母さん! あの人のボールの握り なんか変だよっ!
例えばボールを床の上で転がすとクルクル回転しながら転がっていきますね。
投手の投げるボールは普通これとは逆の回転で空中を飛んでいきます。
空気の流れの関係で「揚力」が働いていて、直線的に捕手まで届きます(これが直球)。
ひとさし指と中指でボールを挟んで投げると少し回転数が少なくなり、
ちょうどバッターの手元で空気抵抗を多く受けボールが沈みます。
これがスプリッター(フォークボール)ですな。
それでは指先をボールに垂直に当て、押し出すように投げるとどうなるでしょう?
殆んど回転しないそのボールはヒョロヒョロのスピードで飛んで行きます。
投手と打者の中間くらいで、すでに空気抵抗を受け、ある時は沈み、ある時は右にスライド、
ある時は左にスライドしたりで劇的な変化が現れます。
これが魔球「ナックルボール」です。
さてウェイクさんはボストンのナックル投げです。
この商売をしてるのは彼を含めて2人いますが、純粋なナックル屋は、いまや彼1人です。
どこが純粋かというと、彼は投げる球の9割以上がナックルで、
しかもとびきり上質なものだからです。
この変化球を一般の人が投げるのは無理です。私も遊びで同じ握りで投げたことありますが、
2m先で地面にポトリです。ウェイクさんはプロ入りした時は内野手でしたが、
どうにも眼が出ず 遊びでこれを投げてみたところ「おお ええんちゃうの いまの」
ということで思い切って投手に転向したそうです。
それ以来すっとナックル屋でメシ食ってます。
以前、TVの特集ありまして、
彼が投げるボールを捕手の後ろからスローモーションで映してる映像を見ました。
手からボールが離れます。縫い目が見えますね。
あれ? 縫い目が動かないよ!
ボールは彼の手から離れたそのままの状態でそのままの縫い目の状態で
キャッチャーミットに収まりました。
ゼロ回転です。
18.44mの距離をゼロ回転です。ありえない。そんなん機械でも無理です。
世界で唯一、彼の右手だけがなせる芸術です。ゴッドハンド!
ウェイクさんは指先にのお手入れに余念がありません
特注のマニキュアで爪を保護してます(バカ高い値段らしいです)。
彼の投げる日は捕手の人は大変です。ボールの曲がりが予測できないので、
バカでかいミット(特注)を使います。
それでもやはりポロポロこぼします。
ある時その捕手がグラウンドでインタビューを受けました。
「ナックルを捕球するコツを教えて下さい」
「はあ?コツなんて知らねえな 奴に聞いてくれよ」
とバックネットを指さしたそうです。
捕手にも取れないボールですからバッターもすんなり打てるわけがありません。
特に所見の打者はスカスカと空振りばかりです。
どうしようもないのでバントを試みてもなかなかバットに当たりません。ゆれてゆれて空振りです。
調子がいいときウェイクさんはこんな感じです。平気で完投します。ヒット3本とかです。
ボストンにはペドロ君という剛速球を投げるエースがいるのですが、
ウェイクさんはだいたい彼の次の日に投げます。
相対的におもいっきりスピード感が違うのでナックルの威力倍増です。
がしかしナックルは諸刃のヤイバ・・ ウェイクさん調子が悪い時はもうボロボロなのです。
四球四球ホームランって感じでおもいきり崩れます。
なんせ指先デリケートだから・・・
シーズンを通して見ると、10勝10敗 防御率4.50 とかです
まるで普通の投手の成績です。
なぜ、彼は貴重な戦力として現役を続けることができるのでしょうか?
理由は彼の肩が「消耗」しないからなのです。
メジャーの投手は100球をメドに降板します。そして4日間休みます。
肩が消耗してしまうからです。ところがウェイクさんは例外です。
平気で150球くらい投げます。肩にしてみれば「キャッチボール」程度のな負担ですからね。
先発の翌日にリリーフに出たりします。平気です。要するに1人2役なのです。
シーズン162試合の長丁場でトータルで長いイニングが投げれるウェイクさんは
とてもありがたい投手なのです。
このおかしな投手が投げるおかしな変化球にぞっこんです。
パワー全開の強打者がヘロヘロボールに思いっきり空振りするのです。
この上なく痛快!
近代化、ハイテク化するベースボールの中で残っている「夢」の部分ですね。
弱者が強者に打ち勝つ「夢」の部分です。
このおかしな投手 やがては引退しますが、
その時点で長いナックル屋の歴史が幕をおろすでしょう(多分)
それまでに生でこの魔球を見たいもんです。
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2012年2月17日
MLB最後のナックルボーラー「投げる世界遺産」こと
Boston Redsox のナックル投手Tim・Wakefield(45歳)
が引退を発表しました。
ナックルボールという変化球の歴史がついに終わってしまいました。
1995年に偶然買った「Number」のMLB特集号で
彼の記事を読んで興味を持ち、そこからMLBが好きになった経緯もあり、
以前、掲示板に書いた彼の記事を再掲しました。
さよならウェイク! さよならナックル!
願わくば、願わくば、後継者求む!
オレも練習を再開する!