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日々の体験や思ったことを綴ります(by 涼風)。

『成長する都市 衰退する都市』

2005年12月05日 | Book
『成長する都市 衰退する都市』(1983)という本を読みました。著者は日本開発銀行で働いていた佐貫利雄さん。田中角栄政権時に「国土総合開発計画」の策定にも携わっていた人です。

この本のことは、1990年ごろに吉本隆明さんが絶賛していて知り、頭の片隅に残っていました。それが最近の吉本さんの『「ならずもの国家」異論』(2004)でも相変わらず取り上げられていて、それほど彼が絶賛する理由は何だろう?と思わされました。

読んでみると、この佐貫さんは1983年の時点でその後の日本経済の展開をかなり正確に予測していたことが窺えます。彼が他の経済学者より飛び抜けて洞察力があるのか、あるいは経済学者の一般的な水準と佐貫さんが同じなのか私には分かりません。ただこの本は20年経った今でも読み応えのある本です。もしこの本の水準が日本の経済学者の当時の一般的な水準であれば、日本の経済学者は20年前から現在の経済の動きを予測していたのだと思います。

まずこの本が着目するのは、交通手段の発達が都市経済の発展と盛衰に与える影響。戦後の日本の各都市の発展推移を眺めながら、それが新幹線と航空の発達に左右されてきたことを指摘します。

この距離の短縮により、日本各地に工場の建設が可能になり、とりわけハイテク工場の誘致によって発達する都市が出てきました。

距離の短縮は「地方」に対していい面とよくない面をもたらします。いい面とは上記のように大企業の工場を誘致できること。それにより波及効果で地場産業も活性化させ仕事が生まれます。

よくない面とは管理機能が東京に一極集中すること。距離の短縮は、各地方に管理機能を派遣する必要性を大企業から失くしました。距離が短い以上は管理機能は東京に置き、末端の社員だけを配置することで事足りるようになります。

元々地方には管理機能はおかれてきませんでしたが、距離の短縮はその動きを加速させました。さらにそれは、地方だけでなく、名古屋のような「大都市」からも管理機能を引き上げさせる結果になります。たしかに地場産業は存在するのですが、大企業の拠点としての役割は名古屋からは消えて行きます。こうして東京への一極集中が進みました。

インターネットが本格的に出現する以前のこの本の分析と現在の状況とはどこが違うでしょうか?

既存の大企業の東京への管理機能の集中という面は、この本が分析する通りになっています。

ただインターネットの発展により地方から全国展開する中小企業は佐貫さんの予測以上に増えているかもしれません。つまり管理機能・拠点性が地方に乱立する状況です。

佐貫さんもインターネットの可能性は分析に入れていますが、この本ではそれが管理機能・拠点性の分布に与える影響について詳しく述べていません。

ただ地方からネットで販売するといっても、扱う商品は既存の大企業が作ったものである家電業界の例だったりします。製造企画の段階から地方で行う商品がインターネットでどれだけ増えたかは分かりません。

いずれにせよ、たとえネットで商売を展開するにしても、それを運ぶには鉄道・航空の力を借りる必要があります。佐貫さんは、地方が発展するには、その交通網に上手く自分達の都市を組み入れる必要性を強調しています。

例え空港を建設しても、空港から地方の中枢まで距離が長いとその空港を使うメリットはありません。要はその地方の機能にどれだけ速くアクセスできるかが重要なのですから、その地の中枢と交通網がスムーズにつながる必要があります。

このことから見れば、関西国際空港が投資に見合う成功だったかどうかは分からないですね。大阪の中心までおそらく電車で1時間15分ほどかかります。伊丹から大阪駅までは30分です。

ついでに佐貫さんは神戸の発展には空港の不可欠性も述べています。関西では管理・拠点機能が大阪に集中しているのですが、神戸も拠点性を持つには全国にアクセスするための空港が欠かせない、と。

こうした指摘は佐貫さんが政府の経済政策に携わった立場から出てきたのでしょうか?当時すでに関空は工事が行われていたのですが、にもかかわらず神戸空港の必要性を述べています。

実は神戸市には140万ほどの人口がいるし、西ノ宮などの周辺都市の人口を合わせるとかなり多くの利用者を見込めるのは事実です。おそらく関空よりはアクセスは容易になるでしょうから発展の可能性もあります。

ただ国際便は発着しないこと、関空と距離的に極めて近いので発着便の数が限定される可能性があることを考えると、佐貫さんの予測が正しいのかどうか分かりません。

しかし神戸から日本全国に移動するにしても新幹線か、乗り継ぎの多い伊丹空港を使う不便があったことを考えると、たしかに神戸空港ができることで日本全国の企業が神戸に支店・工場を置く可能性もあるし、神戸の企業が全国にアクセスすることも要になります。大阪の通勤圏でもある神戸ですが、神戸発のベンチャーが発展する可能性も神戸空港により深まります。


インターネットの発展は長距離交通と経済の結びつきを加速させたのでしょうね。それはハイテク産業特有の製品形態とも結びついています。2002年に出した本で岩井克人さんは次のように述べています。

現在の大企業の特徴は、言うまでもなく、世界各地に生産・販売拠点をもつころができる点にあります。このネットワークの拡がりが、商品に独自の質(=差異)を付加するのに役立ちます。岩井さんは有名なパソコン・メーカーのデル社の例をとって次のように説明します。

「「デル・モデル」とよばれるサプライ・チェーン・マネージメント(SCM)方式とは、デスクトップ型のパソコンの場合でしたら、本体の生産は自社工場が受け持ち、ディスプレイなどの周辺機器の生産は全世界に散らばる三〇程度の部品メーカーが請け負い、インターネットを通じて顧客から製品とその仕様にかんする注文を受けとると、指定された仕様に対応したパソコン本体と周辺機器とを顧客と距離的に近い物流拠点にただちに空輸して、その場で組み合わせ、梱包し、発送するという方式です。これによって、一方で、顧客の好みに応じた多様な製品を提供できるとともに、他方で、製品在庫の水準を基本的にゼロにまで下げることができたのです」(『会社はこれからどうなるのか』240頁)。

岩井さんによれば、このように各部品を柔軟に組み合わせて顧客の趣味に対応すること自体は、他社も模倣できます。しかしデル社が他より抜きん出たのは、その物流ネットワークをできるだけ拡げ、製品の注文から受け取りまでの期間をさらに短縮したところにありました。それによって販売量が拡大し、さらに値下げを実行することができました。

現在のハイテク製品の特徴は、様々なメーカーの部品が組み合わせやすいように「モジュール化」しているところにあります。それにより各地で作られている部品を組み合わせて製品を作りますが、それには広範囲な物流展開が不可欠です。上記の引用はそのことを示しています。

このように主要産業の製品の特徴自体が、交通網の発展を要求しているのが今の産業の状況です。佐貫さんはその状況を80年ごろにすでに見抜いていました。佐貫さんは次のような例を挙げています。

1. アメリカのLSI専業メーカーのナショナル・セミコンダクター社はサンタクララ市(カリフォルニア州サンフランシスコの南50~100km圏)に本社がある。この地域はシリコン・バレーといわれている地域であるが、ここで新製品開発の研究が行われてアイデアが完成し、開発企画案を役員会に付議し、決済が得られる。

2. 技術者がその企画に基づいた開発計画を持ってイスラエルのテルアビブ空港へ飛び、そこでイスラエルの優秀な技術者集団に、短期間で、かつ正確・安価な報酬で質の高いマイクロ・プロセッサーの設計図の作成を依頼する。

3. イスラエルの技術者グループは設計図が完成すると、テルアビブ空港からアメリカのシリコン・バレーのサンタクララ市に向けてフォトグラフィック・ネガティブ・マスクの設計図を持ってゆく。

4. ナショナル・セミコンダクター社の技術陣に説明・質疑応答・議論が展開され、これでよしということになると、イスラエルの技術者には代金を支払い、当社の技術・企画部員が社長の決裁を仰いで、設計図と製造指図書を持って小型空港機(日本でいうと三菱重工のMU-300クラスのもの)に乗ってソルトレーク市にある当社の工場へ行く。そこで、技術集約的であって、かつ資本集約的な生産工程の前半部分である拡散工程でチップを製造する。

5. そのチップを梱包して航空機でシンガポールの海岸埋め立て地の新空港へ空輸し、良質・廉価なシンガポーリアンにマイクロ・プロセッサーの組み立て加工という労働集約型の生産工程の後半部分を担当させる。

6. ここで組み立てられたマイクロ・プロセッサーをシンガポール新空港から再びアメリカのサンラクララへ空輸する。

7. 空輸されたマイクロ・プロセッサーをナショナル・セミコンダクター社の本社で厳密かつ高度な検査を行い、合格した製品(マイクロ・プロセッサー)を梱包して西ドイツのジーメンス社へ送る。ジーメンス社はこれを使ってコンピュータを組み立て、そのコンピュータを世界各国へ航空機で輸出している。

 「まさに“フライト・インダストリー時代”が到来しつつあるといえる」(299頁)。

このようなハイテク産業の発展と物流の展開との密接な結びつきを佐貫さんは分かっていたのでしょう。彼には1990年代からの経済の主要現象は驚きでも何でもなかったのだと思います。

この500頁もある大著は、交通網の展開と日本全国の各都市の盛衰との関係を戦後史に絞って丁寧に追跡しています。その中では、第1次から3次産業への展開に都市がどう対応するかも貴重な論点になっています。

当然佐貫さんは、ハイテク産業とともサーヴィス産業が主流になると述べています。その中で高度な専門職をもつ者が生き残りやすくなるという現在の経済の特徴も予測しています。そういう状況ではどれだけ高度な専門的で勝ち有る情報にアクセスできるかが盛衰を決めることも指摘されています。

ただ、そうした中で地方が生き残るにはどうすればいいかは論じられていません。本人は言いませんが、やはり東京の独り勝ちを佐貫さんは予測していたのではないかと思います。特殊な情報へのアクセスという点でも、市民が学習する機会の多さを見て、東京の圧倒的優位性は明らかだからです。

東京の都市機能をどうすれば円滑にできるかは論じられています。しかし、管理機能・拠点性(商品と情報の発信)をどうすれば地方に移せるかはそれほど検討されていません(それがいいか悪いかは別として)。

そこが少し気になりました。

いずれにしても、日本経済について実に様々な問題を扱った刺激的な本です。いつもながらそういう本の単純な議論しか紹介できないのがもどかしく思います。

涼風

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