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日々の体験や思ったことを綴ります(by 涼風)。

『エトワール』

2006年05月03日 | バレエ
2002年に日本で公開された『エトワール』という映画を観ました。パリのオペラ座という伝統あるバレエ団に3ヶ月間密着して、バレエ・ダンサーたちが普段想っていることをインタビュー形式で取材したもの。その合間に練習風景や公演中の舞台裏を撮った映像が流されます。

題名の「エトワール」とは、ダンサーの中で最高峰の階級を表わすもの。横綱みたいなものです。バレエ団のダンサーは、それぞれの能力別に下から「カドリーユ」「コリフェ」「スジェ」「プルミエ・ダンスール(女性はプルミエール・ダンスーズ)」と分けられます。これらの階級は定期的な昇級試験で振り分けられるのですが、「エトワール」だけはバレエ団総裁からの任命で選ばれます。このあたりも、相撲界の横綱に似ているのかもしれません。

階級の最高峰を表わす「エトワール」が題名に持ってきたのは、この映画が必ずしもバレエ団の主役であるエトワールの華麗な演技を見せるためではなく、むしろバレエダンサーを区分する階級システムと、その階層の中でつねに周りと競争しなければならないダンサーたちの孤独にこそこの映画の焦点があるからです。

エトワールやプルミエ・ダンスール(女性はプルミエール・ダンスーズ)たちの発言は、どちらかと言うと、自分にとってのバレエとは何か?どうすればレベルを維持できるのか?バレエ団を代表する地位にある自分達の責任というものへの考えを表現しています。とても高度な内容の悩みですね。自分の才能を輝かせ一定の地位をおさめた人たちが、それでも最高の芸術を追求するときに直面する悩みみたいなものです。

それに対して「カドリーユ」「コリフェ」といった“下層”のダンサーたちが吐露する内面や表情は、とても寂しいもの。バレエは好きだけれど、競争社会の中で勝ち抜いていない自分へのふがいなさとひがみ・諦めといったものが漂ってきます。

彼女(彼)たちは舞台に立てても群舞(コールド)止まりで、代役にも回されます。

舞台から外された女性ダンサーは「こんなの慣れてるわ」と寂しくつぶやきカメラから消えていきます。舞台に立てることになった男性ダンサーは「舞台に立てるんだ」と喜びます。代役のダンサーたちはいつでも舞台に立てるように練習をし、ノートの舞台の構成をメモします。

個人的には、この「カドリーユ」「コリフェ」たちをとらえた場面の方が興味深かったです。パリのオペラ座という世界一流のバレエ団にいるだけでも、おそらく彼らはプロのバレエダンサーの中でもトップ・レベルにあるのでしょう(映画では、正規の団員ではないダンサーが“契約”でバレエ団に所属していますが、それも契約が更新される保証はありません)。

にもかかわらず、階級システムのなかで下層に位置づけられている彼らが見せるひがみと寂しさが入り混じった表情は、私達一般人ととても似通っています。どれほど素晴らしい技能をもっていても、自分より上の者とつねに比較される環境の中にいることで、そのことが彼らの内面の陰をあぶり出し、弱い部分を白日の下に曝していきます。

バレエ団の総裁(元エトワール)は、「ここには弱者がいる場所がないの」と平然と(そう見える)つぶやきます。

パリのオペラ座は付属の学校を持ち、8学年(10学年だったかも)で150人の学生を抱えています。つまり1学年で平均15-20人程度。それも昇格試験で学校に残れるかどうか分からないみたい。少数精鋭の厳しい世界。26歳でエトワールになったダンサーが、「子供にはつらすぎる世界」「本当には他のダンサーと深く関わりあうことはない」と、バレエ団がいかに孤独な世界かを指摘します。

それだけ厳しい世界を勝ち抜いてオペラ座の団員になれても、「カドリーユ」「コリフェ」どまりになることもあるのでしょう。

エトワールでない女性ダンサーが妊娠したことを嬉しげに語り、「エトワールになるという夢は果たせなかったけど、母親になるという夢を実現した」と喜んで語るとき、どうしてもそこに一抹の寂しさも読み取ってしまいます。

エトワールですらバレエ団の生活を「練習・稽古・舞台の繰り返しで普通の世界じゃないわ。これで人生いいのかしら」とつぶやきます。

ましてや下層にいるダンサーたちは厳しい練習と節制を強いられ、にもかかわらずスポットライトの当らない場所に何十年もいなければなりません(女性は40歳、男性は45歳が定年。その後は年金が支給される)。

そうした場所で、どうやって自分の内面と向き合い続けなければならないのか、想像を絶する世界です。

興味深い世界を堪能できる映画ですが、ダンサーたちの華やかさではなく、孤独や寂しさが強調された映画です。


涼風



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