ただ、彼は走る。
何度も通った道。
――東一族に会うために。
だから、道は迷わない。
東一族の村を出て、
北一族の村にさえ、たどり着けば、今回の仕事は、終わり。
西一族の村に戻って、いつもの毎日がはじまる。
終わりだ。
終わり。
すべて、終わり。
彼は、走る。
だんだんと、景色が変わってくる。
彼は、後ろを振り返る。
誰も、いない。
前を見ると、北一族の、村の外れの、橋。
彼は屈み、息を整える。
横を、
何事かと彼を見ながら、北一族の村人が通り過ぎていく。
「仕事は、終わったの?」
聞き覚えのある声に、彼は顔を上げる。
そこに、見慣れた、西一族の彼女が、いる。
彼女は、自分の名まえを、呼んでくる。
「……ああ」
一息ついた彼に、彼女は首を傾げる。
「疲れてる?」
彼は頷く。
「今回の仕事は、大変だった」
彼が云う。
「早く村に帰って、ゆっくりしたい」
あたりは、もう、日が落ちかけている。
夕焼け、だ。
息を整えた彼は、
彼女と連れだって、歩き出す。
「なんだ、それ?」
ふと、彼は、彼女の腕を見る。
そこに、東一族の装飾品、が。
「ああ。これ?」
彼女は、腕を少し上げてみせる。
「買ったの。北一族で作られた模造品でしょ」
彼はため息をつく。
「そんなの持ってたら、村長に怒られるだろ」
「かまわないわよ」
彼女は、髪をさわる。
「模造品だもの」
云う。
「じゃなきゃ、ほかのもの買ってくれる?」
「ええ?」
彼は、ため息をつき、振り返る。
夕焼けで、彼らの影が、長く伸びている。
「今度でもいい?」
その言葉に、彼女の表情が緩む。
「いつでもいいわ!」
彼は、彼女を見る。
これは、……喜んでくれたのだろか。
彼は、彼女に気付かれないよう、服に隠した東一族の装飾品に、ふれる。
模造品ではない、本物。
もう
会えないかもしれない、東一族からもらった、装飾品。
そういえば
自分の彼女のおみやげに。と、云っていた。
そっか。
おみやげ、か。
彼は、ふと、考える。
彼は、再度、その装飾品にふれる。
自分がこれを持っていることを、
彼女はきっと、
これから先も知ることはないだろう。
そう思った。
T.B.2002年 東一族の村を訪れた、ある西一族の話