月明かり行路-すい臓がん徒然記-

暗夜行路ではなく、月明かりの中を歩いていきたいなぁ

N病院にて

2007年10月29日 | 告知から検査入院中
10月22日 ⑱血管造影・・・京都・大阪へセカンドオピニオンを聴きに行く
   23日 ⑲採血 ⑳腹部エコー(胆管再検査)
   24日 21 ERCP(ステントをピッグテールに交換)
   25日 22 採血・検尿・点滴  ・・・摘出手術キャンセル、化学療法へ
   26日 23 ジェムザール(抗がん剤)1投目
   29日 24 採血
       N病院、退院  

 10月12日(金)~10月29日(月)まで、半月ほど入院していたから、ほぼ1カ月入院生活をしたことになるなぁ。ベットの上ばかりで過ごして足腰が、すっかり弱ったかも・・・。N病院では、絶食しては検査、絶食しては検査で、来る日も来る日も検査に明け暮れて過ぎました。
 「すい臓がん」の告知はショックだったけど、J医師やA医師に出会えて、幸運だったと感謝しています。J医師は、夫に「奥さんは、達観していますね。」と言ってくださったとのこと。もしそんな風に見えたとしたら、すばらしい医師や看護婦さんのおかげです。朝夕だけでなく、日に何度も病室をのぞいて体調や心境を気遣っていただき、徐々に自分の病気を受け入れることができたんだと思います。
 N病院でのもう一つの幸運は、4人部屋だったこと。同室の方には、ほんとにたくさんのエネルギーをもらいました。特に、血液のがんを治療中のYさんには、「だいじょうぶ。ぜったい治ると信じて。薬だけじゃないの、気力で治すのよ。」と励まされ、今や私の人生のお先達さん「心の師」と仰ぐほどの方です。ご自身も大変な病気を治療されているのに、いつも周りの人に優しい気遣いをされて、明るく前向きに闘病されて本当にすごい人だなぁ・・・と思いました。
 4人部屋でご一緒させていただいた方は、皆さんがんと闘ってきた先輩(がんサバイバー)ばっかり。私なんか、まだまだ足元にも及びません・・・。昨日、今日告知されたばかりの「おびえたひよこ」のようなもの・・・と思うと、もう泣いてばかりいられないという気になりました。

検査に検査

2007年10月19日 | 告知から検査入院中
10月12日 午前、黄疸の症状が出ていたので、近所の病院で血液検査
        午後、N病院で①CT ②レントゲン ③心電図 ④血液検査 ⑤エコー
       この日に、「すい臓がん」であることを告知される。

   13日 ⑥点滴
   14日 ⑦点滴 (土)(日)は、自宅に帰って片付け、外来で点滴。

   15日 ⑧点滴 ⑨胃カメラ ⑩ERCP(チューブステントを胆管へ)
   16日 ⑪検尿・採血
   17日 ⑫心エコー ⑬心電図 ⑭心肺機能検査 ⑮CT(造影剤)
   18日 ⑯MRI(造影剤)
   19日 ⑰ペットCT(放射性同位元素を用いた造影剤)・・県立中央病院

 N病院では、検査+絶食。検査+絶食の毎日。検査のしすぎで、もっと病気になりそうだよぉ。胃カメラの検査中にコンタクトレンズをなくすし・・・胃カメラがきつくて、涙と一緒にどこかに行っちゃった。コンタクトがないとすごく不便なんだよぉ。やっと絶食が解除されても、おかゆ・・・。もう、前みたいにがっつり食べられなくなっちゃった。入院中の食事は、すい臓食だって(脂肪分30g)

 職場の同僚や上司がお見舞いに来てくれました・・・心配ばかりおかけして、申し訳ないです。診断書と病休届を出す手続きをして「仕事のことは、何も心配しなくていいよ、治療に専念して。大丈夫だから。」と言ってくださる。
 親しい友達にも知らせたが、検査・検査で会えないかもしれないからと、お見舞いは断った。会うと涙が出て余計に心配かけそう・・・。人騒がせで迷惑な私です・・・、自己嫌悪。睡眠薬をもらって意識不明になって眠らなくっちゃ。眠れない夜が怖いよぉ     

家の片付け

2007年10月14日 | 告知から検査入院中
 黄疸を改善するための点滴(15:00~18:00)

 午前中に取りあえず家を片付けておかなくっちゃ!!
 子どもたちのこと、家のこと、落第主婦とはいえ、私がやらなきゃいけないことが山ほどあるのに・・・、どうしよう。掃除、洗たく、月曜セットにアイロン、買い物・・・冷蔵庫に食べるもの用意しておかないと・・・。どうしよう。どうしよう。
 昨日もよく眠れなかったし・・・。頭が回らないよぉ。

 午後から病院に行って点滴。入院の荷物を持って、送ってもらう。片付けばっかりしてたから、さすがに疲れたなぁ。今夜からは、病院で寝なくちゃいけないから睡眠薬を飲んで寝よう。眠れるかなぁ。

職場へ

2007年10月13日 | 告知から検査入院中
 13日(土) 黄疸を改善するための点滴(13:00~15:00)

 夫も私も一睡もできず、どんより起床。
 とにかく仕事は、休ませてもらうしかない。机の周りの私物をとりあえず引き揚げておかないと!!っと思い立ち、午前中に職場へ向かう。
 同僚の方に事情を説明し、あとのことは全てお願いする。少し事情を説明しただけで声がふるえて、涙が止まらなくなる。みんなに迷惑をかけることになるけど、今は、他にどうすることもできない・・・。


告知

2007年10月12日 | 告知から検査入院中
 10月の地方祭が終わり、週明けの月曜日。朝、顔を洗いながら自分の顔を見ると心成しか「黄色いような・・・」と思ったけれど、あまり深く考えず出勤。
 仕事上の研究発表が近いこともあり「仕事を休んで病院に行く」という選択肢が思い浮かばない。体はいつになくしんどい。疲れていることが、あまりにも日常的すぎて、この疲れがいつもと違うのかどうか、もう分からなくなっていました・・・。
 「(金)まで頑張れば、午前中年休とって病院に行けるだろう。」と思って働いて、隣の席の主任さんからも「本当に、顔が黄色いよ。病院行っておいで。」と促さていたのに・・・。「大丈夫です。大丈夫です。」なんて、根拠のない自信をもって受答えしていました。
 10月12日(金) 午前中年休を取り、近くのかかりつけ医院に受診
 「午後からでも、すぐに大きい病院に行って精密検査してください。」とのこと。
 N病院に紹介状を持って行く。
 ①血液検査(黄疸レベル6) ②CT ③レントゲン ④心電図

 検査のさい中も、「あぁ、今日は午後から研究発表の審議があったのに・・・」と仕事のことばかり気になっていました。
 夕方、仕事帰りの夫がN病院に立ち寄ってくれ、「急に入院しろといわれても、何の準備もしてないし・・・。家のことも子どもたちにことも、仕事も、どうしようか。困ったことになったぞぉ。」と相談しながら、病院の天井を見上げていました。
 7時、「検査結果をご主人と一緒に聞かれますか?」と医師に促され、相談室へ。
 
 「すい臓がんです。今の時点では、はっきりとしたことは言えませんが、すい臓の頭部に腫瘍があり、その腫瘍が胆管を圧迫しているために黄疸が出現していると思われます。」とのこと。
 夫と顔を見合せ、沈黙。
 「すい臓がん」「すい臓がん」病名だけが、頭をぐるぐるまわる。

 「化学治療をしていくか外科手術をするかは、もう少し検査をしないと何とも言えません。」
 「先生、私の実の母がすい臓がんでした。どんな病気かその時に調べてだいたい分かっているつもりです。母は、病院に行って気が付いてから2週間で亡くなったのですが、私もそのぐらい切迫しているのでしょうか?」
 「2週間ということはありません。でも、進行がんであることは確かです。」
 「私、どのくらい生きられますか?」
 「何とも言えません・・・5年生存率が2%という、厳しい病気です。」

 告知は、なんの前触れもなく突然のことで・・・。気持ちの整理ができず、とてもそのまま病院に入院もできそうにないので、睡眠薬をもらって夫と一緒に自宅に帰ることにしました。

 睡眠薬をもらったけど、飲まなかった。頭がしびれたみたいな感じ・・・目がさえて眠れない。考えなくっちゃいけないことが、山ほどあるのに。何を考えても、前向きな解決策なんか出てこない。