ネット小説 十津川 健也

某国のイージ○や、戦国自衛○をめざしたいものですね・・・
※ 携帯対応

「殺意と復讐の房総」はじめに

2008-09-08 22:51:24 | ◇殺意と復讐の房総◇(完結)
殺意と復讐の房総

作:十津川 健也


著者のことば

最近、クリーム色にワインレッドの旧国鉄色の特急を見かけなくなった。民営化後も暫く、外房線、内房線に旧国鉄色の183系特急が走っていたが、今では、E257系特急に替えられ、旧国鉄色の特急を見る事が出来なくなった。
この作品は、7年前に房総に取材に行き、旧国鉄色の特急が走っていた頃のストーリーである。従って、この作品の時刻表も平成13年10月を基に構成した。
私は、今では見られなくなった旧国鉄色の特急を惜しんで、この作品を書きました。


あらすじ

荻窪のパブに勤務する木原洋子と久保康子は、休日を利用して、房総への日帰り旅行にでかけた。だが、鋸山のトイレで、友人の康子が殺されてしまう。更に、彼女たちを尾行していた怪しい男も、保田の海岸で刺殺体となって発見された。
千葉県警の捜査協力依頼により捜査を開始した警視庁の伊波警部は、事件の裏に4年前の殺人事件が絡んでいる事を知る。

本編へ

↓クリック頂くと、励みになります。
にほんブログ村 小説ブログへ にほんブログ村 小説ブログ ミステリー・推理小説へ

殺意と復讐の房総1~4

2008-09-07 16:08:33 | ◇殺意と復讐の房総◇(完結)
1.

空は、雲一つ無い秋晴れの天気だった。
10月19日、洋子は、同じ荻窪のパブで働いている友人の康子と、房総への日帰り旅行をする事になっていた。前から、JRのパンフレットを見て計画していたものだ。

洋子は、吉祥寺のアパートを9時30分に出て、JR吉祥寺駅へと歩いた。
吉祥寺駅から中央線で東京駅まで行き、それから10時30分発の特急「さざなみ7号」に乗り浜金谷まで行く。浜金谷に着いたら、金谷~久里浜間のフェリーに乗り、東京湾の遊覧を楽しむ予定になっている。洋子も前からフェリーに乗って東京湾の遊覧をしてみたいと思っていた。それにJRのパンフレットには、金谷~久里浜間の往復遊覧の割引チケットが付いていたので、それを使う事が出来る。

吉祥寺駅前のロータリーに着くと、康子が一人で待っていた。
「お待たせ~。どぉ待った?」
洋子が康子に訊いた。

「ううん。私も、今着いたばかりなの」
康子が笑顔で答える。
「最初、遊覧船に乗るんでしょ?」

「ええ。一度、遊覧フェリーに乗って、東京湾を横断したいと思っていたの」

「私も、東京湾を横断するフェリーがある事は知っていたけど、往復遊覧が出来るなんて、パンフレットを見て初めて分ったの」
と、康子が言った。

二人は、吉祥寺駅から東京行き中央線快速に乗った。東京駅に着くと京葉線のホームまで歩く。京葉線のホームは地下にあるのでかなり歩く。京葉線のホームに着くと、特急「さざなみ7号」は、既にホームに入線していた。

クリーム色の車体に赤のラインが入った旧国鉄色の特急である。国鉄がJRになってから特急のデザイン変わっている。そういえば中央本線を走っている「あずさ」や以前、信越本線を走っていた「あさま」も眼の前に停車している「さざなみ」と同じデザインをしていた事を洋子は思い出した。

都内から出る特急はほとんどデザインが変わっているのに房総方面に向かう特急だけは旧国鉄色のままである。だが、房総方面の特急には「ビューわかしお」「ビューさざなみ」という真新しい列車も走っている。
「さざなみ7号」は、定刻の10時30分に東京駅を発車した。その後、「さざなみ7号」は、蘇我、五井、木更津、君津と停車して行く。君津から各駅停車となる。
「さざなみ7号」は、八丁堀を過ぎると地上へと出る。

洋子と康子は、しばらく外の景色を楽しんだ。
都内の空は、青々と広がっている。
絶好の旅行日和である。

「康子、先日滝沢さんと揉めていたけど、何かあったの?」
洋子が康子に訊いた。
滝沢とは、洋子と康子の勤めるパブ「ルネッサンス」に飲みに来る常連客である。洋子も一緒の席に付いた事があるが、彼はほとんど康子を指名している。

「ううん、滝沢さんとジョイポリスに行く約束をしたんだけど、私の方が急に用事が出来て、断ったら滝沢さんが怒り出したのよ」
と、康子は答えた。

「私には、そんな会話には聞こえなかったような気がするんだけど・・・」
洋子は、心配そうに聞く。
それでも康子は陽気に、

「それは、洋子の考え過ぎ。それに、今日はイイ旅行日和なんだから~、その話はまた あ・と・で」
と、答えた。

「さざなみ7号」が、木更津を過ぎると低い山が多くなり、トンネルに入って行った。
11時32分定刻、君津着。
ここから普通列車となる。

学校の中間テストの時期なので、ホームから高校生たちが乗って来た。喫煙車両なので、その生徒たちは座席に座るとすぐ、煙草を吸い始めた。
(困った高校生ね)
洋子は、そう思いながら、生徒たちをしばらく見つめた。

列車は、君津駅を発車した。
普通列車になったので、速度も遅くなっている。佐貫を過ぎると、車窓から東京湾の雄大な景色が眼に飛び込んで来た。
「わあっ、いい眺め~」
と、洋子は、はしゃいだ。

海岸と内房線に挟まれて、国道127号線が走っている。湾内には、フェリーが航行していた。
洋子と康子がこれから乗る金谷~久里浜フェリーである。

「あのフェリーに乗るのね」
康子が、指でフェリーを指した。

「そうよ。もうすぐ着くね」
と、洋子が言った。
12時10分に浜金谷に着いた。平たい木造駅舎で、都会に住む洋子にとって、その駅はローカル風に思えた。

二人は、フェリー乗場へと向かって歩いた。
5分程で乗場に着いた。フェリー乗場は、金谷漁港と反対方向の場所にある。乗場には、久里浜行きのフェリー「くりはま丸」が入港していた。

----------


2.

洋子と康子は、割引券で遊覧のチケットを買い、「くりはま丸」に乗り込んだ。
10分後「くりはま丸」は、ゆっくりと金谷港を離れた。

洋子と康子の二人は、デッキに上がって、周りの景色を見渡した。
三浦半島からは、火力発電所の大きな煙突が眼に入る。

洋子は、反対側の金谷の方に眼を向けてみた。すると、三浦半島と房総半島の間がかなり狭い事に気付いた。洋子は、この間がもっと広いと思っていた。

「三浦半島と房総半島の間が、こんなに近いとは思わなかったな~」
と、洋子が言った。

「私も~、東京湾ってもっと広いと思ってた~」
と、康子も言う。

「あっ、富士山が見える~」
康子が、富士山の見える方向を指した。

洋子も、康子が指した方向を見て、
「あっ、本当だ」

富士山が、三浦半島の上から、うっすらと見えた。

船内は空いていて、小学生の団体がはしゃいでいた。
二人は、デッキのベンチに腰掛け、煙草を吸い始めた。空には、カモメが乱舞している。
湾の中間に来ると風が強くなって来た。
こうして船の上でのんびりしていると、酔っぱらい相手の夜の仕事の事なんて忘れてしまう。

35分で久里浜に着いた。
遊覧チケットなので、船から降りる事は出来ない。二人は、船が出るまで船内を見て歩いた。

午後の1時半になって、洋子の携帯電話が鳴った。相手は、常連客の滝沢だった。

「私に電話かけて来るなんて、珍しいんじゃない」
洋子が、言った。

「俺も洋子ちゃんと話がしたくてね。今、どこにいるの?」
滝沢が訊いた。

「今、康子と一緒に房総に来て、東京湾フェリーに乗っているの」

「房総に行ってるんだ」

「そうよ。滝沢さん、今どこにいるの?」
洋子は、訊いた。

「日暮里駅にいるよ」
滝沢は、言った。
電話から、京浜東北線磯子行きの電車が来るというアナウンスが流れている。

「滝沢さんも房総に来る?」

「いいよ。遠慮しとく。それにやっちゃんも一緒にいるんだろう?」

「いるよ。康子と代わる?」

「いいよ。やっちゃんとあまり話したくないんだ」
滝沢は、そう言って、電話を切った。

(どうしたのかしら)
洋子は、首を左右に振った。

「洋子、誰から?」
康子が訊いて来た。

「滝沢さんから」
洋子は答えてから、
「なんでも、康子と話がしたくないって言ってた」

「本当に?」
康子は、言った。

「ねえ、滝沢さんと何があったの?」
洋子が、再び訊いた。

だが、康子は、
「洋子が心配するほどでもないから、あまり気にしないで」
と、にべもない。

「近頃、滝沢さんと仲が悪いみたいだから・・・」
洋子が言うと、康子はきつい眼になり、

「ねえ、洋子。私と滝沢さんは別にそんな深い仲じゃないから。あくまで店の客としてのお付き合いだけだから。その事は洋子も分ってるよね」
と、口を尖らせた。

「そうだったよね」
洋子は、やむなく、あっさり肯いた。
折角の旅行を、気分の悪いものにしたくなかったのだ。

それでも洋子は、康子と滝沢の関係が気になって、仕方が無かった。何故なら、店に入った頃は地味だった康子が、滝沢が店に来るようになってから、スタイルも服装も派手になって来たからだ。
(二人のあいだは、どんな関係なのかな~?)
洋子は、ついそんな事を考えてしまう。

13時55分「くりはま丸」は金谷港に向けて出港した。火力発電所や久里浜の街が徐々に視界から遠ざかって行く。

金谷港に着き、二人はデッキから降りた。
改札口から外に出ると「くりはま丸」からは次々と車が吐き出されて来た。

----------


3.

二人は、国道127号を横切り、鋸山へ向けて歩いた。
金谷の街を通り抜け、10分で鋸山のロープウェイ乗り場に着いた。ここでもJRのトクトクチケットが使えるので、それでロープウェイの切符を買った。

二人の乗ったロープウェイは鋸山へ向かって登って行った。ウィークディで観光客は少ないが、ゴンドラには、洋子と康子の他に5人の客が乗っている。女性のガイドが周辺の景色と鋸山について、マイクで説明している。
窓から東京湾一帯の景色が見えて来た。金谷の街が小さく見える。青い東京湾の向こうには三浦半島も見えた。

ロープウェイを降りた二人は、鋸山の頂上へ向かって歩いた。
頂上に着き、西側を見下ろす。

「わあ~、い~い眺め~」
洋子が、叫んだ。

「本当に来てよかった。東京の近くに、こんな素晴らしい景色が見られる所があるなんて、わからなかった~」
康子もそう言って、下の景色を眺めた。

金谷港が見え、先ほど乗ったフェリーも小さく見える。頂上の真下は、風雨の浸食によってできた奇岩と眼もくらむ絶壁になっている。
鋸山は、今から200万年もの昔、大地震の続く中で、永い間海の底に眠っていた巨大岩石が生まれてできた。鋸山の名は、山の稜線がノコギリの歯に似ている事から、そう名付けられた。

西側からは、城ヶ島、富士山、観音崎、なんと横浜ランドマークタワーまでが見える。
それらの見える方向を示した文字が下に書かれている。

「ねえ、この方向からランドマークタワーも見えるんだって」
洋子は、ランドマークタワーの文字を見て、矢印の指す方向を見た。

「ええ、本当?~どこ?」
康子も洋子と同じ方向を眺めた。
だが、横浜の方向は霞んでいて、はっきり見えない。

「今日は全然見えないね~」
康子がぼやいた。

「反対側も見てみようよ~」
洋子は、そう言って、東側の展望台に眼を向けた時だった。
ベンチに座って、煙草を吸っている男の姿を捉えた。

紺のスーツを着て、サングラスをかけている。身長180cmはある。その姿がなんとなくタレントのKに似ている。

「ねえ、康子。あの男見て」
洋子は、その男に眼を向けて康子に言った。

康子も、洋子と同じ方向に眼を向けた。
サングラスの男が、煙草を揉み消しているところだった。

「あの男が、どうしたのよ?」
康子は、洋子に訊いて、しばらくしてから、

「ああ、タレントのKに似てるってね」
と、暢気な表情で答えた。

「違うって。私たちの事、付けてるみたい。『くりはま丸』にも乗っていたし・・・」
洋子が言うと、康子はクスッと笑った。

「考え過ぎよ~。私たちが付けられる様な理由なんて有る~?」

「でも、こっちをじっと見てたし、きっとストーカーかもしれないよ」

「何言ってんの~。ストーカーが二人組みの女性を付けたりする~?洋子は心配性なのよ~」

「康子は、そう思う?でも、なんか不気味」
洋子は、真面目な顔になった。

店でも見た事がない、初めて見る男だったからだ。洋子は、以前ストーカーに付けられた事は一度も無い。また、男性関係でトラブルになった事もなかった。康子も同様である。まあ、康子の場合は滝沢との件を除けばだが。
それにしても、不気味な男である。観光で来ているとは、とても思えない。

「ちょっと、トイレに行って来るね」
康子は、そう言って、下のロープウェー乗り場のほうへ降りて行った。

康子が居なくなった途端、洋子は不安に駆られた。サングラスの男が気になっていたからである。洋子は、辺りを警戒する様な眼で見回した。だが、男の姿はなかった。展望台には、女二人を連れた男と若いカップルがいるだけだった。
(消えた。やはり私の考え過ぎかな)

洋子は、不安が和らぐと、南側の展望台へ歩いた。南側からは、太平洋が一望でき、天気の良い日は新島、利島、大島が見える。
展望台から下へ眼を向けると、保田の海岸や街並みが見え、その中を内房線が走っている。

時刻は3時を廻っていた。もうちょっと時間があれば、富津岬や東京ドイツ村にも行ってみたいのだが、今日はもう、そんな余裕もない。休日というのは、あっという間に終わってしまう。洋子は、そんな事を思っているうちに、康子が戻って来ないのに気付いた。
トイレに行ってから20分ほど過ぎている。
(まさか?)
洋子は、心配になり、下のトイレまで降りて行った。サングラスの男の事が気になったからである。

その時、女性の悲鳴が上がった。
洋子は狼狽して、トイレへと向かった。
トイレの入り口の前で、中年の女性が二、三人立っていた。鋸山ロープウェーの職員も駆け付けて来た。

「何があったんですか?」
洋子は、中年の女性に訊いた。

「女の人が倒れているんです」
女性は青ざめた表情で答えた。

洋子は、トイレの中を覗き込んだ途端、顔色が変わった。
康子が、洗面所の前で俯伏せに倒れていたからだ。背中から血が流れている。

「康子 !! どうしたのッ !! 」
洋子は、康子の傍らに屈み込んで叫んだ。何者かに刺されたらしい。洗面所の蛇口からは水が流れたままになっている。

「あなたの連れの方ですね?」
ロープウェー乗り場の職員が訊いた。

だが洋子は、それに答えるより
「早く !! 救急車を呼んで !! 」
と叫んだ。

----------



4.

富津警察署からパトカーがサイレンを鳴らして、鋸山登山道を登って来た。救急車も同様にやって来た。
救急隊員は、康子の傍らに屈み込んで、手首に触れてみたが、脈は既に消えていた。

「お亡くなりのようです。残念ですが・・・」
救急隊員が、そう言うと、洋子は、

「うっ、嘘でしょう。嘘だって言ってよッ!」
と、叫んで泣き崩れた。

洋子にとって、今日という日ほど、大きな衝撃を受けた日はなかった。休日を利用して旅行に来て、まさか同じ店で働く友人の康子が殺されるとは思ってもみなかった。

(あの男だわ)
とっさに、サングラスの男の事が、洋子の頭に浮かんだ。

それから、洋子は、千葉県警の原田という警部から事情を聞かれた。

「休日を利用して、富津へ旅行に来られた訳ですね」
原田は、洋子に訊いた。

「ええ、そうです。康子と一緒に房総に日帰り旅行に来ました」
と、洋子は答えた。

「洗面所の蛇口から水が流れたままになっていたから、手を洗っている時、背後から鋭利な刃物で刺されたのでしょう」
と、原田は言った。

「刃物ですか?」

「そうです。それも包丁などではなくて、サバイバルナイフの様なものです。害者の財布は盗られていませんでしたから、物盗りの犯行ではない。それで、康子さんが被害に遭う前、怪しい人物を目撃しませんでしたか?」
原田は、洋子に訊いた。

洋子は、頂上で自分たちを付けていたと思われるタレントのKに似たサングラスの男の事を説明した。

「その男が、君たちの事を付けていたと言うんだね?」
原田が訊いた。

「ええ、そんな感じでした。『くりはま丸』に乗っている時にも見かけましたから・・・」

「その時も、付けられている様な感じでしたか?」

「いいえ。付けられていると言う感じではなくて、私たちの事をじっと見ていたので、気になっていましたけど、鋸山の頂上でまた会った時は、付けられている様な気になりました」

「康子さんは、その男の事に気付いていましたか?」

「いいえ。私が康子に、その男の事を言ったら、呑気な顔で考え過ぎよって言われました」

「すると、サングラスの男の事には、康子さんは気付かなかったんですね?」

「ええ、そうなんです」
洋子は、肯いた。

康子も、あの男に気付いていれば、多少警戒もしていただろうし、みすみす殺される事もなかったのではないか。洋子は、それが悔しくてならない。

「ところで、そのサングラスの男とは以前、何処かで会った事はありませんでしたか?」

「いいえ。店にも来た事はない人でした」
洋子は、答えた。

「そうですか。康子さんは、ストーカーに狙われているとか、男性関係でトラブルになったという事はありませんでしたか?」

「それもなかったです。康子も、そんな事は私に一言も言ってなかったし、ストーカーに狙われているって言う話も聞いていません」

「店での評判は?」

「良かったです。康子は、結構モテましたし、指名するお客さんもいっぱいいました」

「わかりました。それでは、そのサングラスの男のモンタージュを作りますので、一緒に署まで来て頂けますか?」
と、原田は言った。

洋子は、覆面パトカーに乗せられ、原田と一緒に富津警察署へ向かった。
署に着くと、既に、「鋸山殺人事件捜査本部」の看板が出ていた。

また、これまでの聞き込みの結果、鋸山登山道を黒い車に乗って降りて来たサングラスを掛けた男を、料金所の職員が目撃している。
車は、BMWである。

洋子の証言を元に、モンタージュが出来た。タレントのKにそっくりである。

「似ています。こんな感じの男でした」
洋子は、眼を大きくして言った。

「間違いありませんか?」
原田は、訊いた。

「ええ、間違いありません」
洋子は、はっきりと答えた。

「それでは、このモンタージュの男が犯人と見ていいでしょう。鋸山登山道の料金所の職員にも、このモンタージュを見せて確認してもらいましょう」
と、原田は言った。

洋子が富津警察署を出たのは、夕方の6時を過ぎていた。その日は帰る気にはなれず、近くのホテルに泊まる事にした。原田警部が、そのホテルを紹介してくれ、彼が覆面パトカーで、そこまで送ってくれた。
ホテルに着くと、荻窪の店に電話をかけ、康子が殺された事と、しばらく店を休む事を告げた。

康子が殺された事を告げると、店長はびっくりして
「マ、マジかよ!」
と、叫んで、かなり衝撃を受けた様だった。
----------------

次へ

殺意と復讐の房総5~7

2008-09-06 09:10:05 | ◇殺意と復讐の房総◇(完結)
最初から読む

5.

その頃、東京の警視庁に千葉県警から、鋸山で起きた殺人事件の協力要請があった。

被害者は、荻窪のパブでホステスをしている久保康子、27歳。
同じパブに勤める木原洋子と、富津に日帰り旅行に来て、鋸山のロープウェイ乗り場のトイレで殺害されたという内容だった。
更に、事件の直後、鋸山登山道を黒のBMWで、容疑者と思われる男が降りて来るが目撃されたという。

捜査一課の伊波警部は、千葉県警の原田警部からの電話に対応していた。

「では、その男が犯人と見て、間違いないでしょう」
伊波は、断定する様に言った。

「私も、そう見ています。それでですね、久保康子の交友関係を調べてもらいたいのですよ。久保康子とその男が、以前、何処かで会っていると思うんですよ」
と、原田は言った。

「一緒に旅行していた木原洋子さんは、その男の事に関しては、何も知らないんですか?」

「会った事もないし、店にも来た事はないと、おっしゃってました」

「それでは、久保康子が個人的に会っていて、洋子さんには、その男の事は話していなかったんですね?」

「そういう事になります。それで、その男のモンタージュ写真のコピーを、すぐにFAXで送ります」
と、原田は言った。

千葉県警から、モンタージュ写真のコピーがFAXで送られて来ると、伊波は、そのコピーを持って、部下の坂本刑事を連れて、吉祥寺にある久保康子のマンションに向かった。

二人は、東京駅から中央線に乗り、吉祥寺で降りた。

「久保康子は、友人の洋子と特急『さざなみ7号』に乗って、房総へ日帰り旅行へ行ったと言ってましたね?」
吉祥寺駅を出たところで、坂本が訊いた。

「そうだ。『さざなみ7号』は、東京駅を10時30分に発車する」
と、伊波は答えた。

「すると、犯人は『さざなみ7号に二人が乗る時から尾行していたんでしょうか?」

「それは分らない。第一、容疑者と思われる男は、車で鋸山を降りているからね」

「それに、久保康子は殺されたが、一緒にいた友人の木原洋子は殺されなかった。と、言う事は、犯人は、久保康子を殺す事が目的の様だったみたいですね」

「そういう事になる。千葉県警からの報告では、財布も盗られていなかったから怨恨の線が強いと言っている。その為にも、被害者の交遊関係を調べる必要があるんだ」
と、伊波は言った。

久保康子のマンションは、駅から歩いて10分程のところにあった。
2DKのマンションである。
管理人に鍵を開けて貰い、中へ入る。

部屋の中は、洋服ダンスもソファも高価なものばかりである。

「水商売をしているだけあって、豪華な生活をしていますね」
坂本が、羨ましそうな表情で言った。

「こんな豪華な生活が命取りになったのかもしれないね」
伊波は、部屋を見回しながら言った。

洋服ダンスを開けると、高価なスーツや派手なワンピースが、びっしりとハンガーに掛けられていた。

「これ全部、自分で買ったとは思われませんね」
洋服ダンスの中を覗きながら、坂本が言った。
タンスの中だけでも50着以上あった。

「店の給料が良くても、こんなには買えないな。恐らく男に買って貰ったんだろう」
と、伊波は言った。

洋服ダンスの引き出しやディスプレイラックなどを調べてみたが、男から来た手紙などは見つからなかった。中にあったのは携帯電話の通話料や電気代などの請求書だった。
ディスプレイラックの中にあったアルバムにも男と一緒に写っている写真は一枚も貼られてなかった。一緒に写っているのは、全部女友達ばかりで、東京ディズニーランドと横浜のランドマークタワーの前で仲良く写っている女性は、同じ女性である。

「この女性が、今回、久保康子と一緒に房総へ旅行した木原洋子だと思います」

「私も、そう思うね」
伊波は、肯いた。

今度は、管理人に訊いてみた。
「久保康子さんに、男の人が訪ねて来た事はありませんでしたか?」
伊波は、小柄な管理人に訊いた。

「私が見た限りでは、誰も訪ねて来ませんでしたね。帰宅した時も、タクシーで帰って来た事はあっても、男の車に送られて来た事は一度もなかったですね」
と、管理人は答えた。

「彼氏がいる様な事は言っていませんでしたか?」

「聞いていませんね。でも、彼氏の一人や二人はいたんじゃないかな?時々、派手な格好で出かけてましたからね」
と、管理人は曖昧に答えた。

その時、「これを見てください」と、ディスプレイラックの中を調べていた坂本が呼んだ。

坂本が、一枚の紙を手にしていた。
「ファイルの中に、こんな紙が挟まれていました」

「なんだね、それは?」
伊波は、坂本の傍らに来て、その紙に眼を通した。

B5サイズの紙に、新聞の記事をコピーしたものだった。
記事の内容は、3年前の4月に埼玉県上尾市で発生した殺人事件の事で、次の様に書かれていた。

<<ホームセンター店長、妻殺しの容疑で逮捕>>

『18日朝、埼玉県上尾市で主婦細谷江利さん(27)が殺された事件で、埼玉県警上尾署の捜査本部は、同日午後三時過ぎに、被害者の夫でホームセンター「キャッツ」上尾店の店長細谷政治(32)を殺人の容疑で逮捕した。
調べによると、細谷容疑者は、二、三日前から妻の江利さんと喧嘩が絶えず、同日朝の出勤前にも口論となり、カッとなって江利さんの首を絞めて殺害したというものである。
尚、細谷容疑者は、容疑を全面的に否認している』


「なんで、この事件の記事をコピーして取っていたんでしょうね?」
坂本が、伊波に訊いた。

「被害者が殺人事件に興味があって取っておいたとも考えにくい。恐らく、何かの理由でこの事件に関係していたのかもしれないな」
と、伊波は言った。

「と、言う事は今回の事件に関連がありそうですね」

「ああ、大いにあると思っているね。その事件が、今回の久保康子の殺害と何処かで繋がっていると思う」
伊波は、断言する様に言った。
二人は、この記事のコピーを持って、警視庁に戻った。着いた頃には、午後の11時を回っていた。
----------


6.

洋子は、ホテルの部屋で困惑していた。
どうしても眠る気にはなれなかった。康子が、何故殺されなければならなかったか?
殺される理由が見つけられず、煙草を吸いながら考えていた。

洋子が、今の荻窪のパブで働き始めたのが4年前で、その時に康子と知り合った。それ以来、康子と一緒に同じ店で長く働いて来た。今では、洋子と康子は店では古株である。
その間、多様な客を相手にしてきた。色々、ものを買って貰ったり、一緒に飲みに行った客もいたけれど、特定の彼氏もいなかった。それに康子は、それらしい事を私には言わなかった。

最近では、常連客の滝沢と付き合っている様だが、二人の間には溝が出来ているらしい。
滝沢と知り合ってから、康子は金回りが良くなったが、康子は彼の事をなんとも思っていなかったのではないか?ただ単に、一方的に滝沢が康子に熱を上げて貢いでいただけなのかも知れない。

(彼は、事件には関係ないわ)
洋子は、きっぱりと頭の中で否定した。

第一、滝沢は今日の午後一時半前に、日暮里駅から電話を掛けて来ている。
洋子と康子が「くりはま丸」に乗っている時間である。
そして、康子が鋸山で殺されたのは三時過ぎである。午後1時半前に日暮里駅に居て、3時過ぎまでに鋸山に着く事は不可能である。

それに、鋸山で不審なサングラスの男が洋子たちを見ているのだ。康子は、その男に殺されたに違いないのである。
(サングラスの男と康子は、どんな関係なのかしら?)

洋子が、そんな事を考えていると、メールの受信音が鳴った。

メールの相手は滝沢だった。
洋子はメールを読んだ。

『今、目白で飲んで、家に帰るところ。目白駅で電車を待っている。やっちゃんにもヨロシク』

メールには、この様に書いてあり、目白駅のホームで撮った写メまで付けて来た。
(何、言ってるのよ。康子は殺されたのよ)
洋子は、憮然とした顔で携帯電話の電源を切った。

康子とサングラスの男の関係を頭の中で考えてみたが、何も浮かんで来ないまま、午前三時近くになって、洋子は眠った。

翌朝八時半を過ぎた頃、原田警部補が訪ねてきた。
洋子は、眠い目を擦りながらロビーに降りて行った。ロビーでは、原田が強張った表情で待っていた。

「何か、わかったんですか?」
洋子は少し期待して、訊いた。

「保田の海岸まで来てくれませんか?」
と、原田は言った。

「保田の海岸ですか?そこで何かあったんですか?」

「実は、あなた方をつけていたと思われる男の死体が保田の海岸で見つかりました」

「ほ、本当ですか?」
洋子は、眼を大きくした。

「そうです。それも他殺です。何者かに後ろから刺されています」
と、原田は言った。

「なんですって!それでは私も、その海岸まで案内して下さい」
洋子は、狼狽しながら言った。

原田は、洋子を覆面パトカーに乗せ、保田の海岸へと向かった。

保田の海岸は、鋸山登山道の入り口から1キロのところにあった。
正式には、保田中央海水浴場と言い、日本で最初に出来た海水浴場らしく、「日本海水浴場発祥の地」の記念碑が建っている。鋸南町では一番大きい海水浴場で、夏は大勢の海水浴客で賑わうが、今の時期は閑散としている。
その男は、BMWの運転席側のドアの前で倒れているところを、朝の散歩をしていた五十代前半の男性が発見した。

原田に連れてこられた洋子は、その死体をじっと見つめた。昨日見た時は、サングラスをかけていたので素顔はわからなかったが、着ている服、背格好、髪型は鋸山で見た男と同じであった。

「間違いありません」
洋子は、はっきりと言った。

「あなた方をつけて来た男ですね?」

「ええ。私たちをつけていた男です」

「車に乗ろうとしたところを後ろから刺されたようです」
原田が、被害者の車に眼をやって言った。
「恐らく、犯行は深夜だろう」

「男の身元は解ったんですか?」
洋子は、原田に訊いた。

「ええ。男の身元は、松浦弘保33歳。都内の入谷で私立探偵をやっています」
と、原田は答えた。

「私立探偵だったんですか?」

「そうです。恐らく誰かに依頼されて、あなた方を監視していたんでしょう」

「それじゃ、康子を殺したのは、別の人物だと言う事ですか?」
洋子は、眼を大きくして訊いた。

「そう言う事になります。害者はあなたたちを監視はしていたが、久保康子さんを殺害してはいないと思います。それに、久保康子さんを殺害した手口と似ている。松浦弘保も背後からナイフで刺されている。恐らく凶器も同じナイフだと思います」

「事件の事で他にわかった事はありあますか?」

「警視庁の調べでわかったんですが、久保康子さんの部屋から新聞のコピーが見つかりました。3年前、埼玉県上尾市で起きた主婦殺害事件で、その夫が殺人容疑で逮捕された記事です」

「なんで、康子は埼玉の殺人事件の記事をコピーして持っていたんでしょう?」
洋子は、不思議な表情で訊いた。

「今、それを警視庁で調べています。殺人の容疑で逮捕されたのは、ホームセンター『キャッツ』上尾店の店長細谷政治。殺されたのは、その妻で細谷江利。康子さんから、その二人の名前を聞いた事がありませんか?」

「いいえ」

「それでは、康子さんが以前、『キャッツ』で働いていた事は言っていませんでしたか?」

「いいえ。康子は、高校を中退してから水商売をしていました。今の店に来たのも4年前ですから」
洋子は答えた。

「そうですか」
原田は肯いた。

「康子が殺された事と、その事件が関係あるんでしょうか?」
洋子は当惑した表情で、訊いた。

「それは警視庁で調べています。その内、康子さんが殺された理由もわかるでしょう」
と、原田は言った。

「康子を殺した犯人を見つけて下さい。なんでも協力しますから。お願いします」
洋子は、真剣な表情で頼んだ。

----------

7.

松浦弘保が殺された事は、原田警部からの連絡で、伊波たちにも知らされた。

「容疑者と思われる人物が殺されてしまうなんて、複雑な事件ですね」
坂本も意外な事件の展開に、驚きの表情を見せている。

「久保康子を殺したのと同一犯と千葉県警では見ている」
と、伊波は言った。

「何故、犯人は松浦弘保も殺したんでしょうかね?」
坂本は訊いた。

「私は、口封じの為に殺したとは思えない」
と、伊波が言った時、埼玉県警に行っていた年配の大塚刑事と岩崎刑事が戻って来た。
岩崎は、27歳の若い刑事である。

「警部、埼玉県警に3年前の上尾の事件の概要を聞いて来ましたが、あちらでは、あまりいい顔をしませんでしたね」
大塚は、伊波に報告した。

「だろうね。埼玉県警が既に解決した事件を何で警視庁が蒸し返すんだと、そんなところなんだろうな」
と、伊波は言ってから

「殺人の動機は、夫婦喧嘩のもつれからとなっているが、喧嘩の原因は何だったのかね?」
と、訊いた。

「実は、細谷夫妻は結婚3ヶ月の新婚だったんですが、妻の江利は、夫の政治が店長を務める『キャッツ』上尾店に勤務していて、それで知り合ったそうです。しかし、結婚3ヶ月で、夫の政治の浮気が発覚して、これが喧嘩の原因だと言ってました」
と、大塚は言った。

「浮気?細谷政治は、そんなに女にだらしのない男だったのか?」

「いいえ、細谷政治が店長をしていた店の従業員に聞いたら、店長は浮気をする様な人物ではないと、皆否定したそうです。しかし、細谷政治の自宅に、女の声で電話が架かって来てます。妻の江利が電話に出ると、女の声で、政治さんいますか?とか、あんた誰?とか言って来たそうなんですよ」
と、若い岩崎が言った。

「社内結婚だったのか。それで、細谷政治は、その女性については何と言っている?」

「女性の事は知らないと言っていたとの事です」
と、岩崎が言うと、続いて大塚が、

「事件は、3年前の4月18日早朝に起きています。細谷政治は、その日も普段通り、8時半に自宅であるマンションから出勤しましたが、出勤前に妻の江利さんと喧嘩しているのを隣の住民が聞いています。その後、再び、自分のマンションに戻って、江利さんの首を絞めて殺害したという事になっています」

「その件に関しては、細谷政治は何と供述している?容疑を否認しているんだろう」

「細谷政治の供述によると、彼は、8時半に自宅を出た後、自分の携帯電話に、奥さんが部屋に放火して自殺を図ったと、男の声で電話が架かってきたと言っています。それで、慌ててマンションに戻ったら、妻が奥の部屋で倒れていたと言っています。その直後に後ろから何者かに頭を殴られ気絶した。気が付いたら妻が首を絞められて殺されていたので、急いで警察に電話したと言っています」
大塚が、伊波に説明した。

「しかし、警察に通報したものの、夫の政治は殺人の容疑で逮捕されてしまった」

「妻の江利さんが殺される前、細谷政治と喧嘩しているのを隣の住民が聞いていますからね。動機も十分あると見られたのでしょう」

「細谷政治が自宅に戻る前に、男の声で、彼の携帯に電話が架かって来たんだろう?その件については、細谷政治は何と言っているんだ。電話が架かって来たなら着信履歴に残っているだろう?」
伊波は、訊いた。

「それが、細谷政治の供述では、何者かに殴られた後、自分の携帯を盗まれたと言っています。ですが、事件のあった細谷政治のマンションから300メートル離れた路上で、彼の携帯が発見されています。埼玉県警が調べた結果、その携帯には、細谷政治が言った男からの着信履歴はありませんでした。県警は、見え透いた嘘だと言っています」
と、大塚は言った。

「細谷政治に電話を掛けて来た男が、マンションに戻って来た彼を後ろから殴り気絶させておいてから、携帯を奪って道路にわざと捨てたんじゃないでしょうか?」
と、岩崎が、自分の意見を述べた。

「なるほどね。自分の携帯の着信履歴を消去するのに細谷政治の携帯を奪って、道路に置いたんだろう」
と、伊波も同意した。

「その男が、細谷江利を殺した真犯人なんですね?」
岩崎が訊いた。

「もし、そうだとしたら、細谷江利を殺した動機はなんでしょう?それに、今回殺された久保康子と松浦弘保と、どう関係しているのか?」
続けるように、大塚が言った。

「とにかく、上尾で起きた事件と久保康子、松浦弘保の殺害が、何処かで繋がっている筈だ。それを徹底的に調べてみよう」
伊波は、大塚たちに言った。
----------
 次へ

殺意と復讐の房総 8

2008-09-05 20:51:24 | ◇殺意と復讐の房総◇(完結)
 最初から読む

8.
伊波は、坂本と岩崎を上尾の「キャッツ」上尾店に向かわせ、大塚と一緒に入谷にある松浦弘保のマンションに向かった。

松浦弘保のマンションは、日比谷線入谷駅入り口の近くにあった。204号室が、松浦弘保の部屋で、私立探偵の看板を掲げていた。
さっそく、管理人を呼んで部屋を開けてもらう事にしたが、管理人がドアのノブに鍵を差込んで回したところ、
「あれ、開いていたみたいですね」
と、呟いた。

「なんですって」
伊波の表情が変わった。
悪い予感を感じたのである。

伊波と大塚は、管理人に案内されて、部屋の中に入った。
部屋を覗いた途端、二人は驚愕した。机やタンスの引き出しは、総て開けられ、書類が部屋中に散乱していた。

「警部、先を越されましたね」
大塚が悔しそうに言った。

「恐らく、松浦弘保を殺害した後、部屋の鍵を盗んで忍び込んだのだろう」
部屋の中を見回しながら、伊波は言った。

「そして、自分に関する書類や調査報告書を持ち去った?」

「それには久保康子との関係が書いてあったと思うね」
と、伊波は言ってから

「誰か、部屋に訪ねて来た人はいませんでしたか?」
と、管理人に訊いた。

「いいえ、誰も訪ねて来ませんでしたね」
管理人は答えた。

「客も来なかったんですか?」
今度は、大塚が訊いた。

「ええ、探偵事務所の看板を出していても、ほとんど客は来てませんでしたね」

「よく、それで生活が出来ますね」

「私も、そう思っていたんですよ。松浦さんは、銀座や六本木のクラブに通って、ホステスたちとワイワイやって、借金が出来たんですよ。家賃も3ヶ月滞納していましたからね」

「そんなに借金があったんですか?」
大塚は訊いた。

「松浦さんは、クラブの女たちと飲んだりするのが楽しみで、あちこちから借金してまで飲みに行ってたみたいですよ。それで、家賃まで払えなくなってね。ところが、先月になって、3ヶ月分の家賃を払いに来たんですよ」

「家賃を払ったんですか?」
伊波が、眼を大きくした。

「ええ。何処かから金が入ったのか、きっと、また危ない所から借りたんじゃないんですかね?」
と、管理人は言った。

伊波と大塚は、犯人が何か見落としていないか、それに期待して散乱している書類や机などの引き出しを調べてみた。だが、久保康子に関係する書類も松浦弘保と犯人を結び付けるものも見つからなかった。

伊波と大塚が覆面パトカーに戻った時、伊波の携帯が鳴った。女性刑事の木村紀子からだった。

「警部、久保康子が勤務していた『ルネッサンス』の店長や同僚のホステスたちに聞いてみたのですが、久保康子と細谷江利との関係は見つかりませんでした。松浦弘保に関しても同じです。二人とも店にも来た事は無いと言っています」
紀子が報告する。

「そうか。何も掴めなかったか」

「久保康子と細谷江利、松浦弘保の関係は掴めませんでしたが、同僚のホステスが、妙な事を言っていました」

「どんな事かね?」
伊波は、眼を大きくした。

「久保康子は吉祥寺のマンションに住んでいるのですが、出勤する時、彼女を京王井の頭線の明大前駅で時々、見かけたと言ってました」

「明大前で、久保康子を見かけたと言う事だね?」

「そうみたいです」
紀子が答える。

「彼女は何の用があって、そこに行っていたんだ?」
伊波は訊いた。

「同僚のホステスは、わからないと言っていました」
紀子が言うと、伊波は首をかしげた。

「明大前に何があるんだろう?」

「今回の事件と関係があるのではないでしょうか?」
大塚が、伊波に言った。

伊波は考えてから、
「私も、そう思っている。恐らく、今回の事件の犯人が住んでいるんじゃないかな」
と、答えた。

「久保康子と細谷夫妻は直接結び付かなくても、何かの理由で結び付いていると思うんですが・・・」
大塚は、腕を組んで考え込んだ。

「細谷政治の過去を徹底的に調べてみよう」
と、伊波は言った。
伊波は、坂本や紀子たちに細谷政治の過去を調べる様に命じた。店長をしていた時の彼の評判、交遊関係、結婚前の私生活などを徹底的に調べる様、命じた。

その後、伊波は大塚と一緒に、府中の刑務所に服役している細谷政治に面会に行った。
面会するなり細谷は、伊波たちに向かって、
「俺の無実が証明されたのか?」
と、訊いて来た。

伊波は手を横に振って、
「それは、まだです」
と、答えた。

「それなら何の為に面会に来たんですか?」

「あなたに聞きたい事があって来ました」

「何の事でしょうか?」
細谷は、伊波に眼を向けて、訊いた。

「久保康子という女性をご存知ですか?」
伊波は、彼女の写真を細谷に見せて訊いた。

「知らないな。私のいた店にもそんな名前の女性はいませんでした」
と、細谷は写真を見ながら答えてから
「誰なんですか、その女?」

「房総の鋸山で殺された女性です。荻窪のキャバクラでホステスをしていました」

「殺された?その事件と私が逮捕された事件と何か関係があるんですか?」
細谷は、眼を大きくして訊いた。

「それは、まだ何とも言えませんが、彼女の部屋を調べたところ、あなたが逮捕された事件が載った新聞記事のコピーが見つかりました。それであなたが久保康子の事をご存知じゃないかと思い、聞きに来たのです」
と、伊波は言った。

「本当に久保康子を知らないのか?」
今度は、大塚が訊いた。

「知りません。それに何度も言いますように、店の従業員にもいなかったし、私も会った事はありません」
細谷は否定した。

「何故、その女性は私が逮捕された記事のコピーをとっておいたんですか?」
細谷は、訊いた。

「私たちも分りません。だから、あなたに聞きに来たのです」
伊波は答えた。

「あなたが江利さんと一緒になる前に、女性とトラブルを起こした事はありませんか?」
伊波は、訊いた。

「ありませんよ」
細谷は、はっきりと答えた。

「あなたを恨んでいる女性はいませんでしたか?」
大塚が訊いた。

「いませんよ。江利の前に交際した女性もいませんでした」

「ですが、あなたの自宅に女の声で電話が架かって来て、それであなたは奥さんと喧嘩になったんでしょう?」

「だから、その女性の事に関しては知らないんですよ。それに私は江利を殺していないんだ」
細谷は、強い口調で答えてから、

「あっ、その女があの日、私のマンションに電話して来た女なんだな?」

「それは私たちが調べてみなければ分りません」

「その久保康子っていう女は何者なんだ?何故、その女に恨まれなければならないんだよ。私は、そんな女知らないんだよ」
細谷は、声を大きくして言った。

「その女性は、キャバクラのホステスですよ」
と、伊波が答えてから、続いて大塚が、

「本当にあなたは、久保康子を知らないのかね?」
と、念を押した。

「本当に知らないって、何度も言ってるでしょう!」
細谷は、強い口調で言った。

「それでは、松浦弘保という男は知りませんか?」
伊波は訊いた。

「知りません。その男、何者なんですか?」
細谷は、はっきりと答えた。

「この男は入谷で私立探偵をやっていたのですが、彼も房総で殺されました」
伊波は、細谷に松浦の写真を見せた。

細谷は写真をじっと見つめた。

「どうです?」
伊波は再び、細谷に訊いた。

「知らないよ。こんなヤクザみたいな男」
細谷は、不機嫌な表情で答えた。

「この人たちが殺された事と、私の事件と、どう関係あるんだ?この二人が江利を殺して、私を犯人に仕立てた真犯人なんだな?」
細谷は、激しい口調で訊いた。

「それは、我々が調べてみなければ判らないよ」
伊波は答えた。

「私は、江利を殺していないんだ。無実なんだよ。だから、ここから出してくれよ。こんな檻の中にいたくないんだ。刑事さんだって、私が無実だと思ったから面会に来たんだろう?」
細谷は、訴え掛けるように言った。

「私たちは、裁判官でも刑務官でもないから、そんな権限は無いよ。それに、あなたがまだ無罪と決まった訳じゃないんだ」
伊波は、冷たく言った。

伊波と大塚は、府中刑務所を出た。
細谷からは、これ以上何も聞けそうになかったからである。

「彼に会って、どう思った?ツカさんの感想を聞きたいね」
刑務所の門を出たところで、伊波が訊いた。

「彼、ななり応えてましたね」
大塚は言った。

「ツカさんは、細谷が自分の妻を殺したと思うかね?」

「正直言って、私は、細谷はコロシをしていないと思うようになりました。彼は、私たちと初めて会って真剣に訴えていました。あの眼は嘘をついているような眼ではありませんでしたよ」

「私も同じ意見だよ。彼は、自分の無実を真剣に訴えていた。それに、久保康子の事も松浦弘保の事も本当に知らないのかもしれない」
伊波は、面会した細谷の顔を思い浮かべながら言った。

「私は、細谷の自宅に電話したのは、久保康子ではないかと思っています」
大塚は、伊波に眼を向けて言った。

「私も、そう睨んでいるんだが、細谷と久保康子が全然繋がって来ないんだ。それに、何の目的で細谷の自宅に電話したのかも分らない」
伊波は困惑して、腕を組んだ。

3年前、細谷政治は妻を殺害した容疑で逮捕され、無実を訴えて続けている。そして、今月になって、房総の鋸山で久保康子が殺され、私立探偵の松浦弘保が保田の海岸で殺されている。
久保康子の部屋からは、細谷が逮捕された新聞記事のコピーが見つかっている。

だが、細谷と久保康子、松浦弘保と何の繋がりも無い。また、細谷と久保康子が直接会った形跡もないのだ。
それに、久保康子が細谷の自宅に電話した理由も分からない。単なるイタズラとは思えない。

「警部、久保康子は直接、細谷には会っていません。ですから、彼女には細谷に何の恨みも復讐する動悸も見当たりません」
大塚が言った。

「すると、細谷に恨みを持っている者が、久保康子を利用して、間接的に細谷に復讐した事になるね」

「私は、それしか考えられないと思っています。その人物というのが、細谷に恨みを持っていて、久保康子の知り合いという事になります。その人物は、久保康子を利用して、細谷江利に電話させたんですよ。夫の政治が店で勤務している時間を見計らって。浮気している様に見せかけて」

「なるほどね。だが、久保康子は細谷江利殺しまではしないだろう。ツカさんが言ったその人物が、細谷江利を殺した真犯人だろう」
伊波は、言った。

「そうです。久保康子は細谷江利に電話するだけに利用されたんでしょうね。それに、久保康子もタダでは動かないでしょうから、恐らく真犯人は金を与えて利用したのでしょう」

「そうだろうね。彼女の部屋には高価な洋服がいっぱいあった。恐らく真犯人から貰った金で買ったり、あるいは貢いでもらっていたんだろう」

「その真犯人は、久保康子だけではなく、私立探偵の松浦弘保も雇っている訳ですから、調査費も払わなければならない。それに、松浦弘保はかなり借金があって、家賃も滞納していました。それが、後になって家賃もキッチリ払っています。その金も真犯人から出ているのだと思います。そうなると、かなり金を持っている人物という事になります」

「犯人は、高収入の人物という事だね。そうなると、人数も限られてくるね。細谷と関係のあった人物で、高収入となると、すぐに線上に浮かぶだろう」
伊波は、眼を光らせた。

「私も、そう思っています」
大塚は肯いた。

伊波は、細谷政治の過去や交遊関係を調査している坂本や紀子たちに、その辺りの事を調べさせた。
そして、一人の容疑者が浮かび上がった。

滝沢成範、32歳。
都内に3ヶ所店を持つ、ホストクラブ「ナイト・ロマンス」の新宿歌舞伎町店の店長をしている。
女性に人気のホストクラブで店全体の年商で2億から3億円になるといわれ、各店の店長の年収も1,500万から2,000万円になるという。テレビでも紹介された事がある。

滝沢は、そのホストクラブの店長になる前に、細谷と同じホームセンター「キャッツ」上尾店に勤務していた。
文具コーナーの担当で、同じ部署だった江利と交際していたが、滝沢が客にセクハラ行為をしたと言う事で、それを理由に細谷は彼を首にした。
その一件で、江利は滝沢から離れ、後に細谷と一緒になった。

「同じ部署だった同僚が言うには、滝沢がセクハラ行為をした事実は無いとの事でした」
細谷の交遊関係を調べていた坂本が報告した。

「それは、本当かね?」
伊波は訊いた。

「はい。女性店員も、そう言っています。それどころか、客には丁寧に対応していたと言っています。ところが店のアンケート用紙に、滝沢にセクハラを受けたと書かれたものが2、3枚あったそうです」

「それに、これは女性の店員が言っていたんですが、店長の細谷は、以前より江利に好意を持っていたようなんです」
続いて、紀子が報告した。

「すると、細谷と滝沢は三角関係にあったのか?」
伊波は言った。

「そうです。それに、セクハラ行為と言っても客が書くアンケート用紙に、そう書かれていただけで、セクハラの事実は全く無かったようです。これは、細谷が江利を滝沢から奪い取る為の謀略だった可能性があります」

「なるほどね。そのアンケート用紙も、細谷自身が書いたか、誰かに書かせたんだろうね」
伊波が言うと、大塚が眼を光らせ、

「これで事件の経緯が解明出来ますね。3年前の事件は、滝沢が、細谷に首にされた上、江利を奪った事への復讐です」

「そうだ。滝沢は自分が、店を首にされた様に、細谷に復讐したんだ。久保康子を利用してね」
伊波は言った。

3年前の4月18日、細谷江利が殺され、夫の細谷政治が逮捕された。だが、実際に殺害したのは、以前、細谷の店で勤務していた滝沢成範である。
細谷に店を首にされ、その上、江利まで取られてしまった。そこで、滝沢は復讐した。久保康子を使って。

滝沢は、久保康子に細谷のマンションに電話を掛けさせた。細谷が勤務していてマンションに不在の時間にである。
江利が電話に出ると
「政治さん、いますか?」と、でも言ったのだろう。
夫の政治に女から電話が掛かって来れば、当然、妻の江利は政治が浮気していると思う。その後、政治と江利は喧嘩となり、これで、彼が江利を殺す同期が出来る。

そして、4月18日の朝。
滝沢は、細谷が出勤したのを見計らって、マンションに侵入し、江利の首を絞めて殺害した。

「その後、滝沢は、奥さんが自殺を図ったと電話で細谷をマンションに呼び戻し、彼が部屋に入ったところを背後から殴り気絶させた。そして、細谷の携帯から自分の着信履歴を消去し、路上に放棄したんだろう」
伊波が、自分の推理を説明した。

「なんて、用意周到な犯人なんだ」
若い岩崎が、憤然とした顔で言った。

「元々は、細谷が江利を奪い取る為、セクハラを口実に滝沢を首にしたのが発端なんです。それが逆に滝沢に復讐され、房総での久保康子、松浦弘保殺しに発展してしまったんです」
坂本が、細谷を非難する様に言った。

「だからと言って、殺しをして良い事にはならんよ」
伊波は言った。

「店長の年収が1,500から2,000万円だとすると、久保康子に金を与えたり、松浦弘保への調査費用や家賃の立て替えも出来る訳だ」
大塚が納得した表情で、言った。
----------

次へ

殺意と復讐の房総 9~10

2008-09-04 20:47:25 | ◇殺意と復讐の房総◇(完結)
最初から読む

9.
伊波は、今までに分かった事を千葉県警の原田警部に報告した。また、一緒にいる木原洋子に電話を代わってもらい、滝沢成範の事を訊いた。彼女は、久保康子を殺した犯人逮捕に協力する為、富津に残っているという。

洋子は、久保康子と滝沢成範の関係をあっさりと証言してくれたが、そのあと
「それが、ダメなんです」と、返してきた。

「なんでダメなんですか?」
伊波が訊いた。

「彼にはアリバイがあるんですよ」
洋子が言うと、伊波は眼を大きくして

「それ、本当ですか?」

「ええ。私と康子が房総にいた時、滝沢さんは、日暮里駅に居たんです」

「それは間違いないんですね?」

「間違いありません。滝沢さんは、私たちが『くりはま丸』に乗っていた時に電話を掛けて来たんです。日暮里駅に居るって。それに電話に京浜東北線の電車が来るという、駅のアナウンスが流れていました」
と、洋子が答えてから

「それに、保田の海岸で松浦という私立探偵が殺された時も、彼は目白からメールを送って来たんです。目白駅のホームで撮った画像まで送って来ました」

「それは本当ですか?」
伊波は再び、訊いた。

「ええ。間違いありません。だから、滝沢さんには康子も松浦という私立探偵も殺せないんです」
洋子は答えた。

「滝沢成範にはアリバイがあったんですか?」
大塚は、電話を終えた伊波に訊いた。

「そうなんだよ。木原洋子の証言によると、久保康子が殺された時は日暮里にいて、松浦弘保が殺された時は目白にいたそうだ」
伊波は、大塚にそう答えたが、失望した訳ではなかった。
逆に、アリバイが完璧な事が不自然で、疑問が深まって行った。

久保康子が殺害された時、滝沢は日暮里駅から木原洋子に電話をしている。また、松浦弘保が殺害された時間帯にも、滝沢は目白駅から木原洋子に写メールを送っている。いかにもアリバイが完璧だという事をアピールしているみたいだ。

「私はどうも、二人が殺害された時間帯に木原洋子に、滝沢が電話をしたり、写メを送ったりしているのが、引っ掛かります」
大塚は、疑問を述べた。

「ツカさんもか?実は、私も気になっていてね。だが、木原洋子は、滝沢と電話で会話している時、京浜東北線の電車が来るというアナウンスが流れていたと言っている」

「木原洋子に、滝沢が電話を掛けたのが、彼女たちが『くりはま丸』に乗船していた時ですね?」

「そうだよ。滝沢が木原洋子に電話を掛けたのが午後1時半になる前だと言っていた。そして、彼女たちが『くりはま丸』から降りて、ロープウェイに乗って鋸山に行って、久保康子が殺されたのが、午後の3時だ」

「その間、1時間半ありますが、日暮里から鋸山のある鋸南町まで行けますか?」

「滝沢が日暮里に居たのが13時半前後。山の手線で東京駅まで14分。山の手線のホームから京葉線のホームまで7、8分かかるんだ。東京から列車で行っても、一番早い特急『ビューさざなみ』でも浜金谷まで1時間34分かかる。浜金谷から鋸山ロープウェイ乗り場まで歩いて10分。ロープウェイに乗って、頂上まで5分はかかるだろう」

「車ではどうでしょう?松浦弘保は車で鋸山まで行ってましたから、一緒に乗っていた可能性があります」

「車では余計に時間が掛かるね。日暮里を出て、上野から首都高に乗っても渋滞するから都内を抜けるだけでも1時間はかかる」

「やはり無理ですか」
大塚は、肩をすくめた。

「だが、私は滝沢以外に犯人はいないと思っている。アリバイも作られたものだろう」
伊波は、決めつける様に言った。

夜になって、伊波は念の為、坂本と紀子を滝沢が店長をしている歌舞伎町のホストクラブへ向かわせた。

店に着くと、既に店長の滝沢は出勤していた。
身長170センチぐらいで髪は長く、目付きが鋭い。今、女性たちに人気のあるタレントのTに似ている。

坂本が警察手帳を見せると、滝沢が先に
「久保康子の事で聞きに来たんですね?」
と、聞いて来た。

「それもありますが、あなたは以前、細谷政治さんが店長だった『キャッツ』上尾店に勤務していましたね?」
坂本が訊いた。

「ええ、勤めていましたよ」
滝沢は、あっさりと答えてから、
「それと、彼女が殺された事と、どういう関係があるんですか?」

「あなたは、そこに勤務している時、同じ部署の江利さんと知り合い、交際していましたね?殺された細谷店長の奥さんです」
今度は、紀子が訊いた。

「そこまで調べたんですか」
滝沢は苦笑して、頭をかいた。

「その時、細谷店長も江利さんを気に入っていた。つまり、三角関係になってしまった。その後、細谷店長は客にセクハラをしたという理由で、あなたを解雇した。そして、江利さんが愛想を尽かして、あなたから離れたのをいい事に、彼女と交際を始めた。そうですね?」

「俺はセクハラなんてしていない。細谷がでっち上げたんだよ。江利を俺から奪う為に」
滝沢は否定してから、

「それと、やっちゃんが殺された事とどう関係があるんだ?」
と、ムッとした顔で訊いた。

「その事で、細谷に復讐したんではないのですか?久保康子を利用して」
坂本が訊くと、滝沢は苦笑して、

「どのようにですか?」

「3年前に細谷店長が、江利さんと結婚したのを知ったあなたは、キャバクラで知り合った久保康子を利用して、細谷店長のマンションに電話をさせた。彼が浮気をしていると思わせる為にね。それで細谷店長が奥さんを殺す動機も出来る。そして、4月18日の朝、江利さんを殺害して、細谷店長の犯行に見せかけた」

「ちょっと待って下さいよ」
滝沢は、坂本の言葉を遮り、

「つまり、口封じの為に俺がやっちゃんを殺したと言いたんでしょう?」
と、先回りして訊いた。

「違うんですか?」
紀子が訊いた。

滝沢は微笑して、
「俺に出来る訳がないじゃありませんか。私にはアリバイがある」
滝沢は、自信を持って言った。

「勿論、証人もいますよ」

「証人と言うと木原洋子ですか?」
坂本が訊くと、滝沢は再び微笑して、

「知っているじゃありませんか。もう、そこまで調べたんですね」

「松浦弘保はご存知ですか?久保康子が殺害された後、同じ南房総で殺された私立探偵です」
と、紀子は訊いた。

「松浦弘保ですか?」

「そうです。ご存知ありませんか?」

「知らないね。店に来た事もありません。第一、私立探偵に調査を依頼する事なんて、ないですからね」

「失礼ですが、10月20日の午前0時から1時間の間、どこにいました?」
と、坂本が訊く。

「それって、その松浦という私立探偵が殺害された時間ですか?」

「そうです」

「目白にいましたよ。目白に友人がいるので会いに行ったら、あいにく不在でした」
と、滝沢は答えてから、

「夜の12時40分頃、山手線の内回りの電車に乗って自宅まで帰りましたよ」

「証人はいないんですか?」

「いませんよ。ですが、目白駅のホームで写メを撮って貰ったんですよ。ホームにいた女性に頼んだんです」
滝沢は答えた。

「その写メを見せて貰えますか?」
紀子が言って、滝沢はポケットから携帯を取り出し、彼女に見せた。

紀子は携帯の写メを確認した。
携帯には、滝沢の言う通り、目白駅のホームに立っている彼の画像が保存されていた。

日付も、事件のあった日の12時40分になっていた。

「どうです、アリバイは完璧でしょう?」
滝沢はニヤリと笑って、言った。

「俺には、この様にハッキリとしたアリバイがある。俺が、松浦という私立探偵を殺せないのは子供にだってわかる」
滝沢は自信を持って、威張って見せた。

坂本と紀子は警視庁に戻り、伊波に報告した。

「すると、滝沢成範のアリバイは完璧なんだな?」
伊波は、二人に訊いた。

「はい。私も携帯の画像を確認しましたが、間違いなく目白駅で撮られたものでした」
と、紀子は答えた。

「それで、大威張りでアリバイを主張していました」
続いて、坂本が言った。

それでも、大塚は、
「私は、滝沢以外に犯人はいないと思うのですが・・・」
と、滝沢犯人説を曲げなかった。

「私もツカさんと同じなんだがね・・・」
伊波は、腕を組んだ。

「でも、アリバイが」
と、紀子は言う。

「その画像は、間違いなく目白駅で撮ったものなのか?」
大塚が念を押して訊いた。

「間違いありません。日付も合っています」
と、紀子はハッキリ答えた。

「私は明日、房総へ行って木原洋子に会ってみよう。彼女に会えば何か解るかもしれない」
と、伊波は言った。

**********

10.

翌日、伊波は坂本と一緒に東京駅の京葉線のホームへと向かった。房総にいる木原洋子に会う為である。
京葉線の地下ホームまでは長い。伊波も7.8分かかるのは以前から知っていたが、京葉線のホームは初めてだったので、それ以上に長く感じられた。
京葉線の地下ホームは、東京国際フォーラム寄りにあるのだ。

伊波は、19日に康子たちが乗ったのと同じ、特急「さざなみ7号」に乗ってみる事にした。
旧国鉄色の特急「さざなみ7号」は、既に入線していた。

「まだ、旧国鉄のデザインの特急が走っていたんだね」
伊波が、特急「さざなみ」に眼を向けて、言った。

「183系という車両ですよ。外房線の『わかしお』も同じ車両で、こちらも同じ旧国鉄からのデザインのままです」
と、坂本が詳しく説明した。

「ずいぶん、詳しいね」
伊波が、感心した様に言った。

「ええ、高校の時、鉄道ファンだったもので、結構詳しいんです」
坂本は少し自慢気に言った。

特急「さざなみ7号」は、定刻の10時30分に東京駅を発車し、しばらく地下を走行してから地上に出る。
君津からは各駅停車になるので、速度も遅くなった。

「特急が途中から普通列車になるなんて、珍しいね」
窓の景色を見ながら、伊波が言った。

「通常の『さざなみ』は、君津から各駅停車になりますが、新型の『ビューさざなみ』は各駅停車はしません」
坂本が説明した。

「なるほどね」
伊波は肯く。

列車が佐貫町を過ぎると、白い観音様が見えてきた。東京湾観音である。
更に列車が進むと、対岸の三浦半島が見える。今日は、晴れているのでハッキリ見える。
それに、同じ東京湾でも、こっちは青く、綺麗な海である。

「警部、もし、久保康子を殺害した犯人が滝沢なら、ただ単に口封じだけが動機じゃないと思うんです」
坂本が言った。

「他にも動機があると言うのか?」
伊波が、海の景色を見つめたまま言った。

「細谷江利を殺害する時、久保康子を利用したのが3年前です。口封じの為に殺害したのなら、何故、直ぐにしなかったんでしょう?事件のあった日から3年も生かしているんです」

「確かに君の言う通りだ。普通なら、事件の後、直ぐに消してしまう筈だ。いつ証言されるか分らないからね」

「それで、私の考えなんですが、滝沢は久保康子を利用する為に生かしておいたと思うんです。それが逆に利用される立場に回ってしまったんではないでしょうか?」

「つまり、ゆすられていたと・・・」

「ええ、私の推測ですが・・・」
と、坂本は答えた。

「そうか。久保康子の部屋に高価な洋服や家具があったが、あれは、彼女が滝沢を脅して買わせていたのか」
伊波は、眼を大きくした。

「滝沢が犯人なら、そういう事になります」
と、坂本は言った。

「さざなみ7号」は、定刻の12時10分に浜金谷に着いた。

伊波と坂本は、列車を降りた。
列車に眼をやると、最後尾の車両のヘッドマークは「さざなみ」から普通に表示が変わっていた。

改札口を出ると、木原洋子と千葉県警の原田警部、関口刑事が迎えに来てくれていた。
木原洋子は、長身で細面の気が強そうな女性に見えるが、ホステスを職業にしている様には見えなかった。

伊波は、原田警部と関口刑事に今まで調べた事を報告した。

「それでは、滝沢成範にはアリバイがあったんですね?」
原田が、伊波に訊いた。

「そうなんです。私の部下が彼に会って確かめました」
伊波は続けた
「滝沢成範は、自信を持ってアリバイを主張したと言っていました」

「滝沢さんが目白にいたのが証明されたのですか?」
洋子が訊いた。

「そうなんです。滝沢が目白駅のホームで写されている携帯の画像を見せられたと、報告して来ました」

「それって、この写メでしょう?」
洋子は携帯を取り出し、滝沢から送られて来た写メールを伊波に見せた。

伊波がその写メを見ると、間違いなく目白駅のホームに立っている滝沢が写っていた。
背後には、Mデパートの女性ファッションの看板が立っている。

「この写メは、原田さんにも見せました」
洋子は、伊波に言った。

「この携帯の画像が目白にいた事を証明している限り、滝沢成範のアリバイは崩せません」
原田が険しい表情で言っても、伊波はじっと画像を見ていた。

「では、滝沢はシロと言うことですね」
関口も、残念そうに呟いた。

「これから食事にしませんか。お昼はまだでしょう?」
原田は、伊波と坂本に尋ねた。

原田は、保田海水浴場の近くにある食堂に案内してくれた。保田漁協直営の食事処で、近くには、保田出身の浮世絵師である菱川師宣の記念館がある。

原田が、ここのイカかき揚丼がお勧めだということで、全員それを注文した。
原田警部は、住まいが木更津なので、休日は時々、ここに食べに来る事があるという。

「私は、滝沢成範以外に犯人はいないと思うのです」
伊波は、自分の意見を述べた。

「ですが、滝沢にはアリバイがありますよ」
と、原田は言った。

「実は、私も康子を殺したのは滝沢さん以外には考えられないんです」
洋子も、伊波と同じ意見を言った。

「それは何故です?」
伊波は訊いた。

「実は、康子は私に、その日あった嫌な事や楽しかった出来事を毎日話しているのに、滝沢さんとの事は、何故か私に隠すんです」

「滝沢の事を聞くと、康子さんは、あなたに何かを隠すような感じだったんですね?」

「ええ。フェリーに乗っている時も、滝沢さんの話をしたら、すぐに話題を変えてしまったんです」

「他に、康子さんの事で変わった事はありませんでしたか?どんな小さな事でも結構です」

「はい」
と洋子は返事してから、

「私が気になっていた事なんですが、康子は金回りが良くなったんです。それも、滝沢さんと知り合ってから」

「やはり、そうでしたか」
伊波は言った。

滝沢は、久保康子に貢いでいたのだ。

「康子が店に入った頃は地味なワンピースや安いスーツを着ていたけれど、滝沢さんが店に来るようになってから、服も高価なスーツや派手な服を着るようになり、店以外でも派手な格好をするようになったんです」

「なるほどね」
伊波は、久保康子の部屋のタンスの中にあった高価なワンピースやスーツを思い浮かべた。

「警部、やはり久保康子は滝沢を強請っていたようですね」
横から、坂本が言った。

「原田さん、滝沢成範のアリバイをもう一度洗い直す必要があります」
伊波は、原田に言った。

「やはり、滝沢以外には考えられないですか?」

「ええ。私は、そう思っています」
と、伊波は答えた。

イカかき揚げ丼が運ばれて来たので、伊波たちは食べる事にした。
イカと玉ネギをたっぷり使ったかき揚げ丼であった。

食べ終えると、伊波の携帯が鳴った。
相手は、岩崎だった。

「警部、久保康子なんですが、去年と今年に痴漢に遭っています」
岩崎は、報告した。

「なんだって! それで、久保康子はその際、どうしたんだ?」
伊波は訊いた。

「2件とも、その場で犯人を取り押さえて、警察に突き出していますが、犯人とされる二人は、それぞれ容疑を否認していました」

「その二人の男の事を至急調べてくれ。滝沢成範と、どこかで繋がっていないかについてもだ」
と、伊波は頼んでから、

「それと、日暮里駅を調べてくれ」
伊波は電話を終えると、洋子に眼を向けた。

「康子さんは痴漢に遭った事とか、ありましたか?」

「ええ、ありました。私と一緒に電車に乗っている時、二、三回遭ってます」
洋子は答えた。

「その時、康子さんは、その痴漢を取り押さえたんですか?」
伊波が訊くと、洋子は手を横に振って、

「いいえ、康子はそんな面倒な事しませんよ。痴漢を取り押さえて警察沙汰にすると、いろいろと面倒だからと言って、せいぜい痴漢の足を蹴って、やり返すぐらい」

「それは、本当ですか?」
伊波が眼を大きくして訊くと、洋子も驚いた表情で、

「え!まさか康子が痴漢を取り押さえたりとかしてたんですか?」
と、訊いた。

「ええ、二人取り押さえてるんです」

「ちょっと信じられないです。面倒くさがりの康子が、痴漢を取り押さえるなんて・・・」
洋子は呟いた。

「恐らく、滝沢に頼まれてやったんじゃないでしょうか?」
坂本が間に入って、言った。

「多分、そうだろう。滝沢が久保康子を口封じのために直ぐ殺さなかったのは、色々利用するに生かしておいたんだろう。金を与えて」
伊波は言った。

「それが反って、逆に利用され、強請られるようになったんですね」

「なるほど、それが久保康子を殺害する動機となった訳だ」
原田は言った。

店を出て、伊波たちは原田の案内で、久保康子の殺害現場である鋸山に向かった。

伊波は、洋子と康子が乗ったロープウェイに乗ってみる事にした。
その間、関口警部が山頂の駐車場に車を廻した。

伊波たちは500円で切符を買って、ロープウェーに乗った。
ロープウェーが動き出す。山麓駅から約4分で山頂駅に着く。

伊波は、外の景色に眼を向けた。
金谷港が見えて、東京湾フェリーが港を離れて出港して行くが見える。
視線を右に移すと、住宅街と低い山に挟まれた内房線の線路が見え、青い東京湾を隔てて、横浜、川崎などの街並みも見える。

「いい眺めですね。東京の近くに、こんな素晴らしい所があるなんて知らなかった」
伊波は、感心して言った。

彼は福島県の出身で、房総の方には一度も来た事がないので、この辺にはあまり詳しくなかった。

「冬になれば、もっと綺麗に見えますよ」
と、原田は教えてくれた。

山頂駅に着くと、久保康子が殺害されたトイレに向かった。

「ここが、久保康子が殺害された現場です。洗面所で手を洗っている時、後ろからナイフで刺されたようです」
と、原田は説明してくれた。

「目撃者は、いなかったんですか?」
伊波は訊いた。

「その日は平日だったので、ここに来る人は少なかったようです。誰も、トイレから逃走する犯人を目撃していませんでした」
と、原田は言った。

次に、山頂展望台へ向かった。ここから見る景色も、いい眺めである。

伊波は、金谷とは反対方向の保田に眼を向けた。
陸地からちょっと離れて、小さな島が見える。浮島である。

「私は、ここで松浦という私立探偵が私たちを尾行している事に気付いたんです」
と、洋子は言った。

すると、松浦は『くりはま丸』を降りた後、ロープウェー乗り場まで尾行して、そこから自分のBMWで頂上に先回りしたんですね?」
と、伊波は訊いた。

「多分そうでしょうね。それに、その車には滝沢も一緒に乗っていたと思います」
原田は答えた。

「松浦は、東京駅からあなた方を尾行していたんですよ」
伊波は、洋子に眼を向けて言った。

「それでは、『さざなみ7号にも乗って尾行していた訳?」

「その間、松浦はあなた方の様子を滝沢に知らせていたんだと思います。滝沢は、松浦の車で金谷まで向かっていたのでしょう」

「ですが、滝沢さんはあの時、日暮里駅にいたんじゃないですか?」

「それは、作られたアリバイですよ。作られたアリバイは必ず崩れます」
伊波は、洋子に言った。

「伊波さん、松浦弘保が殺された時の滝沢のアリバイも作られたものなんですね?」
原田は訊いた。

「そうです」

「でも、この画像に変なところはないです。背景も目白って描かれた看板も写っているし・・・」
洋子は、じっと画像を見ながら言って、その表情が変わったが、
「やっぱり、変わったところはないと思う・・・」

「この画像が目白のに居る事を証明している限り、滝沢のアリバイは崩せませんね」
と、原田が言った。

「でも、滝沢以外に犯人は考えられません。この画像だって、どこかにトリックがある筈なんです」
伊波は、困惑した表情で言った。

---------

次へ

殺意と復讐の房総11~12

2008-09-03 19:35:44 | ◇殺意と復讐の房総◇(完結)
その後、伊波たちは鋸山頂上の駐車場へ降りて行った。
途中に、百尺観音と大仏への案内標識が立っていた。

「鋸山に大仏があるんですね」
伊波は、原田に訊いた。

「昭和44年に復元されたものなんです。大仏の高さは31メートルあり、日本一の石大仏です」
原田が説明した。

「ここに大仏があるとは知りませんでした」

「鋸山の大仏は、案外、東京の方でもご存知でない方も多いですよ」
と、原田は言った。

駐車場まで来た時、岩崎から連絡があった。

「警部、久保康子を痴漢したとされる男と滝沢の関係がわかりました」

「やはり、どこかで繋がっていたのか?」
伊波は、訊いた。

「はい。久保康子に痴漢として取り押さえられた二人の内、一人、前原英一という32歳の男なんですが、滝沢が『キャッツ』に勤務していた時、その前原という男が、開店前に店を開けろと、怒鳴ったそうなんです。滝沢は10時開店まで待ってくれと断ったら胸倉を掴れたそうです。その後、前原は滝沢という店員の態度が悪いと店にクレームを入れたそうです」

「なるほどね。もう一人の方は?」

「ちょっと待って下さい」
と、岩崎は言って、木村紀子に代わった。

「木村です。もう一人の男も滝沢と繋がっていました。男の名前は菊地武文27歳で、滝沢は明大前のレンタルビデオで、DVDを借りる際に後ろに並んでいた菊地に、早くしろと怒鳴られ、店を出た後に殴られたそうです」
紀子は報告した。

「やはり、滝沢は久保康子を利用して、自分の気に入らない人たちに復讐していたんだ」
伊波は電話を終えて、その内容を原田に伝えた。

やはり、埼玉の事件も久保康子を利用して、滝沢が行った可能性が大きくなりましたね」
原田は言った。

「それが逆に久保康子に強請られ、彼女も殺害してしまったと」
伊波が言うと、坂本が眼を向けて、

「警部、松浦弘保も久保康子同様、滝沢を強請っていたんじゃないでしょうか?彼の場合も単なる口封じで殺されたとは思えません」

「私もそう思っている。松浦もかなり借金があったから金に困って、滝沢を強請っていたんだろう」

「金の力で人を利用して、逆に強請られるとは哀れな男ですね」
坂本は言った。

木原洋子は、15時33分の「さざなみ16号」に乗って、帰って行った。

伊波たちが彼女を見送った直後、岩崎から連絡があった。
「警部、今、日暮里駅にいるんですが、滝沢が日暮里駅に居たというのが嘘だとわかりました」
岩崎が弾んだ声で、報告した。

「なんだって!アリバイが崩れたのか?」
伊波は声を大きくして、訊いた。

「そうです。実は、京浜東北線の電車は、木原洋子の携帯に滝沢から架かって来た時間帯には日暮里駅に止まらないんです」

「なんだって!木原洋子滝沢から電話があったのは、19日の午後1時半だぞ。京浜東北線は各駅停車の通勤電車だろう。何故、日暮里駅に停車しないんだ?」

「京浜東北線は、10時47分から15時45分の間は、田端から田町まで快速運転をしてるんです。それで、この時間帯には日暮里には停車しません」
岩崎は報告した。

「それじゃ、木原洋子の携帯に、滝沢から架かって来た時、日暮里駅のアナウンスが流れたのは?」

「滝沢が前もって、日暮里駅で録音したんでしょう。それも、朝か夕方の時間帯に録音したので京浜東北線が昼間の時間帯に快速運転するのを知らなかったんですね。それで、房総の近くまで来て、木原洋子に電話した際にその音を流したんですよ」
と、岩崎は言った。

「そうだったのか。それで、滝沢は日暮里駅を利用する機会が無いから、快速運転するのを知らなかったんだ」

「そうですね。これで、滝沢が久保康子を殺害したのは確実です」

「私も、京浜東北線を利用しないから全然気付かなかったよ」
伊波は、頭を掻いた。

「自分もです」
と、岩崎も言った。

伊波は、練馬から地下鉄で通勤しているので、京浜東北線に乗った事はほとんどない。山手線もめったに乗らない。彼の部下も地下鉄で通勤しているので、京浜東北線が快速になるを知らなかったのだろう。

「鉄道マニアの自分も知りませんでした。通勤電車より、特急の方にしか興味がありませんもので」
坂本も、頭を掻いた。

「刑事部長が、そんな事知ったら、あきれるよ」
伊波は苦笑した。

滝沢のアリバイが崩れた事を、伊波は原田たちに伝えたが、原田は困惑した表情で、
「ちょっと、疑問が残る点があるんです」

「どんな事ですか?」
伊波は訊いた。

「松浦弘保を殺害した後、滝沢はどうやって都内まで戻ったのでしょう?」

「滝沢が保田の海岸で、松浦を殺害した後ですか?」

「そうです。松浦弘保の車は、保田の海岸に残されていましたから、何を使って帰ったかです」

「電車で帰ったのでは?」
坂本が言うと、原田は手を振って、

「それはありえません。松浦弘保は午前0時から1時の間に殺害されているんです。内房線の電車は、その時間には走ってないんです」

「金谷・久里浜フェリーの運航も終了しています」
続いて、関口も言った。

「なるほど」
伊波は腕を組んで、考え込んだ。

「内房線の電車もフェリーも動いていない。タクシーを利用したとも考えられない。運転手に顔を覚えられてしまう恐れがある。それ以外に考えられるのは、レンタカーだな」
と、伊波は言った。

「レンタカーですか?」
原田が訊いた。

「そうです。あんな夜中に歩いて、東京まで帰るなんて事は考えられませんから、レンタカーを借りたか、あるいは、車を盗んで、東京まで帰ったかのどちらかだと思います」
と、伊波は続けた。

「事件の後、あの現場付近の住民から盗難届けが出てないから、レンタカーを利用したと見るのが適切でしょう」

「私も、そう思っています。それも、この近辺の営業所でなく、金谷からかなり離れたところで借りたと思います。久保康子殺害から松浦弘保殺害の間、9時間以上ありますから、都内で借りたとしても、あの時間に充分戻って来られます」
と、伊波は言った。

久保康子を殺害した後、滝沢は、松浦を殺害する気などなかった。それに、久保康子殺害の容疑も松浦に向けられるから都合が良かった。だが、金に困っていた松浦は、滝沢を強請った。
已む無く、滝沢は、金を用意すると言って、金谷から離れて、レンタカーを借りて帰って来た。そして、夜になって保田の海岸に松浦を誘い出し、サバイバルナイフで殺害した。
その後、レンタカーで東京に戻り、松浦の事務所から自分が依頼した調査資料を持ち去った。

「都内や千葉県内のレンタカー会社を調べてみましょう」
と、原田は言った。

原田は、関口に千葉県内のレンタカー会社を当たるように命じ、伊波も携帯で大塚に連絡を取り都内のレンタカー会社を調べる様命じた。
滝沢が、警視庁管内でもレンタカーを借りてる可能性があったからだ。

その後、伊波、原田、坂本は、捜査本部に戻って、木原洋子が転送して来た滝沢の画像を調べてみた。
画像を拡大する。黒いシャツを着た滝沢がホームに立っていた。
背後には、めじろと平仮名で書かれた看板が写っている。

「それと言って、変なところはありませんね」
画像を見ていた坂本が言った。

伊波も、じっと画像を見ていたが
「これ、変だと思わないか?」

「どこが変なんですか?」
坂本が訊いた。

「背後のMデパートの広告看板だよ」

「Mデパートの広告ですか?別に変わったところはないと思いますが・・・」
坂本が言うと、伊波が、

「ファッションモデルの部分だよ。今、何月だ?」
伊波に言われ、坂本は看板のモデルを凝視した。

「あっ、そうか!」
坂本は気付いたらしく、声を大きくした。

ファッションモデルは夏用の白いワンピースを着ている。

「これから冬になるというのに夏物のワンピースを宣伝するか?」
と、伊波は訊いた。

「ですよね。これから冬を迎えるのに、夏物のワンピースを着たモデルの看板は取り付けないですよ」
と、坂本は言った。

伊波は、JRの広告担当部署に電話して、その看板がいつまで掲示されていたかを聞いてみた。

しばらくして電話を切り、伊波はニッコリして、
「Mデパートの、その広告は8月の20日まで目白駅構内に設置されていたそうだ」

「それじゃ、画像の広告は事件のあった日には既に取り替えられていたんだ」
と、坂本は言った。

「それにしても、この画像はどうやって撮ったんですかね?」
原田は、首をかしげて訊いた。

「多分、プリント写真に携帯のレンズを近付けて撮ったんですよ。私の友人も鉄道車両を正面から撮った画像を送ってきた事があるんですが、後で聞いたら、カレンダーや雑誌を撮ったを言っていましたから」
と、坂本は説明した。

「なるほど。滝沢は、松浦弘保を殺害した後、目白で撮った自分のプリント写真を携帯で撮影して、木原洋子に送っていたんだ」
原田は、眼を輝かせて言った。

「これで滝沢のアリバイは完全に崩れた事になる。滝沢の逮捕状を取ろう」
と、伊波は言った。

更に、10分後に関谷刑事から連絡があった。
「滝沢がレンタカーを借りた営業所が分かりました」
関谷は弾んだ声で、報告して来た。

「本当か?やはり、滝沢は久保康子を殺害した後、レンタカーで移動してたんだな?」
と、原田は訊いた。

「滝沢がレンタカーを借りたのは、JR千葉駅近くのNレンタカーで、19日の午後5時前に、日産サニーを借りて、翌日の朝10時に、同じ営業所に返しています」

「なるほど、これで、滝沢が久保康子と松浦弘保を殺害したのは間違いないな」
と、原田は言って、電話を切った。

「伊波さん、滝沢成範に対する逮捕状を取ります」
原田はニッコリして、言った。

「では、我々と一緒に東京へ向かいましょう」
と、伊波は言った。
----------------


12.

木原洋子は、新宿駅東口を歩いていた。
人々が前後左右を行き交う中、彼女は動く人間のジャングルを掻き分けて歩く。
駅周辺のビルのネオンは、もう点滅して輝き、駅前のいたる所で、若い女性が歩く人たちにティッシュを配っている。

洋子が、駅前の喫煙所でタバコを吸い始めた時、携帯が鳴った。
相手は滝沢だった。

「洋子ちゃん、やっちゃんを殺した犯人、まだ捕まらないの?」
と、滝沢は訊いて来た。

洋子は一瞬ドキッとしたが、落ち着きを取り戻して、
「まだ捕まってないみたい。今も千葉県警が捜査してるんだけど・・」

「そうか。一体、誰がやっちゃんを殺したんだろう?」

「それより、今から一緒に飲まない?」

「えっ?やっちゃんが殺されたのに、よく酒飲む気になれるね?」

「殺されたから、飲みたいの」

「わかった。それじゃ、初台に美味い店があるんだ。そこで飲もう」

「わかった」

「今、どこに居るの?」

「新宿駅の東口」

「それなら、そこまで車で迎えに行くよ。その店は甲州街道沿いにあるから」

「わかった」
----------


「これはマズいぞっ!」
伊波は狼狽して叫んだ。

「何がマズいんですか?」
坂本が訊く。

「木原洋子も、犯人は滝沢以外に考えられないと言っていた。と、言う事は、滝沢のアリバイにも疑問を持っている筈だ」

「警部は、木原洋子が東京に着いてから、滝沢のアリバイを調べていると考えた訳ですね?」

「そうだ。もう、我々と同じ事を調べている筈だ。日暮里駅と目白駅に行って・・・」

「だとしたら、木原洋子も殺される危険がありますね」
原田も緊張していた。

「そうです。急いで東京に向かいましょう」
と、伊波は言った。

伊波たちが、覆面パトカーに乗ろうとした時、若い刑事が血相を変えて走って来た。

「原田警部、大変です!」

「どうした?」
原田は、若い刑事に訊いた。

「今から10分程前に、京葉道路の貝塚付近で、車8台の玉突き事故が発生、京葉道路は蘇我と穴川の間が通行止め。その影響で、館山自動車道も市原インターから渋滞してます」
と、若い刑事は報告した。

「なんだって!それでは東京に着くまで、かなり時間がかかってしまうぞ」
原田は、声を大きくした。

「鉄道で行きましょう」
と、伊波は言った。

「それが、18時40分の『ビューさざなみ20号』まで列車がありません」
と、関口が言った。

「なんだって!」
伊波は、慌てて自分の腕時計を見た。
17時半を過ぎたところである。

「あと1時間以上ありますよ」
坂本も狼狽していた。

(他に、交通手段は無いのか?)
伊波は、焦燥に駆られながら、海の方に眼をやった。

「フェリーで行こう」
と、突然、言った。

「東京湾フェリーですか?」
原田が訊いた。

「そうです」

「なんか遠回りの様な気がしますが?」

「急がば回れです。久里浜に着けば、京急線とJR久里浜線が走っています。とりあえず、そのどちらかの列車に乗って、東京に向かいましょう」

「わかりました。では東京湾フェリーを使いましょう」
原田は納得して、肯いた。

既に周囲は暗くなっていた。

伊波は、大塚に連絡して、滝沢の身柄を拘束する様、命じた。

「滝沢が、木原洋子を見つける前に拘束してもらいたい」

「わかりました。これから東と一緒に、滝沢がいる新宿歌舞伎町のホストクラブに向かいます」
と、大塚は答えた。

金谷港に着くと、18時15分発の「くりはま丸」に乗った。
伊波は船酔いをするので船は苦手だったが、そんな事を言える場合ではなかった。
木原洋子という一人の女性の命が危機に曝され様としているのだ。

「くりはま丸」は金谷港を出港し、漆黒の海面に白い尾を曳いて、久里浜港に向かった。
船内には、ゴルフからの帰りなのか、ゴルフバッグを持った客が多い。

伊波は、デッキに出て、遠ざかって行く金谷の街に眼を向けた。
街の建物からの灯りが所々に白く輝いている。

「滝沢が、木原洋子を見つける前に拘束出来ればいいんですがね」
坂本が伊波の傍に来て、心配そうに言った。

「今は、ツカさんたちに任せる以外にない」
と、伊波は答えた。

東京湾フェリーは、金谷から久里浜まで35分かかる。原田や関口にも焦りの表情が表れていた。
----------

洋子は、滝沢が運転するグロリアの助手席に乗っていた。
車は甲州街道を初台に向かっているが、車の流れが悪い為、なかなか前に進まない。

「警察の捜査は、どこまで進んでいるだろう?」
滝沢は、洋子に訊いた。

「怨恨の線で、千葉県警は調べているみたい。でも、捜査は壁にぶつかったみたい」
と、洋子は答えた。

「そうだろうね。勿論、俺もやっちゃんと関係があったから、警視庁の刑事が訪ねて来たよ」

「でも、あなたにはアリバイがあるもんね」

「そうだよ。俺は、やっちゃんが殺された時は日暮里に居たんだ」

「滝沢さんは何の用があって、日暮里まで行ったの?」

「日暮里には、俺の友達がいるんだ。六本木のクラブで黒服をやっているんだ」

「その友達に会いに行ったんだ。滝沢さんは、日暮里に行く時は山手線で行くんでしょう?」
洋子が、そう訊いた時、前方の信号が赤になったので、滝沢がブレーキを踏んだ。

車が停車すると、滝沢の手がいきなり洋子の顔に伸びて来た。
掌には白いハンカチを載せていた。

不意を衝かれた洋子は、掌で鼻と口を押さえられた。

「な、何を・・・・・」
手で滝沢の腕を振りほどこうとするが、腕はなかなか外れない。

その間に滝沢の顔がぼやけて、洋子は意識を失った。
----------

 次へ

殺意と復讐の房総13~14

2008-09-02 20:11:41 | ◇殺意と復讐の房総◇(完結)
東京湾フェリーを降りた伊波たちは、京急の久里浜に着いていた。
その時、大塚から電話が来た。

「警部、滝沢は歌舞伎町の店に来ていません。店員に訊いたところ、急に用事が出来たので、休むと連絡があったそうです」
と、大塚は言った。

「なんだって!自宅にもいないのか?」
伊波は声を大きくして、訊いた。

「それが、最近になって今まで住んでいた永福のマンションを引き払ってます。店員たちも新しい住所を教えてもらってないので、分からないと言っています」

「何としても見つけ出してくれ」
伊波は電話を切ると、原田たちとホームに急いだ。

「滝沢の行方が分からないんですか?」
原田が、不安になって訊いた。

「そうなんです。、我々が見つける前に、滝沢が木原洋子と会っていなければいいんですが・・・」
伊波も狼狽していた。

品川行きの急行が来たので、伊波たちは乗り込んだ。
これならば40分で品川駅に着く。品川駅に岩崎が覆面パトカーで迎えに来る手筈になっていた。

「滝沢が、急に店を休んだ事が気になりますね」
坂本が言った。

「きっと、木原洋子に電話したんだ。恐らく、滝沢は彼女の会うつもりだ」
伊波は車窓の景色に眼を向けて、答えた。

「そうなると、彼女も危ないですよ」

「わかっている。その為にも一刻も早く二人を見つけなければならない」
伊波は青い顔で言った。
----------

洋子が気がつくと、手足を縛られて、ソファの上に寝かされていた。男物の香水の匂いがする。
眼を開けると、傍に滝沢が立っているのが見えた。

「ここは何処?それに、これは何の真似なの?」
洋子は、滝沢を睨んだ。

「気がついたのか?」
滝沢は、洋子に眼をやりながら小さく笑った。

「どこまで、俺の事を調べた?」
滝沢は目を吊り上げて、訊いた。

「やはり、あなたなのね。康子を殺したのは?」
洋子は、滝沢を睨んだ。

「どうせ、おまえも死ぬんだ。教えてやってもいいだろう」
また、滝沢が笑った。

「俺がやっちゃんを殺した。俺は、殺したくなかったけど、殺さなければならない状況に追い込まれた」

「康子が、あなたを強請っていたのね?」

「そうだ。やっちゃんが俺を強請りさえしなければ、殺す事もなかったんだ」

「松浦弘保という私立探偵を殺したのもあなたなの?」

「そうだ。松浦も殺したくなかった。だが、あいつも金が欲しくて、俺を強請って来た」
と、答えて、滝沢はタバコに火を着けた。

その行動は妙に落ち着き払っていた。

「だからって、殺したの?許せない」

「俺は元々、人殺しなんてしたくなかったんだ。元はと言えば、細谷が俺を首にして、江利を奪ったのがいけないんだ」

「上尾の事件もあなたなのね?」
洋子は訊いた。

「そうだ。あの時、俺は江利を細谷から取り戻そうとした。だが、江利は細谷と一緒になってからは、俺に振り向かなかった。ならば、細谷の犯行に見せかけて、江利を殺そうと考えた」

「あなたっていう人は・・・」
洋子は睨みつけて、言った。
----------

伊波たちは品川駅に着いた。
ホームに降りてから、原田は洋子の携帯に電話をかけたが、
「木原洋子の携帯、電源が入ってません!」

「本当ですか?」
伊波の不安が、一層濃くなった。

「木原洋子は、もう、滝沢に見つかって、殺されてしまったんではないでしょうか?」

「そうでない事を祈りたいよ」
と、伊波は言って、急いで改札口を出た。

駅の高輪口では、岩崎が覆面パトカーで迎えに来ていた。

「滝沢は、まだ見つからないか?」
伊波は、岩崎に訊いた。

「まだ、見つかってません」
岩崎は答えた。

「木原洋子は?」

「今、木村刑事が彼女のマンションに向かっています」

「無事でいてくれればいいんだが・・・」
伊波は狼狽しながら、覆面パトカーに乗った。

岩崎の運転する覆面パトカーは、第一京浜をサイレンを鳴らしながら北上し、首都高に入った。

「滝沢は、自分のアリバイが崩された事に気付いたんでしょうか?」
坂本が訊いた。

「滝沢が、まだ自分のアリバイに自信を持っていれば、彼女が無事である確率は高くなる。だが、アリバイに自信が無ければ、彼女の命は危ない」

「滝沢が行方不明なのが気になりますね」
と、坂本が言った。
----------

「俺は、あのホームセンターに勤務していた時が一番仕事に張り合いを感じていた。自分が充実出来る職場だった。行く行くは店長代理を経て店長への出世コースも開けていた。江利との交際も順調だった。それを細谷が店長として赴任して来てから、俺は奈落の底に突き落とされた。細谷がスケベ心を丸出しにして、江利にちょっかいを出して来て、俺が客にセクハラを働いたとでっち上げた。細谷は、俺を馘首にした上、江利を俺から奪い取った。俺の充実した日々は崩壊してしまった。それから俺は復讐する事を誓った。それには金が要る。俺は、歌舞伎町のホストクラブで働き、金を稼いだ。女性客からの人気も上がり、俺は店長を任される様になった。元々、俺はホストになりたかった訳じゃなかったんだッ!!」

滝沢は、いきなり叫んだ。

洋子は、鋭い眼で滝沢を睨んでいた。

「店長になった俺には予想以上の収入があった。そんな時、一人の平凡な女性が店に客として来た。俺の事を凄く気に入って、来店の度に俺を指名してくれた。時々、飲みに行ったり、ドライブする様になった。彼女は使える、利用出来ると思った」

「それが康子だったのね?」
洋子は訊いた。

「そうだ。それに彼女は、消費者金融に借金があった。それで、俺はヤッちゃんに金を与えて、細谷のマンションに電話をさせた。細谷が仕事で自宅に不在の時間帯にね。案の定、細谷と江利は不仲になった。そこで3年前の4月18日の朝、細谷のマンションに侵入し、江利の首を絞めて殺した。その後、細谷の携帯に電話し、奥さんが部屋に放火して自殺を図ったとウソを言って、自宅に呼び戻した。物陰に隠れていた俺は、細谷が部屋に入って来たところを、いきなり後頭部を殴り気絶させ、携帯を奪って、俺の着信履歴を消去してから近くの道路に捨てた」

「あなたの復讐に康子を利用するなんて、あなたって人は・・・」

「これで人殺しは終わりにするつもりだった。だが、最近、ヤッちゃんは俺を強請って来たんだ。前から金を与えたり、高価な洋服を買ってやったりしていた。それでも彼女は、もっと金が欲しくて、強請ってきやがった」

「あなたは金の力で康子を利用した。あなたの気に入らない人がいれば、康子の金を与えて、その人たちに復讐した。電車の件もそうみたいだし。それが逆に、今度は康子に利用されたのよ。上尾の事件をバラすって、強請られてね」

「そうだ。彼女は、上尾の事件で俺を強請って来た。それで、俺はヤッちゃんから逃れようと考えた。だが、上尾の事件の事をいつバラされるか不安だった。彼女を監視する必要もあった」

「それで松浦という私立探偵に、康子の監視を頼んだのね?」
洋子は訊いた。

「そうだ。松浦は、私立探偵を開業して客も来ないのに、クラブで遊んで金を使い、借金も出来て、マンションの家賃も滞納するありさまだった。そこで、俺は200万円を与えて、ヤッちゃんの監視を依頼した。その間にも彼女は俺を強請って来た。それで、君とヤッちゃんが『さざなみ7号』に乗って、房総方面に向かったと、松浦から連絡があり、俺は松浦の車を運転して、房総方面に急いだ」

「松浦は、『さざなみ7号』から私たちを付けていたのね?」
洋子は、再び訊いた。

「その通り。松浦は逐一、君たちの行動を俺に報告して来た。君たちが『くりはま丸』に乗った事もね」

「あの時、私に電話して来たのは、アリバイの証人にする為だったのね?」

「そうだ。でも、君は疑問を持ち始めたんだろう?」
滝沢が訊くと、洋子は眼をきつくした。

「そうよ。あなたは日暮里駅にいたと言っていた。バックに京浜東北線の電車が進入するアナウンスが流れてたけど、あの時間帯に京浜東北線の電車は日暮里駅には停まらないのよ。京浜東北線は、14時47分から15時45分の間は快速運転するから日暮里駅は通過するのよ。私が房総から帰ってから調べたから」
と、洋子が言うと、滝沢は驚きもせず、微笑した。

「わざわざ日暮里駅まで行って調べるとは、たいしたもんだな・・・」
滝沢が言うと、洋子はきつい眼で、

「あなたも私も日暮里駅を滅多に使わないから、京浜東北線があの時間帯に快速運転するのを知らなかったのよ」

「・・・・・」

「松浦から、私たちが鋸山のロープウェイに乗るのを知らされたあなたは、車で頂上まで先回りして、康子を殺したのね?」

「そうだ。俺は、松浦の車で頂上まで先回りした。ヤッちゃんがトイレに行こうと展望台から降りてきた。幸い、ウィークデイで客もほとんどいなかった。ヤッちゃんがトイレから出て来て、洗面所で手を洗っている時、背後から背中を刺した。それからすぐ、俺は車に戻り、松浦と一緒に逃げた。勿論、逃げる時は、松浦が車を運転し、俺は後部座席に身を隠した」

「許せない」
洋子は、滝沢を睨んだ。
---------------


14.

伊波たちの乗った覆面パトカーは、サイレンを鳴らしながら、夜の首都高速を吉祥寺方面に向かっていた。

木原洋子も滝沢成範も、依然、行方不明である。伊波たちが焦る中、木村紀子から無線連絡が入って来た。

----------『木原洋子は自宅マンションに、まだ、帰ってません』
紀子が報告したが、彼女の口調にも焦りの色が見られた。

「彼女が勤務するパブにも出勤していないのか?」

-----『荻窪の店にも来ていません』

紀子が答えた後、今度は東刑事から無線連絡が入った。
------『警部、滝沢は車を持っています』
と、報告して来た。

「どんな車だ。車種は?」

------『紺色の日産グロリアです。ナンバーおくります。多摩ふたもじ。数字のサンマルマル。世界のセ。46ハイフン5●です』

「わかった。直ちにこの車を手配するんだ」
と、伊波は命じた。

「警部、滝沢はその車で、木原洋子を拉致した可能性がありますね」
と、坂本が言った。

「だとしたら、既に殺されている可能性も高いですね」
後部座席から、原田が言った。

「彼女を殺害して、今頃、その車で何処かに運んでいるかもしれませんね」
関口も不安な表情で、言った。

「滝沢の居場所さえ掴めればいいんだが」
坂本も口惜しそうに言う。

「確か、久保康子は明大前駅で見かけたと木村君が言ってたね?」
腕を組んで考えていた伊波が、坂本に訊いた。

「はい。そう言ってました」
と、坂本は答えてから、
「ま、まさか警部、ひょっとして?」

「そうだよ。滝沢は明大前駅近辺に、新居を構えたたんだ、恐らく」
と、伊波は言った。

「久保康子は、滝沢が新しく借りたマンションに、時々出入りしていたんですね?」
坂本が訊いた。

「恐らくそうだよ。だから、同僚のホステスが、時々明大前で彼女を目撃していたんだ」

「木原洋子も、そこに監禁されている可能性がありますね?」
と、原田が言った。

「絶対、そこだよ。木原洋子は明大前駅近辺のマンションに監禁されている」
と、伊波は言ってから、

「急ごう。明大前駅近辺のマンションを捜すんだ」

その後、伊波は大塚や東に、明大前駅近辺で、滝沢のグロリアを見つけ出す様、無線で連絡した。

----------



滝沢は、灰皿の中にゆっくりと、タバコの吸殻を捨てた。
彼の表情は妙に落ち着いていた。その表情が、より恐怖感を募らせている。

「その後、松浦も俺を強請って来た。車の中で500万円を要求して来た。金を渡さなければ、今回の事件の事を全部バラすと。俺は已む無く、金を用意して来ると言って、松浦と別れて、電車に乗って千葉駅で降りた。そこで、駅近くでレンタカーを借りて、金谷に戻った」

「それであの夜、保田の海岸で松浦も殺したのね?」
洋子は訊いた。

「そうだ。金を用意したから、保田の海岸で待つように松浦に連絡した。夜の12時に保田の海岸で松浦に会ったら、金は用意できたかと訊いて来た。俺は、あっさりと金なら無いと答えてやった。すると、あいつは今までの事を全部バラしてやると言い残して車に戻って行った。無論、金など俺が用意する訳が無い。金を渡しに来たんじゃなくて、松浦を殺しに来たんだから」

「それで、背後から松浦を刺したのね?」

「松浦が車に乗ろうとしたところを、後ろかサバイバルナイフで刺した。あいつは命より金が欲しいっていうんだから、理解しがたい男だ」
滝沢は平然と言った。

洋子は、そんな滝沢に腹が立った。
「あの時、メールを送って来たのも、アリバイ工作の為なのね?」

「そうだ。目白駅にいると思わせる為に写メールで送った。でも、君は俺のアリバイトリックを見破ったんだろう?」

「ええ、あなたのアリバイトリックは見破ったわ。私もメールを受けた時は、目白駅に居る事を信用してた。画像も付いてたしね。でも、警察から3年前の上尾の事件を聞かされた時に、あなたに疑問を持つようになった。それで、私は房総から戻ってから日暮里駅と目白駅で確認したの。日暮里駅のトリックは、さっき私が言った通り。目白駅では、あなたは大きなミスをしたのよ」

「ほう、どんなミスをしたと言うんだ?」
滝沢は、声を荒げた。

洋子は、そんな滝沢を見つめながら、
「駅構内にあるMデパートの看板よ」

「看板がどうした?」

「あなたから送られて来た写メを、もう一度よく見てみたら、ホームに立っているあなたの背後に写っていたMデパートの看板には、夏物のワンピースを着たモデルたちが写ってた。これから冬を迎えるのに、夏のファッションなんか宣伝しないでしょう。勿論、目白駅に行って確認したら、看板は冬物のコート姿のモデルに替わっていた。滝沢さん、あなたのアリバイは崩れたのよ」
と、洋子は言った。

「君は、何が目的なんだ?君もヤッちゃんや松浦と同じで金か?」

「お金なんか要らないわ。滝沢さん、あなたに自首してもらいたいの」
と、洋子は答えた。

滝沢は、微笑した。
「君は、バカか?俺は、既に3人の人間を殺しているんだ。裁判になれば、俺は間違いなく死刑だ。そんな俺が自首などするか」

「どっちみち、あなたは逃げられないわ。警察だって、あなたのアリバイを崩して、もう、逮捕されるのも時間の問題よ」
と、洋子は言った。

滝沢は再び、ニヤッと笑って、
「このマンションを警察なんか分かりやしないよ。この部屋は、俺の店の従業員の名義で借りているだから」

「そんな事言ったって、逃げられないわよ!」
洋子は叫んだ。

滝沢は、洋子を見つめた。
「君は、これから死ぬんだよ。そんな事言ってる場合じゃないだろう」
と、滝沢は言って、隣の部屋に向かった。

それを見て、洋子の顔に怯えの色が走った。
滝沢が、隣の部屋からロープを持って、戻って来た。

「洋子ちゃん、君まで殺したくは無かったけど、俺が犯人だと知ってしまったんだ。死んでもらわなければならないな」
滝沢は、洋子に近づいて来た。

「助けてッ!」
洋子は叫んだ。

「うるさい!誰も助けになんか来ない」
滝沢は両手でロープを構え、洋子に襲い掛かろうとした。

その時、洋子は縛られている足をいきなり右に振った。洋子の足が、滝沢の向う脛を直撃した。
その弾みで、滝沢は床に倒れた。

「誰か!誰か助けてッ !」
再び、洋子は叫んだ。

滝沢は、ゆっくりと起き上がり頭を押さえながら洋子に眼を向けた。
「ぶっ殺してやる」

滝沢は洋子を睨んだ。その眼には狂気が宿っている。以前会った滝沢とは別人に洋子には思えた。
滝沢が、洋子に飛び掛った。

「助けてッ!殺されるッ!」

「うるさい!」
滝沢は怒鳴りながら、洋子のくびにロープを巻きつけた。手足を縛られているので、洋子は何の抵抗も出来なかった。
滝沢がロープを持った手に力を加えようとした時、ドアを蹴破る音がした。

「大丈夫かッ!」
と、いう聞き覚えのある声がして、4人の男たちが部屋に入って来た。
伊波や原田たちだ。

滝沢は、ロープから手を離し、狼狽した表情で、伊波たちを見つめた。

「滝沢。もう逃げられんぞ。馬鹿な真似はやめるんだ。一体、何人殺せば気が済むんだ」
伊波が言うと、滝沢の顔色が変わり、彼の手が小刻みに震えていた。

これを見た洋子の顔に、やっと安堵の色が浮かんだ。


 (完)

殺意と復讐の房総 連載を終えて

2008-09-01 19:28:16 | ◇殺意と復讐の房総◇(完結)
南房総を舞台にした小説はどうでしたか。

房総で、推理小説の舞台になるといったら、鴨川シーワールドがよく出てきますが、私は千葉県外の人たちには、あまり知られていない鋸山、金谷~久里浜フェリーをメインに書きました。

東京湾アクアラインが開通してる今も、金谷~久里浜フェリーは健在です。
また、鋸山からの景色も素晴らしいものです。私の小説を読まれた方も、是非、房総に行ってみて下さいね。

↓クリック頂くと、励みになります。
にほんブログ村 小説ブログへ にほんブログ村 小説ブログ ミステリー・推理小説へ