝と共に、次回もお出でいただけますよう願っております。

ありがとうございました。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

今日は久しぶりに私自身(注:イエスの父)についての言及といたしましょう。

私は・・・どこから来て・・・どこに行くのか・・・

そして・・・・私は一体・・・何者なのか・・・。

 

なんのために、あなたの所に現れ・・・あなたに代筆をお願いしているのか・・・

について明らかに致しましょう。

 

私はもうすでに何度もお伝えしたように・・・

皆さまの・・・称する・・・いわば全能の・・・創造主といわれる者であります。

 

しかし・・・私がここではっきりと・・・お伝えすべきは・・・

私が特別なものでは決してないということです。

 

私はどこにでも居る・・・ごくごく、当たり前の・・・

すべての人にとってなじみの深い・・・

誰もが知る・・・誰もが私の傍に来て・・・話しかけ・・・

お願い事ができる・・・ごくありふれた普通の存在であります。

 

 

そして、何度もお伝えしましたように・・・私はあなたであり、隣人であり・・・

あの友人でもあり・・・言ってみれば・・・・ホームレスであろうと・・・世界一の

お金持ちであろうと・・・

一様に、すべて、同様に・・・私にとっては同じ価値を持ち・・・

同じ存在としか映らないような・・・そんな立場の・・・存在であります。

 

あなたは私でもあります。

彼も・・・彼女も・・・あの人も・・・この人も・・・

みんな同じように・・・すべてが愛する存在であります。

 


何故か?

それは、私が皆様をお創りした・・・あるいは私から派生したものだからです。

私は元々のあなたであり・・・あなたは元々、私であったのです・・・。

 

そうです、あなたも神の一部でありました。

それをただ切り離したように・・・見かけ上・・・立場上・・・取り繕って・・・

そこで、そうしてペンを走らせているだけなのです。

 

そうです・・・。

何一つ怖れることもなければ、何一つ・・・怖れ迷ったり・・・

逆に・・・鼻を高くして、

私はあなたより・・・素晴らしいとも思う・・・必要もない・・・

すべてが、全ての者が同じく・・・価値ある・・・

そして、皆から・・・尊ばれるべき・・・一人一人なのであります。

 

それを是非、皆様にお伝えし、

そして・・・これからの毎日を如何にすごしていくか・・・をお考えいただきたく

あなたにお願いしております。

 

美しき・・・そこでの体験を愛あるものとするには・・・あなたご自身が・・・

愛を知り、愛とは・・・何か・・・

愛とは・・・どういうものかを知り、体験し・・・そして・・・

受け取り、与えることがとても大切なことなのです・・・。

 

愛とは・・・、

そして、愛されるとは・・・、

そして、愛すとは・・・を

しっかり体験してください。

 

そこからすべてが始まり・・・

そして・・・すべてが終息するのです。

 

あなたが・・・少し・・・「?」とおなりの時・・・私は・・・少しおかしくなります。


あなたがかつて・・・「私は行ってまいります・・・愛とは何かをもう少し・・・分かりたく…降りてまいります・・・」とおっしゃってそちらに行かれました・・・。


しっかり・・・そちらにおられる間に・・・

あなたの望まれた・・・学び・・・、

そして・・・するべきことを・・・

予定して・・・行かれた・・・すべての体験を・・・

しっかりされ・・・、そして・・・そのうち・・・

笑顔でこちらに還って来られなさい。

 

怖れることは何一つありません。

 

すべてが体験なのです・・・。

すべてが・・・あなたの望まれた・・・素晴らしいチャンスなのです。

 

しっかり・・・毎日を大切に・・・

味わい・・・感謝し・・・

そして、しっかり味わいなさい。

 

今日も、明日も・・・ず~っと、しっかり

愛とは何かを考え・・・

体得して来なさい。

 

私・・・の大切な息子や娘たち・・・

愛しています。

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

167.私は・・・皆さまの称する、創造主であり、神と、時には言われる存在ですが、あなたと別の所、次元、世界に住む・・・特別の存在ではありません

2016-09-19 14:26:04 | 自己啓発

 

こんにちは。今日もようこそお出でくださいました。ありがとうございます。

今回はこのメッセージの出所、メッセージを語る意識がご自身について語る内容であります。

大変、難しい内容ではありますが、どうぞ、ごゆっくり先入観から自由になられてお読みいただけますよう願っております。

今回もありがとうございました。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

それでは、今日もお伝えしましょう。

今日のトピックは私の・・・私のすべてについて、出来るところまでお伝えいたしましょう。

 

私は・・・皆さまの称する、創造主であり、神と、時には言われる存在です・・・

ではありますが、

私は・・・あなたと別の所、次元、世界に住む・・・特別の存在ではありません。

 

私はあなたの中にもいます。

 

隣の人の中にもおります。

 

私はどなたの中にも・・・存在する、実は・・・ごく・・・ありふれた・・・

どこにでも居る・・・

意識であり・・・

力であり・・・

あなたそのものでもあります。

 

「わからな~い・・・」とおっしゃるのも無理はありませんが・・・実はとてもシンプルでとても分かり易いことなのです。

一旦、これまでの神のコンセプトを横に置き、とりあえず、真っ白なお気持ちで私の申す説明をお聞きしてください。

 

実は・・・

神は・・・・どこにでも居る普通のもの、意識、存在・・・

感じられるものなので・・・どこかの遠い上の方に鎮座する・・・

立像や座像や何か・・・拝む対象のようなものでもありません。

 

私はあなただからです。

私はすべての存在の中で・・・手をつなぎ、肩を並べ・・・そしてご一緒に歩む存在です。

 

 

そうです。

ご一緒に一歩一歩・・・高みに向かって歩んでいる存在でもあります。

 

私はあなたと共に手をつなぎ、

肩を並べ、

手を取り合って喜んだり、

泣いたり、

わめいたりする存在でもあります。

 

私の中には泣き笑い、憎しみ・・・そして怒りも・・・かつてはありました・・・が、

それらのものは今は一切存在すらしませんし・・・

思ってもみないものであります。

 

つまり、こういった・・・意識はないけれど・・・他のあなたの中にある・・・迷いやためらい等は、かつての私がやはり抱いた特質ではありました。

 

しかし、私は幸いなことに・・・いつしか克服し、今は・・・とてもとても前向きな、愛に溢れた心となってきています。

 

それが、徐々に高みに昇り、いつしか、神の特質と言われるものの・・・愛、思いやり・・・そして・・・理解力というようなものに取って替わられました。

 

今は、そして純粋な愛・・・のみのものとなりました。

そうです、私もかつては・・・人の恨みやへつらい・・・憎しみ、怒りなどの感情も経て・・・

昇華され、今に至ったのを知っていただきたく・・・お願いして記していただいております。

 

従って、あなた様にも・・・

そして、お隣様にも、

私は・・・すべての人の中に存在する共通、共有の、皆をつなぐ愛となったのです。

 

おわかりでしょうか。

わたしは・・・すべてをつなぎ・・・すべてを愛する・・・存在であるのです。

 

そうです。

私はあなたの中にも確実の在るのです。

そして、私は・・・あなたを愛し・・・

隣人を愛し・・・

そしてすべてを愛するようになり、

今では、すべての・・・そうです、すべての存在をこよなく愛するようになったのです。

 

あなたも・・・神の一部です。

信じましょう。

そして願いましょう。いつかは私のようになる日が来るのを。

 

それでは、次に参りましょう。

あなたが神であるなら、すべてが可能ではないか・・・でも実際はそうではないことについて・・・ご説明しましょう。

 

あなたは、いわばゲームをやっている最中でもあります。

ゲームは進行中です。

すべての人が参加し・・・楽しみ、そこから学んでおられます。

そして、いつか、そのゲームを終わり・・・私の所に戻って来られるでしょう。

 

その時は・・・私と同じ・・・すべてを愛する者になっておられるでしょう。

 

それを私は待っています。

とても楽しみに・・・愛を込めて・・・声援を送り・・・サポートをいたします。

 

安心して進みなさい。

安心して・・・お行きなさい。

私がついています。

 

私の言葉を信じなさい。

いつか・・・それが正しかったのを知るでしょう。

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

166.病の苦しみは傷むためのものではなく、今後に必ずや役立つ情報として生き残り、あなたの財産となって消えることはありません

2016-09-08 14:53:18 | 自己啓発

こんにちは。今日もようこそお出でくださいました。ありがとうございます。

今回は、病についての言及です。

ほとんどの人は、生きていくうえのどこかの時点で大なり小なり病気になられると思います。
病気になった経験と、病気である人たちと対応する日常から、私たちはいろいろなことを学ぶことが出来ます。

私も、今でこそ、これからお読みいただく内容が真実だと信じられますが、若いころでしたら、果たして信じられたかどうか、自信がありません。

 

どうぞ、今日も先入観や常識からご自由になり、ごゆっくり内容をかみしめながらお読みいただけますように。これまでと異なるかもしれませんが、真実の見解に接することが出来ると思います。

また、日を変えて読み直すことで、以前には理解に苦しまれた内容が突然お分かりになったりもするかもしれません。

どうぞ、これらのメッセージが、あなた様が生きて行かれる上で何らかのプラスになれますよう願っております。

ありがとうございました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

今日は関心のおありになる病についての言及といたしましょう。

 

病は誰にとっても歓迎すべきことではないのは明らかですが、それでも・・・病は大きな役割、目的、そして学びをもたらすのを知っていただきたいのです。

病は・・・大切な学びのプロセスを提供してくれます。

学びはしたくない、しなくても良いとお思いでしょうが、それは飽くまでも顕在意識で思われていることにすぎません。病は・・・地上で最も体験したいことの一つであるのは以前にもお伝えしました。

病を通してのみ分かることも、どんなに多いか分かりません。病で伏せるということがもたらすもの・・・気持ち、状況・・・そしてそれによってもたらされる副次的な諸々の変化がどういうものかを知る・・・かけがえのないチャンスなのです。



しかし・・・いったん地上の生活に馴れ親しみ、埋没した折には・・・とにかく、病から脱することのみに専心し、そして、病がもたらすプラスの面には全く注意が向きません。

しかし、内面、つまり、心の深い部分では、あなたはしっかり会得すべきを得、そして学ぶべきは学んでおられるのが普通で、大変喜んでおられます。

 

 

しかし、それはさておき・・・あなたが皆様のためにお聞きになりたいのは、

病からの早めの脱出方法・・・
特にこれまでに分かっていないやり方が何かないか・・・というお心でしょう。

そうです、そういう観点から病を捉えると、また違った方法で病から遠ざかる方法も見えてきます。

 

 

すべてはエネルギーで出来ています・・・すべてはエネルギーという活動様式を持ち・・・それはすべての存在を貫く要素であることは既にご存知でしょう。

 

そのエネルギーはすべてを覆い、すべてを貫き、すべてに、ある種の循環を可能にさせています。

つまり、すべてはエネルギーで繋がれ・・・循環し・・・宇宙の・・・動き、運行の一部となっています。

 

その中で、動きの元となるエネルギーは、常に・・・生命の素・・・を供給しながら、要らなくなったものを回収し・・・それを廃棄すると同時に再利用可能エネルギーとして・・・また循環、利用するようなシステムになっています。

その一つの大きなシステムの中の・・・一要素、一構成要因が、あなたというエネルギーの小さな一つの単位とも言えます。

 

 

そのエネルギーは独自のテリトリーとシステムを持ち、それによって活動をしているわけです。

しかし、その活動の中ではいろいろなことが生じたり・・・没したり、また再度活発化したり、沈静化したり、と何らかの生命活動が続けられています。その中で何らかの不都合、支障、予期せぬ disorder が時には発生します。予期せぬばかりでなく、予期可能なもの、あるいは予期し、故意に創り出し、それによって大いなる進歩を可能にすることもあります。

その体験、経験によってもたらされるものがあるからに他なりません。

失って得るもの・・・があるのです。

 

器械も壊れてみて・・・その修理方法を考えるようなものです。多くの器械が何度も同じ故障を起こせば、修理方法もそれなりに開発されるでしょう。それと同じことです。

しかし・・・それは避けたい、そういう支障は体験する必要なし・・・とお考えになるのも、それは全くの自由です。すべてはその個の希望によって決められます。

 

さて・・・それでは、次に参りましょう。

 

 

病を発生した時には如何に対処すべきか・・・

如何にしたら、その期間とdisorder を軽く済ませ、学ぶべくは学び、会得すべきは会得し、素早く元の元気な状態に戻れるか、について述べましょう。

 

人は元々物質で成り立っています。

従って、すべては物質で対応するか?ですが、ご存知のように・・・物質を動かしているもの、物質の裏にある・・・その原動力、発生源・・・そして、その・・・源の力、エネルギー・・・があるのを見落としてはいけません・・・見落としがちなのはわかりますが、元来・・・私たちからの・・・素・・・・あるいは創造の種なしには・・・地上のもの、一つとして表出しえないのを是非ご承知おきください。

地は地のみで生きるにあらず・・・です。

 

地は天という・・・供給源があってこそ、今の形、様相として表出し、存在し、運行可能になり、その地表、地中・・・でどんなに多くの生命・・・創造・・・創出活動がなされているか・・・・

皆さまの想像に難いところかもしれません。

 

そうなのです。

皆様の思っておられるより、ある意味、広がりを持つ活動であり、そして・・・もっと深い・・・大きな意図を持っている活動なのです。

 

すべては天の運行の一部であり、規律を持った大きなハーモニー、大きな一つの美しい活動の一部をなしています。

 

さて・・・お話が少しそれました。

 

病のお話に戻りますが・・・
そういった背後にある大きな運行の一部として地球があり・・・
その活動圏内にもいろいろな現象が起こるように創られて、その中で、沢山の種類、クォリティの体験が可能になっています。

それらの多くの多種多様な体験を通して・・・私たち、個としてのエネルギーの一つ一つも発達、発育、進化を進めていくのです。

 

その中でプラスのものだけでなく、マイナス方法にも大きな可能性が与えられています。

マイナスだからこそ成しえること、体験が可能になること、学びや喜びが与えられることが多くあります・・・

忌み嫌うような、避けたい・・・体験を通してこそ出来る成長も必ずあるのです。

それでこそ、会得可能なことというものがあるのです。

そのために「病」という・・・範疇もあるのです。

 

 

そして、その中での体験が多くのもの、多くの成長、心と身体の謎、そして素晴らしい歓びさえ与えてくれるのです。

癒えることへの喜び、治ることへの回帰、それを通るプロセスでの心理的雑雑な体験等々・・・病でなければ成し得ない、与えられない結果や成果もあるのです。

 

そして今、あなたがお尋ねになっているのは、

その病をなるべく避けるにはどうしたら良いか・・・

その病を一刻も早く脱したりするのには如何なる方法があるか・・・

をお知りになりたいということですね。

 

そもそも・・・今、あなた様は身体の中におられます。

身体という容れものの中にしっかりお入りになり、その器の可動領域、可動範囲に限った生活を営むという体験の中におられます。

それ以外の活動は少なくとも普段の意識には上らないことになっています。

 

従って・・・その病は、その本質的役割なども・・・ある意味、目をつぶっておられるように、ほとんど見えていない状態におられる・・・のは・・・ご承知でしょう。

 

従って・・・

病が多くのものをもたらし・・・
素晴らしいものを会得できる手段なのです・・・

と申しても・・・本来の意味はお分かりにならないですが、それでも・・・それらをご説明し、理解し、ご承知したものとして・・・次の説明を致しましょう。

 

病は・・・避けることはできませんが、軽く・・・早期に解決することは可能です。

どうやってか? を申しましょう。

 

あなたは・・・ご存知のように地上に降りる際に、計画をしっかり前もって立てて来られます。

つまり、旅行計画のようなもので、旅先でやるべきことをしっかり考えて来られるわけです。

その中には、病を通して会得すべき体験、学び、習得目標がしっかり入っています。

そして、その会得方法も同様です。

 

 

病になり、如何にして克服していくか、それが大切なのです。

克服のプロセスで感じたことすべてがあなたの栄養となり、今後に生かされます。

病の中で苦しんだこと、

傷んだ想い、

苦しんだ気持ちがすべてあなたの得たものとして今後に必ずプラスとして生きていくのです・・・

 

病の苦しみは・・・苦しみ・・・傷むためのものではなく、

今後に必ずや役立つ情報として生き残り・・・

それはあなたの財産となって・・・消えることはありません。

 

病は病のみの目的でなく、それから得られる人の心への栄養があるが故にあるのを・・・

これでお分かりになられましたでしょうか?

 

これらの・・・栄養・・・体験が・・・では、どんな時に今後役に立つのか、どんな方法で、心の・・・成長や拡大の貢献するのか・・・は次回にいたしましょう。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

155.人間の間の愛、特別に選ばれた二人の人間の間に交う愛についてです

2016-06-16 15:03:35 | 自己啓発

こんにちは。ようこそいらっしゃいました。ありがとうございます。

今日のメッセージはまた違った観点からの男女についてです。

いろいろな書籍からも、自分自身の多くの人へ前世療法をさせていただいた経験からも、人は転生を繰り返し、男性になったり、女性になったりしているのだということを知りました。なんだか不思議な感じがいたします。

なぜ、そんなことをするのでしょうか?

生まれて、しばらくこの世で滞在し、他界する・・・そして、またしばらくして生まれ変わることを繰り返すのは何のためなのでしょう。

その答えがここに見つけられるかもしれません。

是非、今日もごゆっくりお読みいただけますように。なにかあなた様のお心への栄養となりますよう願っております。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

今日はまた素晴らしいことを書きましょう。

今日は・・・いつもの・・・二人の愛について申しましょう。

二人・・・つまり、人間の間の愛、特別に選ばれた二人の人間の間に交う愛についてです。

 

そうです、これは・・・主に・・・特に今は主に・・・という言葉を付け加え・・・詳細についてはまた別の機会に申しましょう。

男女間の愛について申しましょう。

 

あなたもご体験がおありのように、男性と女性というのは・・・主に見かけ上の違いであり、本質は何ら変わりなく、そこに内在・・・する・・・脈々と底に流れる愛は同質、同類のものです。

しかし、ご存じで、言うまでもなく、人間としての体験を積む上で男と女という二元性に則った外観上、又、肉体上の相違があることにより、種々多様な興味深い違いに基づいた体験が可能になります。

特に肉体上の相違による多様性は、多くの素晴らしい・・・体験を可能にしてくれます。

愛についてのアプローチの仕方、愛の感じ方、愛の認識の相違と現実への処し方・・・肉体の取り扱い法、感性等々、挙げればきりがありませんが、実はこれも皮一枚・・・と申しますか・・・肉体としての乗り物の違いだけで、中身としての魂の在り方としては同質なのは先に述べた通りです。

そうです。

愛についての学び、体験、進化等は・・・

同一、同質、同様のものを求めています。

従って・・・実は見かけ上の相違を一枚はぐと・・・そこには美しく輝く・・・愛への進化への道筋があるのです。

 

ですから・・・「あなたは男だ、私は女だ」という言葉の裏には・・・

実は次のようなことが言えるのです。

「あなたは男性の乗り物に乗って、時々エンジンを吹かして・・・暴走するけれど・・・本当は私もそうなのです。時折、感情を爆発させ・・・涙を流し・・・そして大声でわめきたくなるのです」・・・

表現法は異なりますが、エネルギーの発散・・・魂の・・・深い・・・深い輝きと喜びが・・・静かに・・・在るのはどちらも同じことなのです。

内なる魂はそんな自分を許し・・・体験を楽しみ・・・そこから何かを感じ、学び、また一歩前に出ているのです。

 

あなたは・・・実は・・・あなたが感じるあなた、とは大分異なるのです。

 

あなたは私であり・・・少なくとも私の一部としてそちらに居られます。

そうです、私として・・・私の一部としてそこに居られ、活動しています。

ですから、私と常に繋がり、私と共に考え、感じ、そして行動しています。

 

そこの中から、どんなに外面上汚濁したものが見えようと・・・底に流れる清流を目にすれば、私がしっかりあなたと共に生きているのが知れるでしょう。

そうです、私はあなたと共に常に行動してもいるのです。

 

さて、話題に戻りましょう。

 

男と女・・・それは見かけ上、皮のような表面を覆っているだけのものの違いであるのを説明いたしました。

 


そもそも、その違いを通して何を学ぶべきなのか、について述べましょう。

 

肉体を知る、身体を感じる・・・

身体と理性・・・

そして、神への回帰を・・・

それらの体験を通して為すためだと申したら、あなたはどうお感じでしょうか。

 

「ああ、やっぱりだ・・・」とお思いでしょうか。

「面倒なことを考えたものだ・・・」とお思いでしょうか。

「神様はいつもイロイロ考えるものだ・・・」とあきれられるでしょうか。

それとも、「さすが神様・・・」とお思いでしょうか。

 

冗談はさておいて

神様は考えました。

 

男はこれこれ、こういう特質を持ち、女はまた違った、相容れない別の特質を持ち、そこで愛し合う、ということをしながら、そこに発生する様々な音を聞きながら・・・

「生」というものを楽しみましょう・・・と考えたわけです。

 

そうなのです。

 

ですから、あなたは常に男女の差を感じながら・・・実は楽しんでおられるのです。

こう言えば・・・こう反応する・・・

イヤ、違った・・・

今度はこう言えば・・・ああ言うと予想したけれど・・・

違った反応だった等々、飽くことがありません。

 

 

肉体的反応にしても同様・・・常に奥があり・・・常に新しい発見と創造が待っています。

飽くことがありません。

 

それゆえに、あなたの人生は常に前にと進めるのです。停滞がありません。

 

そうですね、時にはイヤになって放棄したくなることもあるかもしれません。

しかし、それも・・・そのゲームの一部です。立ち止まったり、駆け足で過ぎ去ったり、風の中を立ち向かったり、木の陰でしのんだりと・・・ゲームは多種多様の装置、仕掛けを用意して・・・あなたを飽きさせることはありません。

 

そうですね、人生をゲームに譬えるのは失礼かもしれません。、

いやしくもあなたは真剣に、精一杯頑張っておられるのです。

 

しかし・・・しかし思い出してください。
あなたはいつかそこでの活動を終了し、戻って来られるのです。

「ああ・・・面白かった・・・また行ってみたい・・・今度はまた違った身体で・・・違った条件で・・・ゲームをやりに行かせてください」とあなたはきっとおっしゃるに違いありません。

 

そうして、あなたは愛の機微・・・愛の深さと広さ、そして多くの素晴らしい恩恵とその暖かさと心に染み入る・・・美しい感性を得るのです。

信じなさい・・・私の言葉を・・・

そして、毎日毎日・・・一瞬一瞬を・・・

美しさへ・・・進みゆくのです。

 

そして、愛の何たるかを味わいなさい。

そして、同胞を・・・あなたご自身と同様大切になさることです。

つまり、あなたは彼らと何一つ異なるものはないのです。

皆・・・多くの困難を乗り越えながら愛の何たるかを知り、学び、楽しみ、そして深めているのです。

 

愛し合いなさい。

 

そして、いつか私の所に戻って来なさい。

そして私に・・・その笑顔で・・・

戻ってきたご報告を告げるのを心待ちにしているのを・・・

ここでしっかりお伝えいたしましょう。

 

それでは今朝はこの位にしましょう。

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加