先日スティービー・ワンダーについての文章を書きましたが、私は長い間持っていた彼の“Talking Book”がなかなか馴染めませんでした。それより前にラジオで彼の昔の代表曲を聴いて素晴らしいと思い、それでCDを買ったのですが、なんだか楽しめないのです。素晴らしい曲がたくさん入っているはずなのに。
なのですが、最近借りた“Songs in the Key of Life”を聴いて感動して、もう一度“Talking Book”を聴きました。
そのときに、ずっと楽しめなかった2曲目の‘Maybe Your Baby’を飛ばして聴いてみました。すると、あれだけ楽しめず馴染めなかった“Talking Book”が、とても感動して聴こえたのです。
たった一曲馴染めない曲があるだけで、それでなんだかアルバム全体を通して聴いても楽しめていなかったのです。
不思議なもんです。
そこで、これも名盤と言われながらイマイチいいと思わなかったスライ&ザ・ファミリー・ストーンの“Stand”を取り出してみました。これも何度聴いても楽しめなかったCDです。
ところが、これもずっと聴いていて耳障りだった2曲目の‘Don't Call Me Nigger, Whitey’と7曲目の‘Sex Machine’を外して聴いてみると、感動のファンク・アルバムだったことに初めて気づきました。
どんなに素晴らしい天才でも、というより天才だからこそ、自分の才能に溺れて、オナニーのような自己陶酔的な曲を作ってしまうものなのかもしれない。
あるいは、どんなに自分の波長と合うアーティストでも、まったく感覚の合わない曲を作っているものなのかもしれない。
いずれにせよ、自分にとって耳障りで聴いていて疲れるなと思う曲を飛ばしただけで、そのCDとアーティストへの印象ががらっと変わるから不思議です。
スライを聴いていると、プリンスは本当にスライのことを尊敬しているんだなということが分かります。プリンスのやってきたことというのは、要するにスライのコピー、あるいは発展系だったんだなと分かります。
音楽の楽しみ方を増やす方法を見つけた感じがします。世界には素晴らしい音楽が溢れているのだから、何もしない時間というのはなさそうです。
涼風
なのですが、最近借りた“Songs in the Key of Life”を聴いて感動して、もう一度“Talking Book”を聴きました。
そのときに、ずっと楽しめなかった2曲目の‘Maybe Your Baby’を飛ばして聴いてみました。すると、あれだけ楽しめず馴染めなかった“Talking Book”が、とても感動して聴こえたのです。
たった一曲馴染めない曲があるだけで、それでなんだかアルバム全体を通して聴いても楽しめていなかったのです。
不思議なもんです。
そこで、これも名盤と言われながらイマイチいいと思わなかったスライ&ザ・ファミリー・ストーンの“Stand”を取り出してみました。これも何度聴いても楽しめなかったCDです。
ところが、これもずっと聴いていて耳障りだった2曲目の‘Don't Call Me Nigger, Whitey’と7曲目の‘Sex Machine’を外して聴いてみると、感動のファンク・アルバムだったことに初めて気づきました。
どんなに素晴らしい天才でも、というより天才だからこそ、自分の才能に溺れて、オナニーのような自己陶酔的な曲を作ってしまうものなのかもしれない。
あるいは、どんなに自分の波長と合うアーティストでも、まったく感覚の合わない曲を作っているものなのかもしれない。
いずれにせよ、自分にとって耳障りで聴いていて疲れるなと思う曲を飛ばしただけで、そのCDとアーティストへの印象ががらっと変わるから不思議です。
スライを聴いていると、プリンスは本当にスライのことを尊敬しているんだなということが分かります。プリンスのやってきたことというのは、要するにスライのコピー、あるいは発展系だったんだなと分かります。
音楽の楽しみ方を増やす方法を見つけた感じがします。世界には素晴らしい音楽が溢れているのだから、何もしない時間というのはなさそうです。
涼風
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