木倉の話
竿忠が黒田さんへ出入りするようになつて深川の木倉の竹を切り出した。当時は至つて淋しかつた。竿忠が竹を切つていると頭の上で五百羅漢の鐘がゴーンと鳴る。誠に淋しい風情、この木倉に番人がいて、或る日退屈の余り窓から顔を出して土手の方をみていた。すると土手の小穴からニョロ/\と出た奴が頭に角のある蛇だ。之を見て番人が其処へ駈付けて行くと蛇は穴の中へ這入つて了つたから、小屋へ引返して鉄瓶を提げて来ると穴の中へ湯を注ぎ込んで掘つて見たが幾ら掘つても蛇はとう/\出て来なかつた。之は番人が見違いでは無い。立派に角があつたのだ。此処には角のある蛇が予てから評判ではあつたが。此時以後には見たという人も無い様子だが。若し旨く捕まえたとしたら珍しい蛇とて定めし評判にもなつたろうに。又この木倉には狐がいて。木倉の構内に落ちている物は何でも翌朝。門の処へ置いて在つたとの事。或時この番人が竿忠方へ支那焼か何かも見事な印肉壺をもつて来。買つて呉れろと言われたが。お金のゆきさつで買わなかつたが大層立派な物であつたそうだ。之は確か宮様が木倉の鯉の御用釣にお出の際。印肉壺の中に餌でも入れてきて。お忘れ置きになられたものだろうとの噂であつた。又或時木倉で御用材を木挽(こびき)が挽いていた処。その木の中からポタ/\と血が垂れてきた。テモまあ不思議な事もあるものだ。そこで段々調べてみると、夫れは御用材全部、木倉の堀へ浸けて置くもので、この木の空虚の中へ鯰が小さい内に這入つて、中で育つて大きくなり、外へ出られなくなつた。それを切つたから血が出たのだ。だが斯う分かれば何でもないが其時は、木挽もびつくりした事だ。此時分の木倉の野布袋は竿忠家で全部手に入れていた。
竿忠が黒田さんへ出入りするようになつて深川の木倉の竹を切り出した。当時は至つて淋しかつた。竿忠が竹を切つていると頭の上で五百羅漢の鐘がゴーンと鳴る。誠に淋しい風情、この木倉に番人がいて、或る日退屈の余り窓から顔を出して土手の方をみていた。すると土手の小穴からニョロ/\と出た奴が頭に角のある蛇だ。之を見て番人が其処へ駈付けて行くと蛇は穴の中へ這入つて了つたから、小屋へ引返して鉄瓶を提げて来ると穴の中へ湯を注ぎ込んで掘つて見たが幾ら掘つても蛇はとう/\出て来なかつた。之は番人が見違いでは無い。立派に角があつたのだ。此処には角のある蛇が予てから評判ではあつたが。此時以後には見たという人も無い様子だが。若し旨く捕まえたとしたら珍しい蛇とて定めし評判にもなつたろうに。又この木倉には狐がいて。木倉の構内に落ちている物は何でも翌朝。門の処へ置いて在つたとの事。或時この番人が竿忠方へ支那焼か何かも見事な印肉壺をもつて来。買つて呉れろと言われたが。お金のゆきさつで買わなかつたが大層立派な物であつたそうだ。之は確か宮様が木倉の鯉の御用釣にお出の際。印肉壺の中に餌でも入れてきて。お忘れ置きになられたものだろうとの噂であつた。又或時木倉で御用材を木挽(こびき)が挽いていた処。その木の中からポタ/\と血が垂れてきた。テモまあ不思議な事もあるものだ。そこで段々調べてみると、夫れは御用材全部、木倉の堀へ浸けて置くもので、この木の空虚の中へ鯰が小さい内に這入つて、中で育つて大きくなり、外へ出られなくなつた。それを切つたから血が出たのだ。だが斯う分かれば何でもないが其時は、木挽もびつくりした事だ。此時分の木倉の野布袋は竿忠家で全部手に入れていた。