joy - a day of my life -

日々の体験や思ったことを綴ります(by 涼風)。

身におぼえのある映像 『キル・ビル Vol.1』

2005年01月16日 | 映画・ドラマ
下のブックマークの欄に、「クリックで救える命がある」「あしたのもとクリック募金」のページをリンクしました。クリックすることで企業に社会貢献活動への募金を行ってもらえるサイトです。

企業イメージのアップのためにこういう活動がペイするのであれば、大企業に限定されるかもしれないけど、もっと増えるかもしれませんね。

以前から僕はクリックしていたけど、続けているとちょっと退屈にもなります。「せっかくクリックしてもたった1円なのか」って。この退屈感を乗り越えるor受け入れることが大切なんでしょうね。貢献活動は、自分に一時的な刺激を与えるためにするのではないのですから。



おとつい、ビデオで『キル・ビル Vol.1』を観ました。わたしはこの映画をスクリーンでも観たので2回目です。


劇場で見たとき、あまりの残虐シーンの多さにわたしはショックを受けました。刀などで敵の体を切り刻む描写をリアルに描く惨殺シーンが延々と続くからです。そのショックは一晩たっても消えませんでした。

でも今回ビデオで観ると、それらは全然残虐には見えませんでした。

まず、スクリーンで見たショックが大きかったので、ビデオで観るとその衝撃が半減したし、どういうシーンがあるかわかっていたので、心の準備ができていたのでしょう。

それに、よく観ると、それらのシーンは残虐でも何でもないからです。なぜなら、この映画は非現実的でもなんでもなく、わたし(たち)が心の中でしていることをそのまま映像にしただけなのです。その点では、人間の心理を的確に描写した映画です。

この映画は、結婚式に夫とお腹の子どもを殺された花嫁の復讐劇です。それは、ふだんわたしたちが心の中でしている復讐とまったく同じものです。

彼女は夫と子どもを殺されたので復讐します。しかしわたしたちは、他人に「気に障る」ことを言われただけで、心の中で他人を惨殺し、あるいは実際に第三者に相手の悪口を吹聴し、ついにはその相手に反撃する(例えば、皮肉、嘲笑、無視、等々)ことで本当に復讐したりします。その復讐は、何ヵ月後か、あるいは何年後かに行なったりもします。それほど長いあいだわたしたちは恨みを抱えて、目を睨ませながら生きています。

それを考えると、この映画は残虐でもなんでもない。むしろ監督のタランティーは、ふだんわたしたちが想像や現実の世界で行なっていることを、ユーモアたっぷりに描いているだけなのです。


たしかに心臓の弱い人には薦められない映画ですが、わたしはビデオで観て、ちょっと物足りないぐらいに思いました。

この映画の残虐シーンは、直接的に刀やナイフで敵を刺すところにあります。それも痛いけど、そこにはカタルシスはあっても、本当の人間の心理の残虐さの核心をついているとはまだ言えません。

むしろ同じ監督の『キル・ビル Vol.2』の方が、相手を恐怖に陥れて攻撃するという点では、残酷な映画かもしれません。


涼風



最新の画像もっと見る

post a comment