陽だまりの中のなか

前田勉・秋田や詩のことなど思いつくまま、感じたまま・・・。

松下美和子詩集『ら行の悲しみ』

2023-08-08 | 詩関係・その他

      

 静岡県菊川市住の松下美和子さんから第一詩集『ら行の悲しみ』が届けられた。深謝。
 詩集のタイトルとなった詩、「ら行の悲しみ」は次のように始まる。
 
 時々透明人間になる/彼女の持ち物を調べると/ある部分に/ら行の悲しみがきちんと佇んでい
 た//工場の煙突から真っすぐに煙が立つ/それを見ながら/多分明日は透明人間になれそうだ
 なと/密かに目論む//そしてどうもその必然性がある//誰にも全く同じ形で分かってもらえ
 ない/至福の悲しみが彼女の中に存在したのだ/だからその悲しみを迎えるように/少しだけ今
 という時間軸から/泡のように消える//ららら/りりり/るるる/れれれ/ろろろ/メレンゲ
 の様な呪文を説き消えてみる//この術を使い彼女は時々/ら行の悲しみを深い海に沈め/真珠
 になんぞしてしまうらしいと/華やかなフリルの波たちが/物語を語るように教えてくれたのだ
 った//そして/ら行の悲しみは/彼女のとても大切な持ち物だ/ということを/誰もがよく知
 っていた/

 ときどき透明人間になるという”彼女”に巣食っている「ら行の悲しみ」が、少しだけ今・現実の
時間軸から消えてしまう。どうもこれは”彼女”が習得していた”術”のようでもあり、悲しみを海に
沈めると真珠にしてしまうというから、これまたすごい。”彼女”の本源か。

 読んでいてその語り切れない行間に残っている奇抜さ?や、ある意味読み取れない?ことも混交
していながら、それがまた雰囲気をつくっていて、思わずふふっと笑みながら楽しい世界観を感じ
ることが出来る。作者の感性の鋭さ
が成す世界が溢れている詩集だ。

 

著 者  松下美和子
発 行  2023年4月8日
発行所  土曜美術社出版販売
頒 価  2,000円

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佐藤光江詩集『菜の花の海の』

2023-08-07 | 詩関係・その他

     

 静岡市住の詩人佐藤光江(さとう・みつえ)さんから第5詩集『菜の花の海の』を拝受。
 佐藤さんは日本詩人クラブ、日本現代詩人会各会員。詩誌「楷の木」同人。

 この詩集に収められている「戸口」と言う作品を読んでいるとき、不意に若い頃に私淑してい
た画家のことが思い出された。<自分らしさとは何だろうか。自分らしさという言葉を出すこと
はすでに自分らしさの「らしさ」を知っていることだよな>と語り、<自分のことを知ろうとし
ても、なぜかいつまでたってもその先へ到達できないのは不思議なんだよね。勿論、一般論だけ
ど>・・・とも言っていた。半世紀も前のことだが。
 それはさておき、佐藤さんの「戸口」は次。

 「戸口」
 
息をきって/たどり着いた/此処/戸口はピシャリと閉ざされ/気配ひとつない//何を追い
 かけてきたか/何に駆りたてられてきたか//
自分らしく/生きることを/願いながら/履き
 間違えたか/それとも/選んだか/
ようやく気づいた/誰かの靴を履くことの/心地悪さ//
 いつも/腰の辺りにぶら提げていた/不格好に膨れた堪忍袋/捉われの紐を解こうと/手をか
 ければ/思いがけず/たわいなく緩んだ//
待っていたのだろうか/戸口は軋みながら/ゆっ
 くりと開いた/其処に/朝の陽をまとう/
ひとがた

 佐藤さんの詩世界の底流にあるのは、ご自身の在り方を希求する姿勢であろうか。ずっと走り
続けてきて、ふと止まっては置き去りにしてきた自分を確認しようとする。さりげなく自身を見
つめながら振り返ってみるのだが、その後も前も霞だっている。そのような詩世界を描いている
ように
感じた。当然ながら、詩の世界であってそれらが作者個人のこととは限らない。
 <あとがき>から、印象的な佐藤さんの詩との繋がりを引用しておきたい。

 ~(略)詩と歩んだ長い時間を振り返れば、越し方のせいだろうか自己肯定感に乏しい性分は、
 今さら変えようもなく、私にとっての詩は一歩踏み出すために生まれるものだ。/
~(略)何よ
 りも自分に一番正直に向き合えるのが詩作り。/手放してはならない存在。/生き抜くための
 杖。/鉛筆を握ることは必然なのだ。

 

発 行  2023年5月10日
著 者  佐藤光江(静岡市)
発行所  土曜美術社出版販売
頒 価  2,000円

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宮本苑生詩集『あかね雲』

2023-08-07 | 詩関係・その他

     

 宮本苑生(みやもと・そのえ)さんから詩集『あかね雲』をご恵投いただいた。
 宮本さんは東京都住。日本現代詩人会、日本詩人クラブ、日本ペンクラブの
各会員。

 いつもは<あとがき>に触れてから読み出すのだが、たまたま、あとがきを目にしないまま読み
進めて
いたところ、なにか全体が”死者”との語り、あるいは関わり合いを描いていることに気付い
た。
あとがきを開いてみて、なるほどと頷く。
 
  『Ⅰの「ひかり」は、東日本大震災のその年のうちに編んだ個人詩誌「ひかり」に、
   作品「水底の骨」を加え、他は、ほとんどそのままの形で掲載しました。あとがきに
   「震災の犠牲となられた方々にこの小さな作品集「ひかり」を捧げます。」と記しまし
        た。』

 とある。大震災の時、詩を書く者には何ができるのかとか、詩を(あるいは詩らしきものを)
こぞって直截的な事象として書くだけ・・そんなものか?と問われていた。詩を書く人がそう思っ
てそのように問う姿が多かったということは、ある意味での限界とか無力さを感じていたからに違
いない。詩はどうあるべきか、などと私はとても言い得る素養を持ち合わせていないが、宮本さん
のこの詩集に収められている作品群を読み進
めて行くと、亡くなられた人の側とこの世の側の人と
の交感が実に
現実的な感じさえして、こういう表現の仕方に感動した。詩は何をすることが出来る
のかという問いへの、より近接した<コタエ>の一つかも知れない。 

 

    見つけたかしら

  この川は あの川と同じですか
  渦巻き 逆巻いた
  あの川と同じですか

  この私は あの時の私と同じですか
  こんなに儚くなったけど
  同じですか

  随分遠くまで探しにきました
  哀しみだけが点る
  ここは いったい どこですか

  わたしの胸は張り裂けて
  もはや記憶も曖昧です

  私はあなたを探しています
  水の匂いたよりに 探しています

  あなたは 私を見つけたかしら

  蛍になった あなた
  蛍になった 私を
  見つけたかしら

 

発 行  2023年5月10日
著 者  宮本苑生
発行所  土曜美術社出版販売
頒 価  2,000円

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『自選 成田豊人詩集』刊行

2023-07-09 | 詩関係・その他

         

 成田豊人さんの『自選 成田豊人詩集』が刊行された。
 成田さんは北秋田市住、秋田県現代詩人協会会員、日本現代詩人会会員、詩誌「Komayumi」編集発行人。

 成田さんは26歳の時に処女詩集『北の旋律』を刊行してから、2年前の2021年『夜明けのラビリン
ス』まで実に8冊の
詩集を刊行しているが、このたびは、その8冊の詩集から41編を”自選”した文庫本サ
イズで刊行。巻末には、
2014年に詩集『夕顔』で三好達治賞を受賞された青森県詩人連盟会長の、藤田
晴央氏が26ペ
ジにも及ぶ「解説」を寄せている。これだけでも、成田さんと藤田さんとの交流の深さを
推しはかることが出来る。素晴らしいことだ。

 手に取った時に思ったのは、率直に言えば「なぜ今、自選集なのだろうか」ということであった。
 そういえば・・・という仮定は適当ではないが、数年
も前から「Komayumi」の編集後記だったか、それ
とも何かの会の時であったか、「詩は青春の文学という思
いがある。詩をやめ俳句を書きたいと思う」とい
うようなニュアンスの発言があったのを記憶
している。その事だろうか?あるいは、同誌第38号のあとが
きで、「最近、なぜ詩を書いている
のだろう、とか、詩を書いて何になる、と思うことがある」と吐露し、
「高校生の頃から書いているのだか
ら、作品の数と質はともかく50年は書いている。(略)詩集は7冊ある
が、ほとんど評価される事もなか
った。かなりのエネルギーと金を消費しながら、どう見ても自満足そのも
のに過ぎない、と自分に呆れてい
る」と述懐している。冷静に立ち位置を自己分析していると感じたが、
その事だろ
うか・・・。
 同世代の一人として詩を
書いてきた私にも、実は同じような感慨がある。が、さて、さてさて・・・。
 いずれにしても、成田さんは詩に関するイベントがあれば県内外を問わず出掛けることも朗読することも
講演することも積極的な人。その線状の活動と受け止めた。
 既刊詩集の自選集につき、作品への感想を控え紹介だけとした(成田さんには叱られるが)。

 

発行日  2023年6月18日
著 者  成田豊人(なりた・とよんど)
出 版  書肆えん  
     秋田市新屋松美町5-6
頒 価  1,800円(税込み1,980円)

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「詩の小径 ~文学散歩」・世界文化遺産『伊勢堂岱遺跡』(北秋田市)へ

2023-07-05 | 詩関係・その他

 6月25日(日)、秋田県現代詩人協会主催の「詩の小径 ~文学散歩」が北秋田市を会場に行われた。
 今年は、何回か候補にあがっていた世界文化遺産(北海道・北東北の縄文遺跡群)「伊勢堂岱遺跡」とその展示館。
 参加者は23名、これまでで最高の人員であった。

 特別参加の元秋田県埋蔵文化財センター所長、小林 克(こばやし・まさる)氏から遺跡発掘時の状況を含めた説明・
案内をしてもらいながら約一時間、縄文の世界へ思いを馳せた。
 この遺跡は1992年(平成4年)、大館能代空港へのアクセス道路建設工事中に発見されたもので、環状列石、配石
遺構、掘立柱建物跡などが発掘されたという。2021年7月に「北海道・
北東北の縄文遺跡群」17ヶ所のうちの一つ
として「世界文化遺産」に登録された。
 
 市内鷹巣へ移動し遅い昼食をとった後、参加者による詩の朗読、スピーチが行われた。自作詩は勿論、縄文に関連した
ものとして、著名詩人の詩・自作詩・現地をみての即興詩などなど
。ここ
数年、新型コロナウイルスの感染拡大により、
なかなか集まることが難しい
状況が続いただけに、参加者の思いが集約された濃いひと時であった。

                 

   

 
(画像提供 横山 仁氏)
               

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駒木 田鶴子詩集『雪の吐息』

2023-07-03 | 詩関係・その他

       

 駒木田鶴子(こまき たづこ)さんの第4詩集『雪の吐息』が刊行された。
 駒木さんは秋田県横手市住。秋田県現代詩人協会会員、日本詩人クラブ会員、詩誌「舟」同人。
 
 あとがきで、「六十歳で第一詩集を上梓してから第二、第三と、なぜか7年周期で出版してきた」が、
今回の詩集は13年ぶりになると記す。

 また、所属誌詩「舟」(岩手県滝沢市。レアリテの会)とのかかわり方や自身の詩の在り方を「私の
詩はレアリスムが基調になっている」と述懐しながら、
「亡くなった人の生きられなかった時間を含め
八十八年を生きてきた自分の証となる詩を残したい」と、その意図を明言する。第三者へと言うより
は、自身へ向けて”付託”するかのように。

 描かれた情景は、時として少女の目であり、地域性であり、そしてまた不意にコケティッシュな”女人”
の目であり、それらをさりげなく表出している。

「レアリスム」と語る言葉の持つ意味合いが、その手法としていわゆる”現実”や”生”であるならば、これ
またそうあることを意識しながらも、固定されない視点
を持った、詩人の全方向性を示している作品集
であると思った。


    雪の吐息

  風が止まるとき
  雪は 本音を漏らすのでしょうか
   シンシンと?

   ひひとして?
  いいえ 様子ではありません
  雪そのものの吐息です

  それは
  眠りかけた屋根を伝い
  しめ切った二階の窓から
  木綿のパジャマのようにヒンヤリと
  ひとり寝の素肌に触れるのです

  昔「雪喰い」した銃後の少女は
  年を重ねても
  雪の音やにおいに敏感です
  ジョリッ ジョリッ と
  雪玉をかじる勇ましい響き
  今も舌の上に残る
  燃えさしの 移り香まで

  人知れず
  真綿色した雪の華が
   咲いて
    散り敷いて
     消えてゆく

  ほらっ 聞こえるでしょ
  風がブレスするつかの間の
  雪の吐息が
  夜のとばり越しに鼓膜をふるわせる
  小さな命のしたたりです

 

 

著 者  駒木 田鶴子(こまき たづこ)
出 版  書肆えん(しょし えん) 
     〒-010-1604 秋田市新屋松美朝5-6
     ℡・Fax 018-863-2681
発行日  2023年6月25日 
定 価  本体2,500円(税込2,750円)  

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『本を造る、詩を創る』あきた文学資料館新収蔵資料展Ⅱ

2023-06-01 | 詩関係・その他

あきた文学資料館の”新収蔵資料展Ⅱ”『本を造る、詩を創る』が本日6月1日から同文学資料館で始まった。
展示されているのは、秋田の文化を広範に取り上げてきた詩人であり出版社主であった故吉田朗さんの遺品や出版物、
そして戦後秋田の詩運動を代表する「北方詩人集団 処女地帯」の第二次「処女地帯」の冊子や同人の生原稿などなど。
特筆すべきは、1990年代前後?の秋田の詩人(及び名だたる俳人、歌人)の色紙の展示。その時代の社会性や文学の
薫りが溢れていて、まさに先人の文化を創るという情熱が滲み出ている。(撮影禁止だったのでUP出来ず)
貴重な資料展。是非とも系譜=財産を知るうえで見ておきたい!!

◆開催期間など
 ・6月1日~7月9日(10:00~16:00・月曜休館・入館無料)
 ・秋田市中通6-6-10 ☎018-884-7760

■お知らせ
 同文学資料館の関連講座として下記開催されます。
 ・「秋田現代詩の流れ」
 ・講師:佐々木久春氏(秋田大学名誉教授)
 ・6月11日(日)13:30~ あきた文学資料館
 ・定員30名。上記連絡先へ申し込み要

 

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鈴木空如生誕150年記念展・法隆寺金堂模写仏画家

2023-05-05 | その他

先日、法隆寺金堂壁画模写の仏画家、鈴木空如(すずき くうにょ)の生誕150年記念展へ行ってきた。
仙北平野は広く、道路が沢山あって迷子になる。当然、ナビに頼るしかない。
秋田県大仙市太田は、旧仙北郡太田町。行って初めて知ったのだが、常設展示されていることとその模写の
大きさ
に驚いた。常設会場は旧太田町役場に隣接する建物。いかに”我が郷土の偉人”扱いなのかを伺い知る
ことができる。

鈴木空如は1873年(明治6年)現在の秋田県大仙市太田町生まれ。世界最古の木造建築物である法隆寺
金堂内陣の、外壁を飾る壁画を模写したことで知られている。
パンフレットによると、「空如の金堂壁画模写は1907年(明治40)から1932年(昭和7)まで、
26年間に3度原寸大で模写を行い、3組の模写絵が存在」。このうちの2組が遺族から大仙市へ寄贈され
たという。また、
「法隆寺金堂は1949年(昭和24)1月26日の火災で、取り外されていた内陣小壁
の飛天を除き、すべての壁画が焼損」し、「皮肉なことに、空如の名が広く世に知れたきっかけは、金堂壁
壁の消失した同年6月に、(略)空如遺作法隆寺金堂壁画模本展が開かれたこと」による、とある。
焼失したことによってあらためてその価値が評価された白鳳文化の諸仏壁画と、それを模写した空如の才能。

退色や沁み、欠落した箇所をその通りの形、色へと忠実に模写していることに驚く。

我が秋田の先人をいかに知らないか。申し訳ない気持と誇らしい気持(勝手に)が交錯した時間でもあった。



(以下の展示物撮影は管理者から許可済み。フラッシュを使用しない場合は撮影可との条件であった。)  

 

   

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3年ぶりに対面総会開催・秋田県現代詩人協会

2023-04-27 | 詩関係・その他

4月23日、秋田県現代詩人協会の2023年度総会と詩人賞表彰式が秋田市内で行われた。
コロナ禍に埋もれてここ数年、止むを得ず書面総会となっていたこともあり、会員の皆さんの喜びは
今年に咲いた桜と共に満開~🌸!!であった。

ありがとうございました。

  

 

   

 ①総会の様子                    ②同左
 ③秋田県現代詩人賞(詩集賞)受賞・船木俱子さん   ④同(作品賞)受賞・見上 司さん
 ⑤同(奨励賞)受賞・北村瑠美さん          ⑥祝賀会兼懇親会出席の皆さん

  (画像提供:横山 仁 氏)

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詩誌『穂』・静岡からの波紋

2023-03-13 | 詩関係・その他

                     

 静岡の詩人、菅沼美代子さんから詩誌『穂』第44号を寄贈頂いた。同誌の同人は静岡県内
在住の女性9人。

 先号の第43号を初めて寄贈頂いた時ふと、6年前に第114号で廃刊となった秋田の詩誌
『海図』が思い起こさ
れた。『海図』もまた女性だけの同人詩誌であった。

 さて、『穂』第44号は同人の詩作品と追悼文、そして「Essay 詩の周辺」と位置付けられ
た全員のエッセイが掲載されて
いる。

   「叩く」  

  幼児の涙の中に街路樹の深緑が まだ 残っている/小さな手が見送りの父親を引き寄せ
    て/手の届くありったけ
を叩いている/戦争に巻き込まれた国で/国に残る父親と幼児の
    ために隣国へ避難する母親/父と母の間で架け橋
の形で揺れながら/手は父の肩や頬を叩
    き続けている/

 井上尚美さんの詩「叩く」の第一連を抜粋。ロシアによるウクライナ侵攻が始まった頃、何
度かテレビニュースでみ
たことのあるシーンに”違いない”。戦況を伝えるアナウンサーの声
に関連した映像として流れていたはずで、その映
像への説明アナウンスはなかったと記憶する。
音声のない映像から感受した詩人の表現は見事に「叩く」姿を描写している。幼児の哀しみ
が、
兵士として国に残る若い父の苦悶が、子の手を止めない若い母の苦しみが伝わってくる。
  幼児は、戦禍の理不尽さよりも父との別れを、
もう知っているのだ。あんなにも小さいのに。
「叩く」ことでしか伝えられない・・・。それがどういうことかをこの詩は言おうとしている
ようだ。
 第2連では、先輩が語った終戦後の記憶を散文調で表し、先輩の「僕」は牛より貧しい自分
に腹が立って、畑を耕している母の
背を「叩いた」が、母は間を置かずその倍のビンタを返し
てきた・・・と述懐させる。「母は僕を通して、僕ではない何者かを叩いていた
のだ」とする
「僕」のこの吐露は、井上さんの本質的な声でもあると感じた。重い数行の詩世界だ。

 追悼文では、先の日本現代詩人会会長である新藤凉子氏への想いを菅沼美代子さんが綴る。
その関わり方が羨ましい。私の知る秋田の「歴程」会員の方からも新藤氏のことや連詩のこと
を伺っていたので、氏のお人柄や面倒見の良さなどを更に知る事ができた。

 

発行日  2023.03.01
発行人  井上尚美
発 行  穂の会 静岡県島田市
頒 価  500円

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