トチの贈り物

3頭の黒ラブとの暮らしのなかで、
出会ったこと、感じたこと、読んだことをつれづれなるままに…。

復興への道のりは長い

2012-02-21 | 旅先でのお話

 2月上旬、仕事で被災地に足を運んだ。
 仙台から沿岸部の名取地区へ行き、田んぼの除塩作業の進捗状況を取材して、そのまま北上して塩釜、東松島を通って、石巻、女川、南三陸町から気仙沼へ。
 
 大震災から3カ月も経たない6月初めに、岩手県久慈港からやはり沿岸部を北上して八戸港を訪ねたが、そのときより今回のほうが衝撃が大きかったのは、被災から11カ月を経ようというのに、被災地が無残な姿のまま復興とは程遠い状況だったからだ。

 石巻で沿岸部の木材加工工場を取材して、女川、気仙沼では漁業関係の方から話を聞いた。小雪がちらつく中、気仙沼から陸前高田、大船渡を経て釜石までひた走る(運転したのはカメラマンさんだったけど)。
 津波に襲われた地域とそうでない地域の落差の大きさを地元の人は「天国と地獄」と言ったけど、まさにその通りだった。すべてを失った人たちといつもの日常を続けられる人たちが同じ地域に暮らす現実の重みがついて回る旅だった。

 被災した様子は映像や写真で見てきたけれど、現場の空気感は報道からでは伝わらないということを実感した。やはり行かなければ肌身で感じることはできない。それくらいシビアな出来事だったのだと思い知らされた。

 カメラマンとして画像を残す立場ではなかった私は、なおのこと行く先々の惨状をカメラに収めることができなかったし、私ごときがそれをしても伝えられるものではないと思った。カメラを構えることもはばかられる気がした。「心に刻む」、それしか私にできることはないと思った。

 それなのに、現場の声は陳情と要求しかないと考えている、ある省の広報担当の役人は、カメラマンが撮影した被災地の写真を、震災後1年の特集を組む広報誌に掲載しようとしたら、「上(幹部)から『けしからん』と言われたから差し替えろ」と言う。「復興している写真が欲しい」と言う。「現地は一部復旧している所はあっても、がれきは山のように積まれたままで、主幹産業も『復興』などという言葉とは程遠い状況だった」と告げると「ええ〜、そうなんだ」とぬかした。

 そんな「小役人の鏡」のような人と対峙しながら悶々としていたので、ブログも更新できずに日が過ぎてしまったのであった。 

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ダボス会議での野田発言

2012-01-28 | つぶやき

 何も心に響かなかった野田総理の発言。台本通りのお決まりの、心のこもっていない言葉の羅列。ロボットみたい。

「先送りしない政治を実現し、同じような政治情勢に悩む世界各国のフロントランナーになりたい」って、こそばゆい限りです。原発事故の情報隠蔽といい、議事録未作成で混乱する政府といい、今、世界にこの国と同じようなこんなお粗末な政治情勢で悩んでいる国はないと思う。

 あちこちからクスクスとしのび笑いが聞こえてきそうですね。

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過信は慎むべし

2012-01-26 | つぶやき

 ある広報誌の仕事をして3年目、振り返ると自分はつくづく「井の中の蛙」であったと思う。ちょこっと何か書いては口に糊してきたけれど、月刊だったので忙しないばかりで、毎回自分の中で充分にやれていたかというと、どうだったろう。ただ過信してやってきたのではないか。

 大元のクライアントが省庁だったために、取材した人達の本当の声が反映されていたかというと疑問だし、小さな抵抗はしてはみたものの、最終的には体裁のいいものにまとめてしまったように思う。

 縦割り行政、たらい回し、役人の体質……、今まで耳では聞いていても肌で感じられなかったことを実感する機会があったことはよかったと思っている。経験から学ぶべきことは多かった。

 戦後、日本人は限りなく復興への慾望を膨らませ、それを実現させるために走り続けてきた。科学技術も飛躍的に進歩し、高度経済成長を成し遂げたと思っている。その恩恵を受けたことは確かであろうけれど、私たちは科学や医療などへの過信から、人の幸福の本質を誤解してしまったのではなかろうか。

 原発事故を起こし、甚大な被害が発生したにもかかわらず、まだ技術を過信し、慾望を満たすために、国民を欺こうとしている政府や東電の人々。

 「充分過ぎるほど富も得ているだろうに、まだ何が欲しいのだろうか」と思ったとき、充分な富はない私ではあるが、じゃあ、私は何が欲しいのか。これからどう生きたいのかって考えてしまったなあ。

 私たちはとかく人の悪いところはよく目につき、自分の行為は分からないものだけど、反面教師はたくさんいて、それが分かったらそのつど自分を振り返らなければいけなかった。それが足りなかったのではないかと思う。さて、では、どうするかね。

 それにしても、ダボス会議での渡辺謙さんのスピーチは素晴らしかった。

「原子力と言う、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています」

 人間がすべてをコントロールできるなどという過信を捨て、今まさに謙虚にならなければいけない時なのです。

 

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作成されていなかった原子力災害対策本部の議事録

2012-01-24 | つぶやき

 フクイチの事故を巡って、避難区域や除染の基本方針、農作物の出荷制限など、政府が行って来た重要な決定事項を記載しておかなくてはいけない原子力災害対策本部の議事録が作成されていなかったことが分かった。

 名古屋大学大学院の春名幹男特任教授は「将来同じ失敗を繰り返さないようにするための財産が失われたという意味で、国民的な損失だと思う」と指摘し、「自分たちの失策がそのまま記録されると困るので、あえて記録を残さなかったと思われてもしかたない」とも。

 私もそう思う。まだぼろぼろ失策が出てくる。文科省が事故3日後に「SPEEDI」で得た情報を米軍、米政府に手渡していたにも関わらず、日本国民には知らせずに不要な被曝を強いたことも然り。

 後から後からぼろが出て、私たちは政府の何を信用すればいいのか分からなくなった。耳通りの良い言葉を並べたて、さも国民に誠実そうなふりをしている民主党政権にも、既得権益にしがみついている官僚にもうんざりです。

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藤波心さんにはホント感心する

2012-01-22 | つぶやき

 昨年7月以降の「汚染稲藁問題」に続いて今年に入って「汚染採石問題」が取り沙汰されているけれど、放射能汚染ってこういうことなのだよね、基準値が決まっていようがいまいが、放射性物質が拡散すれば、どこにでも何にでも降り注ぐのです。
 
 場所によって放射線量の高低の差はあるだろうけど、放射性物質は放出されてしまった以上、簡単に消えはしないもの。

 「汚染採石問題」についても東電は「事故との因果関係が明らかになってから対応する」などと言って呆れさせてくださる。

 そこへいくと、今朝の東京新聞でクローズアップされていたタレントの藤波心(こころ)さんには本当に感心している。15歳であんなに真正面から社会問題に対峙して、意見を述べられるなんて、素晴らしい。14、15歳の私はどんなことを考えていただろうって思い出してみたけれど……、言えない。

 原発事故後、反原発・脱原発の声をあげた彼女を、友人のカサハラさんが「14歳の(まだそのときは14歳だった)すごい中学生がいる。ブログを読んで驚いた」って教えてくれたのだけど、私は半信半疑で「事務所の人が書いているんじゃないの?」なんて言っていた。
 心さんはTPPについてもしっかり言及している。問題を注視し自分の考えをもっていなければ、ああは書けない。半信半疑でごめんね、心さん。

 心さんはその辺の危機感が希薄な大人より、よっぽど賢明で理性的だ。「大人に利用されている」などと批判する人もいるらしいが、それは大変情けないことです。それでも彼女は批判は批判として受け止め、それも含めて見極めようとしている。現実を直視している。そこも素晴らしい。

 おばさんはこれ以上つまらん大人にならないように「汚れちまった悲しみ」をつくづく噛みしめておりますよ。
「汚れちまった悲しみに 今日も小雪の降りかかる」by中原中也

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部品交換後のシビックは快調

2012-01-22 | つぶやき

 19日、車の修理屋さんから「手が空いたからシビックをもって来ていいよ」と電話があったので、早速もって行った。タイミングベルトなどを変えて、レガシーに車載されていたETCリーダーを付け変えてもらうことになっていたのだ。

 「明日にはできるでしょう」と言っていたので待っていると、翌日電話があった。何かトラブルかと思ったら「手がかじかんでしまって、仕事のはかがいかないんですよ。悪いけど明日にずれ込んでしまう」と言うのだ。思わず笑ってしまった。正直だなあ。

 ここのところとても寒いし、雪混じりの雨が断続的に降っていた。おじさんは外と変わらない状況の暖房も効かないガレージで作業をしている。着込んだら動きにくいし、軍手をすれば作業しにくいし、寒くてたまらなかったのね。2カ月以上待ったんだもの、ここへ来てもう1日2日にガタガタ言わないわ。

 ということで、2日後の昨日、修理は無事完了。受け取りに行くと、いつものことなのだけど、何を交換したか外した部品を見せながら説明してくれた。エンジンオイルもバッテリーも交換してくれたらしい。
 けれど、私が見て分かったのは古いバッテリーと何かのパッキングとファンベルトとタイミングベルトだけで、もうひとつ転がっていたファンみたいなヤツは何だか聞き取れず、分からずじまい。

 「まあ、いいか。寒い中かじかむ手で、良くしてくれたことは確かなんだから」と思って乗ってみると、なんとアクセルの感触が変わり、踏み込みが楽になっていた! 

 実は、修理前のシビックのアクセルにちょっぴり不満を持っていたのだ。「急発進するとガクガクっとするので、ゆっくり踏み込んでください」と言われていた。なんでもそれは「そういうギアシステムだから」だそうで、仕方ないらしい。
 燃費を考えても急発進などしないほうがいいのだけど、走り出すときにアクセルをゆっくり踏み込もうとしても、アクセルパッドがクックッと作動してスムーズじゃない。なんか違和感があった。「癖があるなあ、慣れるしかないのかなあ」と思っていた。

 ところが、あれこれ交換した後のシビックは、それが解消されていたのです。アクセルワークが非常にスムーズになり「クックッ」がなくなっている。内燃機関に弱い私は何を変えてこうなったのか分からないのだけど、とりあえずよかった、よかった。

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これには笑った「絶対原子力戦隊スイシンジャー」

2012-01-21 | つぶやき

 ブラジルのモラさんから教えてもらった動画「絶対原子力戦隊スイシンジャー」

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=0AcQJE_R0iw

 皮肉いっぱいでおかしかった。尾米タケル之一座の皆さん、お疲れさんでした〜。

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仕事仲間からもらったオススメの品

2012-01-21 | つぶやき

 ある省庁の広報誌のライティングを担当している年増女、私とUさんとNちゃん3人は自らを「三人官女」と呼び、たびたび「三人官女の会」(飲み会ネ)を催している。毎号ではないにしろ「打ち上げ」と称した飲み会、暑気払い、忘年会、新年会などなど3人とも実によく飲むのである。
 
 広報誌はある出版社が制作委託を受けて、ある編プロさんに発注し、それを外注ライター3人が受けているので、私たちは「ひ孫請け」という立場。Uさんが「三人官女って言うか小作人だよね」と嘆くと、Nちゃんは「そうだけどさあ、辛いときは『メシノタネ、メシノタネ』という呪文が有効だよ〜」なんて言って慰める。

 同じ媒体に関わる同じ立場の仲間なので話が通じやすく「ちょっと聞いてくれる〜、こんなこと言われちゃったよ〜」とか「ムカっ腹立つのでひとこと言わせて。聞いてくれるだけでいいから」とか、月に一度は電話やメールが行き来する。

 ついお互いにきつい意見を言い合ってしまうこともあるが、これまた同じ立場で同じ船に乗っている間柄なので、しばらくあっちを向いてしまっても、また事あるごとに慰め合ったりできるところが年をくった人間の良さだなあと思う。
 まあ、私より2人のほうが精神的に大人なのかもね。2人とも2人の子育て経験者だしなあ。私、犬育てしかしてないもんなあ、4頭育てたけど。

 それぞれ違う人生を歩いてきたのだし、考え方も性格も違うのは当たり前だから、いいところも悪いところも受け入れて片目をつぶるわけだ。 
 だからといって「表面的」などという安易な言葉では言えない付き合いなのは、やはりフリーランス、外注の立場でその大変さを理解し合えるからか、3人とも同じバツイチだからか(Nちゃんは形だけはバツになっていないけど)。

 版元や編プロから叩かれた経験や失敗や称賛や、いろいろな物が肩に積っているのだね。先日2人と話していて、つくづくそう思った。「外注の立場だと『裸の王様』には成り得ないから、人としていいことだよね」っていう言葉、含蓄があるなあ。

「三人官女の会」にはときどき特別ゲストとしてデザイナーさんやカメラマンさんが加わることがある。ああでもないこうでもないと愚痴を言い合い、ゲラゲラ笑いながら盃を重ねることになる。デザイナーさんやカメラマンさんが男性の場合はタジタジである。

 Uさんは、私やNちゃんと違ってクソ真面目なので、いつも2人から「真面目すぎる!」と言われるけれど、メゲずにずうっと真面目だし、楚楚としたお嬢様タイプなのに、ときどきすごく口汚い言葉をポロっというのが不思議なのだ。
 Nちゃんはひゃらひゃらしている感じだけど詰めがしっかりしていて、ものすごく物事を冷静に見ているから辛辣な意見をポロっと言うのだけど、それが逆にすごく面白くて、いつも大受け。地主様たちに対する発言が辛辣で、それでいて面白いったらないのだ。

「なんであんな仕事ができない、編集者とも言えない人を長く使ってるんだろう」とUさんが眉をひそめれば、Nちゃんがひと言「遠縁なんじゃないの?縁故採用だんだよ、きっと」。そこで思わず3人で爆笑してしまう。Nちゃんは愚痴や文句を言うときもにこにこして言うから、深刻にならないところが、またいいのです。

 前置きが長くなったけれど、そんなNちゃんが資料を貸したお返しに「ほかほかグッズ」を送ってくれた。「あずきのチカラ」、有機栽培の「さつきほうじ茶」「仙台麩(あぶら麩)」。どれもいいねえ。

         

「小豆の肩マットは、肩こりで頭痛がするくらい辛い日に、偶然見つけたものなの。
 中身が小豆とは、懐かしいような罰当たりのような複雑な感じではありましたが、
『きっと売れ残りの古豆さ!』と言い訳しながらレジへ。

 でも、すごく温まるよ。ほのかにゆであずきの匂いがしてきてね、
 そこでも悪いことしているような・・・・『小さな悪徳』がね、またいいです」   

 だってさ。いいでしょ?

 Uさんが2人に買ってきてくれた愛知県角谷文治郎商店の「三州三河みりん」も、ものすごく美味しかった。あれは芳醇なお酒でしたね。安物しか使っていなかった私の、みりんの概念を覆した逸品だった。オススメです。

角谷文治郎商店 http://www.mikawamirin.com/index.php

 それから、デザイナーさんが「ここのは旨いんだよ〜」と言って3人に持って来てくれたのが取手市「新六本店」の奈良漬。これも絶品だった。なぜ奈良漬が取手名産なのか分からないけど、あまり奈良漬が好きではなかった私が虜になったほどでした。

新六本店 http://www.shinroku.co.jp/ 

 大抵いつもUさんが幹事となって「三人官女の会」が催されるのだけど、もうすぐ「新年会」が予定されていて、今回も特別ゲストに招集をかけているらしい。UさんとNちゃんへのお返しに何か買っておこうかなあ。人に差し上げるものをあれこれ考えたり、選んだりするのは楽しいよね。

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やっぱり河川敷が好き

2012-01-17 | 犬&猫との暮らし

 シビックが来た翌朝から、犬たちをそれまでどおり河川敷に連れて行ってやった。2頭ともまあ嬉しそうで、あっちをクンクン、こっちをクンクン、久しぶりにいろいろな匂いを嗅いで満足そうだった。

        

 クリなど小走りなんぞしちゃって、すっかり前庭障害を克服したブナもグングン歩いてた。住宅が並び、クルマが行き交う道の歩道より、河川敷の小道のほうが開放感もあるし、自然が濃いものね、私だって河川敷のほうが好きだもの。

        

 犬乗せ車の中はどうしようか、何パターンか試してみた。後部座席を跳ね上げて荷台をフラットにして乗せてみたり、その状態で助手席に来ようとして足を引っ掛けては危ないので、助手席に来れないように網で仕切ってみたり……。
 網の仕切りは傑作だと思ったのだけど、でもブナの一押しでずれてしまうし、何かあった時にかえって危険だなと思って1日で外した。


   

 もう足腰も弱くなっているので、あまりスペースがないほうが動き回ってこけたりせずに安全だということで、荷台フルフラットパターンは却下。レガシーの時と同じように助手席を思い切り倒して後部座席とつなげるパターンを採用。運転席の後ろの座席の足元には、ちょうどいい大きさのコンテナボックスを置いて、彼らが落ちないようにした。

        

 管理人さんに「小さいクルマにしたね」と言われた。確かにね、荷台は狭い。
 レガシーは加速力があって胸がすくような伸びを感じたけど、シビックはそういうタイプのクルマではないので、加速したときの爽快感はないわね。

 オーディオの使い方がまだよく分かっていないのだけど、CDやMDプレイヤー(も付いている)を使用するときは、画面の横のボタンを押すと画面が水平に倒れて来て、その奥にあるそれぞれのプレイヤーにCDやMDを入れるようになっている。一体型って便利なようでそうでもないのね。そのうち慣れるでしょう。

 犬たちもレガシー型の車載パターンに慣れていたため、広々していて転げてしまうより、背もたれが支えになる今の乗り方で落ち着いたみたい。

        

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原発マネーは怖い

2012-01-16 | つぶやき

 昨日の東京新聞に「お年寄り 金拒み海守る」と題して、山口県の上関原発建設計画に反対し続けている祝島の島民の暮らしぶりが、2年前に広島県から移住した女性を通して語られていた。

 この記事が素晴らしかった。祝島の生活は、お金を出せば何でもすぐ手に入る、経済効率重視の都市部の生活とはかけ離れたもので、便利さを手に入れた者には不便そうに見えるけれど、実は生き物としての人間が基本的な力や思いやりを発揮できる、なんと豊かなところだろうかと思った。

 北海道電力泊原発を抱える北海道泊村では、村が受け取った2011年度の原発関連の固定資産税は約27億円で、電源立地地域対策交付金は約5億4千万円。一般会計の約8割が原発マネーで、それが村にばらまかれているのだという。

「住宅新築で200万円までの奨励金、結婚と出産で各10万円の祝い金がもらえる。65歳以上には原価700円の弁当が100円で毎日、自宅に届く。各戸にパソコン1台が無償貸与され、インターネット回線も無料」だそうだ。

 何もせずに楽な暮らしやお金を手にし続けると、まっとうな思考能力もなくなっていくのだろうか。村の幹部たちは「原発が止まっても、廃炉になるまでの何十年間は、国も北電もそれなりの補償をするはず」と思っているらしい。

 泊村では村民の多くが原発関連の仕事に就いているから、原発がなくなると困るという構造になっている。それは福島も同じ。本当に原発マネーは、一度手にしたら縁を切ることができなくなる麻薬だ。

 「貧しい地域は都市の犠牲になりやすい」と東京新聞のデスクメモにあった。都市部で暮らす私たちは、原発を抱えた地域の問題を自分たちのこととして考えていかなくてはいけないのだと思う。

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