漕ぐ、歩く、走る、我がボート人生徒然草

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学生時代の漕艇部活動を、停年退職後に再度始めた、その日々の記録

トレーンング編その3(秩父・宝登山行)

2017-08-24 10:23:29 | プロフイール2

 関東の低山行の魅力は、大袈裟な準備も要らず、足腰トレーニングに最適で、歴史や習俗にふれることができる点である。少し前だが、本年3月5日(日)に秩父・長瀞の宝登山へい行った。秩父の魅力は、関東平野とは山並みで遮ぎられているせいか、悪く言えば開発の遅れ、良く言えばそれだけ往時の習俗や文化の宝庫となっている点であろう。秩父鉄道自体も、今日、単線で時たまSLが走る、鉄道フアンでなくともなかなかの魅力ある路線である。長瀞駅前から、宝登山中腹にある宝登山神社へ向け、大通りが走っている。多くの登山者は、先ず神社に参拝し、横にある登山道から山頂目指す。宝登山神社は、中世から続いてる歴史と格式ある神社だが、とりわけ明治10年代前半に奉納された扁額の数の多さと見事さに圧倒される。明治10年代前半の、この地方の養蚕・生糸農家や生糸商人の隆盛が偲ばれるが、やはり民衆や国民大衆が富をもち繁栄する時代が、何よりも優るよい時代であろう。それ以後、我が国が戦争又戦争の戦争国家へ転じてからは、民衆も疲弊し、扁額奉納どころでなかったようだ。戦後の72年間、我が国は平和憲法のおかげで奇跡的にも戦争しないできたが、本来ならこの間国民大衆側に相当な富の蓄積がなされている筈である。それが、それほど豊かさを実感できないとすれば、原因を考える必要あろう。

 こんな事を考えながら、登山道を進み、中腹の拓けた場所にでると、火祭り会場であった。この地方の人々の間に受け継がれてきた、火渡りによる招福除災の願望を、京都・醍醐寺と秩鉄の協賛で現代風にアレンジしたイベントで、30数年の歴史を有してる。京都から50名以上の山伏が参加し、一斉に法螺貝を吹き鳴らす様はなかなか壮観で、先達の火渡りに始まり、会場の参加者全員も渡って終わる。素足で渡るとこがミソで、小生も渡ったが、確かに自律神経が活性化すると感じた。画像は先達の火渡り風景だが、素足で火勢が強い中を渡り切るのは、相当な修練が必要と思った。今回は叙述はここまでで、山頂への登頂記は省略するが、低山行の魅力について冒頭に言及したが、どこの低山でも毎回なかなかの収穫がある。

 


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