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「アンビリバボー」放映のラタラジュー「真性異言」の意義

2010-08-05 00:07:57 | 高森光季>その他
 本日、午後7時57分から、フジテレビ系「奇跡体験!アンビリバボー」で、「前世のネパール語で会話したラタラジューの事例」が放送されます。

 催眠によって、記憶をどんどんさかのぼり、出生以前、そしてさらに前世(とおぼしきもの)へと戻ることがあります。その前世で起こった出来事を思い出すことで、現世の自分の病気や恐怖症などが治ることがあります。
 これが「前世療法」です。
 催眠を受けた人全員が前世にさかのぼれるわけではありません。その割合は施術者(かける人)によってまちまちです。20%という人もいれば、80%という人もいます。現在のところ、はっきりとした検証はされていません。

 一般の前世療法では、病気や恐怖症などが治れば、それでよしということになります。その前世が本当かどうかは問題にしません。クライエント(来談者、患者)は、多くの場合、「あれは自分の前世だ」と感じるようで、「魂は死なないことを確信した」と言う人もいます。けれども、それ以上、「真実か否か」を突き止めようとはしません。

 ごく一部の前世療法家は、クライエントが思い出したことが、どれほど歴史的事実と一致するのか、調査しました。そして、「これは歴史的事実で、しかもクライエントが知ることができない事柄だ」と認められるものも、稀にあることがわかりました。

 さて、ここであるクライエントが、催眠によって前世の記憶を甦らせたとします。
 今回の「ラタラジューの事例」で言えば、里沙さんというクライエントが、前世に戻るよう誘導され、ネパールに生まれ、シャハ王朝あるいはラナ家に兵士として雇われ、自分と妻と子供の名前を言い、村にはヒルが多くいたことなどを話したとします。そしてそれらの事柄が歴史的に充分あり得ることだと明らかになったとします。
 さらに、里沙さんが、こうした事実をどこでも学ばなかった(学んだ可能性がほぼない)とします。(セラピストで研究者の稲垣勝巳氏は、綿密で精力的な調査によって、「学んだ可能性」を否定しています。)
 そうすると、これはかなり信憑性の高い「前世の記憶」と言えます。

 しかし、これに反論する人がいます。
 「里沙さんは、透視といった超能力で、誰かの心の中にある記憶を読み取ったり、ネパールにある記録を透視したりして、ラタラジューという人物を創り上げたのだ」という反論です。
 これはかなりトンデモナイ反論ですけれども、一部の超能力者は、遠くにある物体の姿を見たり、人の心の状態を読み取ったりすることもあるので、「絶対あり得ない」とは言えません。里沙さんは超能力などを発揮したことはないのですが、「催眠誘導によってたまたま発揮した」という反論もあり得ます(確かに催眠状態で透視などの超能力が突然出現することはあります)。

 では、里沙さんが、ラタラジューが使っていたネパール語で、会話を始めたらどうでしょうか。
 会話能力は、透視や読心術では得ることができません。辞書や教科書を読み取ったとしても、それだけで話せるようにはならないわけです。
 つまり「透視などで創作した」という反論は成立しなくなります。
 そして、「前世記憶の信憑性」は非常に高くなるわけです。

 ただし、もう一つの仮説があります。それは「霊が憑依した」という説です。里沙さんは霊媒体質で、以前ネパールに生きたラタラジューという人が霊となっていて、それが突然憑依したのだ、という解釈です。
 これは難しい問題です。断定はできませんが、通常、「霊が憑依する」と、その間、憑依された側の人間の記憶は失われています。何が起こったか覚えていないのです。
 ラタラジューの事例では、里沙さんはネパール語を話している間の記憶を持っています。
 また、ラタラジューと自分の間に、親密感(同一性感覚)を感じていたと証言しています。
 ですから、おそらくこれは憑霊現象ではないと思われます。

 前世の記憶を甦らせ、かつその前世での言葉を話す、という事例はきわめて稀で、世界で5例ほどしか報告されていません。
 なぜこのようなことが起こるのか。それは謎です。
 イアン・スティーヴンソンが調査した「シャラーダの事例」では、インドのウッタラという女性が、突然前世紀に別の場所で生きたシャラーダという女性に人格変化し、学んだことのないベンガル語を話すということが報告されています。(『前世の言葉を話す人々』参照)
 この事例は、
  ・シャラーダ状態では、身のこなしなどの行動パターンが変わり、電話機というものを理解できないなど、ほぼ完全な人格変換が起こっている。
  ・シャラーダが話している間は現世人格は記憶がない。
  ・シャラーダは、自分が死んだことを自覚していない。
 といった理由から、「憑霊」が疑われます。

 ごく稀ですが、霊媒に霊が憑依した際、その霊が生きていた国の言葉で話す(書く)という現象が起こることも報告があります(ブラジルの霊媒ミラベリのケースなど)。
 どうも、一部の霊はそういうことができるようです。
 しかし、ラタラジューの事例では、憑霊現象とはどうしても判断できません。
 あくまで推察ですが、「単なる記憶を思い出す」のではなく、「前世の人格そのものが強力に前面に出てくる」場合、こういうことが起こりうるのかもしれません。
 そういう意味でも、今回の事例は、非常に貴重なものだと思います。そしてそれが映像になりテレビという形で広く知られることは、大いに意義があるものだと思います。
 
 なお、今回の事例の詳しい内容については、mixi の稲垣先生のコミュ「前世療法の探究」
 http://mixi.jp/view_community.pl?id=2399316
 をご参照ください。

 もちろん、今回の事例だけで、「人間は生まれ変わる」ということが、誰もが認める形で証明されたわけではありません(何が立証されたら証明になるのかに関して合意がないので)。「死後存続」(人間の人格の主要な部分は死の後も残る)を認めない人(唯物論者)からは、いろいろと反論もあると思います。「やらせだ!」「あるはずがない!」といった感情的な反論は別として、もし蓋然性の高い別の解釈が出されるのであれば、きちんと検討しなければならないでしょう。

付記:この事例のクライエントである里沙さんは、かなり悲痛な前世を思い出したためにつらい思いをしたそうですが、それにもかかわらず、またご自身の重い病気をいとわず、懐疑的な調査方法にもめげず、研究に協力されています。お金にも名声にも関係なく、むしろ白眼視される危険性さえあるのに、真実の探求に奉仕される精神は、実に尊いものだと思います。

      *      *      *

 スピリチュアリズムの立場から、生まれ変わりをめぐるよくある疑問に、Q&A形式で。

 「生まれ変わりは本当にあるの?」
 「ある」と考えてよいと思います。複数の「霊からの通信」ははっきりあると言っていますし、イアン・スティーヴンソンの研究、そしてワイス、ホイットン、ウィリストン、ニュートンといった前世療法家の報告を見ると、筆者は「ある」としか思えません(ただ、一部の「霊からの通信」では、「生まれ変わりの問題は非常に複雑なので、人間の知性では理解できない」とも言われているので、断定を留保する必要はあるかもしれません)。

 「誰もが生まれ変わってきているの?」
 これはわかりません。「今回が初めて」という人がいるかもしれません(ニュートンの報告では、どうもいるようです)。

 「生まれ変わりは何回もするの?」
 これも断定的なことは言えません。里沙さんのケースでは、「今回が3回目」と言われています。前世療法の事例では、数回、十数回という証言もあります。中には「100回以上」というようなことを主張する報告もありますが、これはちょっと変(通常の生まれ変わりとは違う見方をしている?)だと思われます。

 「何回か生まれ変わっている人は、誰もが前世の記憶を持っているの?」
 おそらく無意識の中に、前世の記憶はあるでしょう。そして、好き嫌いとか、やりたいこと、生き方の特色といったことに、かなり影響を及ぼしていると思われます。水が恐いという人が、前世記憶を甦らせたところ、前世で水死しており、それを知ってから恐怖症がなくなったという事例もあります。特定の国、文化、芸術などへの愛着も、前世に関係している場合があるようです。

 「なぜ普通は前世の記憶を思い出せないの?」
 一部の霊からのメッセージは、「前世の記憶がないほうが、魂の成長にはよい」と言っています。人間の意識はまだもろくて弱いので、前世のつらい出来事を思い出すとバランスが崩れたり、前世のネガティブな思いや感情に引きずられてしまうから、ということのようです。

 「思い出せないなら、前世に何の意味があるの?」
 前世自体に何かの意味があるのではなく、人間の魂は、何度も地上に生まれ変わって成長をしていく、その当然の結果として、前世があり現世がある、ということになります。前世でやり残したこと、魂としてまだ学ぶべきことがあれば、魂は地上に生まれ変わる。そしてその「課題」は、意識できなくとも、魂(無意識)は知っている、ということです。

 「前世の記憶を思い出すことはよいことなの、悪いことなの?」
 通常、しいて前世の記憶を思い出すことは必要ないでしょう。興味本位で探って、悲惨な過去を思い出し、心のバランスが崩れるといった危険性もあるかもしれません。ただ、何らかの不都合、たとえば心身症とか恐怖症とか、どうにもならない苦境とかが生じた場合、その打開のために前世記憶を思い出すことが役立つことはあるようですし、それはやむを得ないものだと思われます。真摯な霊的探究として前世探究を行なう人もいるようですが、それはまあ、自己責任ということで(ちなみに、催眠でない方法もあります)。

 「生まれ変わりたくないから生まれ変わらないということはできるの?」
 魂は、霊的成長の最善の方法として、この地上に生まれてくることを「自ら選んで」いると言われています。
 そして、魂が充分に成長すれば、もはや地上の生で学ぶ必要がなくなり、この世には生まれ変わらなくなるようです。ただし、どうすれば「卒業」になるかは、はっきりしていません。
 (ちなみに、ブッダの宗教的探究は「どうやったらこの苦しい地上に生まれ変わらなくなれるか」というものだったと思われます。このブログの【仏教って何だろう】を参照)。
 今の意識では「生まれ変わりたくない」と思っていても、霊界に行っていろいろと回顧・反省し、その上で「また生まれ変わって学ぶ」ことを納得ずくで選ぶ魂も多いようです。
 「生まれ変わりたくないのなら、ちゃんとこの人生で学ぶべきことを学んでいきましょうね」というところでしょうか。

 なお、「生まれ変わり」や「死後存続」があるからと言って、「リセット」を望んで自殺することは大きな間違いです。自暴自棄、悲観、恨みなどを抱えて自殺すると、死後も長くその思いに囚われて苦しむことが多いとされています。

      *      *      *

 再録になりますが、「生まれ変わり」問題をめぐる良質と思われる図書を挙げておきます。★は特にお薦めの本です。
★イアン・スティーヴンソン/笠原敏雄訳『前世を記憶する子供たち』日本教文社、1990年
イアン・スティーヴンソン/笠原敏雄訳『前世の言葉を語る人々』春秋社、1996年
イアン・スティーヴンソン/笠原敏雄訳『生まれ変わりの刻印』春秋社、1998年
イアン・スティーヴンソン/笠原敏雄訳『前世を記憶する子供たち2』日本教文社、2005年
★グレン・ウィリストン+ジュディス・ジョンストン/飯田史彦訳『生きる意味の探究』徳間書店、1999年(編抄訳)
ジョエル・L・ホイットン他/片桐すみ子訳『輪廻転生――驚くべき現代の神話』人文書院、1989年
ブライアン・L・ワイス/山川紘矢他訳『前世療法』PHP文庫、1996年
ブライアン・L・ワイス/山川紘矢他訳『前世療法2』PHP文庫、1997年
★マイケル・ニュートン/澤西康史訳『死後の世界が教える「人生はなんのためにあるのか」』VOICE、2000年
マイケル・ニュートン/三山一訳『死後の世界を知ると、人生は深く癒される』VOICE、2001年
★稲垣勝巳著『前世療法の探究』春秋社、2006年
★アラン・カーデック(カルデック)/桑原啓善訳『霊の書』(上下)潮文社、1986~7年
★グレース・クック/桑原啓善訳『ホワイト・イーグル霊言集』潮文社、1986年
ジェラルディーン・カミンズ/梅原伸太郎訳『不滅への道』春秋社、2000年
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