二年ほど前の出来事です。
寒からず暑からず、陽気に満ちた名古屋市街は、日曜ということもあってか、大勢の人で溢れていました。そんな中で用事を済ませた私は、次の目的地に向かうべく駅へ、といっても時間に余裕はあったものですから、散歩の趣が多少なりとも含まれていたことを記憶しています。
そういう私の前を、見知らぬ母子が歩いて居ました。買い物をしたであろう手荷物や、夕暮れが迫りつつあった時間帯を考えると、帰宅途中だったのかも知れません。その少女はA4判くらいの絵を持っていました。額に納められたものでなく、景品のようなもので、風に吹かれ、ひらひらしていたのです。
母親は飛ばされる事態を懸念し、注意するよう言い聞かせましたが、少女は手に感じる風の力を無邪気に楽しんでいる様子でした。こんなふうですから絵は相変わらず、ひらひらを続けるばかり。文字通り母親の忠告は、何処吹く風と聞き流されていたのでしょう。
そこへ疾風が駆け抜けます。挑戦的な握力は、たちどころに限界を迎え、絵は少女の元を離れました。そして数メートル後方に居た私の前を横切ったのです。咄嗟の出来事に私は動けませんでした。
少女は慌てて追い掛けましたが、差は開く一方でしたから、母親は諦めるよう諭さざるを得ませんでした。側に父親が居たなら追ったでしょうが、こういう時にハイヒールを履いた女性は無力なものです。さすがの少女も無理を承知したと見えて、前を向き歩き始めました。
この光景を間近で見た私は、絵を、問題の絵を、追おうと思いましたが、同時に躊躇もしました。失敗したら恰好悪いとか、成功したとしても風に煽られたわけだから傷ついているだろうとか、余計な考えを巡らせた挙句に、結局、何もしませんでした。
最初に少女の母親がした忠告を私自身が真剣に聞いていたなら、絵が前を横切った時に対処できたであろうものを。一時といえども親子の笑顔が、永遠に失われました。たった一枚の絵に過ぎませんが、私は未だに恥ずかしくてなりません。
寒からず暑からず、陽気に満ちた名古屋市街は、日曜ということもあってか、大勢の人で溢れていました。そんな中で用事を済ませた私は、次の目的地に向かうべく駅へ、といっても時間に余裕はあったものですから、散歩の趣が多少なりとも含まれていたことを記憶しています。
そういう私の前を、見知らぬ母子が歩いて居ました。買い物をしたであろう手荷物や、夕暮れが迫りつつあった時間帯を考えると、帰宅途中だったのかも知れません。その少女はA4判くらいの絵を持っていました。額に納められたものでなく、景品のようなもので、風に吹かれ、ひらひらしていたのです。
母親は飛ばされる事態を懸念し、注意するよう言い聞かせましたが、少女は手に感じる風の力を無邪気に楽しんでいる様子でした。こんなふうですから絵は相変わらず、ひらひらを続けるばかり。文字通り母親の忠告は、何処吹く風と聞き流されていたのでしょう。
そこへ疾風が駆け抜けます。挑戦的な握力は、たちどころに限界を迎え、絵は少女の元を離れました。そして数メートル後方に居た私の前を横切ったのです。咄嗟の出来事に私は動けませんでした。
少女は慌てて追い掛けましたが、差は開く一方でしたから、母親は諦めるよう諭さざるを得ませんでした。側に父親が居たなら追ったでしょうが、こういう時にハイヒールを履いた女性は無力なものです。さすがの少女も無理を承知したと見えて、前を向き歩き始めました。
この光景を間近で見た私は、絵を、問題の絵を、追おうと思いましたが、同時に躊躇もしました。失敗したら恰好悪いとか、成功したとしても風に煽られたわけだから傷ついているだろうとか、余計な考えを巡らせた挙句に、結局、何もしませんでした。
最初に少女の母親がした忠告を私自身が真剣に聞いていたなら、絵が前を横切った時に対処できたであろうものを。一時といえども親子の笑顔が、永遠に失われました。たった一枚の絵に過ぎませんが、私は未だに恥ずかしくてなりません。