冨田敬士の翻訳ノート

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読解力

2011-09-28 22:24:04 | エッセイ
 翻訳検定試験の採点を依頼され,受験者の英文読解力が気になった。
 訳文では日本語としてぎこちない文章や意味の通じない文章がかなりみられた。普段,自分の文章を書くときはきちんとした日本語を書いているに違いないのに,翻訳になるとなぜそうなってしまうのだろうか。一つは,理解した原文の内容を日本語に転換する仕方に不慣れなことが考えられる。だが,この問題は最初は誰でも経験することで,訳し方のテクニックが分かるに従って段々とこなれた文章が書けるようになる。それよりも,実はもう一つ,原文の内容が正確に理解できているかどうかという点が気になるところで,もっと基本的な問題ではないかと思う。内容が正確に理解できていないと自信をもって訳すことにはならならず,どうしても直訳調になって不自然な文章を書いてしまう。
 内容が正確に理解できない原因の一つとして,英文を読むという作業が疎かになっていることが考えられる。ビジネス,旅行,留学など,今の社会はどこへ行っても英語を話せる能力が重視される。書店に行くと英会話の本が所狭しと並び,ラジオ講座のテキストをはじめ,英語の参考書の多くは会話中心に編さんされる傾向にある。TOEICや実用英検といった検定試験の受験者数は毎年記録を更新している。こうした傾向は,それはそれで結構なのだけれども,会話指向の勉強法がそのまま読解力に結びつくわけではない。
 翻訳は原文の言わんとするところを正しく理解することから始まるので,それなりの読解力が必要になる。読解力をつけるには,昔から言われてきたように,とにかく文章をたくさん読むことに尽きると思う。辞書をどんどん使い,英文にたくさん触れることによって英語の感覚が身についてくる。原文を読んで全体の意味を直感的に理解するようなセンスが翻訳者には必要ではないか。英語が読めるというのは結局そういうことだと思う。


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