猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 21 説経毘沙門之本地②

2013年05月25日 17時04分34秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

毘沙門の本地 

さて、ここに摩耶国という国がありました。帝の名を青帝王と言います。青帝王はある時、

家臣を集めて、こう言いました。

「我は、十全の王となって、思うに任せぬことも無いが、百にも近い歳となり、どうしても

止めることができないのは、老いの道である。聞く所に依ると、蓬莱の故宮には、不死の薬

があると聞く。その薬を、是非試してみたい。」

すると、ある臣下が、進み出て、

「それ迄には、及びません。クル国には、玉体女(ぎょくたいじょ)という言う姫宮がおられます。

この姫君を、一目見るならば、八十、九十になる老人も、忽ち若返るということです。急い

で、勅使を立てられ、迎えられては如何でしょうか。」

と、奏聞したのでした。青帝王は、それを聞くと、早速に勅使を立てることにしたのでした。

勅使に命ぜられたのは、侃郎(かんろう)という兵士でした。急ぎに急いで、二年と三ヶ月。

侃郎は、クル国に到着しました。侃郎は、参内すると、青帝王の金札(きんさつ)をクル王

に差し出しました。クル王は、金札を見るなり、

「いやいや、只一人の娘ですから、差し上げるなどといこはできません。」

と、断りました。侃郎は、面目を失って、帰国すると、青帝王に結果を奏聞しました。これ

を聞いた青帝は、怒って、

「金札を贈ったにもかかわらず、その返礼も無く、違背するとは言語道断。急ぎ、軍兵を送

り、奪い取ってこい。」

と命じたのでした。そこで、侃郎が総大将となって、二十万騎の兵を集めることになったのでした。

摩耶国が攻めてくるという知らせは、クル国にも伝わりました。王様と、お后様は、どうし

たものかと、泣くばかりです。姫宮は、これを聞いて、

「かの摩耶国という国は、この国よりも大国で、文明も進んでいると聞きます。程なく、

押し寄せて参りましょう。父母様が、私を惜しむお気持ちは分かりますが、そうなったなら、

返って、恨みとなるでしょう。名残惜しいことではありますが、戦争にならぬ内に、早く私

を、摩耶国に送って下さい。決して、恨みになど思いませんから。」

と、涙ながらに言うのでした。王様もお后様も、思い惑って、言葉もありません。只、涙に

暮れておりますと、臣下の一人が進み出て、

「姫宮を送らなければ、摩耶国が攻め入ってくることは明らかです。どうか、姫君を摩耶国

へお送り下さい。」

と、進言すると、とうとう王様も諦めて、姫を摩耶国へ送ることにしました。付き従う

お供の卿相や、華やかに着飾った女官は数知れず、大行列で、姫君を送り出したのでした。

 さて、姫君の一行が進んで行くと、七日目に苔の生(場所不明)という所にやってきました。

都に比べ様も無い、鄙びた所です。葦の野原の八重葎は、宿覆い尽くすばかりです。月の

光が漏れてくるような寝床に、気は滅入るばかりです。あまりにも寂しいので、姫宮は、女

官達を集めて、管弦を奏でさせますが、古里の父母を恋しく思い出して、管弦の音色も耳に

入らない様子です。月が昇った空を、遙かに眺めて、心細くなるばかりです。姫宮は、

『旅寝の憂さは、変わるけれども、月は、いつもと変わらず、澄み渡って出てくるのですね。』

と、思いつつ、一首の歌を詠みました。

「旅の空 月も隈無く 出でぬれば いとど心は 澄み上がるかな」

そして、涙を流すのでした。女房達も共に、涙に暮れて、伏し沈んでおりますと、どうした

ことでしょう。突然、異香があたりに立ち込め、紫雲がひと叢棚引いたかと思うと、二十歳

程の若者が、颯爽と現れ、姫君の旅宿に舞い降りて来たのでした。その若者は、

「如何に、姫宮。聞いて下さい。私は、ここより西の維縵国(ゆいまんこく)の王子、金色

太子(こんじきたいし)と言う者です。私の父の大王は、齢百歳。母の后は、九十三歳の老

人です。風の噂に、姫君の事を聞き、ここまで迎えに参りました。どうか、急いで維縵国

へお越し下さい。」

と、言うのでした。これを聞いた姫君は、

「私は、これより、南の国、摩耶国へ送られて行くのです。もし、あなたの国に行ったなら、

摩耶国は、我が国へ攻め込んで、戦争になってしまいます。ですから、あなたの国へ行くこ

はできません。お許し下さい。」

と言いました。金色太子は、これを聞いて、

「そういうことなら、私が、摩耶国へ行って、その軍勢を押し留め、その後、改めてお迎え

に参りましょう。姫は、恋しい父母の居る故郷へお帰りなさい。さて、例え戦に敗れて、

死んだとしても、今宵、新枕を並べることができるならば、露の命も惜しみません。姫宮。

如何に。」

と、口説くのでした。言われた姫も、まんざらでもなく、ぽっと紅くなって、

「賤が宿にて、お恥ずかしい次第ですが、こちらへどうぞ。」

と、寝殿に入られたのでした。そして、翠帳紅閨(すいちょうこうけい)の枕を並べて、

妹背の仲の契を交わしたのでした。兎にも角にも、この人々の心の内は、嬉しいとも何とも

申し様もありません。

つづく

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