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「悟と行子」7

2014年10月17日 | T.B.2002年

 ただ、彼は走る。

 何度も通った道。

 ――東一族に会うために。

 だから、道は迷わない。

 東一族の村を出て、
 北一族の村にさえ、たどり着けば、今回の仕事は、終わり。
 西一族の村に戻って、いつもの毎日がはじまる。

 終わりだ。

 終わり。

 すべて、終わり。

 彼は、走る。

 だんだんと、景色が変わってくる。
 彼は、後ろを振り返る。

 誰も、いない。

 前を見ると、北一族の、村の外れの、橋。

 彼は屈み、息を整える。
 横を、
 何事かと彼を見ながら、北一族の村人が通り過ぎていく。

「仕事は、終わったの?」

 聞き覚えのある声に、彼は顔を上げる。

 そこに、見慣れた、西一族の彼女が、いる。
 彼女は、自分の名まえを、呼んでくる。

「……ああ」
 一息ついた彼に、彼女は首を傾げる。
「疲れてる?」

 彼は頷く。

「今回の仕事は、大変だった」
 彼が云う。
「早く村に帰って、ゆっくりしたい」

 あたりは、もう、日が落ちかけている。

 夕焼け、だ。

 息を整えた彼は、
 彼女と連れだって、歩き出す。

「なんだ、それ?」

 ふと、彼は、彼女の腕を見る。

 そこに、東一族の装飾品、が。

「ああ。これ?」
 彼女は、腕を少し上げてみせる。
「買ったの。北一族で作られた模造品でしょ」

 彼はため息をつく。

「そんなの持ってたら、村長に怒られるだろ」
「かまわないわよ」
 彼女は、髪をさわる。
「模造品だもの」

 云う。

「じゃなきゃ、ほかのもの買ってくれる?」
「ええ?」

 彼は、ため息をつき、振り返る。
 夕焼けで、彼らの影が、長く伸びている。

「今度でもいい?」
 その言葉に、彼女の表情が緩む。
「いつでもいいわ!」

 彼は、彼女を見る。

 これは、……喜んでくれたのだろか。

 彼は、彼女に気付かれないよう、服に隠した東一族の装飾品に、ふれる。

 模造品ではない、本物。

 もう
 会えないかもしれない、東一族からもらった、装飾品。

 そういえば
 自分の彼女のおみやげに。と、云っていた。

 そっか。
 おみやげ、か。

 彼は、ふと、考える。

 彼は、再度、その装飾品にふれる。

 自分がこれを持っていることを、
 彼女はきっと、

 これから先も知ることはないだろう。

 そう思った。



T.B.2002年 東一族の村を訪れた、ある西一族の話
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