明日香の細い道を尋ねて

生きて行くと言うことは考える事である。何をして何を食べて何に笑い何を求めるか、全ては考える事から始まるのだ。

読書の勧め(13)中国思想と宗教奔流−宋朝・・・小島毅(講談社学術文庫)

2024-02-19 13:38:00 | 芸術・読書・外国語

ようやく私の中国への旅が始まった。この宋朝史を扱った本を選ぶ決め手となったのは、最初の「はじめに」をチラッと読んでその文章が気に入ったからである。著者はボストン美術館で宋朝の陶磁器を見た時の静かな興奮を「人類が持つことが出来た最も美しい器物である」というある人の言葉を引用してその感動を表した(引用元の名前は忘れた)。如何にもこれから宋朝の歴史を学ぼうとする人間にとってワクワクするような書きぶりではないか。すなわち日本人の「侘び寂び」という独自の感覚は、全ての装飾を剥ぎ取って極限まで物の形を追求した宋代の美的感覚に原点があるのではないか?、というのが著者の考えである(とにかく日本の精神文化は宋朝が元らしい)。

そして、人々は宋という時代に何に悩み何を考えていたのか、またその結果がここ数百年の日本文化にどのような影響を齎して来たのか、それが多少は分かるようになってくるとも言っている。これらの言葉がいちいち私の心にグサグサと刺さった。まさに私が望んでいる内容そのものである。本屋で立ち読みした段階でこれは期待できそうだと確信した。私は本は、普段はサブスクの Amazon 読み放題を利用していて、殆ど電子書籍にしているのだが今回は本屋で文庫本を買う事にした。1300Eと高額である。

家に帰って早速読み進めると、唐の滅亡と五代十国の興亡から趙匡胤の建国まで、まあお決まりの「軍閥乱立」の歴史が語られている。これら血湧き肉踊る活劇は別途三国志演義や水滸伝で楽しむとして、私の興味は宋朝における科学や文化、所謂「文明」が発展・開花した経緯にある。唐の時代からあった科挙を整備拡張し、中国全土から広く才能ある者を登用して「華やかな文治主義国家」を築き、日本の文化にも多大な影響を与えた宋朝。その中国文化の精華を日宋貿易という形で輸入し、独自の文化に培養育成した日本。それを学ぶため、これから10年掛けて中国大陸に軸足を移してその文化の源流を探って行こう、というのが私の目標である(勿論最後はまた古代倭国の歴史に戻って来るつもりだが、さて戻って来る時間が残っているかどうか)。

ちなみに中身をちょっと書き出してみると、例えば中国三大発明の一つの印刷術だが、西洋ではアルファベット26文字で版を組めば良かったのに対し、東洋では何万種類もの漢字を組み合わせることが必要となる活版印刷よりも、「一回性の版木摺り印刷」が広まった、などの「ちょっとした知識」を得られるのが楽しい。その結果、西洋と違って「文字より挿絵・図版を得意とした」、なんて雑学が身につくのも魅力の一つである。

宋朝はもともと大唐帝国の後継者として建国した漢民族の統一王朝である。漢・唐と違って文治主義の国家を標榜したが、その殆どの期間は北方異民族の侵略に悩まされた敗北の歴史である。だが300年の治世の後半は、南方に都を移して文化爛熟の世を現出・謳歌した。その最後は英雄チンギス・ハーンの興した「元」に滅ぼされるが、それでもなお中国の「庶民文化が花開いた王朝」として私が今最も注目している時代である。

その他、日本へ喫茶の習慣を伝えたのが禅宗だったり、叙景歌や庭園の輸入など、今では日本文化の特徴となっている「わびさび」の原型が、実は殆どが「元はと言えば中国宋朝に在り」という流れが見えて来る。それに加えて芸術作品を見る場合には、今までの「誰が作ったか」の他にその作品が「いつ、どのような状況下で作られたか?」といった制作過程が鑑賞のポイントになるなど、鑑賞方法の変化も齎した点は見逃せない。

ちなみに、自分用の庭園を作った走りは唐の白居易だそうである。宋朝では洛陽で盛んになり、新法党が首都開封を中心に政治を行っている時、政権中枢からあぶれた「旧法党の溜り場」となっていたらしい。その他にも石組・盆石・硯など、自分の家に「自然」を作って楽しんだりして、日本の枯山水庭園などは「ここから発展した」と言われている。宋代の人はこれら卓上の自然の中に「宇宙があり神が宿って」いると考えたようだ。これを発展させたのが日本の「盆栽」である。他にも「書と画の合体」など、人間の心性を表すに「目で見る絵」と同じ画面に「書による詩」を書き加えて両方のコラボレーションで鑑賞したらしい。これなどは単に発音記号を連ねたような西洋文字では思い付かない様式ではないだろうか。

宋朝はまた民間芸能の発展でも目覚ましいものがあり、小説や芝居といった大衆文化が大流行した。日本の大岡政談も元は宋朝の芝居じゃないか?との説もあるくらい各種の芸能が持て囃されていたようである。多国籍民族国家の唐に比べて漢民族中心の宋朝とくに南宋文化は、鎖国による独自文化を築いた江戸時代と相通ずるものがあったかも知れないと思った。

読了して感じた事といえば、ますます中国文化を知りたくなったことであろうか。そこでさらに王安石とか朱熹とか宋代の政治理念を勉強するためには、先ず「基本から」ということで「論語」など読んでみようか、と考えています。

追記:その他に読んでて面白かった点を少し・・・

1、登場人物
中国の歴史を勉強するに当たっては、とにかく人名がやたらに出てくるので大変だ。対策としては「これは!」と思った人だけ覚えて他は無視することにした。必要ならまたすぐに出てくる筈だから放っておいてもいいかな?と思う。

2、五行思想
土金水木火などの順番は色々な説があって難しいが、とにかく天命はこの五行の順に変わるという説だ。日本で言えば源平交互説みたいなもの。要するに地上の出来事は「天の運行」とリンクしている、という考えが根底にあるようである。こういう「自然観」は東洋に限った話ではないが、平安時代には日本でも政治を左右する程に大流行したというから影響力は相当あった考のではないか。五行思想は実際は複雑な理論のようだが、簡単に言えば「五行をそれぞれ色で表したもの」と考えて良いんじゃないかな、と思う(間違ったらごめんなさい)。

3、宗代における宗教の位置
宗教という言葉については、元々は「宗族の教え」の意味だという(西洋の感覚で思想とか宗教を語ると、間違うらしい)。宋代には三教=儒教・道教・仏教が主要な教えで、宗教とは「個人の安心立命」を求めるものではなく(処世術や生き方を教えるのではない)、王が政治を行う時の「まつりごとの教典」と考えられていたそうだ。つまり、教による「鎮護国家」である。何だか聖武天皇を思い出すが、この辺りにも中国文化が日本に与えた影響の甚大さに感心しきりである。

4、経世済民の対立
王安石の新法が及ぼした旧法党との政争は、私が宋朝の最も注目している部分である。そもそも王安石は素晴らしい政策で社会を変革しようとして「斬新アイディアによる新法」を矢継ぎ早に繰り出した傑出した政治家であった。今の時点で私が思うに、「最も尊敬する中国人の一人」と言ってもいい人物である(ちょっと早計か)。後年の「朱子学」の隆盛と合わせて、これからもっともっと研究していくべき重要な課題であるのは当然だろう(陽明学はまた別)。中国は奥が深い。しかし王安石の伝記などを探すとちゃんとしたものは中国語の本ばかりで、日本人の書いたものが殆ど無いのが現状である。もっと注目をされても良いと思うのだが人気無いねぇ。

5、庶民の姿
例えば漢や唐の時代は6千万人だった人口は、宋代になると1億を超えていたという。江戸の総人口が3千万人位だから、土地が広いとは言え末恐ろしい数である(それが今じゃ15億と言うんだからもうお手上げ?)。日本では江戸時代以前の庶民の暮しは余り伝わってこないが、中国でも宋代以前は似たようなものだった。しかし統一王朝ができる度に「経済政策」が問題となるように、宋朝でも喫緊の課題として「農民と税」は政治の根幹の問題と認識され議論の的になっていた、等など。

とにかく中国は歴史が長大で、都市名やら人物やらチンプンカンプンの初心者にとっては大変に敷居が高い。日本史なら戦国ブームもあって大体のイメージはつかめているし、西洋だってある程度の「ザックリした変遷」は頭に入っている。ところが日本にとって「何から何まで」最も影響があった中国について、実は戦後教育の「西洋一辺倒主義の悪弊」に見捨てられて、何も「分かっていない」のが現実なのだ。遅れてるねぇ。

・・・・・・・・

実は昨日、柏モディのジュンク堂書店で「論語」を買ってきた。1070円+税で400頁もあるから、読み切るまで一ヶ月はかかる分量である。何だか最近文庫本も千円、二千円が当たり前になって来た気がするなぁ。とにかく今年は中国に全集中、何故か猛然と「読書意欲」が湧いてきたぜい!



最新の画像もっと見る

コメントを投稿