循環型社会って何!

国の廃棄物政策やごみ処理新技術の危うさを考えるブログ-津川敬

足立清掃工場の水銀事故を検証する

2010年10月11日 | 廃棄物政策
◆日本は廃棄物管理のリード国!
10年越しの懸案だった「水銀による国際的な被害を根絶しよう」という動きが急速に高まっている。
 本年(2010年)6月7日から11日まで、スウェーデンのストックホルムで国連環境計画(UNEP)の「水銀に関する政府間交渉委員会第1回会合(INC1)」が開催された。この会合には日本を含めた119カ国の政府・WHOなどの国際機関及び28カ国のNGO41団体など約450人が参加したという。化学物質問題市民研究会の安間武氏もその一人だった。
 それに先だち環境省は本年3月9日から10日にかけ「UNEP(国際連合環境計画)水銀パートナーシップ第2回廃棄物管理分野会合」を東京で開催している。当時の同省ホームページには次のようなメッセージが搭載されていた。
「我が国からは、政府間交渉委員会の設置を歓迎するとともに、水俣病の経験国として、同様の健康被害や環境破壊が世界の他の国で繰り返されないよう我が国の知見や経験、並びにそれらを踏まえた汚染防止対策、排出抑制技術及び水銀代替技術の共有を通じて水銀によるリスクの低減に貢献していくことを発言した(中略)。日本は廃棄物管理分野のリード国を務め、2013年の水銀条約制定に向けて、政府間交渉委員会会合(INC)を5回開催する予定。その第2回会合は2011年1月に千葉・幕張で開催される」。
 得意満面、意気揚々とはこれをいう。
だが前出、安間武氏は日本の取組みがEUやアメリカからはるかに遅れている状況を次のように警告していた。「これまで日本政府も市民社会も、世界の流れであるこのような水銀削減/輸出禁止/永久保管の取り組みをほとんど行ってきませんでした。国際的に水銀汚染削減の問題に取り組んでいるアメリカのNGO、マーキュリー・ポリシー・プロジェクトの代表マイケル・ベンダーさんは、熊本日日新聞(2009年2月15日)の記事の中で、"日本は水俣を経験しているのに国際舞台で水銀規制導入に指導力を発揮しておらず、国内でも水銀削減運動を展開していない"と的確な批判をしています(同研究会機関誌「ピコ通信第134号」〈2009年10月23日発行〉掲載記事)。

◆外向けの顔
 そしてストックホルム会合最終日の6月11日、東京足立清掃工場2号炉で「水銀計が振り切れる」ほどの水銀が検出されたのである。だが日本の法律は何の反応も示さなかった。
「水俣病の経験国として廃棄物管理のリード国を務めた」環境省は日本に大気汚染に関する水銀濃度の法的規制がない理由をマスコミに対して次のように答えている。「『大気の状況を全国数十カ所で測定している。水銀濃度については国の指針値を上回っていないので法規制はしていない』。日本の空は水銀で汚染されていないから規制の必要なし、との見解である」(東京新聞2010年7月23日付「こちら特報部」)。
 この外向けの顔しか持たない環境省の姿勢に京都大学環境保全センターの酒井伸一教授が次のようにコメントした。「日本の焼却施設には水銀対策が可能な技術が導入されているが、世界の水銀政策の動きを踏まえれば規制があってしかるべきだ」(前出紙)。
 また「止めよう!ダイオキシン汚染・東日本ネットワーク」の藤原寿和事務局長は「清掃工場というごみ排出の下流での対策には限界がある。重金属類を含む製品の廃棄方法など上流の対策も検討してゆくべきだろう」(前出紙)と答えている。

◆生活の中の“毒物”
 かつて環境に対する悪影響や毒性が明るみに出るまで、PCBやフロンは産業活動に貢献する優れた化学製品ともてはやされていた。同様にその使い勝手の良さで産業用、研究用に多方面で珍重されてきたのが水銀である。
 たとえば大規模電力用の整流器(水銀整流器)や、高速動作リレー用の接点材料、意外なところでは、かつて灯台の投光機に使用されていたという。すなわち水銀を満たした容器にレンズを付けた台を浮かし、回転を滑らかにするという仕組み。だが地震などで水銀がこぼれることが問題視され、水銀を使わない投光機への置き換えが進んだ。
一方、医療用機器への応用は広く知られている。単体の水銀は熱膨張性の良さと、温度に対する膨張係数が線形に近いことから体温計には不可欠の「部品」であった。現在ではかなりの製品がデジタル式になったというが、不要になった多くの体温計が有害廃棄物になって焼却炉に入る懸念や、不良在庫としてどこかに溜まっている危険がある。
 血圧計では、水銀柱を利用して圧を読みとるものが主流であり、現在でもかなりの医師が愛用して手放そうとしない。さらに銀・スズ・銅などとのアマルガムは、歯科治療において歯を削った後の詰め物として一般に用いられていた。
 蛍光灯や水銀灯では、水銀が発光体として使用されている。また古くから電池(乾電池、水銀電池など)の材料として使用されていたが、最近は激減した。ただしボタン電池は技術的な限界があり、一部製品には水銀が使われている。種類記号がLとSの「ボタン電池」や、補聴器などに使う「空気電池」では、すべてに水銀が含まれているといわれ、店舗回収が十分行われているかどうが不安材料である。

◆三つの吸収経路
このように便利で使い勝手のいい水銀は多様な発生源から長いこと環境中に拡散されていた。常温でも絶えず蒸発しており、焼却は最も危険な排出源のひとつになっている。発生した水銀蒸気は雨水によって土壌および水中に降下し、大気中における水銀蒸気の残留期間はほぼ3年という。
水銀は人体に取り込まれることにより、急性から慢性まで様々な中毒症状が現れる。体内への吸収経路としては、蒸気を吸い込む経器吸入、皮膚への付着などによる経皮吸収、飲食などによる経口摂取がある。
 経器吸入では、頭痛、痙攣、呼吸困難、肺水腫、気管支刺激症状、下痢、腹部痙攣、視力減退、流涎、嘔吐、肝不全、腎不全、発熱、悪寒などの症状が発生し、皮膚接触では全身の皮疹、浮腫などの症状が発生する可能性がある。中枢神経系や腎臓に影響を与え、情緒・精神不安定、認識障害、言語障害が生じることもある。特に、妊娠中の女性、子供、乳幼児への暴露は避けなければならない。内分泌攪乱化学物質(環境ホルモン)のリストにあげられており、生殖器系や、内分泌系への影響が問題視されてきた。
 水銀が容易に気化する性質から地球規模での循環が懸念され、UNEPが過去10年、問題解決に取り組んできた由縁もそこにある。
 
◆2010年6月11日に起きたこと
ここで東京都足立清掃工場で起きた高濃度水銀発生事件の概要をもう一度整理しておくと、今年6月11日午後3時30分、同工場中央制御室のモニター画面で2号炉の測定数値が急上昇した。場所はろ過式集塵装置(バグフィルター)の出口付近だった。
 同工場の佐藤進一副工場長がいう。
「バグを通過したあと、排ガスは洗煙設備に入ります。そこである程度(水銀を)捕集できるのでバグの出口より煙突の方が数値は低くなるはずでした。最初に数値が上がった時は計器の故障か、本物か、それを煙突の方で見極めようとしたのですが、やはり上昇したので、これは本物だと――」。そして午後4時12分、2号炉の操業を止めた(正確には焼却炉停止操作の開始)。
バグフィルター出口の数値は水銀計の測定レンジを突破し、3.5mg/Nm3に達していた。ちなみにレンジとは測定幅のことであり、煙突入口の数値は1.5mg/Nm3だった。
 前述のとおり大気汚染防止法の規制項目に水銀は入っていない。そのため23区の清掃工場(現在21か所)では排ガス1立方メートルあたり0.05ミリグラムの自己規制値を設け、1991年以降、全工場に水銀計を導入したのである。
 ちなみに大都市自治体のうち水銀計を設置しているのは横浜と名古屋だけで、大阪、京都、神戸の各市は取り付けていない。なお名古屋の自己規制値は0.03mg/Nm3である。
後日、2号炉の排ガス処理設備を点検したところ、バグフィルターと後段の触媒反応塔に金属水銀がベットリ付着し、水噴霧程度では除去できないことが分かった。結局バグの濾布と触媒をすべて交換する羽目となり、締めて2億8,000万円の被害となった。

◆被害額2億8,000万円から50万円まで
 では6月11日当日、現場にどれだけの水銀が投入されたのか。
足立清掃工場の職員を中心に組織されている東京二十三区清掃一部事務組合労働組合(通称一組労組=東京清掃労働組合から分かれた組合・約130人)は事故から2週間たった6月23日、多田正見・清掃一組管理者(江戸川区長)宛てに一通の申入書を提出した。タイトルは「水銀(廃液含む)を清掃工場への搬入防止対策を厳格に行うこと及び水銀含有製品等について焼却不適ごみであることの周知を徹底させる申し入れ(原題のママ)」である。その中で同労組は、①足立工場における今回の排ガス中水銀濃度は自己規制値の約30倍超であり、②ボリュームにして10キログラムを超える量、と指摘している。多年現場作業に従事し、日夜、有害物質の挙動に最も敏感になっている専門職員の分析であり、信ぴょう性は高いとみるべきだろう。
 7月に入るや今度は板橋(1日)、光が丘2号炉(練馬区・8日)、千歳(世田谷区・18日)の各工場で自己規制値(0.05mg/Nm3)に迫る数値が出て操業停止。その後板橋は7月17日、千歳は7月28日、光が丘は8月13日、それぞれ復旧している。
 問題の足立は9月3日、約80日ぶりに再開したが、同月16日、水銀計の目盛りがまた上昇したため操業を停止。9月27日、ようやく再々開に漕ぎつけた。なお足立の2回目を含め、他の清掃工場の被害額がすべて50万円になっているのは不思議である。「定価50万円」ということか。

◆以前から問題に
 排ガス中の水銀濃度が自己規制値を上回ったケースは今回が初めてではない。分かっているだけでも以下のとおりである。
①2007年2月5日、杉並清掃工場、同月16日板橋清掃工場で操業停止
②2007年9月7日から10日にかけ、東京湾中央防波堤内側の灰溶融施設(100t×4)で自主規制値(50μ/Nm3)を大幅に上回る水銀が検出された。ちなみにこの施設では作業員の健康を守る作業環境評価基準値(1988年労働省告示79号)が適用されており、基準値オーバーは1号炉で最高9倍(450マイクログラム)4号炉で最高7.7倍(386マイクログラム)だった。触媒反応塔に水銀が付着し、触媒を全部交換。修理費用はメーカーの三菱重工業が全額負担したが、一組側は「総額いくらかかったか、重工は一切公開していない」という。
③2007年10月3日13時57分、品川清掃工場(300t×2)で電気システムの故障による停電が起こった。同日15時46分、自家発電により停電は回避され19時30分、1号機だけが操業を再開した。だがそこで通常より水銀の排出量が多かったことが明らかとなったという。指摘したのは品川区議会の井上八重子議員で10月5日、決算委員会における質問だった。だが決算委員長はこの質問を認めず、委員会は約1時間中断した。
④2007年11月10日、葛飾清掃工場の煙突入口で自己規制値を2時間超過、炉を停止。
⑤2009年5月5日、板橋。同月20日に足立清掃工場と、連続して炉を停止。この時足立に入った水銀量は500グラムから1キロと推測されたという。

◆東京二十三区清掃一部事務組合の立ち位置
東京二十三区清掃一部事務組合(清掃一組)に施設管理部・大塚好夫技術課長を訪ねたのは今年8月5日のことであった。当時大塚氏は殺到するマスコミ取材を一手に引き受けていたが、期せずして一組の置かれた微妙な立場を語ることになった。以下、ヤリトリの一部。
――水銀を扱っている製造業者の線は?
「可能性としては高いといえますが、私どもには産廃を規制する権限がないので、もっか東京都(環境局)と協議中です」。
――今回のような不祥事があった場合、業の許可を取消すとか改善命令などの措置ははどうなります、
「それは区の所管です。排出事業者に対する規制権限がうち(一組)にはないので足立区さんに動いてもらわざるを得ません」
――じゃ一廃は区の権限、産廃は都の領分というわけですか、
「そういうことです」。
 大塚氏へのインタビューは1時間以上続いたがその翌週、足立区役所を訪問し、東京都環境局の産廃対策課長に電話をかけた。
 なぜ3か所からの聴き取りが必要だったのか。それは大塚氏とのヤリトリで明らかなように、東京23区の場合、清掃行政にかかわる権限が細分化されているからである。
 ある都庁OBがいう。「清掃局時代だったら持っている権限をフルに使って真正面から原因究明に取り組んだ筈だ。それも時間を置かずにね」。
職員数1,166名、本年度の予算763億円(2010年度)という巨大組織でありながら、清掃一組には一廃の許可権限もなければ産廃行政に触れることもできない。

◆権限の分散
およそ清掃事業が成り立つための必要・十分条件は、収集・運搬・処理・処分という機能が事業主体、つまり当該自治体にすべて握られていることである。だが東京都の場合、2000年4月、清掃事業が23区に移管されため、その機能は以下のように分断された。
①収集運搬は各区の責任で執行、
②清掃工場の管理運営は23区で組織する東京二十三区清掃一部事務組合が担い、
③最終処分場の管理運営は東京都環境局が所管する、
 かつて東京都清掃局が一元的に握っていた一廃、産廃の許可権限は産廃のみ東京都環境局に残り、2006年、一廃の許可権限が各区に移った。しかも区長権限として、「一般廃棄物とあわせて処理することが必要と認める産業廃棄物の処理を行うことができる」とも規定されている(各区「廃棄物の処理及び再利用に関する条例」)。
 こうして1947年から63年間の長い歴史を持つ東京都清掃局は姿を消し、大半の事務機能は前記のとおり清掃一組に引き継がれたのである。
 清掃事業の区移管問題はきわめて根が深い。その起源は1932年の大東京市の誕生に遡る。1943年に始まった東京都制と特別区の問題はいずれ稿を改めたいが、今回の事故を考えるにあたって欠かすことのできない背景の一つであることは確かである。
 7月下旬、清掃一組と23特別区および東京都(環境局)の3者が連携して収集運搬業者と排出事業者への聴き込みを開始した。「水銀を多く含む産業廃棄物を家庭ごみに混入させた」(各メディアの表現)との見方からであった。[次回につづく]

注)関係者の間では「東京二十三区清掃一部事務組合」を「一組」と略称しているが、東京以外の方々にも役割を明確にするため「清掃一組」に統一した。ちなみに日の出町の「東京たま広域資源循環組合」の略称は「循環組合」である。














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